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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第三話 本物と偽物 研修編②

# 第三話 本物と偽物 研修編②


研修三日目。


会議室の机の上には様々な品物が並べられていた。

腕時計、ネックレス、古銭。

ブランドバッグ、ライター、万年筆。


神谷悠真(心の声):なんだこれ……


昨日まで座学だった。

だが今日は違う。明らかに空気が違う。


白石恒一:今日は真贋の実演をやる。


高橋陸:うぉー!やっとそれっぽくなってきたな!

一ノ瀬美月:ちょっと楽しみかも。


白石恒一:ただし、俺じゃない。


神谷悠真:え?


白石恒一:本職を呼んだ。


その瞬間、会議室の扉が開いた。

入ってきたのは大柄な男だった。

四十歳近いだろうか。


無精髭。鋭い目つき。

スーツは着ているが着崩している。

お世辞にも営業マンには見えない。


高橋陸(小声):なんか怖ぇ……

一ノ瀬美月(小声):怒ってる?

神谷悠真(小声):最初からあの顔なんじゃ……


男は無言のまま教壇へ向かった。

白石が苦笑する。


白石恒一:紹介する。商品管理本部 真贋査定課 課長。

     黒田龍二さん。


神谷悠真(心の声):真贋査定課?


白石恒一:全国の査定員から送られてくる写真を見て、本物か偽物かを判断する部署だ。

     査定員が払う買取金額の上限を決めてるのもこの人たち。


教室がざわつく。


高橋陸:じゃあ現場の査定員より偉いんですか?

黒田龍二:偉くはない。責任が重いだけだ。


白石恒一:全国から一日何件来ます?

黒田龍二:平均千件。


会場が静まり返った。


神谷悠真:千件……?

黒田龍二:十人で回してる。だからくだらない写真送ってくるな。


高橋陸:怖ぇ……。


だが黒田本人は無表情だった。


黒田龍二:時間ない。始めるぞ。


机の上から腕時計を手に取る。

ロレックスだった。


神谷悠真(心の声):ロレックス……。


入社式の日を思い出す。

鷹野が受け取ったロレックス。

あの輝き。


黒田龍二:これ。


本物だと思う奴。

半分くらいが手を挙げる。


黒田龍二:理由は?

高橋陸:ロレックスだから。


黒田龍二:アホ。


即答だった。

会場が少しざわつく。


黒田龍二:見た目だけで判断するな。ブランド名だけで判断するな。買った時の値段だけで判断するな。

     まず疑え。そして、お客様を見ろ。


時計を全員に回す。

重い。

高級感もある。


神谷悠真(心の声):普通に本物に見えるけど……。


数分後、黒田が答えを言う。


黒田龍二:偽物。


会場がどよめく。


一ノ瀬美月:嘘でしょ?

高橋陸:全然分からん。


黒田龍二:分からなくて当たり前だ。

     だから勉強する。


黒田は時計の正面を見せる。


黒田龍二:ここ。この部品。

     本物と違う。


神谷悠真には全く分からなかった。

だが、黒田には分かるらしい。


白石恒一:ちなみに、こういった偽物はアジア地域で多く売られていたが、買うと十万円近くする。

神谷悠真:偽物を売るのは違法なんじゃ?


再びざわめく。


白石恒一:もちろん違法だ。正規店ではなく、裏の市場みたいなところでこういったものが出回っている。

     特に昭和時代、旅行でお土産として買った人はみんなが思った以上にいる。

     だから、お客様がどこで買ったものなのか、それとも貰ったものなのか。

     聞くだけで大体はわかってくるものだ。

     疑い、探り、問題ないと判断したものだけ写真を撮り送ること。


黒田龍二:だから面白い。


次にネックレスが置かれる。


黒田龍二:これ、金だと思う奴。


ほぼ全員が手を挙げる。


黒田龍二:違う。メッキ。


高橋陸:マジかよ…!全然わかんねぇ…!

黒田龍二:じゃあ、これはどうだ。


今度は汚れた指輪。

黒ずんでいて、傷だらけ。

誰が見ても安物だった。


黒田龍二:これ。


いくらだと思う。


神谷悠真:三千円……

一ノ瀬美月:五千円くらい?


会場が静まり返る。


黒田龍二:これは、18金。今日の相場なら六万円くらい。

神谷悠真:六万!?


白石恒一:金はやわらかい金属の為、100%の金だけでアクセサリーを作ると

     やわらかすぎてすぐ形が変わってしまう。なのでアクセサリーは18金以下が一般的だ。

     例えば18金だと、全体の75%が純金で、残り25%に「割りわりがね」と呼ばれる他の金属を混ぜた合金でできてる。

     銀・銅・パラジウムやニッケルなどが主に割り金として含まれている。

     金自体は色が変わらない為、この黒ずんでいるのは割り金が酸化して変色しているということだ。

   

黒田龍二:価値は見た目じゃない。

     知識だ。経験だ。見抜く力だ。


神谷悠真は机の上の指輪を見つめる。

さっきまでガラクタに見えていた。

でも、今は違う。


神谷悠真(心の声):面白い……こんな世界があるのか……。


黒田龍二:勘違いするな。


黒田が全員を見渡した。


黒田龍二:お前らが見てるのは物だ。査定員が見るのは価値だ。


昨日、白石が言った言葉。


『価値を見つける仕事』


それが少しだけ分かった気がした。


黒田は最後にこう続けた。


黒田龍二:ただな。価値には相場がある。

     売る金額より高く買う馬鹿はいないだろ。当然利益が要る。

     今のお前らに必要なのは、何故この値段なのか。なぜこれは偽物なのか。

     それをちゃんと説明できる知識だ。今日は徹底的に叩き込む。覚悟しろ。


神谷悠真(心の声):利益……


その言葉だけが少し引っ掛かった。


価値、相場、利益。

まだ意味は分からない。


だが、その三つの言葉は、後に悠真が何度も向き合うことになる問題の始まりだった。

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