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蒼い蝶  作者: チシャ猫
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絶望の果てに

 

 ――カチャリ。

 そう音を立てて私を縛り付けていた鎖が床に落ちる。望んでいたことなのにちっとも気分が落ち着かないのは、これから聞かされる話が今までにない衝撃を与えるものであることをどこかで感じ取っているからか。

「よし、二人とも外したな。なら教えようか。……その前に、君たちは外の世界に戻って何をしたい?」

 何を……。改めて聞かれると答え難い問いかけだ。それを望みながらも、心の奥では此処から逃げることなど出来ないと思っていたせいかもしれない。

「私は家に帰るわ! それで私を作った親に文句を言ってやらないと気が済まないから」

 月子がすぐさま答える。そういえば彼女のことを自分はまだほとんど知らないのだということを思い出す。

「そうか。記録を見たが、確か君は脳波の検査だと勘違いしたまま記憶を採取されたらしいな」

「そうよ! 両親は私が子供アンドロイド制作法を嫌っているのを知っていたから、嘘を吐いたの。まるで自分の子供が死ぬって予測していたみたいに」

「いや、君の場合は事故死だからそれはないだろう」

 月子が変に用心深かったのはそのせいか、と今更ながらに納得する。

「それから、この学園で生徒が自殺していることやあんたのことも世間に公表してやるんだから!」

 そうだ、それが私たちの目的だったはずだ。彼女の言葉を聞くまですっかり頭から離れていた。

「好きにするがいいさ。その結果この学園や理事会がどうなろうと僕の知ったことではない。あくまで僕は一研究者に過ぎないのだから。だが、限られた時間をそんなことに使ってもいいのかね?」

 限られた、時間?

「どういう、こと……?」

君たちが知りたがっていた真実だよ。そう博士は前置きして、絶望という名のナイフを私たちに突き付けた。


「君たちはあと半年も生きられない」



 博士に教えられた通りの時間に校門のゲートをくぐると、いともあっさり監視員の目をやり過ごすことが出来た。元から脱走者が出るとは露ほども思っていないのだろう。

 望みが叶ったというのに、気分は晴れなかった。隣を歩く月子もいつもの快活さとはかけ離れた顔をしている。

「ねえ、月子。これからどうしようか……?」

「うん……とりあえず家に帰ろうかと思ってる。なんで私が捨てられたのか、その理由は分かったけど。それでも家族に会いたい。例え私の意に反して作られた命だとしても、もう一度会えたらお別れだって言えると思うから」

「私もそうしようと思う。ここに連れて来られたのは本当に突然で、何が何だか分からなかったけど……今なら両親とちゃんとした話が出来る気がする」

 ――私たちアンドロイドが首輪を付けられる理由。それは愛する我が子の死ぬ様を二度と見たくないからだ。

 月子と私は住んでいた場所が正反対だった。その為、後日集まる時間と場所を決めてとりあえず別れることにした。

 それぞれ博士から渡されたお金を使い、タクシーで別々の方向――我が家に向かって走り出す。車の窓越しに写る景色を眺めながら博士の言葉を思い返す。


『半年って、どういうことですか!?』

 突然告げられた死の宣告に月子と二人して愕然とする。

『アンドロイドに設定された寿命のことだよ。僕があの三人の生徒に告げたのは彼らの死期さ。どうやら決められた通りに死ぬことに抵抗があったようだ。それ故に自ら死を選んだのだろう』

 それが人間としての存在意義を奪われ、行動を規制された彼らに出来る最後の抵抗だったった。

『アポトーシスという言葉を知っているかね? 生体をより良い状態に保つ為に引き起こされる細胞の自殺のことだ。君たちの脳にはそのプログラム細胞死のコードが書きこまれているんだよ』

