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金貨の娘  作者: 美穂
第7章 群羊の空

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第7章 第3節 流水の渦(第2項)

挿絵(By みてみん)



湖(みずうみ)から流(なが)れてきた水(みず)が東(とう)西(ざい)に別(わか)れ、

幅(はば)広(ひろ)い街(かい)道(どう)が東(とう)西(ざい)と南(なん)北(ぼく)に交(こう)差(さ)する場(ば)所(しょ)に

目(もく)的(てき)の店(みせ)があった。



「あの看(かん)板(ばん)のお店(みせ)よ。」



サンサが顎(あご)で示(しめ)した羊(ひつじ)の看(かん)板(ばん)。



真(まっ)黒(くろ)な顔(かお)の白(しろ)い毛(け)の羊(ひつじ)。



2階(かい)のバルコニーは

子(こ)供(ども)服(ふく)が干(ほ)される住(じゅう)宅(たく)を兼(か)ねていて、

暗(くら)い煉(れん)瓦(が)造(づく)りの古(ふる)びた建(たて)物(もの)だった。



「ひっ! なに! 嫌(いや)っ!」



看(かん)板(ばん)を見(み)上(あ)げていたらサンサが騒(さわ)ぎ、

わたしの方(ほう)に走(はし)って戻(もど)ってきた。



「忘(わす)れ物(もの)でも踏(ふ)んだ?」



「違(ちが)っ、違(ちが)うわよ。アレっ!」



店(みせ)の入(いり)口(ぐち)に立(た)ち塞(ふ)がる四(よ)つ足(あし)の獣(けもの)は、

看(かん)板(ばん)に描(えが)かれている羊(ひつじ)や馬(うま)よりも小(ちい)さい。



パンの焼(や)き色(いろ)をした若(わか)い犬(いぬ)が、

膝(ひざ)ほどの高(たか)さがある石(いし)の擁(よう)壁(へき)の上(うえ)に立(た)ち、

丸(まる)まった尻尾(しっぽ)を振(ふ)ってわたし達(たち)を出(で)迎(むか)えた。



挿絵(By みてみん)



