13.夢のサバサンド
侯爵様のお腹の具合もだいぶよくなってきたようで、最近は重めのメニューもかなりたいらげてもらえるようになった。
と同時に体力がついてきたのか、騎士団の演習や遠征につきあっても、へとへとにならなくなっている様子。やはり食はとても大事。あと、大事なこと。なんとな~くだけど、頬がふっくらしてきた!……気がする。
「こうなってくるとまた、腕が鳴ります」
「そうかい。でもほどほどに、ね」
騎士団の厨房でマシューさんとおやつを作りながらのひと時も確保され、自分のお腹も鳴らない時間が増えてとても嬉しい。今日は胡桃入りのスコーンだ。持ち帰り用にちゃんと侯爵様の分を別に作っている。
「で、どうなんだい?侯爵様とはその後、仲良くなってきたの?」
「ええ、それはもう。侯爵様の残菜、めちゃくちゃ減ったんですよ!」
「そうじゃなくってさ……」
「目標は、侯爵様をお腹いっぱいが幸せだ!って思ってもらうことですね!」
「……そうかい、頑張らないとね」
こういう話をする時、マシューさんはなんとも中途半端な表情をしてため息をつく。メニューが気になるのかしら。
「でもね、次は何を召し上がっていただこうかちょっと迷っていて」
「毎日3食となるとねぇ。そういえば、前に実家の方で獲れる魚を使いたいって言ってなかった?侯爵様ならできることがあるんじゃない?」
「あっ!そうですね!」
言われるまですっかり忘れていたが、実家のある地方は海が近く、実は新鮮な魚が手に入る。でも騎士団の人数分を運ぶ+この王都までは単純に距離が遠いため、出荷することができずに諦めていたけれど……。
侯爵様の魔法と魔道具があれば、もしかして一人分くらいなら運べるのではないだろうか。肉と野菜はおいしいけれど、お魚があるとさらに食べる楽しみが増える気がしてきた。
「ちょっと、輸送できるか相談してみます!」
「いいメニューができたら、食べさせてくれたら嬉しいよ」
「もちろんです!」
まずは早速故郷の父へと手紙を書いて送ろう。王城内から各所へは魔導便が拠点間輸送をしてくれているので、早ければ数日中には返事が来るだろう。それまでにメニューを決めておかなくちゃ。手軽に食べられて、栄養があって、季節の野菜も一緒にとってもらえそうなもの。
それに輸送がうまくいくようなら、今後は王都でも魚が食べられるようになるかもしれない。そう思うだけで胸が高鳴る。故郷の魚は本当においしいのだ。自分も食べたくなってしまった。
侯爵邸に戻ると、セドリックさんが玄関でお出迎えの準備をしていた。ちょうどいいので相談することに。
「ただいま戻りました」
「エルヴィラ様、おかえりなさいませ。侯爵様もまもなくのようです」
「そうみたいですね。……あの、ちょっとご相談があるのですが……」
「はい、なんでしょう」
かくかくしかじか、魚を取り寄せたいことを侯爵様へ相談してもよいものか、まずはお伺いを立てる。
「そういうことでしたら、直接お話しいただいて大丈夫だと思います。新鮮なお魚料理は珍しいですね」
「ありがとうございます!じゃあ、また後日に……」
「なにか相談ごとか?」
「「おかえりなさいませ」」
話に夢中になっているうちに、侯爵様が帰宅なさっておられました。
「はい、エルヴィラ様から何やらお願いごとがあるようです」
「そうか、なんだろう」
「あ、あの、お食事が終わってからでも大丈夫ですので!」
「わかった。しかし今日はエルヴィラからいい香りがするな」
すん、と顔を近づけてきた侯爵様にちょっと驚く。
「は!あの!スコーンがございます!」
「そうか、早速いただけるかな」
「主人、お食事前ですので……」
「ちょっとくらいいいだろう、お茶も欲しいし」
「では、小さめのものをお茶と一緒にお持ちしますね」
ぱっと顔を明るくする侯爵様に、玄関に居合わせた使用人一同でほっこりしてしまう。子供の頃から食べる事に意欲的ではなかった侯爵様。どうやらお屋敷の皆様はかなり苦慮なさっておいでだったようだ。
「エルヴィラ様のお料理を召し上がるようになってから、こちらの食事にも興味を持っていただけたんですよ」
「安心しました、やっと人並みの量を食べてくれるようになって……」
そんな声も聞こえてくるようになり、ますます気合が入っている最近。そこへ今夜のお願いごとだ。
「これはおいしそうなスコーンだ」
「騎士団でも好評でした。少ししっとりめの生地になっています。どうぞ」
さっくりと焼き上げたスコーン、食べてみると意外にしっとりとした口当たりになるように工夫した。さくさくに焼いた胡桃もいいアクセントになっている。
「うん、紅茶にも合うな。で、お願いごとというのはなんだ?」
「はい、あの……」
侯爵様にもかくかくしかじか、お魚をなんとか輸送することはできないかと相談をしてみる。
「この間のコカトリスを持ち帰る時に使った、魔導箱を使えば大丈夫ではないだろうか」
「それはどのような箱ですか?」
「私の氷魔法で充填した魔石を付与してあって、数日くらいなら鮮度を損なうことはないと思う。念の為、城の魔道具部門に確認してみよう」
「ありがとうございます!嬉しいです!よろしくお願いします!!」
「しかし魚か……ほとんど食べたことがないが、どんなものだろうな」
「お肉とは違うお味の楽しみがあると思いますよ!」
最初は緊張していたが、最近は侯爵様ともずいぶん気楽に話せるようになってきた。隣でセドリックさんがたまに苦い顔をしているが、見ないことにする。
この日はこのまま、夕食になだれこんだ。実は子供の頃は魚を食べていたというセドリックさんも交えて、魚料理談義が捗ったのは言うまでもない。
数日後、お屋敷の厨房へ最初に届いたお魚はぷりっとまるく太ったサバ!これはもう、あれにするしかない! 朝のうちに届いたからランチに間に合いそうなのも嬉しい。久しぶりに新鮮な魚を前にしてしまったせいか……
『ぎゅるぐるぅぅぅきゅううう』
お腹も盛大に鳴りまくりなので、早く!早くご飯を作らせて!!
