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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第十一話 ナンバーワンの仕事 千葉支店編⑥

# 第十一話 ナンバーワンの仕事 千葉支店編⑥


一週間が過ぎた。

神谷悠真は少しずつ出張買取の流れに慣れ始めていた。


ボイスレコーダー。

査定。

契約。

事務処理。


毎日同じようでいて、同じ日は一日もない。

そんなある日の朝だった。


佐伯隼人:神谷。

神谷悠真:はい。


佐伯隼人:今日は中村について行け。

神谷悠真:え?


佐伯隼人:前に言ってただろ。

     違和感あるって。

神谷悠真:はい。


佐伯隼人:だったら見てこい。

     うちのナンバーワンだ。

     何が違うのか。

     自分の目で見ろ。


神谷悠真:分かりました。


事務所の奥。

中村がいつもの調子で手を振った。


中村拓海:おー神谷くん!

     今日は俺とデートだな!

神谷悠真:よろしくお願いします。


中村拓海:よろしくー!

     今日は再訪案件。

     この前電話してた、遺品整理で入ったお客様なんだよね。


神谷悠真:再訪ですか。

中村拓海:そう。

     まだ整理しきれてないって話だったからさ。

     続きを見に行く。


午前十時。

住宅街の一軒家。

中村はいつものようにボイスレコーダーを取り出した。


カチッ。

中村拓海:「午前十時〇一分。

      佐藤様宅。査定開始します。」


玄関が開く。


佐藤恵子:あら中村さん。

中村拓海:こんにちはー!

     また来ちゃいました!


佐藤恵子:ふふ。どうぞ。


二人は家へ上がった。

前回買い取ったのは亡くなった夫の遺品の一部。

今日はその続きだった。


中村拓海:その後どうです?

     整理進みました?


佐藤恵子:少しね。

     でもまだ全然。


中村拓海:ですよねー。

     遺品整理ってなかなか終わらないんですよねー。

     今日は一緒に片付けちゃいましょー。


前回見切れなかった部屋。

押し入れ。

収納。

段ボール。


中村は自然な流れで確認していく。

その時だった。


仏壇の前で足が止まる。


中村拓海:あれ?ちょっといいですか?

佐藤恵子:何かしら?


中村は仏壇の中を覗き込む。

そして目を見開いた。


中村拓海:うわ!これ!

     めっちゃ探してたやつです!


佐藤恵子:え?このおりん?


中村拓海:そうです!最近こういうの本当に出てこなくて。

     値段自体はそんなに高くなくて、500円くらいなんですけど

     この時代のおりんを欲しがる業者が結構いるんですよ。


仏壇に置かれていた古いおりんだった。


佐藤恵子:そうなの?

中村拓海:昔の物なんで今のおりんと作りが全然違うんですよー。


手に取る。

少しだけ形が歪んでいた。


中村拓海:あー。結構使われてたんですね。

佐藤恵子:主人の実家から引き継いだ物だから。


中村拓海:なるほど。

     長年使ってるとこうやって形も少し変わるんですよ。

     そろそろ買い替え時かもしれませんね。


佐藤恵子:そうなの?


中村はスマホで写真を見せる。


中村拓海:今はこういう小型の物が主流なんですよ。

     僕の知り合いの仏具屋さんも紹介できるんで

     買い替えのお手伝いもできます。


佐藤恵子:そうねぇ……。

     じゃあお願いしようかしら。


中村拓海:ありがとうございます!


査定は続く。


ネクタイ。

置時計。

万年筆。

古い切手アルバム。


夫の遺品を中心に確認していく。

そして一段落したところで中村が部屋の奥を見た。


桐タンスだった。


中村拓海:あのタンスって見ました?

佐藤恵子:あれは私の着物とか入れてる箪笥なのよ。


中村拓海:なるほど。

     じゃあまだ見てないですね。


佐藤恵子:そうだけど…もう着ない着物しか入ってないわよ。


中村拓海:せっかくなんで見てみましょうよー。

     意外と忘れてる物ありますからー。

佐藤恵子:そ…そうね…。


少し抵抗感のある声だった。


桐タンスが開く。

まず下段。

着物。

帯。

長襦袢。


中村は普通に確認していく。

一枚ずつ広げる。


畳む。

また広げる。


神谷は横で見ていた。


神谷悠真(心の声):本当に着物見てるな。

中村拓海:いい着物ですね。


佐藤恵子:若い頃に作ったの。

中村拓海:今は着る機会減りましたよね。

佐藤恵子:そうなのよ。


査定は続く。

下段。

中段。

そして上段。


ガラッ。


神谷は思わず目を見開いた。

アクセサリーケース。

ジュエリーボックス。


大量だった。


中村拓海:おーすごいたくさんですねー。


ほんの一瞬。


中村の目が変わる。


佐藤恵子:あら。こんなの入れてたのね。

中村拓海:結構ありますねー。


佐藤恵子:でも多分、イミテーションばっかりよ。

     旦那のお母様のばかりだと思うから。


中村拓海:アクセサリーは大得意です。

神谷悠真(心の声):大得意?