「犬(いぬ)だ。」



「噛(か)まれるわよっ。」



捓(からか)うように言(い)うサンサの

警(けい)告(こく)を無(む)視(し)して近(ちか)寄(よ)ってみた。



お店(みせ)の前(まえ)に街(がい)娼(しょう)が数(すう)人(にん)立(た)っていても、

この犬(いぬ)は彼(かの)女(じょ)達(たち)には興(きょう)味(み)を示(しめ)さない。



首(くび)が革(かわ)紐(ひも)とロープで地(じ)面(めん)に係(けい)留(りゅう)され、

犬(いぬ)は一(いっ)定(てい)の距(きょ)離(り)以(い)上(じょう)は近(ちか)付(づ)けなかった。



犬(いぬ)はこの街(まち)では、

防(ぼう)犯(はん)の目(もく)的(てき)で飼(か)われる動(どう)物(ぶつ)だと

スーは言(い)っていた。



塔(とう)に住(す)んでいた頃(ころ)のネルタでは、

狩(しゅ)猟(りょう)目(もく)的(てき)で犬(いぬ)を飼(か)うひとを多(おお)く見(み)かけた。



犬(いぬ)はよく利(き)く鼻(はな)を使(つか)って巣(す)穴(あな)を見(み)つけ、

足(あし)で穴(あな)を掘(ほ)り、吠(ほ)えて獲(え)物(もの)を追(お)い出(だ)す。



獲(え)物(もの)を長(なが)い口(こう)吻(ふん)と牙(きば)で咬(か)んで仕(し)留(と)めたり、

猟(りょう)師(し)の前(まえ)に誘(さそ)い出(だ)す仕(し)事(ごと)が与(あた)えられる。



死(し)んだ人(にん)間(げん)の魂(たましい)がやって来(く)る冥(めい)界(かい)には、

逃(に)げ出(だ)そうとする亡(もう)者(じゃ)を貪(むさぼ)り食(く)う番(ばん)犬(けん)が

神(しん)話(わ)に登(とう)場(じょう)する。



半(はん)神(しん)半(はん)人(にん)の英(えい)雄(ゆう)が番(ばん)犬(けん)を生(い)け捕(ど)って、

地(ち)上(じょう)に連(つ)れ出(だ)した冒(ぼう)険(けん)譚(たん)も残(のこ)っている。



犬(いぬ)を飼(か)うひとは、

神(しん)話(わ)の英(えい)雄(ゆう)に憧(あこが)れがあったのかもしれない。



イオスは全(ぜん)身(しん)の毛(け)を逆(さか)立(だ)てて腕(うで)を跳(と)び出(だ)す。



威(い)嚇(かく)をしながら

わたしの肩(かた)、首(くび)、頭(あたま)にまで登(のぼ)った。



犬(いぬ)は三(さん)角(かく)形(けい)の耳(みみ)を立(た)ててこちらに向(む)け、

常(つね)に尻尾(しっぽ)を立(た)てている。



荒(あら)い息(いき)遣(づか)いで興(こう)奮(ふん)する姿(すがた)が、

小(ちい)さなイオスからは

威(い)嚇(かく)に見(み)えているのかもしれない。



わたしは犬(いぬ)を驚(おどろ)かせないように静(しず)かに屈(かが)み、

軽(かる)く握(にぎ)った手(て)を鼻(はな)先(さき)に出(だ)した。



「尻尾(しっぽ)を踏(ふ)んでしまうわっ。」と、サンサ。



相(あい)手(て)を怒(おこ)らせるという意(い)味(み)の言(い)い回(まわ)しでも、

こちらに好(こう)奇(き)を示(しめ)して立(た)った犬(いぬ)の尻尾(しっぽ)は

踏(ふ)みようがない。



わたしが伸(の)ばした拳(こぶし)に、

犬(いぬ)は黒(くろ)い鼻(はな)先(さき)を近(ちか)付(づ)けてから舐(な)める。



わたしに跳(と)びつこうと

後(うし)ろ足(あし)だけで立(た)つ犬(いぬ)を相(あい)手(て)に、

臆(おく)病(びょう)なイオスが頭(あたま)の上(うえ)で怒(おこ)っている。



「痛(いた)っ。」



叩(たた)こうと伸(の)ばして振(ふ)ったイオスの前(まえ)脚(あし)が、

わたしの額(ひたい)に当(あ)たった。



犬(いぬ)の首(くび)には板(いた)が吊(つ)り下(さ)げられて、

そこには名(な)前(まえ)が彫(ほ)られている。



「ひと懐(なつ)っこい子(こ)ね。


