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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第十話 帰社 千葉支店編⑤

# 第十話 帰社 千葉支店編⑤


午後六時過ぎ。

佐伯の運転する車が千葉支店へ戻ってきた。

神谷はシートへ深く身体を沈める。


朝から四件。

移動。

査定。

契約。

想像していた以上に疲れていた。


車が駐車場へ入る。

エンジンが止まった。


神谷悠真:終わった……。

佐伯隼人:何言ってんだ。


神谷悠真:え?

佐伯隼人:まだ終わってない。


佐伯は当たり前のように車を降りた。

神谷も慌てて続く。


後部座席、トランク。

そこには今日買い取った品物が積まれていた。


カメラ。

時計。

帯留め。

古銭、切手。

その他諸々。


神谷悠真(心の声):そうか。持って帰って終わりじゃないのか。


二人で荷物を運ぶ。

倉庫へ入れる。

確認する。

仕分けする。


神谷が思っていたより作業は多かった。


神谷悠真:毎日これやるんですか?

佐伯隼人:当たり前だ。

     現場より帰ってからの方が面倒な日もある。


神谷悠真:マジか……。


佐伯は笑わない。

本気だった。


事務所へ戻る。

社員たちも続々と帰社していた。


誰かがパソコンへ向かう。

誰かが電話している。

誰かが数字を入力している。

現場の空気とは違う。

どこか営業所らしい空気だった。


???:佐伯さん。


奥から男が現れた。

二十代後半。

明るい茶髪。

スーツも少し派手だ。

人当たりは良さそうだった。


???:おかえり。

佐伯隼人:おう。


???:今日どうだった?

佐伯隼人:普通。


???:普通でいくら?

佐伯隼人:いつも通り。


男は笑った。


???:それ普通じゃないんだよなぁ。


佐伯隼人:神谷。

神谷悠真:はい。


佐伯隼人:こいつ中村。


中村拓海:よろしくー!

     月間トップ張ってます!中村でーす。


神谷悠真:神谷です。

     よろしくお願いします。


中村拓海:ひょっとして、佐伯さん付き?

神谷悠真:はい。


中村拓海:大変だぞー。

     この人、色々と基準が高すぎるからさー。


神谷は苦笑した。


中村は倉庫へ向かう。

神谷もついて行った。


倉庫の棚には大量の商品が並んでいた。


カメラ。

時計。

オーディオ。

楽器。

レトロ玩具。


見たこともない物ばかりだ。


神谷悠真:すごい量ですね……。

中村拓海:全部買取品だねー。


中村は棚から一台の機械を取り出した。


中村拓海:これいくらだと思う?

神谷悠真:え?


手のひらサイズの古いカセットプレーヤーだった。


神谷悠真:そうですねー、正直値段付かなそうですが、

     買ってるくらいなので千円くらいですか?


中村拓海:十五万。


神谷悠真:じゅ、じゅうごまん!?


思わず声が出た。


中村拓海:いいリアクションだねー!これはねー、昔の最上位モデル。

     音質がねー、レベチなんだー。

     当時の定価は43,000円なんだけど、プレミアついてこんなに高くなっちゃった。

     まあ、こんなの残してるほうが珍しいからねー。


神谷悠真:これが…十五万……。


全く見えなかった。

ただの古い機械にしか見えない。


中村はさらに指差した。


中村拓海:じゃあ、あれは?


巨大なスピーカーだった。


神谷悠真:分かりません……。


中村拓海:四十万。

神谷悠真:えっちょっと、高すぎません?


中村拓海:あのタンノイだからなー。

     オーディオ好きには有名だよー覚えておきな。


神谷は棚を見つめた。

価値が分からない。


本当に分からない。


神谷悠真:誰が買ったんですか?

中村拓海:俺。


神谷悠真:…いくらで?


中村拓海:カセットは百円。

     スピーカーは十万。


神谷悠真:……。


言葉が出なかった。


ライカ。

帯留め。

今日の古銭。


頭の中で色々な数字が繋がる。


中村拓海:そんな顔すんなよ。

神谷悠真:いや……。


中村拓海:価値知らない人もいる。

     邪魔だから処分したい人もいる。

     そういうもんだ。


神谷は曖昧に頷いた。

だが何か引っかかった。


その時だった。

ふと壁のホワイトボードが目に入る。


五月実績

第一位 中村拓海

第二位 佐伯隼人

第三位 ――


神谷悠真(心の声):一位……中村さんなんだ。


正直意外だった。


佐伯さんは凄い。

そう思っていた。


だが数字では中村が上だった。


神谷悠真(心の声):何が違うんだ……?


午後七時過ぎ。

事務所の空気も落ち着いてきた。


神谷は帰り支度をしていた。

その時だった。


中村の声が聞こえる。



中村拓海:もしもし。

     先日はありがとうございました。


電話だった。


中村拓海:その後どうですか?

     片付け進みました?


神谷は思わず足を止めた。


中村拓海:そうですよね。

     まだまだ結構ありますよねー。

     でも暑くなる前に片づけ終わらせたいですもんねー。

     頑張り時ですね!僕も力になりますんで。


相手は笑っているらしい。


中村拓海:え!ほんとっすか!はい!それじゃあ来週お伺いしますんで!

     もし手伝ってほしいことありましたら、近くいるとき寄るんで!


数分後…電話が終わる。


中村拓海:よし。再訪ゲット~!


神谷悠真:すいません、聞いてました。

     営業電話ですか?


中村拓海:あー別にいいよー!

     遺品整理ゆっくりしようかな~とか言ってたお客様だったから

     とっととやろうぜってずっと背中押したんだよね。

     やっと再訪になったよ。


神谷悠真:すごいですね、流石ナンバーワンですね。

     

中村拓海:買った後が本番。

     信頼してもらった後の方が話聞いてくれるからねー。


神谷は黙った。

今日だけでも何度も聞いた言葉。


信頼。


だが中村が言う信頼と

佐伯が言う信頼は。


どこか違う気がした。


帰り際。

神谷は佐伯へ聞いた。


神谷悠真:中村さんって凄いですね。

佐伯隼人:ああ。


神谷悠真:でも……。

佐伯隼人:違和感あるか?


神谷悠真:少し。


佐伯は小さく笑った。


佐伯隼人:その感覚は忘れるな。

神谷悠真:え?


佐伯隼人:大事だからな。


神谷は首を傾げた。

意味は分からない。


だが。


今日一日で見たものは。

研修で聞いた話よりずっと複雑だった。


数字。

利益。

価値。

信頼。


その全部が混ざり合っている。


神谷悠真(心の声):買取って……思ったより難しくて奥が深いんだな。


夜の千葉支店。

蛍光灯の明かりだけが静かに灯っていた。

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