『そんな……』

『多少の誤差はあるが、君たちに施した設定期間は五年だ。ちょうどあと半年ほどで作られてから五年になるだろう?』

『親は……依頼主はそのことを知ってたんですね』

 わなわなと震える唇から月子が言葉を絞り出す。

『そうだ。これは依頼を受けた本人にしか教えられない情報なんだよ。……もう分かるだろう? 君たちの、いやアンドロイドの親たちはその死期を知っていた。唯でさえ一度子供を失っているのに、新たに蘇らせた我が子がもう一度死ぬ所など見たい訳がないだろう? だから首輪を付けて、タイムリミットになる前に手放すんだ。……もっとも、半年も前に首輪を付けるとは、いくら誤差があるとはいえ君たちの親は少々神経質なようだがね』

 そういうことだったのか……。

『でもなんで設定期間が五年なんですか!?』

『もちろん長く生きてもらっては困るからだ。言ったろう? チップに記録できるデータは二十年分までだと。オリジナルの個体が死んだ年から計算して、二十歳前半までには死んでもらわなければならないんだよ』

『それでも変です! 私が家で過ごした最後の記憶から逆算すると、四年と半年前……今の私と入れ替わったのは中学一年生の時だったはず。それならまだ時間が……』

『私だってそうよ!』

 月子の言葉と私の疑問が重なる。

『なるほど、仮に君たちが生きていたとしてあと半年では成人さえしない、と言いたいんだろう? だがそこには二つ目の理由があるんだよ』

『その理由って何ですか!?』

『なに、家に帰れば自ずと分かる。二人ともそのつもりなんだろう? 代わりと言っては何だが、これを渡しておこう』

 そう言って博士はパソコンを操作して何かを印刷する。その紙を封筒にしまうと私と月子に手渡した。

『これは?』

『最後に君たちの記憶を採取してから死ぬまでの期間、オリジナルの個体がどのように生きたかの記録だ。今の君たちには知る術のなかったものさ。……当然、君たちの元となった個体がどのような死に方をしたのかまで記されている』

 思わず喉を鳴らしてしまう。これは、私の死亡証明書なんだ……。

『見るか見ないかは君たち次第だ』

 月子が目を細めて吐き捨てる。

『これも実験、ですか?』

『その通り。被験者には正しい情報を与えないとな』


 「着きましたよ」

 運転手が言う声で我に返った。いつの間にか手に持った封筒を握りしめていたらしい。強張った手でお金を払うと、車を降りた。

 封筒は見ないつもりだった。いや、正確に言えば直接親の口から説明して欲しかったのだ。今目の前にある懐かしの我が家の中で。

 ……緊張が収まらない。早く会いたいはずなのに、扉を空けるのを躊躇してしまう。それに、何と言って帰ればいいのか。

 家の呼び鈴の前でうろうろしていると、不意に見なれた車がこちらにやってくるのが分かった。……お父さんの車だ! そういえば今日は金曜日、早上りの日だっけ。懐かしいな……。

 そんな気持ちとは裏腹に、気付けば体が勝手に動いて玄関から死角になる位置に身を寄せていた。……何をやってるんだ、私は。

 車から降りて父親がこちらに歩いてくる。その姿を見て私は自然と涙を流していた。

 ……行こう。元気に「ただいま」って挨拶をしよう。すごく驚くだろうけど、きっとお父さんなら分かってくれる。

 そう自分を勇気付けて、震える足で踏み出そうとした瞬間だった。鍵をポケットから取り出そうとしていた父親の前で、玄関のドアが内側から開いた。車の音で誰が帰ってきたのか分かったのだろう。

「あなた、お帰りなさい」

「おかえりなさい!」


 え……?

