第十二話 初成約 千葉支店編⑦
# 第十二話 初成約 千葉支店編⑦
午前九時。
千葉支店の駐車場。
神谷悠真は少し緊張していた。
一週間、佐伯さんに同行し。
中村さんの再訪案件にも同行した。
査定の流れも少しずつ覚えてきた。
そんな朝だった。
佐伯隼人:神谷。
神谷悠真:はい。
佐伯隼人:今日はお前ひとりで二件やれ。
神谷悠真:え?
佐伯隼人:俺は車で待ってる。
神谷悠真:一人でですか?
佐伯隼人:一人でだ。
神谷悠真:大丈夫ですかね……。
佐伯隼人:失敗してこい。
神谷悠真:縁起悪いですよ。
佐伯隼人:成功より失敗の方が覚える。
神谷は苦笑した。
不安はあった。
だが少しだけ楽しみでもあった。
初めて自分が前に立つ。
そんな一日だった。
午前十時 一件目。
依頼主は五十代の男性。
査定依頼品は時計とフィルムカメラだった。
神谷はいつものようにボイスレコーダーを取り出した。
カチッ。
神谷悠真:「午前十時。
山田様宅。査定開始します。」
録音開始。
玄関へ入る。
リビングへ案内された。
神谷悠真:今日は暑いですね。
山田健一:そうですね。
沈黙。
神谷悠真(心の声):終わった……。
アイスブレイクは一秒で死んだ。
査定を始める。
時計…古いクォーツ。
問い合わせ。
先付三百円。
続いてフィルムカメラ。
こちらも先付五百円。
神谷は説明する。
山田健一:そんなもんか。
神谷悠真:はい……。
山田健一:なら売らないかな。
神谷悠真:そうですよね。
空気が重い。
終わりそうだった。
神谷は焦る。
何か。
何かないか。
部屋を見回す。
その時だった。
灰皿…タバコ…吸い殻。
目に入った。
神谷悠真:あの……。
山田健一:はい?
神谷悠真:ライターとかも見れます。
山田健一:ライター?
神谷悠真:物によってはお値段付きます。
山田健一:あーもう使わないライターがあったな。
山田は立ち上がった。
リビングの棚から一本持ってくる。
金色のガスライターだった。
正直、安物だと感じた。
問い合わせ。
神谷は思わず目を見開いた。
先付五千円。
神谷悠真(心の声):え?こんなのが?
神谷悠真:おっ!こちら四千円でしたらお買取できます。
山田健一:それならいいよ。
神谷悠真:ありがとうございます!
契約書を記入する。
初成約だった。
車へ戻る。
神谷は少し浮かれていた。
助手席へ乗り込む。
神谷悠真:買えました。
佐伯隼人:何を。
神谷悠真:ライターです。
経緯を説明する。
佐伯は黙って聞いていた。
神谷悠真:初成約です。
佐伯隼人:そうか。
神谷悠真:はい。
佐伯隼人:手前ざらいだな。
神谷悠真:え?
佐伯隼人:趣味聞いたか?
神谷悠真:聞いてません。
佐伯隼人:今何に金使いたいか聞いたか?
神谷悠真:聞いてません。
佐伯隼人:家族構成は?
神谷悠真:……。
聞いていない。
何も。
佐伯隼人:じゃあそれはお前主体の査定だ。
神谷悠真:自分主体の査定…?
佐伯隼人:お客様の為の査定じゃない。
神谷は黙る。
佐伯隼人:お客様が探したくなるきかっけを作れ。忘れてるものを思い出させろ。
売りたくなる理由付けをしろ。
神谷悠真:理由……。
佐伯隼人:本人でも忘れてる物なんて山ほどある。
でも探す理由がなきゃ出てこない。
神谷はその言葉を頭に刻んだ。
午後二時 二件目。
依頼主は八十代の女性だった。
査定依頼品は、テレホンカード、商品券、古いアクセサリー。
神谷はボイスレコーダーを押した。
カチッ。
神谷悠真:「午後二時〇三分。
高橋様宅。査定開始します。」
査定開始。
だが。
開始五分で空気は悪くなった。
神谷悠真:今日は天気が良いですね。
高橋和子:そうね。
終了。
神谷悠真(心の声):また滑った……。
査定へ入る。
まずは、テレホンカード。
神谷悠真:今は需要も少ない為、額面よりは安くなります。
高橋和子:じゃあ売らないわ。
商品券。
神谷悠真:こちらも額面よりは……
高橋和子:じゃあそれも売らない。
そして、大本命のアクセサリー。
ネックレス。
イヤリング。
指輪。
確認する……が、全部メッキ。
神谷悠真(心の声):終わった……。
神谷悠真:他に使わないアクセサリーはありませんか?
