4、心からの
窓の外を見ると、もうすっかり夕暮れだ。
エレノアは足早に離れへ戻り、夕食について考える。今日は、ルイが食材をたくさん持ってきてくれたから何でも作れる。
こんな散々な日は贅沢をしよう。たまには許されるだろう、と思ったが、そんな体力は残っていなかった。
エレノアは最後の気力を振り絞り、顔だけ洗って眠りについた。
*
あの日からは早かった。あれよあれよという間に輿入れの日取りが決まった。
向こうの希望もあって、結婚式は挙げないことになった。お互いに利害関係が一致しただけの、ただの政略結婚だから当たり前だ。
それに、化け物と悪女の結婚式など、挙げた方が非難殺到だろうから安心した。なんせこの国の民は口うるさいのだ。
輿入れの準備をしているときに、国王は挙式を挙げてほしかったらしいという話を小耳に挟んだ。
この結婚を国内外に知らしめ、ベルクール男爵をこの国に縛り付けるためだろう。
なんせ男爵は元平民である。この国への忠誠心などあってないようなものだ。今の情勢では、いつ他国に乗り移られても、もしくは反旗を翻してもおかしくない。
そう考えた国王は、高位貴族の娘をすぐにでも嫁がせたかった。爵位を与えることにもリスクは伴うが、何も対策を打たないよりもましだ。
だから、結婚式は挙げないなど、男爵側から提示された条件にはできるだけ譲歩した。
しかし、自分の大切な娘や重臣の令嬢をやるのはどうしても嫌だ。そこで白羽の矢が立ったのが、ヴァレンシア公爵家の悪女、エレノアだ。
高位貴族の娘ではあるが、公爵家のお荷物。公爵としても願ったり叶ったりの、すぐ手放せる優良物件だ。
ベルクール男爵は貴族としての箔が手に入り、自分の勢力を広げられる。
ヴァレンシア家としては国王軍との、いや、国王に恩を売り、その繋がりをより強固なものにできる。
国王は男爵に足枷をはめられる。といった、様々な思惑が渦巻いた結婚である。
エレノアは自分の将来など、どうせろくものにならないだろうと思っていたので、悲しいとか悔しいとかそんな気持ちを一切抱かなかった。
しかし、エレノアが去ったあと、エレノアだけの楽園である離れが解体されるのは少し寂しい。
ぴかぴかに掃除した離れに別れを告げて、そこから続く小道を抜けると、邸宅の門が見えてきた。
その前には一台の質素な馬車が停まっている。御者以外、人の気配はない。
「エレノアさまーー!!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、ルイが駆け寄ってきた。今にも泣きそうな表情をしている。
エレノアが抱えている大きなトランクを見ると、彼は慌ててそれを奪う。
「ありがとう。見送りに来てくれたの?」
「はい…あの、お付きの者もつけずに嫁がれるのですか?…それに、あんな馬車で迎えに来るなんてありえません!どうして、エレノア様がこんな扱いを受けなくてはいけないんですか」
「ルイ。違うわ、私が望んだことなの。お願いだから、そんなに悲しそうな顔をしないで。安心してお嫁に行けなくなってしまうでしょ?」
エレノアがルイの頬に手を添えると、彼は目に溜まった涙を片手で乱暴に拭い、顔を引き締めた。
「俺、きっと立派な騎士になってみせます!そしたらまたエレノア様とお会いできますよね!」
「そうだね…」
正直にいうと、ルイが騎士になったころに自分が生きているのかどうか自信がなかった。
だから、また会おうとは口が裂けても言えない。真っ直ぐと見つめてくれるルイに嘘はつきたくない。エレノアは曖昧に微笑んで、目を逸らした。