 母親の声に続いて家の奥から聞こえてきた声に、ひどく、違和感が、あった。


 私の家は両親との三人家族だ。なら父親が外にいるのになんで家から二人分の声が聞こえるんだ!? それにさっきの「女の子」の声……まるで録音した自分の声を聞いているみたいな……。

 さっきまでとは違う震えが全身を襲う。

 嘘だ、嘘だ……嘘だっ! そんなことがあっていいはずがない。必死に自分に言い聞かせながら庭に面したリビングの窓を外から覗き込む。

 だが薄いカーテン越しに見えたのは、これ以上ないほどに残酷な現実だった。


 そこには母と一緒に父親を出迎える 「わたし」の姿があった。


「ぁぁああっ、ああ…………いやあああああぁぁ……っ!!」

 絶叫を上げて庭から飛び出す。そのまま脇目も振らずに逃げ出した。とにかくさっき見た光景を頭の中から消し去りたかった。行き先も分からないまま、ただ全速力で家から遠ざかる。

「はぁっ、はぁ、はぁ……」

 ついに息が続かなくなって、膝に両手を付く。

「は、ははっ、あっはははははははは!!」

 突然憑かれたように笑い出した私を、通行人が気味悪そうに眺めながら通り過ぎてゆく。

 なるほど、『家に帰れば分かる』か……博士の奴、知ってたんだな。

 五年の寿命。あれは、子供の成長と合わせてあるんだ。今の私の肉体は死んだ当時、即ち中学生の頃をベースにしている。だが、さっき見た「新しい私」は明らかに十六・七歳の背格好をしていた。

 アンドロイドは確かに人間とそっくりだ。多少の傷なら自己修復だって出来る。だが、成長だけはしない。だから、本当にリアルな我が子を蘇らせたいなら子供の外見が変化する頃に再び作り直さなければならないのだ。

 学園で記憶をコピーされたことはないから、恐らく首輪を付けられて意識を失っている間にデータを吸い出したのだろう。

 あの新しい方の個体には、幼い頃から始まり首輪を付けられる前までの記憶が植え付けられているに違いない。

 そして、今の私――学園に入ってからの記憶を持つ私のことを、あの彼女は知る術がない。本物の私が、最後に記憶を採取した後にどう生きたのか分からないのと同じように。

 自分でも気付かないうちに封筒を開いていた。半ば投げやりな気持ちで、中に入っていた紙に目を通す。

 ふと、ある単語に目が吸い寄せられた。

「何よ、コレ。なんだ……私も同じ結末だったんだ。はは、あはははははは……っ」

 笑いが止まらない。でも何故だろう、笑う度に涙が零れるのは。

 封筒を手放す。私の手から逃れた紙と封筒は、まるでダンスを踊るかのように夕暮れの空へ消えていった。

 流れる涙をそのままに、歩き出す。あの記録を読んだ瞬間に行き先は決まっていた。

 ……今頃月子はどうしているだろう。きっと、いや間違いなく私と同じ絶望を味わっているはずだ。

 ねぇ、月子。この世界は何でこんなにも残酷なんだろうね? 

 心の中で彼女に問いかける。この逃れようのない現実を知った以上、明日の待ち合わせに彼女は来ない。そんな確信があった。

 涙で滲んだ視界の隅に目指す建物が見えてきた。次の信号を右折してまっすぐ歩けば辿り着く。

 ……ふと、通りを挟んで向かい側にある店の看板。そこに書かれた一匹の蝶に視線が吸い寄せられた。ポケットに手を入れて、残金を確認する。何とかなりそうだ。


 ――カランコロン。

「ありがとございました! またご利用下さいませ」

 店員の声に押されるように店から出る。すると、もう西日は半分以上沈みかけていた。無意識に右手で反対の肩を抱く。

 出来ることなら、日が完全に沈む前に辿り着きたかった。


【私立西園寺病院】

 そう入口に書かれた病院に入る。死ぬ前の私が入院していた場所だというのに、全く見覚えがないというのは奇妙なものだった。

 エレベーターで最上階のボタンを押す。体が浮遊感に包まれるのを感じながら、博士に渡されたレポートの中身を反芻する。

 ――多発性硬化症。本物の私が死亡する一年前、最後の記憶を採取してから罹患した病気の名前である。今を持って原因不明であり治療不可能、日本では指定難病に登録されている病気だ。