高橋和子:他にはないわよ。
沈黙。
気まずい。どうしよう。
頭が真っ白だった。
一件目で聞いた佐伯の言葉も飛んでいる。
神谷はスマホを取り出し、佐伯にメッセージを送る。
『詰みました』
数秒後、返信。
『さっきのことを思い出せ
もう一度お客様の特徴を見ろ。どこかに糸口がある』
『中村から何を学んだ?』
『お前はやればできる』
神谷は深呼吸した。
部屋を見る。
よくある昭和の平屋だ。そういえばおうちに入る前に観察すらしてなかった。
桐箪笥…鏡台。仏壇、押し入れ。
中村さんの声が頭に蘇る。
『どこに何があるか予想する』
神谷は考える。中村さんは着物きっかけに奥まで入り込んでいた。
何かきっかけを作って着物の査定を提案してみよう。
神谷悠真(心の声):何かきっかけ……。
お客様を見た。
口が開いた時だった。
奥歯に輝く金色。
神谷の頭に電流が走る。
神谷悠真:そういえば僕。
この前虫歯治療で金歯勧められたんですよ。
高橋和子:あらそうなの?
神谷悠真:今どきインプラントなのに昭和っぽいですよね。
高橋和子:ふふふ。確かにね。
神谷悠真:でも金歯って実は売れるので、将来すこし返ってくるんですよね。
だからちょっと迷いました。
高橋和子:え?金歯って売れるの?
神谷悠真:はい!売れますよ。もちろんうちも買取やってます。
空気が変わった。
高橋和子:もしかしたら、主人の金歯が残ってたかもしれないわ。
どこにあったかしら…。
高橋和子は立ち上がる。
神谷悠真(心の声):きた……!今だ!
神谷悠真:そういえば着物とかも見れますよ。
高橋和子:着物?着物なんて売れないでしょ?
神谷悠真:そんなことないです!今着物にも力入れてるので!
金歯お探しの間に、着物見ますよ!
高橋和子:そうなの…じゃあ、お願いしようかしら。
神谷は初めて家へ上がった。
桐箪笥。
着物…帯。順番に見る。
そして、小箱。
中に入ってたのは帯留めだった。
パールが付いてる。金具は銀色だ。
裏返して刻印を見る。K14WG。
神谷の心臓が跳ねた。
さらにもう一つ。こちらもK14WG。
神谷悠真(心の声):あった……!地金だ…!
すぐに佐伯へ連絡する。
返信は早かった。
『利益出るなら金券額面で買っていい』
『帯留めと金歯は俺が金額決める』
『着物とかの提案のトークも送るからその通りに話してみろ』
神谷は送られてきた内容を読み込む。
数分後。
高橋和子も金歯を見つけてきた。
査定。
説明。
提案。
契約。
すべてが驚くほどスムーズだった。
高橋和子:まさかこんなものが売れるなんて思いもしなかったわ。
神谷さん、ありがとう。
神谷悠真:いえいえ!こちらこそ!お力になれて良かったです。
高橋和子:テレカも金券もサービスして頂いて…おたくにお願いして良かった。
神谷悠真:こちらこそありがとうございます!
自然に言えた。
こんなに嬉しい気持ちは初めてだった。
車へ戻る。
神谷は興奮していた。
神谷悠真:やりました!
佐伯隼人:ああ。
神谷悠真:買えました!
佐伯隼人:最初はどうなるかと思ったが、見込み通りだ。
この教訓を明日から生かせよ。
神谷は思わず笑った。
嬉しかった。
認められた気がした。
佐伯はタグを見ながら言う。
佐伯隼人:ちなみに金歯な。
昭和世代は保険治療でもよく使われてた。
だから昔の家は結構眠ってる。
金はやわらかいから、こういったものの場合は品位が低い。
大体は14金か10金あたりだな。
神谷悠真:なるほど。
佐伯隼人:あとWG。
ホワイトゴールドだ。
銀色だからメッキや銀、プラチナとかと勘違いされやすい。
神谷悠真:だから見落とされるんですね。
佐伯隼人:そういうことだ。
神谷は頷いた。
そして口を開いた。
神谷悠真:攻略法、分かりました。
佐伯隼人:何だ。
神谷悠真:お客様の話を聞いて、家の中を見て、
何が眠ってるか予想する。
そしてそこへ辿り着く理由を作る。
そういうことですよね?
佐伯は少しだけ黙った。
佐伯隼人:まあな。
神谷は気付かなかった。
その沈黙の意味に。
窓の外を見る。
佐伯さんの信頼。
中村さんの営業力。
両方使えたら最強じゃないか。
今日だって、最初は何も無かった。
でも最後は買えた。
やり方次第で結果は変わる。
神谷は少し笑った。
神谷悠真(心の声):次はもっと買える。
その言葉が、いつの間にか「お客様のために」ではなく
「結果を出すために」へ変わり始めていることに。
まだ神谷は気付いていなかった。




