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12.ぐつぐつグラタン

 侯爵邸で食事を作り始めて、早くも一ヶ月が過ぎようとしている。侯爵様だけのお食事では自分の空腹は収まらないのではないか?という一抹の不安は、数日の勤務と特別対応で解消した。


「丁寧に作るせいか、割としっかり魔力を消費できているんです」

「それは何よりだったねぇ。騎士団は雑にドッカン!だったからね」


 そう言うマシューさんと笑い合う。お昼はお弁当をお持ちになるようになったので、午後は比較的余暇を得ることができた。なんて素敵な職場だろう。それでもお腹が空かないわけではないから、それを利用してたまに騎士団の厨房にきて、おやつを作るのを手伝っている。


「魔力が余るエルヴィラと、魔力の足りない侯爵様。いっそ結婚でもしちゃえばいいのにね」

「なんと恐れ多いことを……」


 不敬にあたりそうな言葉をマシューさんに言われて身震いする。


「でも、仲も良さそうじゃないか」

「そう見えますか?」


 実際のところ、『仲が良さそう』に見えるとしたら、侯爵様がちらっと見せる行動がそう勘違いをさせているだけな気がする。


「エルヴィラ、私以外の人間に料理を作るのは最低限にしてもらいたい」

「はい、承知しております」


 例えばこんな時。侯爵様は単純に私の「魔力」を無駄使い()せずに、自分のためだけに使ってほしいと言っているのだろう。でもなぜかメイド仲間や周りの人たちは「あれは違う」と言い出す。

 個人的にはそういう事を言われると逆に意識してしまいそうなので、やめてもらいたい。


 人の口に戸は立てられないと言うが、噂は75日ともいう。数ヶ月も真面目に仕事していれば、自然と収まるだろう。 最近は魔力の受け渡しも安定してきたし、この調子でこの職場を一生手放さないようにしたい。そのためにも、魔力付与料理人としてがんばらねばならないのだ。


 それに侯爵様は魔力を得て、ますますご活躍のご様子。忙しそうだけれど、以前のように顔色を悪くしていることも減ってきた。体重も増えましたからね!食事もまともに摂れるようになったので、お腹を空かることに慣れていた頃が思い出せないほどだ。


 自分もはらぺこでぐうぐうとお腹を鳴らす事が減ってきたように思う。順調に魔力を排出できている証拠がわかりやすい。


「エルヴィラ、おやつだけでも来てくれて助かるよ」

「こちらこそ、マシューさん。やっぱり午後はおなかが空いちゃうから」


 侯爵様にごり押しの結果、騎士団のおやつのお手伝いだけは許可してもらったのだ。公爵邸で3食+間食をお渡ししても、魔力も体力も今までの活動を思えば余りがちだというのをわかってもらえた。それに……


『ぎゅるるるぅぐうう』


 夕食の支度前に魔物の鳴き声のような音をたてる腹の虫を聞いて、かわいそうと思ってくれたらしい。助かります。


 そもそも騎士団からは慰留があったのだけど、侯爵様は国王陛下にごり押ししたらしく、転職については滞りなく手続きが行われた。

 それでも騎士団からは魔力の補助がほしいと陳情が出たらしく、さすがの侯爵様も「おやつだけなら」と折れてくれた。 おかげで余る魔力もすきっと発散でき、夜はいっそうメインに力を入れることができるってものです。


 以前に比べ厨房の冷蔵庫にも食材を常駐するようになったので、メニューにも幅が出てきた気がする。今夜は新しいメニューに挑戦する予定で、騎士団の厨房からマカロニを少しもらうことにした。

 今日のグラタンは、実は侯爵様からのリクエスト。


「先日のコカトリス、騎士団ではステーキになったらしいな」

「はい、私の勤務の最終日でした。侯爵様のおかげでとてもおいしく……」

「我が家でのメニューとは違ったようだが」

「……ええと、魔獣ですので……」


 騎士団の皆様は食べ慣れておられるからよいとして、というかそもそも、騎士団で消費するのが魔獣の主な消費先となっている。


「とてもおいしかったと聞いた」

「お味は保証します!……でも、あのただ、これ、魔獣の肉なので、普段自分が込める魔力とは少し違う反応が出ることもなくはないのではないかという意見がなくもなく」

「それも知っている。少々無理を言って、わけてもらったものを君の厨房へ運んでおいた」


 そこで目を丸くしたセドリックが初めて声を出した。


「ご主人様、それはちょっとお待ちください」

「私も騎士団の統括のひとりだ。騎士団員も貴族が多くいる。問題はない」


 えええ。王弟殿下には支障があると思いますが?怪訝そうにふたりを見つめていると、その視線がこちらを向いた。


「エルヴィラ、今夜はあれを使ってくれ」

「エルヴィラさま、ちょっとお待ちください」

「ええ……」


:::