 トゥルムスって、

 あなた商(しょう)売(ばい)の神(かみ)と同(おな)じ名(な)前(まえ)なの?」



犬(いぬ)にこの名(な)前(まえ)を付(つ)けた人(じん)物(ぶつ)に、

教(きょう)養(よう)の深(ふか)さを窺(うかが)い知(し)ることができる。



両(りょう)手(て)で頬(ほお)を撫(な)で、耳(みみ)の後(うし)ろを撫(な)でる。



トゥルムスは名(な)前(まえ)を呼(よ)ばれると

丸(まる)まった尻尾(しっぽ)を振(ふ)って喜(よろこ)び、

地(じ)面(めん)に寝(ね)転(ころ)がるとわたしにお腹(なか)を見(み)せた。



塔(とう)で暮(く)らしていた頃(ころ)には

犬(いぬ)を眺(なが)めて本(ほん)を読(よ)んだ。



本(ほん)によると犬(いぬ)は群(む)れを作(つく)って暮(く)らし、

主(しゅ)人(じん)に対(たい)して忠(ちゅう)実(じつ)で従(じゅう)順(じゅん)な忠(ちゅう)誠(せい)心(しん)と

高(たか)い警(けい)戒(かい)心(しん)を持(も)つ、と書(か)かれていた。



初(はじ)めて触(ふ)れた犬(いぬ)が、

こんなに無(む)防(ぼう)備(び)に興(こう)奮(ふん)する姿(すがた)を見(み)せるなんて

本(ほん)からは想(そう)像(ぞう)もしなかった。



猫(ねこ)に比(くら)べ警(けい)戒(かい)心(しん)を見(み)せず、

どこを触(さわ)っても口(くち)を開(あ)けて涎(よだれ)を散(ち)らす。



吠(ほ)えるでも鳴(な)くでもない、

喜(よろこ)びの声(こえ)で荒(あら)い呼(こ)吸(きゅう)を続(つづ)ける。



わたしもそれに応(こた)えて、

お腹(なか)を前(ぜん)後(ご)に力(ちから)を込(こ)めて撫(な)でてやると、

砂(すな)埃(ぼこり)と換(かん)毛(もう)期(き)の犬(いぬ)の毛(け)が舞(ま)った。



「わっ!」



イオスやアルは自(じ)分(ぶん)の舌(した)で毛(け)繕(づくろ)いをし、

最(さい)近(きん)は毎(まい)日(にち)ブラシ掛(が)けをしていたので

これほど毛(け)が舞(ま)ったりはしない。



近(ちか)くに立(た)っていた街(がい)娼(しょう)達(たち)は、

舞(ま)う毛(け)を嫌(いや)がって店(みせ)先(さき)から距(きょ)離(り)を置(お)く。



「ニクスッ。噛(か)まれるわよ。

 グルグス。お願(ねが)い。」



「え? オレ?」グルグスはなにもしない。



「これが気(き)持(も)ちいいの?


 換(かん)毛(もう)期(き)で身体(からだ)が痒(かゆ)いのかな?」



わたしは二人(ふたり)のことなど気(き)にせず、

トゥルムスを撫(な)で続(つづ)けて無(む)限(げん)とも思(おも)える毛(け)を

周(しゅう)囲(い)に撒(ま)き散(ち)らした。



「サンサ、もしかして犬(いぬ)が怖(こわ)いの?」



「こ、怖(こわ)いわよぉ…。

 当(とう)然(ぜん)よぉ。」



頭巾(フード)と宝飾巾(ヴェール)に挟(はさ)まれた目(め)を濡(ぬ)らす。



震(ふる)える彼(かの)女(じょ)は普(ふ)段(だん)の余(よ)裕(ゆう)が見(み)せず、

グルグスの背(せ)中(なか)に隠(かく)れている。



「サンサ、犬(いぬ)、苦(にが)手(て)なんか。」



グルグスは大(おお)きな身体(からだ)を揺(ゆ)らして

笑(わら)いを堪(こら)えた。



怯(おび)えたままサンサはわたしを囮(おとり)にすると、

グルグスを押(お)して店(てん)内(ない)に入(はい)っていった。




 ◆




「ガロムっ!

 犬(いぬ)を飼(か)うなんてわたしへの嫌(いや)がらせ?」



「うおぉ! サンサ?

 なんだ急(きゅう)にっ。」



店(てん)主(しゅ)らしき黒(くろ)髪(かみ)の男(おとこ)がサンサの顔(かお)を見(み)て、

驚(おどろ)いたのか厨(ちゅう)房(ぼう)の奥(おく)へ行(い)った。



「ノーラー! 客(きゃく)だぁ!

