11、お飾り
向かいに見える山肌は、真っ白なベールで薄く包まれている。今日は久しぶりの快晴だ。空気が澄んでいて気持ちがいい。
エレノアはつば広帽を被り、別館の裏を散歩していた。
ベルクール邸は山の中腹にそびえ立っている。邸宅というより城と呼んだほうがいいかもしれない。
数年前まで、ここは軍事要塞として使用されていたが魔族の襲撃に破れ、廃墟となった。
現在はアルマンがそれを改装して使っているようだ。ここは高い城壁に囲まれており、周囲の様子は窺い知れない。
壁沿いを歩いていると、子供が一人通れるくらいの穴がぽつんと空いていた。
エレノアの華奢な身体であれば、ぎりぎり通れるかもしれない。そう思ったエレノアの口元は、にんまりと弧を描いた。
帽子を木の枝にかけ、穴を覗き込むが向こう側は薄暗くて見えない。思い切って両腕を突っ込み、ぐいぐいと上半身をねじ込む。
髪が冷んやりとした風でなびいたのを感じて顔を上げると、目の前には大きな池があった。その池と壁の間には整備された道が長く続いている。
穴から足を引っ張り出し、立ち上がって砂ぼこりを払う。山を下る方向に目をやると、遠くのほうに小さな町があった。カラフルな屋根がちぐはぐに並んでいる。
その楽しげな色に惹かれて、エレノアの足はどんどん進んでいった。
町につくと、そこは人々の活気で溢れていた。
市井に出たのは、ヴァレンシア邸にいたころも含めて初めてだ。馬車で通ったことはあるのだが、カーテンを固く閉ざしていたので、直接目にしたことはない。
辺りを見回しながら歩いていると、腰辺りをぽんぽんと軽く叩かれた。小さな女の子が薄桃色の花を差し出している。
「おはなあげる」
エレノアが恐る恐る受け取ると、その女の子はパッと笑顔になり、離れた場所で見守っていた女性のほうへ駆けていった。
聞いていた話とまるで違う。殺伐とした空気どころか、町の人々はとても朗らかで楽しそうだ。
エレノアもその中にいるはずなのに、なぜか町の喧騒が遠くに聞こえる。
もと来た道を戻ろうと振り返ると、今度は恰幅の良い女性が至近距離に立っていた。驚くエレノアをまじまじと見つめながら惚けている。
「…あんた、えらいべっぴんさんだねえ。いやね、今日は商売にもってこいの日だってのに、サリーが熱出しちまったんだ。給金は弾むから、あんたちょっと手伝っておくれよ」
断る間もなく強引に連行される。連れられたのは、すぐそばの小さな雑貨屋だった。
露店には、色とりどりのアクセサリーが並んでいる。貴族が使うようなものと比べると、非常にチープに見える。
しかし、そのどれもが丹精込めて作られていて、とても綺麗だと思った。
「あんたはここにお座り。そんでニコニコしててくれればいいからね」
エレノアは何も分からないまま、店頭に据えられた。すると、続々と人が集まってくる。
エレノアはたじろぎつつも、言われた通り笑顔を振りまいた。
客足が落ち着き一息ついていると、横からグラスが差し出された。薄切りのレモンがぷかぷかと泳いでいる。
「ありがとうね。助かるよ。やっぱりべっぴんさんがいると、人がわんさか寄ってくるんだねえ。あたしだけ店に立ってても、誰も見向きもしないってのに」
大口を開いて笑い飛ばす女性を見て、エレノアもつい笑ってしまった。
「そういえば、まだ自己紹介もしてなかったね。あたしはオデット。こうみえて、ここの雑貨はみんなあたしが作ってるんだよ。それで、あんたは?」
「私は……ノアよ」
「ノアかい!よろしくね!いやあ、あんたみたいないい子、親御さんは可愛くて仕方ないだろうねえ。うちのドラ息子なんて店の手伝いもせず、今日もどっかをほっつき歩いてるんだよ。まったく昔っから偏屈で、ちっとも可愛くないのさ」
そう話すオデットの口調は険しいが、その表情には慈愛がこもっていた。