 そんな訳での今である。さほど大きな塊ではなかったのもあり、おいしく召し上がっていただけそうなグラタンにメニューを変更した。今日はちょっと肌寒いし、あつあつメニューはぴったりな筈。


 きのこと玉ねぎを薄切りにし、フォークを刺しまくってから一口大に切ったコカトリスには、塩・こしょうを振っておく。マカロニは筒状のものを硬めに茹でた。


 先ほどの野菜や肉を、熱したフライパンに投入。弱火で色が変わるまで、じっくりと炒めていく。たまねぎがすき通ったあたりでマカロニも加え、油分がいきわたったら火を止める。少し焦げ目がついているくらいの方が、このあとおいしくなる。


 一度フライパンの中身を取り出してフライパンについた油分を拭い取り、今度はバターと小麦粉を入れてホワイトソースを作っていく。ここでしっかり小麦粉を混ぜておくと、ミルクを足してもダマにならない。とろみが出てきたら塩を加えて味を整え、具材を戻してさっと熱を通す。


 あとはお皿に移してチーズを乗せ、オーブンで焼く。フィリングは火が通っているし、ちょっと焦がしたことで煮込みの風味もばっちりついている。チーズがちょっと焦げたらいい。


 ていねいに時間をかけて作ったグラタンは、香ばしい香りでとてもおいしそうに焼き上がった。今日も魔力多めですよ。


「グラタンとは、こんなに熱いものなのか……」


 お出しするのに冷めていてはもったいない、と保温の魔道具を使って運んだけれど。そういえば貴族の食事って、食堂からダイニングが遠くて冷めていることの方が多い気がする。騎士団の食堂みたいに、カウンターで出して即食べられる!というメニューではない方がいいのかもしれない。ともあれ本日はグラタンを召し上がっていただく。侯爵様待望のコカトリスが気になるところ。


「どうぞ少しずつお召し上がりください」

「ああ、いただこう」


 スプーンをぐつぐつしているグラタンにかちりと立て、ゆっくりとすくいあげる。ふわっと湯気をあげてとろけたチーズが伸び、侯爵様がびっくりする。


「伸びたぞ」

「伸びます、熱いので」

「そういうものなのか」


 伸びたチーズを器用にスプーンで巻き上げ、そっと口元に運んで、ふうと息を何度か吹きかけた。意を決したようにぱくりと食べる。


「んん……!」

「だ、大丈夫ですか?」


 目を見開いたまま、もぐもぐと咀嚼をする様子がなんだかちょっとかわいらしい。ごくんと喉が嚥下するのが見えた。


「おいしい……!」

「それはよかったです!」


 ほっとして見守っていると、少しずつ食べるピッチが早まっていく。過去一お好きな感じがしなくもない。


「お肉はほんの少しでお試しくださいね」

「わかった」


 あまり小さく切ってしまうと硬くなってしまうので、ひとつずつはそれなりの大きさにしてある。ジューシーなとりももに見えるそのお肉に今度はフォークを刺し、ナイフでほんの少しを取り分けた。


「これが……コカトリス」

「ええ、侯爵様がお持ち帰りになられたあの」

「よし」


 侯爵様が口にお肉を運ぶのと同時に、自分の喉もごくりと鳴ってしまう。ゆっくりと飲み込んだ様子を見守っていると。


「これは……いつもより、あついな」

「温度の話じゃないですよね。痛みはありませんか?」

「ああ、それは多分……。なるほど、魔力のある肉に君の魔力が乗るとこうなるのか」

「こう?」

「熱さの広がりが違うというか、腹の中すべてがパっと熱くなる感じがする。魔力量も上がりそうだ」

「大丈夫そうなら、食材の幅が広がります!」


 ほっとしてそう答えたのに、一部始終を部屋の入り口で見ていたセドリックさんが、大きなため息をついた。


「エルヴィラ様、主人にあまり魔獣を食べさせようとしないでください……」

「私が食べたいと言ったのだぞ」


 そんな視線を双方から送られましても。


[続く]

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