 ノーラーぁ!」



「またなにか悪(わる)さしたの?」



「記(き)憶(おく)にあっても、心(こころ)当(あ)たりがないわ。」



「当(とう)事(じ)者(しゃ)なのに…。」



サンサは宝飾巾(ヴェール)の奥(おく)で怒(おこ)って見(み)せる。



館(やかた)の食(しょく)堂(どう)を小(ちい)さくした店(てん)内(ない)には、

四(し)角(かく)のテーブルに長(なが)椅(い)子(す)が並(なら)ぶ。



厨(ちゅう)房(ぼう)には店(てん)主(しゅ)ガロムの他(ほか)に二人(ふたり)。



何(なん)人(にん)かの客(きゃく)は労(ろう)働(どう)者(しゃ)で、

キャシュクやサンダルが汚(よご)れている。



客(きゃく)達(たち)はノーラを呼(よ)び出(だ)す店(てん)主(しゅ)に、

お皿(さら)に顔(かお)を向(む)けながらも耳(みみ)を傾(かたむ)けて、

咀(そ)嚼(しゃく)を止(と)めて息(いき)も潜(ひそ)めて彼(かの)女(じょ)の登(とう)場(じょう)を待(ま)つ。



頭巾(フード)と宝飾巾(ヴェール)をして

街(がい)娼(しょう)と同(おな)じ格(かっ)好(こう)のサンサの入(にゅう)店(てん)に、

客(きゃく)達(たち)は別(べつ)の緊(きん)張(ちょう)を抱(いだ)く。



入(い)り口(ぐち)では二人(ふたり)の護(ご)衛(えい)が、

四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)びに興(きょう)じている。



彼(かれ)らは表(おもて)で客(きゃく)引(ひ)きをする

トゥルムスより働(はたら)いていない。



「ここのテマッサは

 ヤゴウの料(りょう)理(り)に負(ま)けないくらい

 おいしいわよ。」



「なんならヤゴウの旦(だん)那(な)の料(りょう)理(り)より

 おいしいですよ。」



ガロムが胸(むね)を張(は)って言(い)う。



グルグスやヤゴウほどではないけれど、

肉(にく)付(づ)きの良(よ)い若(わか)い黒(くろ)髪(かみ)の男(おとこ)。



挿絵(By みてみん)



髭(ひげ)の剃(そ)り跡(あと)が濃(こ)い。



「テマッサを4個(こ)ね。


 グルグスは二人(ふたり)分(ぶん)、食(た)べるでしょ?」



グルグスが喉(のど)を鳴(な)らして返(へん)事(じ)をした。



サンサはアルを降(お)ろして、

首(くび)に下(さ)げたの革(かわ)袋(ぶくろ)から金(きん)貨(か)を2枚(まい)取(と)り出(だ)す。



「いくらするの?」



「一(ひと)つたったの5ルース。」



「パンと酒(さけ)を合(あ)わせたくらい?


 ちょっと高(たか)めなのかな。」



「街(がい)娼(しょう)にとっては高(たか)い方(ほう)だけれど、

 東(ひがし)側(がわ)の中(ちゅう)流(りゅう)階(かい)級(きゅう)には手(て)頃(ごろ)な価(か)格(かく)ね。


 市(いち)場(ば)でも買(か)えない高(こう)級(きゅう)な食(しょく)材(ざい)や調(ちょう)味(み)料(りょう)も、

 多(おお)めに仕(し)入(い)れてみんなで分(わ)ければ、

 こうして手(て)軽(がる)に食(た)べられるのよ。」



説(せつ)明(めい)を受(う)けて客(きゃく)層(そう)に納(なっ)得(とく)がいく。



わたしの中(なか)で曖(あい)昧(まい)だった

物(ぶっ)価(か)というものが見(み)えてきた。



「牧(ぼく)者(しゃ)様(さま)ってば、

 またこんな店(みせ)先(さき)で

 勉(べん)強(きょう)会(かい)を開(ひら)いてるわねぇ。」



「ノーラ。久(ひさ)しぶりね。」



「サンサこそ。

 こっちに来(く)るのは春(はる)以(い)来(らい)かしら。」



ノーラと呼(よ)ばれた赤(あか)髪(がみ)の婦(ふ)人(じん)が

わたしを見(み)つめる。



挿絵(By みてみん)



背(せ)の高(たか)い彼(かの)女(じょ)は手(て)足(あし)がとても長(なが)く見(み)える。



彼(かの)女(じょ)の名(な)前(まえ)は館(やかた)でよく耳(みみ)にした。



メノーよりもずっと前(まえ)に辞(や)めたドレイプで、

衣(い)装(しょう)室(しつ)には彼(かの)女(じょ)の服(ふく)がいくつも残(のこ)っている。



――牧(ぼく)者(しゃ)様(さま)だって。



以(い)前(ぜん)レナタが牧(ぼく)者(しゃ)のことを犬(いぬ)を嗾(けしか)けるひと、

と歪(ゆが)んだ解(かい)釈(しゃく)をしていた。



「今日(きょう)もまた選(せん)考(こう)会(かい)?