中村は次々と確認していく。


ネックレス。

指輪。

ブローチ。

イヤリング。

量が多い。


神谷から見ても高そうな物が混じっている。

だが中村は何も言わない。

代わりにこう言った。


中村拓海:これだけデザイン良いの集まってるの珍しいですよ。

     最近こういうの減りましたからね。

     色も綺麗だし。

     まとめて出して正解です。


佐藤恵子:そうなの?


中村拓海:はい。

     お母様、お洒落さんだったんですねー。


佐藤は少し嬉しそうだった。


中村拓海:ただですね。

     メッキのアクセが結構あります。


佐藤恵子:やっぱり?

中村拓海:普通の会社だと断られるかもしれません。

     でも、タイミングばっちり!

     うち今、期間限定でイミテーションキャンペーンやってるんですよー。

     メッキでもオールオッケーです!


佐藤恵子:そうなの?

中村拓海:むしろ、これだけ量ある方がありがたいので、少しサービスしちゃいますよー。


その時だった。

中村の手が小さな箱で止まる。


中にはペアリング。

そして婚約指輪。


中村拓海:あ。

     これ、ご結婚指輪と婚約指輪ですか?


佐藤恵子:それは……。

     主人との思い出だから。


少しだけ空気が変わる。


中村拓海:ですよね。

     思い出ありますよね。


中村は急かさない。

だが手放さない。


中村拓海:もちろん無理には言いません。

     ただ相場だけお伝えすると

     ここ最近みたいに上がる可能性はかなり低いです。

     むしろ、下がるリスクのほうが大きいです。


佐藤恵子:そうなの?


中村拓海:はい。

     特にダイヤは昔と状況変わってて、今は人工ダイヤの技術が凄いんですー。

     見た目じゃほぼ分かりません。作られている素材も同じなので

     昔みたいな希少性はもうなくなりつつあるんです。


佐藤恵子:へぇ……。


中村拓海:だから持っておく理由が思い出なのか、資産なのか。

     今ですと、売却して毎日身に着けられるネックレスに買い替える方もかなり増えてます。

     使わずに眠らせたままより、別の形で寄り添い続けるほうが嬉しいということかもしれませんね。

沈黙。

佐藤は指輪を見つめる。


そして。


佐藤恵子:……お願いしようかしら。

中村拓海:ありがとうございます!

     大切に次の方へお譲りさせて頂きますね。

契約書への記入が終わった。


中村拓海:今日はありがとうございました!

     思った以上に一気に進みましたね!


佐藤美智子:こちらこそ。ずいぶん片付いて心が楽になったわ。

      中村さんにお願いして正解だったわ。


中村拓海:まだ何か出てきたら呼んでくださいねー。

佐藤美智子:その時はお願いするわ。


中村は笑顔で頷く。


そして、荷物の運び出しが始まった。

何往復もする。


神谷悠真:うわ重っ!


佐藤美智子:やっぱりこのスピーカーは重たいわよね。


神谷悠真:いえいえ!若いんで!任せてください!

中村拓海:頼もしい新人だなー!頼むぞー!


神谷悠真(心の声):こんなにたくさん…遺品整理って実はこんなに量があるんだ……。


一度目の再訪、旦那様の分だけの予定だったはずなのに

奥様やお母様の品物まで…家の中がかなり片付いていた。


最後の荷物を積み込む。


佐藤美智子:ありがとうね。整理が進んだらまた呼ぶわ。


中村拓海:はい!お待ちしてます!

     じゃあ、失礼します!



車へ乗り込む。

午後五時三十分。


中村はボイスレコーダーへ話しかけた。


中村拓海:午後五時三十分。

     佐藤様宅、査定終了。


車が走り出す。


中村拓海:いやー、今日は久々に当たりだったな。


神谷悠真:すごかったですね。

中村拓海:だろー?


神谷悠真:最初からアクセあると思ってたんですか?


中村は笑った。


中村拓海:まあな。

神谷悠真:もしかして最初から分かってたんですか?


中村拓海:七十代女性の桐タンスだぞ?

     着物だけで終わる方が珍しいって。


神谷悠真:僕は全然どこになにがありそうかわからなかったです。


中村拓海:経験だよ経験。どこに何があるか。

     3か月くらい回ればだいたい分かるようになるよー。

     アクセサリーに辿り着くために、着物をだしに使ったりはよくやるパターン。

     お客様の家に入ったときに、間取りを見てどこになにをしまってそうか予想する。


神谷悠真:なるほど…。


神谷は窓の外を見る。

どこか引っかかっていた。


おりん。


あれだけは、どう考えても妙だった。

おりんが欲しかった?集めてた?どういうことだろう……。


午後七時過ぎ、千葉支店。


二人は荷物を降ろす。

今日は量が多いので、台車に載せて運び出す。


中村拓海:神谷ーそっち持ってー。

神谷悠真:はい!


