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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第十四話 1000万の景色 千葉支店編⑨

# 第十四話 1000万の景色 千葉支店編⑨


六月三日 午前八時四十分。


千葉支店 朝礼前。

神谷はいつものようにホワイトボードの前で足を止めた。


まず目に入ったのは、先月の最終結果だった。



五月粗利実績

中村拓海 5,590万円

佐伯隼人 3,510万円

----

----

----

神谷悠真 640万円



神谷悠真(心の声):5,590万……。


何度見ても意味が分からない数字だった。

自分は640万。


新人としてはかなり良い。

実際、支店内でもかなり褒められた。


だが...中村はその約9倍。

月末最終日には再訪案件でインゴット買取があったらしく

一日で一千万円以上の粗利を積み上げたと聞いている。

上層部総出で色々と慌ただしかったそうだ。


社長からも激励の電話があったそうだ。


神谷悠真(心の声):本当に同じ仕事してるのか……。


その時だった。


中村拓海:おっ神谷!

神谷悠真:おはようございます。


中村拓海:また先月の数字見てるのかー?

     神谷、640万だろ?十分すげーよ!

     俺の初月500万くらいだったぞー?


神谷悠真:いやいや。

     今月の中村さんの足元にも及ばないですよ。


中村拓海:ははは!まあな!


周囲も笑う。

神谷もつられて笑った。


だが。

視線は自然と隣へ移る。


そこには六月の途中経過が書かれていた。


六月粗利実績(途中経過)

中村拓海 420万円

佐伯隼人 280万円

神谷悠真 240万円


神谷悠真(心の声):240万……。


まだ六月は始まったばかり。


それでも順調だった。


神谷悠真(心の声):でもまだ中村さんの半分か。


その時。

中村が肩を叩いた。


中村拓海:新人で二日で240万?

     十分異常だからな?


神谷悠真:そうですかね。

中村拓海:そのペースなら今月1000万いくぞ。


神谷悠真:1000万……。


その数字が妙に頭へ残った。


そこへ佐伯が現れる。


佐伯隼人:神谷。

神谷悠真:はい。


佐伯隼人:今日は俺の紹介案件を任せる。

神谷悠真:紹介案件ですか?


佐伯隼人:俺の過去客からの紹介だ。

     今日は重要な別件が重なったから

     お前に行ってもらうことになった。


神谷悠真:分かりました。

佐伯隼人:紹介案件は普通の案件じゃない。

     紹介してくれた人の信用で行く案件だ。

     そこだけ忘れるな。


神谷悠真:はい。


その時は軽く返事をした。


午前十時 住宅街の一軒家。

依頼主は八十代女性 井上和代。


玄関が開く。


井上和代:あらあら。

     若いのねぇ。


神谷悠真:本日担当させて頂く神谷です。

     佐伯の部下になります。


井上和代:佐伯さんには本当にお世話になったのよ。

     よろしくね。


神谷悠真:よろしくお願いします。


家へ上がる。

依頼は亡くなった旦那の遺品整理だった。


だが、神谷の視線はすぐ別の場所へ向かった。


押し入れの奥。

積まれた段ボール。


神谷悠真:こちらも見ても大丈夫ですか?


井上和代:ああ、いいわよ。息子が昔置いていった物よ。

     十年以上もそのままにして。まったくあの子ったら。


神谷は箱を開く。


次の瞬間。

思わず息を飲んだ。


何十年も前のものであろうゲーム機。

僕が知らない時代のソフビ。

仮面ライダーカード。


ブリキのようなもの。

そして…超合金。


神谷悠真(心の声):なんだこれ……。なんか高そうなオーラあるな。


問い合わせをかける。

数分後。


返答。高額な値段が並ぶ。

諸々合計 先付300万円。


神谷悠真(心の声):この段ボール2箱分だけで三百万!?


一瞬だけ鼓動が速くなる。

だが顔には出さない。


神谷悠真:こういう昔のおもちゃってですね。

     今はなかなか需要なくて。

     でも、1つ1つ頑張って売ったらまとめて一万円くらいになりそうですね。


井上和代:そんなものなの?


神谷悠真:箱も傷んでますし。

     保管状態もありますから。


井上和代:そうなのねぇ。

神谷悠真:はい。


井上和代:じゃあお願いしようかしら。

神谷悠真:ありがとうございます。


契約成立。

続いて旦那の遺品。


古いカメラ。

ロレックス…中国切手。

記念金貨に純金小判セット。


問い合わせの返答が返ってくる。


カメラその他 20万円

ロレックス 135万円

中国切手 80万円

記念金貨 65万円

純金小判セット 420万円


合計720万円。


ゴクッ。

神谷は喉を鳴らした。


ホビー300万円。

遺品720万円。


合計…1020万円。


その瞬間。

頭の中へ数字が浮かんだ。


240万+1020万=1260万


神谷悠真(心の声):1260万……。

          今日決まれば、今月一気に暫定トップだ。


中村さんを超える。

その考えが頭をよぎった。


神谷は査定を続ける。


神谷悠真:こちらの小判セットは、流通量が多くなく

     今では骨董品として集める方もいます。

     コレクター市場なら高くなる可能性もありますね。


井上和代:そうなの?


