13、キース
「どえらいべっぴんさんやーーん!母さん!あんなに可愛い知り合いがいてるんやったら、もっとはよお教えてや!そしたら、俺かて真面目に働くのに!」
そうまくしたてると、男は長い足を三歩踏み出し、エレノアのもとへ歩み寄った。
すかさず片膝をつき、その手をそっと掬い上げる。
「はじめまして、私はキース。あなたは……」
言い終える前に、バチコーンと鋭い音が響き渡った。男の頭がガクンと落ちる。
その背後には、鬼の形相をしたオゼットが立っていた。
「いっでえ!!そんなに強く叩かなくてもいいだろ!?首がもげちまったらどうすんだ!!」
「身体だけは頑丈なんだから大丈夫だろ。ノア、こっちにおいで。さあ、もう少しで夕飯が出来上がるからねえ」
「なんだって!?君、ノアって言うのか!なんて神秘的なんや!まさに月から舞い降りしプリンセスやな!ちょい、母さん邪魔や!!」
「いい加減におし!あんたの飯はないんだから、部屋にすっこんでな!」
エレノアは、またもや言い争いを始めた二人をぽかんと見つめる。腹の底からふつふつと笑いが込み上げてきた。
とうとう堪えきれず、口元を押さえて肩を震わせる。
その様子に気づいた二人が、ぴたりと喧嘩をやめた。キースは手のひらで額を押さえ、天を仰ぐ。
「…あかん、可愛すぎる。好きや!!結婚しよう!!!」
そう言ってエレノアに飛びかかろうとするキースの首根っこを、オゼットがむんずと掴んだ。
「ごめんね、ノア。こいつは女の子を前にすると、バカになるんだ。許してやっておくれ」
「失礼やな!アホなんやなくて、欲望に忠実なだけや!そもそも、あんな可愛い笑顔見せられて好きにならん男は男やない!」
*
薄い湯気の向こうから、うっとりと惚けた顔で頬杖をつくキースが見える。目が合うと、嬉しそうに手をひらひらと振ってきた。
エレノアは引き攣った笑みを返し、目の前の料理に視線を落とす。香ばしく焼き上げられた鶏肉のソテーと、野菜がごろごろと入ったポトフ。
ポトフをひと口含むと、ほっとする温かさがじんわりと身体に広がった。
「おいしい…」
「そうだろう。丹精込めて育てた野菜を使ってるからね」
「オゼットが育ててるの?」
「ああ、もちろん全部じゃないけどね。この町の人はみんな、基本的に自給自足の生活をしてるのよ。
ここまで商品を運んでくる人なんて、ほとんどいないからね。外の人間は、ここらの地域と関わることを嫌がるのさ。ノアもこの辺りがどんなふうに言われてるか知ってるだろ?そりゃあ、ひどい言われようだよ。
…まあ、あながち間違いでもないか。アルマンさんがここに来て、ようやくまともな暮らしができるようになったようなもんだしね」
「…アルマン?」
「ああ、ここの領主だよ。話題が尽きない人だけど、知らないかい?」
エレノアがわずかに興味を示したのを察したのか、オゼットはそのまま語り始めた。
アルマンが領主になったのはここ最近のことだが、それ以前からこの町を気にかけてくれていたそうだ。
近寄りがたい風貌とは裏腹に、領民には優しい。口先だけでなく、きちんと行動で示す。
そうした人柄が好まれ、町の人々は皆アルマンを慕っているという。
魔族襲撃の一件でこの辺りが荒れ果てた際、オゼットたちも一度は領外へ逃れたらしい。
しかし、魔族のスパイだと疑われるなど何かにつけて難癖をつけられ、行く先々で厄介者扱いされた。
そうして最後には、何もないこの町へ戻ってきたのだという。
当然、まともな暮らしなどできなかった。統治する者がいなくなったのをいいことに、ゴロツキたちが集まって好き放題に暴れ回る。
森には魔獣が棲みつき、迂闊に足を踏み入れることもできない。
このまま飢えて死ぬしかないのだろうと、誰もがそう思っていた。そんなときに、アルマンがこの一帯にはびこる脅威を排除したのだという。
それからは、人の手が入った場所を通る限り、安全に移動できるようになった。
似た境遇の人々は、この町だけにいるわけではない。整備された道を辿れば、あちこちに同じような集落が点在しているらしい。