 孤(こ)児(じ)院(いん)に行(い)ってたのね。」



「この子(こ)は違(ちが)うわよ。


 犬(いぬ)を飼(か)ったわね。

 わたしへの嫌(いや)がらせかと思(おも)ったわ。」



「あら。嫌(いや)がらせをするつもりなら、

 ここには娼(しょう)館(かん)が建(た)ってるはずよ。


 暮(くれ)相(あい)の館(やかた)とでも名(な)付(づ)けましょうか。」



青(あお)空(ぞら)が屈(くっ)折(せつ)する光(こう)素(そ)の影(えい)響(きょう)で赤(あか)へと変(か)わり、

暗(くら)くなる空(そら)の様(よう)子(す)をここでは暮(くれ)相(あい)と呼(よ)ぶ。



ペタの次(じ)代(だい)領(りょう)主(しゅ)を騙(かた)るヘッペは、

ネルタとカヴァで起(お)きた南(なん)西(せい)の戦(たたか)いを

暮(くれ)相(あい)の戦(せん)争(そう)と呼(よ)んでいた。



「それに嫌(いや)がらせなら、

 このお店(みせ)は業(ぎょう)者(しゃ)から毎(まい)日(にち)受(う)けてるわよ。


 戦(せん)争(そう)が終(お)わっても

 お肉(にく)の値(ね)段(だん)は上(あ)げられたし、

 嫌(いや)がらせは余(よ)計(けい)に酷(ひど)くなったわねぇ。


 このお店(みせ)がいまも続(つづ)けられるのは、

 通(かよ)ってくれるお客(きゃく)さんのおかげよ。」



話(はなし)を聞(き)いていた客(きゃく)達(たち)が彼(かの)女(じょ)に向(む)かって

杯(さかづき)を掲(かか)げたり、手(て)を振(ふ)っている。



「犬(いぬ)はガロムの親(しん)戚(せき)から貰(もら)ったの。


 羊(ひつじ)を扱(あつか)うのなら犬(いぬ)は必(ひつ)要(よう)だもの。


 トゥルムスって良(い)い子(こ)でしょ。

 ガロムっぽくて。」



ノーラの後(うし)ろで店(てん)主(しゅ)のガロムが照(て)れている。



「あなたは自(じ)分(ぶん)より偉(えら)いひとが

 好(す)きではないものね。」



「わたしはわたしよりも

 優(すぐ)れたひとが好(す)きなのよ。


 サンサとかね。


 それに料(りょう)理(り)って感(かん)覚(かく)だもの、

 わたしは彼(かれ)に勝(か)てないわ。」



サンサはノーラに、

手(て)にしたテマッサの料(りょう)金(きん)を支(し)払(はら)った。



しかし彼(かの)女(じょ)は金(きん)貨(か)の受(う)け取(と)りを拒(こば)んだ。



「あなた、トゥルムスの毛(け)が酷(ひど)いわね。


 外(そと)で払(はら)ってきなさい。


 お店(みせ)が毛(け)だらけになるわ。」



「…あぁー。ごめんなさい。」



わたしは店(みせ)の出(で)入(い)り口(ぐち)の横(よこ)で、

キャシュクについたトゥルムスの毛(け)を

払(はら)い落(お)とす。



隣(となり)のトゥルムスも

