12、蜂蜜
エレノアは町の人々の楽しげな声に包まれながら、夕陽に染まったアクセサリーを眺めていた。
弾んだ話し声の合間に、金属が触れ合う小気味よい音が響く。傍らでは、オゼットが硬貨を小箱に収めていた。どうやら今日の売上を計算しているらしい。
「ノア、片付けが終わるまで中でゆっくりしてな。すぐ準備するから、夕飯食べていっておくれ」
「そんな、悪いわ」
遠慮がちに首を振るエレノアをよそに、オゼットは陳列台のアクセサリーをひとつずつ小箱へ収め始めた。
その場に立ち尽くす姿を見かねたのか、オゼットは半ば強引にエレノアを店の中へ押し込んだ。
こじんまりとした店内の壁一面にはウォールラックが所狭しと設けられ、そこには収まりきらないほどの素材がぎっしりと並んでいる。
色彩豊かで賑やかなその眺めは、オゼットの快活な人柄をそのまま形にしたかのようだ。
店内を見渡すエレノアの瞳に、ふと蜂蜜を溶かしたような黄金色の石が映った。淡い光を湛えたその石に惹かれ、そっと歩み寄る。
アンティーク調の台座に、曲線を描いた繊細な植物の意匠が施され、その中央に楕円形の琥珀が嵌め込まれている。
それは手のひらサイズのブローチだった。
決して華美ではないが、エレノアは不思議とその輝きから目を離せない。
琥珀の中に浮かぶ気泡を見つめていると、次第に夢現の心地になってきた。このまま石に溶け込んで、蜜色の世界に沈んでしまいたい。
指先がブローチに触れようとしたその瞬間、店の扉が開かれた。
木箱を抱えたオゼットの姿が視線の端に入り、エレノアは慌てて腕を引っ込めた。
「おや?お目が高いね。それは私の自慢の一作だよ。綺麗だろう?
そこに嵌ってる石はね、私が大昔に山で迷子になったとき、そこで出会った子がくれたんだよ。
きっと泣き喚く私を慰めようとしてくれたんだろうねえ。
そうそう!その子の瞳も琥珀色で綺麗だったわ。思えば、あれが私の初恋だったのかもしれないねえ」
「そう。本当に綺麗ね」
「そうだろ?…おっと、すまないね。こんな年寄りの思い出話なんて聞きたかないだろ。すぐに夕飯作るから待ってておくれ」
工房の奥にかかるカーテンをめくると、竈のある台所と小さな食卓が置かれた居間がひと続きになっていた。
オゼットが暖炉に火をつけると、部屋全体がほのかに照らされる。
エレノアは、包丁がまな板を叩く軽やかな音を聞きながら、暖炉の火に手をかざし指先を温めた。
「帰ったで〜〜」
いきなり台所の勝手口が開かれたかと思うと、背の高い青年が室内に転がり込んできた。
顎はやや細く、吊り気味な切れ長の目をしている。口元には薄笑いが浮かび、ひどく酔っているようだ。
ふらつく足取りに合わせて、手にした革袋の酒入れが振り子のように大きく揺れている。
「あんた!!また酒飲んでたのかい!?ほんとどうしようもない奴だねえ!!」
「俺が何しようが俺の勝手やろ〜」
「うちに住まわせてやってるんだから、ちょっとは店の手伝いくらいしたらどうなんだ!!だいたい、いきなり戻ってきたかと思ったら、なんなんだいその言葉遣いは!?気がおかしくなっちまうよ!!」
「あー、東方の国に行ったとき教えてもらってん。酒場で知り合ったおっちゃんになあ。この喋り方な、女の子にえらい好評なんやでえ」
少し離れたところで、エレノアは二人のやり取りに目を瞬かせていた。
声を荒らげるオゼットを、男はのらりくらりとかわしている。その拍子に、男の視線がエレノアを捉えた。
細長い目がカッと見開かれ、口元に浮かんでいた薄笑いが消える。
「母さん、誰あの子」
先ほどまでのふざけた口調とは打って変わり、低く真剣な声で尋ねた。




