第十三話 数字の味 千葉支店編⑧
# 第十三話 数字の味 千葉支店編⑧
午前八時四十分。
千葉支店。
神谷が一人で回り始めて2週間が経った。
五月も残り1週間となった。
今日も朝礼が始まる。
ホワイトボードには五月の粗利実績が書かれていた。
中村拓海 3,420万円
佐伯隼人 2,980万円
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神谷悠真 340万円
神谷は今日も数字を眺めている
神谷悠真(心の声):340万……。
入社したばかりの新人としては破格だった。
実際、去年の新人は初月200万いくかどうかレベルだったらしい。
周囲からもよくやっていると言われる。
だが。
神谷の視線は自然と一番上へ向いていた。
中村拓海 3,420万円
神谷悠真(心の声):俺の10倍かよ……。
その時だった。
中村拓海:おっ神谷!
順調じゃん!
神谷悠真:まだまだ全然ですよ。
中村拓海:その調子その調子!
新人でその数字なら十分だって!
神谷は苦笑する。
だが心の中では違った。
十分じゃない。
全然足りない。
そんな感覚が少しずつ芽生え始めていた。
午前十時 一件目。
依頼主は七十代女性。
依頼品はアクセサリーと食器だった。
神谷はいつものようにボイスレコーダーを押す。
カチッ。
神谷悠真:午前十時〇五分。
田中様宅。査定開始します。」
査定開始。
用意されていたのは指輪とネックレス。
どちらも古いデザインだった。
神谷は問い合わせをかける。
返ってきた先付。
リング 18万円 宝石製品〇
ネックレス 12万円 宝石製品〇
合計30万円。
神谷は表情を変えなかった。
お客様が話し始める。
田中洋子:母から譲り受けた物なの。
昔は高かったらしいんだけどね。
神谷悠真:なるほど。
昔のアクセサリーですね。
神谷は石を見る。
確かに大きい。
だがもう以前の神谷ではなかった。
神谷悠真:実はですね。
昔の宝石って今ほど品質基準が厳しくなかったんです。
田中洋子:そうなの?
神谷悠真:はい。
当時は海外から入ってきた物も多かったですし。
今だと評価が付きづらい石も結構増えましたね。
田中洋子:へぇ。じゃあ、これは?
神谷悠真:正直に言うと。
この石自体はほとんど評価が付かないです。
なので地金としての評価になりますね。
田中洋子:そうなのね。
神谷悠真:リングだけだと三万円です。
ネックレスは一万です。
お客様は少し考えた。
神谷は続ける。
神谷悠真:ですが、ネックレスも一緒にお売り頂けるなら
セットで売れるので、赤字覚悟の五万円まで頑張ります。
田中洋子:じゃあ…一緒にお願いしようかしら。
神谷悠真:ありがとうございます!
契約成立。
続いて食器。
問い合わせ。
先付ゼロ。
神谷は即答した。
神谷悠真:こちらは買取難しいですね。
田中洋子:そうなの。
神谷悠真:申し訳ありません。
以前なら何とか買おうとしていた。
今は違う。
利益にならない物は切る。
それもまた効率だった。
午後一時 二件目。
依頼主は六十代男性。
依頼品はロレックス。
神谷は箱を開いた。
エクスプローラー
状態良好、保証書あり。
神谷は問い合わせをかける。
数分後…返答。
先付125万円
神谷は心の中で頷いた。
神谷悠真(心の声):125万か。
驚きはなかった。
もう金額に慣れ始めていた。
神谷悠真:相場的にも、かなり頑張って…四十万円ですね。
男性は目を丸くした。
鈴木誠:そんなもんなの?
神谷悠真:時計相場も少し落ち着いてまして。
保証書が無かったらもっと厳しかったですが
今回はそろってますし、状態も良いので頑張ってます。
時計は予定より安く売れてしまうこともあるので、正直赤字覚悟です。
鈴木誠:そうかぁ。
沈黙。
神谷は待った。
焦らない。
追わない。
中村がよくやる間だった。
数十秒後。
鈴木誠:じゃあお願いしようかな。
神谷悠真:ありがとうございます。
契約成立。
買取 四十万円
先付 百二十五万円
粗利は八十五万円。
神谷は何も感じなかった。
ただ数字として脳内で処理していた。
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その後も、もう2件。
ブランドバッグ…古銭…銀杯。
査定。
問い合わせ。
契約。
積み込み。
あっという間に一日が過ぎていく。
神谷悠真(心の声):少しずつ分かってきた。
「何が利益になるのか。」
「どこを見ればいいのか。」
「どう話せばいいのか。」
徐々に神谷は自信をつけてきていた。
特に今日はアクセサリーにロレックス大きな買取で成長を実感できた。
午後七時 千葉支店。
神谷は帰社後の処理をしていた。
仕分ける。
パケに入れる。
タグを書く。
その途中、佐伯さんが帰社してきた。
神谷悠真:佐伯さん。
佐伯隼人:なんだ。
神谷悠真:今日。
粗利百万円超えました。
佐伯は顔を上げた。
神谷悠真:ロレックスも買えました。
宝石も。
佐伯はタグを見る。
リング
買取3万円
先付18万円
ネックレス
買取2万円
先付12万円
ロレックス
買取40万円
先付125万円
佐伯は黙った。
神谷は褒められると思った。
だが。
佐伯隼人:そうか。
それだけだった。
神谷悠真:……え?
佐伯隼人:粗利は結果だ。
神谷悠真:はい。
佐伯隼人:だが結果だけ追うな。
神谷悠真:?
意味が分からなかった。
今日は勝った。
数字も出た。
利益も出た。
何が問題なのか。
神谷には分からなかった。
帰り際。
神谷はホワイトボードを見上げる。
中村拓海 3,850万円
神谷悠真 470万円
神谷悠真(心の声):中村さん…今日もすごいな。
待ってろよ…!絶対追いつく!
今日だけで百三十万円。
もっとできる。
もっと上へ行ける。
もっと買える。
その感覚は確実に神谷の中へ根を張り始めていた。
気付かないうちに。
少しずつ。
確実に。