身体(からだ)を震(ふる)わせて体(たい)毛(もう)を飛(と)ばした。



店(みせ)の前(まえ)に戻(もど)ってきた街(がい)娼(しょう)達(たち)が、

舞(ま)う毛(け)と共(とも)にまた離(はな)れていく。



「トゥルムスとはまた、

 奇(き)妙(みょう)な名(な)前(まえ)を付(つ)けたわね。」



「雄(おす)だから商(しょう)売(ばい)の神(かみ)から名(な)付(づ)けたの。


 撫(な)でてあげると

 その手(て)に触(ふ)れたものが黄(おう)金(ごん)になるのよ。」



ノーラの話(はなし)はトゥルムスに関(かん)係(けい)なく、

神(しん)話(わ)に登(とう)場(じょう)する手(て)に触(ふ)れたものを

黄(おう)金(ごん)に変(か)える力(ちから)を得(え)た人(にん)間(げん)の話(はなし)だった。



「食(た)べる物(もの)も黄(おう)金(ごん)になるから、

 食(しょく)事(じ)もできなくなる王(おう)の神(しん)話(わ)だね。」



この王(おう)は枝(えだ)や石(いし)を黄(おう)金(ごん)して喜(よろこ)んだが、

触(ふ)れた食(た)べ物(もの)や飲(のみ)み物(もの)すらも黄(おう)金(ごん)になり、

娘(むすめ)を彫(ちょう)像(ぞう)に変(か)えてしまい自(みずか)らの力(ちから)を悔(く)いた。



「ただの換(かん)毛(もう)期(き)で付(つ)いた毛(け)よ。」



「食(しょく)事(じ)前(まえ)なのだから手(て)も洗(あら)いなさい。


 あなたもよ、サンサ。


 このお店(みせ)に来(く)る数(かず)少(すく)ない客(きゃく)から、

 食(しょく)中(ちゅう)毒(どく)を出(だ)すわけにはいかないもの。」



「館(やかた)を出(で)て4年(ねん)もすれば

 もうすっかりお店(みせ)の人(にん)間(げん)ね。」



客(きゃく)向(む)けに流(なが)し台(だい)と石(せっ)鹸(けん)があり、

清(せい)潔(けつ)な水(みず)が提(てい)供(きょう)される。



ノーラは黒(くろ)く汚(よご)れた手(て)拭(ふ)き布(ぬの)を捨(す)て、

新(あたら)しい布(ぬの)を用(よう)意(い)した。



「ガロムの腕(うで)が良(い)いのよ。


 エルテルにお店(みせ)を出(だ)さないかって、

 タルヴォに直(ちょく)接(せつ)誘(さそ)われてるのよ。」



「タルヴォの欲(よく)が透(す)けて見(み)えるわね。」



「料(りょう)理(り)の腕(うで)ではガロムには負(ま)けても、

 食(しょく)材(ざい)を見(み)る目(め)だけは良(い)いのよ、わたし。」



「あなた達(たち)なら大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)よ。」



サンサに言(い)われて口(くち)元(もと)を緩(ゆる)めるノーラは、

手(て)を洗(あら)うわたしを見(み)下(お)ろす。



「あなた、フランジでしょう?


