第8章 第1節 賓客の賜(第2項)
まず日陰の庭の北にある、
掃除道具置き場を兼ねた面談室から、
ランタンを持って二人に中を見せる。
フランジが清掃の前後で利用するので、
わたしは掃除道具の説明を軽くする。
「これは扇持ちの道具ですね。」
ムネモスが扇を手にしてトリンをあおぐ。
「いかがですか?」
「寒いから止めて。」
「ムネモス。
その扇は部屋をあおいで
湿った空気を外に追い出す為の
仕事の道具よ。
戯れや相手への嫌がらせで
使うものではないわよ。」
「はい…。ごめんなさい。
トリンも、ごめんなさい。」
頭を深く下げたムネモスは聞き分けが良く、
わたしと違って醇厚な子に見える。
面談室を出て、
ドレイプ棟1階の北端にある
ボナの部屋の扉を叩いた。
館を辞めるボナからの引き継ぎに追われ、
認証管理になったファウナは、
部屋の奥で奇妙な声を放って
手紙の整理を行っていた。
「挨拶は後にしましょうか。」
「なんだったの?」と、トリン。
「あなた達が来てくれるから、
いまから精励してるのよ。」
「大変なお仕事ですのね。」
ムネモスは他人事のように心配する。
ファウナには声を掛けずに2階に上がり、
サンサの部屋を案内した。
この部屋はフランジの仕事に関わりはない。
「ここがサンサの部屋ね。
でもドレイプ棟の部屋には、
許可なく入ったりしてはダメよ。」
「ここでなにしてるの?」
トリンが想像していた
ドレイプの部屋とは違うものを見て、
すぐに質問が来た。
「わたし達が寝起きするだけの部屋よ。
サンサが働く場所はあの庭だもの。
誰にも買うことのできないドレイプ。」
「ふぅん。」
「手入れのされた良いお庭でしたね。
エルテルの庭園ほどではありませんが。」
「エルテルの庭園は見たこと無いけれど、
比べるまでもないでしょうね。」
ムネモスは部屋の調度品を
興味深く見て回る。
トリンはスーのベッドの上に
散らかった羊皮紙の山を見て、
わたしに軽蔑の視線を向けていた。
「古い鏡ですね。」
「蜥蜴?」
ムネモスが手にした
銅鏡に浮かんだ意匠を見て、
トリンは首を捻る。
「勝手に触ってはダメよ。」
「ごめんなさい…。」
謝って失敗に気を落とすムネモスだけれど、
トリンは気にする様子を見せない。
「ドレイプの部屋に興味があるのなら、
望み通り見に行きましょうか。」
わたしは二人を連れて、
南端の1番部屋に行った。
いまは誰も使っていないメノーの部屋で、
仕事の内容を口頭で説明する。
トリンは黙ったまま、頷きもしない。
壁画や個室風呂などを見て
質問を繰り返すムネモスには、
膀胱の機能を先に説明しなければ
いけなかった。
「こちらは、どのように
利用する台なのですか――?」
「こんにちは。ニクス。
どうしたの?」
ドレイプのセセラが、
天蓋を張る時に使う脚立を持って
部屋に入ってきた。
ランタンと共に棚の上に座るイオスが、
彼女に背中を撫でられて鳴いた。
「セセラ。
模様替えの最中に迷惑を掛けるわね。
二人は今日から入ることになった、
フランジのトリンとムネモス。
彼女はドレイプのセセラよ。
まだ17歳なのに、
この1番部屋に入るほど
人気があるの。
ドレイプを目指すフランジにとっては、
模範になるひとね。」
「言い過ぎよ、ニクス。
メノーほどではないわよ。」
この館で1番部屋のドレイプになっても、
セセラは決して驕らず、謙遜してみせる。
「閨秀なのですねぇ。」
セセラを拍手で称えるムネモスに、
トリンは嫌そうながら手を揃える。
従業員のメグから話を聞いたセセラは、
新入りを間近に見たくて様子を見計らい、
部屋に不必要な脚立を持ってきた。
彼女はサンサから、
好奇心の塊と呼ばれるだけのことはある。
ムネモスに尊敬の意を向けられつつ、
閨秀と呼ばれたセセラは戸惑っていた。
わたしの妄想でしかない説明は控え、
二人を次の場所に案内する。
――どうして部屋に馬を入れてたのかしら。
セセラの部屋に置かれた、
偉大なる発明の残滓。
座面も歯車も取り外された扇風機は、
木挽き台の姿を取り戻していたけれど、
傾斜に沿って板が貼り付けられていた。
セセラが馬をどう使うのか、
ムネモスの質問を抱えたまま、
わたしは外廊下を歩いた。
「お母様の作った服ですわね。」
玄関の上の階にある衣装室では、
サンサとレナタのチュニックを見て、
ムネモスは興奮気味に服に触れる。
「ムネモス。
それはベリー夫人が送ってくれた
他のひとのものであって、
あなたのものではないわよ。」
「あっ。失礼をしてしまいました…。」
「ムネモスって、どこのお嬢様?」
彼女の口調や行動に、
不快感を覚えていたトリンが、
想像していた通りの質問をする。
「私は――。」
「トリン。
『フランジの出自は訊ねない。』
それが館の決まりよ。
館に入る前に、
オーナーから聞かされているでしょう。」
いまにも出自を話し出しそうな
ムネモスを遮りトリンを諫むと、
彼女はわたしに言い返してきた。
「それは娼館に売られる子供の、
身分に限定した話でしょ。
貴族や資産家の子供しか
入ることのできない娼館なら、
孤児院に居た奴隷同然のわたしが
買われたりはしないわね。」
「私も身分や資産は
持ち合わせていません。」
トリンの説明にムネモスは納得していても、
彼女の意図は理解できてはいない。
館を辞めてガロムの店で働くノーラは、
元はネルタの貴族だったという例外はある。
「そんな理由ではないわ。」
――トリンはなぜ孤児院に居たのかしら。
出自を問えないわたしが
トリンの考えを否定する。
「館の決まりを復習するつもりはないわよ。
あなた達は、
これからは等しくフランジになる。
言った通り、わたしと同じフランジね。
話し方、年齢や知識、出自が違っても、
フランジという肩書きに差は無いの。」
衣装室の奥で暗闇に紛れるトリン。
「上下や優劣をつけたいのなら、
四時の札遊びでもすればいいわ。
遊びの中だけでね。
それで虚栄心を満たせるかしら。」
札遊びで勝っても負けても、
それは相手との相性を測ったに過ぎない。
「階級を求めるのなら
ドレイプになるだけよ。
税を納めれば身分証が手に入るわね。
『来るものは選ぶ。』
それに続く言葉も知っているわよね。」
鋭い目で不満を示すトリンは、
なにも言い返しはしなかった。
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