「エルヴィラ様、ここで作っていくのはどうです?」
「えっ!いいのですか?」
厨房の料理長にそう声をかけられて、びっくり。
「ええ、厨房のみんなも魚の料理を見たいと思うので。むしろお願いできますか?」
「はい!よろこんで!!」
大きな鯖を抱えて、お腹と共に元気な返事をしてしまう。みなさん苦笑ですが大丈夫でしょうか。
「ではサバを捌いていきます!」
ダジャレじゃありません。久しぶりだけど、子供の頃から慣れてきたお魚だから全然大丈夫。さっと鱗を落とし、内臓をとってから3枚に下ろすと厨房のみなさんから感嘆のため息がもれた。内陸のため、王都でお魚を下ろす機会はそうないだろう。
半身にしたサバは背中側に切り込みを入れてから塩を振ってしばらく置く。
手を洗って新しいまな板を取り出し、これまた今日届いたばかりの新たまねぎを薄くスライス。さっと水にさらして、これは冷蔵庫へ。ついでに冷蔵庫で見つけたトマトもスライスし、レタスをちぎっておく。
置いておいたサバから水分が出たところをきれいに拭き取り、丁寧に骨を抜いた。青魚の下処理は丁寧なほど良い、けれど身を傷めないように注意を払う。同時に魔力を載せていく。指先からじわっと魔力が出ていく感覚は、慣れていてもなかなかに気持ちがいいものだ。
「鮮やかなもんだな」
「ありがとうございます」
えへへ、と笑いながらサバに小麦粉をはたいて、オイルを敷いたフライパンでじっくりと焼いていく。皮目から色をつけ、裏返してさらにこんがりときれいな焼き目がつくまで面倒を見ていると、お腹の音もようやく止んできたようだ。
「あ~お腹が落ち着いてきました」
「作ってるだけで腹の音が止むってのは、不思議なものですね」
そうですね~と会釈で答えつつ、バゲットを半分にしてバターを塗り、オーブンで軽くトーストにする。ここにレタスを敷いてトマトを乗せる。さらにサバを、その上にさらし玉ねぎを乗せてレモンを少し回しかける。ついにサバサンドイッチの完成だ。
「うわぁ~」
「きれい!おいしそう……」
「魚をそのまま、パンに……?」
色々なご意見が飛び交う中、ささっと試食用のサバサンドを仕上げる。
「一口、いかがですか」
その声を聞き終わる前に、試食サバサンドは姿を消した。
「うまー!!」
「おいっしい!!」
「これがサバか……!」
脂の乗ったサバは生野菜とパンがよく合う。新鮮だからこそのおいしさであることは間違いない。
「私は侯爵様のところへお届けしてまいりますね」
「「はい!!エルヴィラさま、ありがとうございます!!」」
ワゴンで運ぶ間、廊下にいた騎士様たちを何度も振り返らせつつ、執務室に到着。
「侯爵様、ランチをお持ちしました」
「ありがとう、頼む」
部屋のドアは音もなく開く。中からセドリックさんが現れた。
「セドリックさんの分もありますよ」
「助かります」
「エルヴィラの食事は私が独占するはずだったのだがな……」
じとり、と湿った目線が飛んでくるが、まぁ、そういう訳にもいきませんので。
「今日のはなんだ?とてもおいしそうな香りだな」
「本日は、侯爵様のおかげで王都にたどりつきました。サバのサンドイッチです!」
「サバ……魚を焼いてはさんだのか?」
白い紙に包まれた大きめのバゲットをそっと持ち上げ、しげしげと眺めている。
「侯爵様、その紙には保温の保護をかけております。火傷に気をつけてお召し上がりください」
「ああ、わかった」
少しパンを潰してから、侯爵様がサンドイッチにかぶりついた。
「……!(これは、うまいな)」
「主人、口に物を入れたまましゃべってはなりません」
セドリックさんに忠言された侯爵様はこくり、と頷いてからよ~く味わって噛み、ごくんと飲み込んだ。
「セドリック、食べてみろ!」
「主人が召し上がってからで」
「いいから、すぐに」
「はい」
セドリックさんも席についたので、お皿を目の前に出すと、優雅に包みを開けて口に運んだ。
「……!」
驚きで目を見開き、うなづき合うおふたり。そうでしょう、そうでしょう。サバ、最高ですよね。それを見ている自分も自然と口元がゆるむ。
「侯爵様、この度はお魚の搬送にご尽力いただき、ありがとうございます」
「これは至急、輸送計画を立てねばなるまい……。エルヴィラ、他にどんな魚があるんだ?」
おっと、話が大きくなりそうです?
[続く]