 サンサを手伝(てつだ)いなさいな。」



「…はい。」



石(せっ)鹸(けん)を取(と)って泡(あわ)立(だ)ててから、

サンサの白(しろ)く細(ほそ)い左(ひだり)手(て)を手(て)首(くび)まで洗(あら)う。



サンサは館(やかた)では、壁(かべ)に備(そな)え付(つ)けた

ブラシを使(つか)って一人(ひとり)で手(て)を洗(あら)っている。



わたしがサンサを手伝(てつだ)うのは、

彼(かの)女(じょ)が蹴(け)った部屋(へや)の扉(とびら)を

開(あ)ける時(とき)に限(かぎ)られる。



それでもわたしは彼(かの)女(じょ)の右(みぎ)の手(て)ではない。



「指(ゆび)のあいだもよ。


 爪(つめ)はそっちのブラシを使(つか)って。」



「あの子(こ)、口(くち)喧(やかま)しいでしょう。


 昔(むかし)からあぁなのよ?」



「聞(き)こえてますよぉ!」



ノーラに叱(しか)られながら

わたしに手(て)を洗(あら)われても、

サンサは再(さい)会(かい)に口(くち)元(もと)を緩(ゆる)ませていた。




 ◆




濡(ぬ)れた手(て)を拭(ふ)き終(お)えると、

わたし達(たち)は奥(おく)の席(せき)に案(あん)内(ない)された。



「孤(こ)児(じ)院(いん)の子(こ)達(たち)はみんな、

 ノーラに憧(あこが)れて夜(よる)の館(やかた)に来(く)るのよ。」



「貴(き)族(ぞく)と婚(こん)姻(いん)を結(むす)んだって、

 噂(うわさ)になってるのよねぇ。

 ふふっ。」



サンサの言(こと)葉(ば)に笑(わら)うノーラでも、

相(あい)手(て)の店(てん)主(しゅ)、ガロムは貴(き)族(ぞく)には見(み)えない。



ノーラの起(き)居(きょ)はサンサと同(おな)じで品(ひん)を感(かん)じる。



「これがテマッサよ。


 館(やかた)で食(た)べたことあったかしら?」



トゥルムスの尻尾(しっぽ)のような白(しろ)色(いろ)の、

本(ほん)の形(かたち)をしたパン。



半(はん)透(とう)明(めい)の泥(どろ)に見(み)えるソースがパンに垂(た)れ、

挟(はさ)まれた分(ぶ)厚(あつ)い肉(にく)が食(は)み出(で)ている。



挿絵(By みてみん)