神谷悠真:ただ、その分売れるまで時間がかかります。

     今回はうちの会社のお得意の業者様が赤字覚悟でも引き取りたいとのことで

     小判だけでも十万円。

     少々色を付けて、全部まとめて十九万円までなら頑張れます。


井上和代:なるほどねぇ。


女性は少し考えた。

そして言った。


井上和代:全部、息子が来た時に相談した方がいいかしら。


神谷の胸が少しだけざわつく。

1260万…その数字が頭から離れない。


神谷悠真:十年以上置いたままなら、もう忘れてますよ。

井上和代:そうかしら。


神谷悠真:それに、この旦那様のお品物の所有権は全部奥様の物ですから。

     皆さんご自分で決めてらっしゃいますよ。

     息子様も欲しがるような品物でもないでしょうし。


井上和代:そうねぇ。

神谷悠真:息子様も1万の臨時ボーナス入って喜ぶと思いますよ!

     今はプレゼントも、物より現金時代ですからね。


井上和代:あの佐伯さんの後輩さんだし…お願いしようかしら。

神谷悠真:ありがとうございます。


契約成立。


支払額 20万円。

先付  1020万円。

粗利  1000万円。


神谷の心臓は高鳴っていた。


午後七時 千葉支店。


帰社。

仕分け、パケ入れ、タグ、処理。


神谷は上機嫌だった。


その時、中村が近付いてくる。


中村拓海:おう神谷。今日はどうだった?

     佐伯さんの紹介案件!


神谷悠真:中村さん!お疲れ様です。

     粗利1000万やりました。


中村拓海:は?

神谷悠真:これです。


タグを渡す。

中村の目が止まる。


レトロホビー諸々…

買取合計 1万円

先付合計 300万円


中村拓海:うおい!!

     これ、よくこの値段で買えたな!


そういって中村さんは超合金を指さした。


神谷悠真:全部いらないって言ってました。

中村拓海:いやいやいや!

     俺でも結構払うぞこれ!

     高騰してるで有名だからな。

     この時代のこれ、残してる人は絶対知ってる人だしな。


神谷悠真:そんなにですか?


中村はタグを見ながら笑った。


中村拓海:レトロホビーは今ヤバいんだよ。

     海外需要もあるし、昔のソフビとか!

     ライダーカードもコンプリート系は特にエグいし1枚1万とかざらだぞ。

     ブリキなんか特に。超合金はもうレベチだからな。


神谷悠真:へぇ……。


中村拓海:息子世代のコレクションは怖いぞ。

     親は価値知らないけど、息子自身が残してるってことは

     「あえて」残してる場合があるからなー結構慎重にいく場合もある。


神谷は少し笑う。


神谷悠真:でも買えましたから。

中村拓海:まあな!結果は結果だ!

     にしてもすげーな!


事務所の扉が開いた。

佐伯が帰社してきた。


佐伯隼人:何騒いでる。

中村拓海:神谷が佐伯さんの紹介案件で1000万やったらしいぞ。


佐伯はタグを見る。


黙る。

そして静かに聞いた。


佐伯隼人:息子さんには確認したのか。

神谷悠真:え?


佐伯隼人:息子さんだ。

神谷悠真:いえ、十年以上置いてたらしくて、いいよって。

     遺品も、所有権はお母様の物なんで。


佐伯は何も言わなかった。

ただタグを戻した。


神谷は少し首を傾げる。

だが気にしなかった。


今はそれよりも、一千万円。

その数字の方が嬉しかった。


翌朝 午前八時半時。


千葉支店 朝礼前。

ホワイトボードが更新されていた。


六月粗利実績(途中経過)


神谷悠真 1,260万円

中村拓海 630万円

佐伯隼人 590万円


神谷悠真(心の声):トップだ……。


初めて自分の名前が一番上にあった。

自然と笑みがこぼれる。


その時だった。

事務員が声を掛けた。


事務員:神谷さん。

神谷悠真:はい?


事務員:昨日のお客様から電話です。

神谷悠真:昨日?


受話器を取る。


神谷悠真:お電話代わりました、神谷です。


男の声だった。

聞き覚えはない。


井上健二:昨日、母の家に来ましたよね。息子の健二です。

神谷悠真:お世話になっております。


井上健二:昨日の買取の件なんですが。

神谷悠真:はい…。


井上健二:母から連絡をもらって。


神谷の心臓が跳ねる。


井上健二:僕のおもちゃも勝手に売ってて。

     父が残してたロレックスとかも売ったって。

神谷悠真:……。


井上健二:少し調べました。

     この、ロレックス?この金額、安くないですか?


沈黙。


井上健二:全部、クーリングオフします。

神谷悠真:え……。


井上健二:手続きお願いします。


ツー。

ツー。

ツー。


電話が切れる。

受話器を持つ手が止まった。


ホワイトボードを見る。


神谷悠真 1,260万円

その数字が、一瞬で色を失った。


神谷悠真(心の声):なんでだ……。


初めてのクーリングオフだった。


神谷はまだ知らない。

この一件が、自分の営業人生で最初の大きな挫折になることを。

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