第二話 値段の付くもの 研修編①
# 第二話 値段の付くもの 研修編①
入社式の翌日。
神谷悠真は研修会場の席に座っていた。
ホテルの宴会場だった昨日とは違う。
都内の研修センター。
壁も床も無機質な会議室。
長机が並ぶだけの質素な空間だった。
神谷悠真(心の声):急に現実に戻ったな……
昨日の表彰式が夢だったように思える。
ロレックス…トップ営業…鷹野誠司。
神谷悠真(心の声):入社早々年間ナンバーワンになってしかも三年連続?マジでかっこいいな…。
……いつか会えるかな。
そんなことを考えていると隣から声がした。
一ノ瀬美月:何ぼーっとしてるの?
神谷悠真:いや、鷹野さんのこと考えてた。
一ノ瀬美月:ああ、ロレックスの人ね。
神谷悠真:ロレックスの人って…。
一ノ瀬美月:だって名前より先にそっちが出てくるでしょ。
神谷悠真:まぁ確かにな。
高橋陸:俺は絶対、来年あの表彰台に行く。
前の席から声が飛んでくる。
神谷悠真:まーた言ってるそれ昨日も聞いたって。
高橋陸:本気だからな。あれだけ結果出したらロレックスだぜ!マジで人生変わるぞ!
神谷悠真:そうかもな。
高橋陸:そうかもじゃねぇよ!絶対だ!
その時だった。
ガラッ。
研修室の扉が開く。
全員の視線が集まる。
入ってきたのは三十代半ばくらいの男性だった。
スーツ姿でネクタイもピンで留められていてしわ一つない。
色黒で、服の上からでも筋肉がすごいのが分かる。
神谷悠真(心の声):なんか少し怖そうな人だな…。
男性は教壇に立ち、ホワイトボードへ名前を書く。
『白石 恒一』
白石恒一:おはようございます。研修担当の白石です。東京支店の副支店長やってます。
ぶっちゃけ、この中で、今眠い人いるー?
数人が手を挙げる。
白石恒一:正直でよろしい。
少し笑いが起きる。
張り詰めていた空気が和らいだ。
白石恒一:まず最初に聞きます。買取って何だと思いますか?
沈黙が続く…誰も答えない。
白石恒一:じゃあ君。
高橋陸:中古品を安く買って高く売る仕事です。
白石恒一:一部正解。じゃあそっちの君。
一ノ瀬美月:お客様の不用品を現金化する仕事?
白石恒一:いいね。それも間違いじゃない。
白石は黒板へ大きく文字を書く。
『買取=価値を見つける仕事』
白石恒一:これが今日覚必ず覚えて帰ること。
神谷悠真(心の声):価値を見つける……
白石恒一:例えばこれ。
ポケットからボールペンを取り出す。
どこにでもありそうなボールペンだった。
白石恒一:いくらだと思う?
高橋陸:百円。
一ノ瀬美月:二百円くらい?
白石恒一:……実は、現時点で中古相場は二万円。
会場がざわつく。
神谷悠真:えっ?
白石恒一:このボールペンは、限定モデルで限定100本のみ生産。販売も終了している。
こういうのは一部コレクターに人気がある。
欲しい人がいる。だから一見、安く見えてもそこには確かな価値がある。
全員がボールペンを見る。
さっきまで百円にしか見えなかった。
だが今は違う。そのものの価値を知るとこんなに違うように見えてくるものなのか。
白石は続ける。
白石恒一:一方で、数十万円で買ったブランドバッグでも、古くなり形も今どきではない。この状態なら一万円。
価値はいろんな形で変わる。
一見、値段が付かないだろうと皆が思うものが、実はとんでもない値段だったりする。
でも、それを知らなければ、捨てるだけ。そんなものを見つけれるのが買取だ。面白いだろ?
神谷悠真(心の声):確かに……
白石恒一:覚えておけ。お前らが査定するのは物じゃない。「価値」だ。
その言葉は不思議と印象に残った。
昨日、社長は言った。
『人の人生に触れる仕事』
そして今日、白石は言った。
『価値を見つける仕事』
神谷悠真(心の声):人の人生に触れる…価値を見つける…買取って面白れぇ!
この時の悠真はまだ知らない。
価値には相場がある。そして必要な利益がある。
そして人によって全く違う価値が存在することを。
その現実を知るのは、もう少し先の話だった。




