第十八話 見えてきた景色 千葉支店編⑬
# 第十八話 見えてきた景色 千葉支店編⑬
六月二十日 午前八時四十分。
千葉支店。
神谷はいつものようにホワイトボードの前で足を止めた。
六月粗利実績
中村拓海 2,870万円
佐伯隼人 2,430万円
神谷悠真 920万円
神谷悠真(心の声):920万……。
少し前まで五百万円だった。
クーリングオフの電話が来てから。
神谷は明らかに失速していた。
強く提案できない。
踏み込めない。
どこまで話していいのか分からない。
数字は思うように伸びなかった。
だが昨日、クーリングオフになった井上様の案件が再契約になった。
粗利八百四十万円。
紹介案件のため折半。
神谷へ計上されたのは四百二十万円だった。
結果、五百万円から九百二十万円。
神谷悠真(心の声):全部佐伯さんに助けてもらった数字だけどな……。
それでも…見えてきた。
月間粗利一千万円。
あと八十万円。
その時だった。
中村拓海:おっ。
見えてきたじゃん。
神谷悠真:おはようございます。
中村拓海:920万かー!
新人一ヶ月目なら十分すごいよ。
神谷悠真:でも結局、井上様の件は佐伯さんに全部やってもらいましたし。
中村拓海:まあなー。
神谷悠真:勉強代にしては高すぎません?
中村は笑った。
中村拓海:安い安い。
佐伯さんも、なんかあってもフォローできると踏んでて任せたらしいしな。
神谷悠真:えっ、そうだったんですか⁉
中村拓海:あ、これ内緒ね。言うなっていわれてたからさー。
一度数字に囚われるとまじで道踏み外すからな、今のうちでよかったよ。
神谷は苦笑した。
確かにそうかもしれない。
もしあのまま契約になっていたら
自分は何も気付かなかった。
その時、事務所の扉が開く。
佐伯が入ってきた。
佐伯隼人:おはよう。
神谷悠真:おはようございます。
佐伯隼人:数字見たか。
神谷悠真:はい。
佐伯隼人:もうすぐ一千万円だな。
神谷悠真:……はい。
佐伯さんへの罪悪感と、恩返ししたい気持ちが湧いてきていた。
視線は自然と上へ向く。
中村拓海 2,870万円
佐伯隼人 2,430万円
神谷悠真(心の声):やっぱ二人ともすごいな。
自分は一千万円が見えて喜んでいる。
だが中村は三千万円目前。
佐伯も二千五百万円目前。
まだまだ差は大きかった。
神谷悠真:中村さん。
中村拓海:んー?
神谷悠真:三千万ってどうやったらいくんですか。
中村は少し考える。
そして笑った。
中村拓海:気付いたらいってる。
神谷悠真:参考にならないです。
中村拓海:ははは!
事務所に笑いが起こる。
その時だった。
事務員:神谷さん。
神谷悠真:はい。
事務員:少し遅くなりましたが今日の案件です。
神谷悠真:ありがとうございます。
一件目 時計とアクセサリー。
二件目 遺品整理。
神谷悠真:遺品整理か……。
少しだけ表情が引き締まる。
「物を見る前に人を見る」
ふと、入社初日の言葉が頭をよぎった。
九条玲司社長…そして鷹野誠司さん。
あの時は意味が分からなかった。
だが今なら少しだけ分かる気がした。
神谷悠真(心の声):今日はちゃんと見てみるか。
数字じゃなくまずは人を。
神谷は資料を持つ。
車の鍵を取る。
そして支店を出た。
空はまだ曇っていた。
だが、昨日までの重たい雨雲とは少し違う。
雲の隙間から少しだけ光が差していた。
神谷悠真(心の声):あと八十万。
いや――
まずは一件ずつだな。
六月後半。
神谷悠真は少しずつ変わり始めていた。




