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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第十九話 物を見る前に 千葉支店編⑭

# 第十九話 物を見る前に 千葉支店編⑭


六月二十日 午前十時。

神谷は一件目の依頼先へ向かっていた。


依頼内容は時計とアクセサリー。

以前なら数字の取れる良い案件だと思っていた。


だが今日は少し違う。


車を停める。

インターホンを押す。


玄関を開けたのは六十代後半くらいの女性だった。


山口美智子:あら、若いのねぇ。


神谷悠真:本日担当します神谷です。

     よろしくお願いします。


山口美智子:どうぞどうぞ。


家へ上がる。


リビングにはアクセサリーケースと腕時計が並んでいた。


神谷は査定を始めようとして――

ふと止まった。


神谷悠真:お一人でお住まいなんですか?

山口美智子:どうして?


少し驚いた顔をする。


神谷悠真:あ、すみません。

     なんとなく気になって。


女性は少し笑った。


山口美智子:主人が亡くなってね。

      今は一人よ。


神谷悠真:そうだったんですね。


山口美智子:子供はいるんだけど、

      みんな県外だから。


神谷は頷く。

自然と会話が続く。


以前なら査定へ戻っていた。

だが今日は違った。


山口美智子:この時計ね。


女性は一本の時計を手に取る。


山口美智子:主人が定年退職した時に買ってあげたの。


神谷は時計を見る。

決して超高級時計ではない。

先付で言うと15万くらいだ。


だが女性の表情を見れば分かった。

値段以上の意味がある。


神谷悠真:思い出の品なんですね。

山口美智子:そうなのよ。


少し寂しそうに笑う。


山口美智子:だから申し込んだときは本当は売ろうか迷ったんだけど。


神谷は時計を見る。

女性を見る。


そして思った。


神谷悠真:ちなみにですけど。

山口美智子:はい?


神谷悠真:本当に手放したいですか?


女性は黙った。

しばらくして答える。


山口美智子:分からないの。


神谷は頷いた。


神谷悠真:なら今日は無理に決めなくてもいいと思います。

山口美智子:え?


神谷悠真:アクセサリーだけ査定して、

     そのお時計はもう少し考えてもいいと思います。


女性は目を丸くした。


山口美智子:そんなこと言うの?

神谷悠真:はい。売るのはいつでもできますから。


少し笑う。

そして、沈黙。


そして女性は小さく笑った。


山口美智子:変わった査定員ね。

神谷悠真:よく言われます。


査定を続ける。

先ほどの会話のおかげか、すんなり進みアクセサリー数点のみ契約。


粗利は二十万円程度。

大きな案件ではなかった。


だが帰り際、女性が言った。


山口美智子:神谷さん。

神谷悠真:はい?


山口美智子:今度、娘に相談してみるわ。

神谷悠真:ぜひ、そうしてください。


山口美智子:それで売るって決めたら、

      また神谷さん呼ぶわね。


神谷は少し驚いた。


山口美智子:素敵なご提案してくださって、ありがとうございます。


深々と頭を下げられた。


神谷は車へ戻る。

エンジンをかける。


そして気付いた。


神谷悠真(心の声):あれ…。


いつもなら、「粗利二十万か」そう考えていた。

だが今日は違った。


神谷悠真(心の声):また呼ぶって言ってたな。


その言葉が妙に嬉しかった。


―――


午後一時 二件目。


遺品整理案件。

玄関を開けた瞬間。


神谷は思った。


神谷悠真(心の声):まずは話を聞こう。


六月後半。


神谷は少しずつ。

本当に少しずつ。


営業の見方が変わり始めていた。

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