10、決別
エレノアは薄く真っ白な寝衣に身を包んで、窓辺の椅子に腰掛けていた。
夜鳥のさえずりに耳を澄ませ、うとうとと頭を泳がせていると、いきなり扉が開いた。
その人影は、ツカツカと音を立て近づいてきたかと思うと、エレノアの腕をぐっと引っ張った。
「どういうつもりだ」
まどろみの中にいたエレノアは、何が起こったのか認識できずたじろいだ。エレノアの腕にぎりぎりと硬い指が食い込み、その痛みでようやく目が覚める。
目の前に立つ男を見ると、その瞳の奥で燃えるような怒りが揺れていた。
「どういうつもりかと聞いている。なぜあんなことを企てた」
「だ、旦那様。痛いです」
「答えろ!」
答えろと言われても、企てとは一体何のことを言っているのか検討もつかない。
震える唇から何かを紡ごうとするが、はくはくと空気が震える音しか出なかった。
痺れを切らしたアルマンは天を仰ぎ、乱暴に腕を離す。エレノアはその勢いで床に転んでしまった。
「いいか。お前がベルクールの名を名乗る限り、今後一切自由はないと思え。そして俺に顔を見せるな。子供も作らない。後継者は養子をとる。以上だ」
そう言い切ると、アルマンは足早に去って行った。
一人残された静寂の中で、エレノアの心音だけが響く。強く噛み締められた唇は、ぷつりと音を立て真っ赤に染まった。
「いきなりなんだと言うのよ。本当に野蛮な男」
強い口ぶりとは裏腹に、エレノアの小さな手は小刻みに震えていた。
しばらく虚空を見つめていると、ふと、寝衣の裾についた汚れが目についた。ゴシゴシと何度も強く擦るが、シミになっていて取れない。
エレノアは布をはたき落とし、すっと立ち上がった。そして一度大きく息を吸い、頬をぱんぱんと二回叩く。
その口元には、いつもの微笑みが貼り付けられていた。
夜更けだが、あの男のせいですっかり目が覚めてしまった。再び眠気が訪れるまで、どうやって時間を潰そうかと悩んでいるうちに、そういえば別館にも図書館があったことを思い出した。
勝手に部屋の外に出て、勝手に蔵書を読むのは悪いと思っていたのだが、もう知ったことではない。
エレノアはショールを羽織り、片手に手燭を持つと、もう一方の手で冷え切ったドアノブを握る。その手に、もう震えはなかった。
先ほど自由などないと宣告されたが、そんな言葉には耳を貸さず、私は私自身が望むように生きてやる。そう心に決めたエレノアは、扉を開く。
しかし、暗闇に沈んだ廊下の先を見据えるその瞳は、ただただ虚ろだった。