品物を倉庫へ運ぶ。


パケへ詰めてタグを書く。


その途中だった。

神谷の視線が止まる。


純金おりん

買取価格 500円

先付価格 2,000,000円


神谷悠真:……ちょっ、中村さん!これ……。


思わず声が漏れた。


中村拓海:やっと気づいた?


中村が笑う。


神谷悠真:いや待ってください!これって…!


タグを持ち上げる。


神谷悠真:二百万…?桁間違えてます…?

中村拓海:いやー純金だからなーそれくらいいくんだよ。


神谷悠真:買取金額、五百円でしたよね?


中村拓海:そうだよ。それがどうした?


神谷は固まる。

さらに隣のタグを見る。


K18ネックレス

買取価格 300円

先付価格 350,000円


純金/K18 金貨コイントップ

買取価格 100円

先付価格 410,000円


その他諸々足したら先付金額は150万をゆうに超えていた。

でも買取金額はアクセサリー全部足しても1万。

最後に買い取った結婚指輪と婚約指輪を入れても5万しか払ってない。


神谷悠真:……。


言葉が出ない。


中村拓海:今日は結構伸びたなー。

神谷悠真:結構どころじゃないですよね……?


その時だった。


佐伯隼人:お疲れ。


後ろから声が聞こえた。

佐伯だった。


佐伯はタグを見る。


佐伯隼人:おりん出たのか。よく買うなー。


中村拓海:いやーまた買っちゃいましたよー。

     今回も仏具屋さん紹介しないとですわ。


佐伯隼人:またこんなに安く買い取って。

     本当にすごいな。おりんも今月だけで2個目じゃないか。


中村拓海:今月もNo1は譲らないですよー!


神谷は我慢できなかった。


神谷悠真:佐伯さん。

佐伯隼人:なんだ。


神谷悠真:これ……。


タグを見せる。


神谷悠真:純金だったんですか。


佐伯は一目見て頷く。


佐伯隼人:ああ。純金はやわらかいからな。

     こんな簡単に曲がる。ぱっと見でも輝きも違うだろう?

     中村、まだ説明してなかったのか。


中村拓海:いやー、流石に現場で言ったら神谷顔に出るんで

     これから教えようと思ってたところでしたー。


神谷は明細を見る。

仏具 おりん 999.9 変形あり


神谷悠真:これ…純金って書いてないんですね。

     本体には純金しか書いてないですが、こういう書き方っていいんですか…?


佐伯隼人:神谷。

神谷悠真:はい。


佐伯隼人:前に帯留めやったな。

神谷悠真:750ですか。


佐伯隼人:そう。それと考え方は同じだ。

     明細もお客様とのトークでも、嘘はダメだ。

     不実告知にあたる。

     ただな、純金と999.9の千分率はどっちかいても嘘ではないから問題ないんだ。

     これ何?と聞かれたら説明義務が生じるが、聞かれない限り説明する必要はない。


中村拓海:そうそう。千分率の書き方はどこの買取業者もよく使うねー。

     K18とか純金は聞いたことある人いるけど、千分率なんてほとんど知らない人ばかりだからね。

     こういう出張買取って、利益の2/3は金プラチナの地金が占めるくらいがっぽりなんだよねー。


神谷悠真:……え?そんなにですか?


中村拓海:たとえば今日の再訪だと、おりんとアクセだけでも粗利が三百五十万あるね。

     旦那さんの遺品はほんの少し。数万くらいしかないけど、物量は旦那さんのほうが多かったでしょ?


神谷悠真:確かに…。


中村拓海:だから、あーやって箪笥とか鏡台、仏壇とか地金がありそうなところは

     どの家でも必ず見に行くようにしてるのよー。


神谷悠真:でも、お客様によっては玄関まで!って人もいますよね?

中村拓海:そこが営業力の見せどころよー!

     玄関止まりの査定は「手前ざらいの査定」誰でも買えるものしか買えない。

     だから俺はどの家でも「必ず」家の中に入る。


神谷は固まった。


中村拓海:ただな、今回みたいにたくさん眠ってる家は警戒心がくそ高いんだよねー。

     そういう家は、一回目より二回目!信頼された後が本番。

     言い方悪いけど、一回目を我慢して我慢して、か、ら、の。ごちそうにありつく。

     どの業界でもよくある。

     でも、出張買取はクーリングオフがあるからね、アフターケアもしっかりするのが俺のモットー。


佐伯隼人:流石だな。クーリングオフは7日間は、お客様側から問答無用で買取の撤回解除が可能だからな。

     実際、無理な押し買いでクーリングオフされまくってる査定員は他社では山ほどいるが

     中村と俺は、クーリングオフ未だに0回。あんだけ強気に買って0回はすごいよ。


中村拓海:いやいやー!佐伯さんのご指導のおかげですよー!


神谷は窓の外を見た。

中村さんは佐伯さんとすこし違う。


やり方も。

考え方も。


だが二人ともクーリングオフもない。

どう考えてもこの人が千葉支店ナンバーワンたる所以(ゆえん)がそこにはあった。


その理由を。


神谷は少しだけ理解し始めていた。

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