 若者に発症しやすく、患者の約85%は再発と寛解を繰り返す。だが残りの15%では慢性的に進行し、重症の身体障害や死亡に至るケースもあるという。

 そして私は後者だった。日に日に視力が衰え、運動麻痺の範囲が広がっていくのは耐えがたい恐怖だっただろう。完全に歩けなくなる前にオリジナルの私が選んだ道。それを今、私は模倣しようとしている。


 エレベーターが最上階に着く。そのまますぐ脇にある薄暗い階段を昇って屋上に出た。

 夏の生暖かい風も、高所で浴びる分には心地良い。目を閉じて風を感じながらフェンスへと近づいてゆく。

 ロクに動かない足でこれをよじ登る時、前の私は何を思っていたのだろう。ただ自分だけ楽になろうとした? ……きっと違う。

 私の母親は私を生む前に第一子を流産していた。それ故に二度目に授かった子供である私に並々ならぬ愛情を注いでくれているのは肌で感じていた。だからこそ、母親の目の前で衰弱し、死んでいく様を見せたくなかったのだろう。

 幸いなことに自分が死んでも、アンドロイドとなって病気のことも知らない健康体として新しく生きられる。その方がお互い幸せになれると思ったのではないか。まさか、アンドロイドにも寿命が設定されているなんて考えもしなかったはずだ。

 フェンスの外にある僅かな足場に降り立つ。……目の前に、今にも沈もうとしている真っ赤な夕日の顔があった。

 左肩にかかった夏服の袖を捲りあげる。そこにはさっき偶然見つけた店で入れてもらった、一つのタトゥーがあった。

 『静謐せいひつな蒼』――そう呼ばれる一匹の蝶だ。

 遺伝子操作によって生み出されたこの蒼いアゲハは、世界一美しい蝶として認定されている。だが日本ではまだ野生に生息はしていない。私が学園の美術の時間に描いたのもこの蝶だった。

 茜色から次第に群青色へと変わりつつある空を眺める。まだ微かに残る朱色の光が、肩にとまったアゲハの蒼に良く映えた。

 右手でその翼をそっと撫でる。神の倫理に反した生を受けながらも優雅に飛ぶ、その姿に憧れていた。

 スッと目を閉じる。脳裏に月子の顔が浮かんだ。

 ……ごめんね、もう会えそうにないよ。でも私が死んだら、少なくともアンドロイドの自殺って話題にだけはなるよね? それで許してくれないかな……?

 私にはもうこの暗闇の中で、自らの存在を否定する為に戦う気力など残っていない。



 ――死んで得られる幸福はあるか? ―― 

 頭の中でもう一人の私が問いかける。答えはノーだ。


 両手を広げ、空を仰いだ。目尻から一筋の涙が零れ落ちる。


 ――ならば、死んで得られる安息はあるのか?――

 その問いかけに、私はイエスと答える。






ライトノベル作法研究所GW企画出展作品(をほんの少し改稿したもの)。

ルール:以下の7つのお題より、作中に3つ以上文字列として使用すること。

学園物で、原稿用紙換算25枚以上50枚以内であること。


「首輪」「ラーメン丼」「フライパン」「アンドロイド」「特殊部隊」「片道チケット」「ビーム」

使用したお題:アンドロイド・首輪・片道チケット


読了感謝です!

この企画に参加するにあたり、初めて熟考・本格的なプロットを重ねました。

制作期間、約一ヶ月。

結果は総合6位入賞(参加人数約100名)。嬉しい限りです。


と言いつつも欠点はあります。

枚数制限に縛られて、人物の心情描写を書き込めなかったこと。

SF的設定説明との兼ね合いが難しくて仕方ありませんでした……

それでも書きたいものをとりあえず書き切ることが出来たので、個人的には満足しています。

……と言うか、かなりお気に入りの作品だったりします。


ラストどうするかは一番初めに決まっていました。こういう終わり方の作品も個人的に大好きなので。

ちなみに、作中の自殺についての主人公の考え方はまんま自分のものです。それ故にラストの描写には特に気を使いました。


それでは、長くなりましたが読んで下さった皆さんありがとうございました!!

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