ノーラは別(べつ)の小(こ)皿(ざら)を、

アルとイオスの前(まえ)に置(お)く。



「あなた達(たち)にはこっちね。」



イオスは厚(こう)意(い)で貰(もら)ったソースのない肉(にく)と、

細(こま)かくされたパンを唸(うな)りながら囓(かじ)りついた。



アルは腰(こし)を落(お)としてその様(よう)子(す)を眺(なが)めている。



わたしもパンを手(て)にして口(くち)を開(ひら)いてみても、

パンが厚(あつ)くて肉(にく)の端(はし)しか囓(かじ)れない。



「この子(こ)の口(くち)には大(おお)きかったね。


 潰(つぶ)して食(た)べるのは浅(あさ)ましいわよね。」



パンは潰(つぶ)さずに食(た)べなければ、

この柔(やわ)らかな食(しょ)感(かん)を失(うしな)ってしまう。



口(くち)に入(い)れても獣(けもの)臭(しゅう)のない肉(にく)は、

軽(かる)く噛(か)んだだけで崩(くず)れる。



館(やかた)で出(で)てくる羊(よう)肉(にく)とは違(ちが)って、

味(あじ)に特(とく)有(ゆう)の癖(くせ)がなくて柔(やわ)らかく、

噛(か)むと口(くち)の中(なか)で溶(と)けていく。



半(はん)透(とう)明(めい)で艶(つや)のある褐(かっ)色(しょく)のソースは、

甘(あま)辛(から)くてわたし好(この)みの味(あじ)がする。



微(かす)かに含(ふく)まれる香(こう)辛(しん)料(りょう)が、

後(あと)から口(くち)の中(なか)に利(き)いて広(ひろ)がった。



「今朝(けさ)、仔(こ)羊(ひつじ)が手(て)に入(はい)ってね。


 お肉(にく)に癖(くせ)も控(ひか)えめで

 噛(か)みやすいでしょ。」



お肉(にく)の入(はい)った口(くち)を

手(て)で隠(かく)して咀(そ)嚼(しゃく)を続(つづ)けながら、

ノーラに向(む)かって深(ふか)く首(くび)を縦(たて)に振(ふ)る。



少(すこ)し浅(あさ)ましい行(こう)為(い)だった。



表(ひょう)面(めん)に薄(うす)い皮(かわ)のある蒸(む)しパンの断(だん)面(めん)は、

ソースが滲(し)みて味(あじ)と食(しょっ)感(かん)が変(か)わり、

食(た)べ進(すす)めると食(しょく)材(ざい)が調(ちょう)和(わ)する。



目(め)を閉(と)じて味(あじ)を噛(か)みしめると、

ソースや肉(にく)汁(じゅう)の中(なか)にペタの蜂(はち)蜜(みつ)が

含(ふく)まれていることが分(わ)かってきた。



「楽(たの)しく食(た)べるわねえ。


 サンサの隠(かく)し子(ご)?」



「おかしな流(りゅう)言(げん)を広(ひろ)めないでよ。」



「ナルシャの、ニクスよ。」



「ニクス?

 夜(よる)の女(め)神(がみ)の名(な)前(まえ)ねぇ。


 あぁ。ふぅん。」



名(な)前(まえ)を聞(き)くと彼(かの)女(じょ)は、

わたしの出(しゅつ)自(じ)について

訊(たず)ねることはしなかった。



「また妙(みょう)な子(こ)を拾(ひろ)ってきたわね。


 今日(きょう)はレナタは?

 良(い)い噂(うわさ)を耳(みみ)にしたわよ。」



「あの子(こ)はアイリアの工(こう)房(ぼう)に通(かよ)う

 生(せい)徒(と)になったわよ。」



「事(じ)実(じつ)なのね。


 今(こん)度(ど)わたし達(たち)家(か)族(ぞく)の肖(しょう)像(ぞう)画(が)を

 描(か)いて貰(もら)おうかしら。」



「高(たか)いわよ。」



サンサがテーブルの上(うえ)に、

懲(こ)りずに金(きん)貨(か)を2枚(まい)置(お)く。



ノーラは諦(あきら)めて金(きん)貨(か)を1枚(まい)だけ手(て)にして、

もう1枚(まい)を突(つ)き返(かえ)した。



「これでお願(ねが)いね。」



彼(かの)女(じょ)は金(きん)貨(か)をサンサに示(しめ)す。



「この前(まえ)スーを市(いち)場(ば)で見(み)かけたわよ。


 あなたも大(たい)変(へん)でしょ。


 こんな二人(ふたり)の世(せ)話(わ)係(がかり)なんて。」



本(ほん)人(にん)を前(まえ)にして敢(あ)えて首(しゅ)肯(こう)せず、

咀(そ)嚼(しゃく)を続(つづ)けて返(へん)答(とう)にした。



「おがぁざまぁーん。」



店(みせ)の奥(おく)の階(かい)段(だん)から子(こ)供(ども)の泣(な)き声(ごえ)が響(ひび)いた。



「あら、ハルルが起(お)きたわ。


 下(お)りといでぇ! ハルルゥ。」



階(かい)段(だん)を下(お)りてくる小(ちい)さな足(あし)と大(おお)きな臀(でん)部(ぶ)。



顔(かお)を真赤(まっか)にした赤(あか)髪(がみ)の幼(よう)女(じょ)。



挿絵(By みてみん)



宝(ほう)石(せき)みたいな輝(かがや)きをした、

黒(くろ)い目(め)がわたし達(たち)を見(み)た。



「ハルルも大(おお)きくなったわねぇ。」



ノーラに抱(だ)かれて泣(な)き止(や)むハルルは、

アルとイオスに触(さわ)ろうと手(て)を伸(の)ばす。



「はいはい。触(さわ)りたいのね。


 ニクス。お願(ねが)いするわね。」



テマッサを食(た)べていたわたしに、

ノーラに自(じ)分(ぶん)の娘(むすめ)を押(お)し付(つ)けてきた。



「え…なにを?」



わたしではなくハルルに手(て)を振(ふ)り、

接(せっ)客(きゃく)をするノーラ。



「いたずら好(す)きは変(か)わらないわね。」



「ここに座(すわ)ってて。」



わたしは幼(おさな)子(ご)の腰(こし)を抱(だ)いて、

長(なが)椅(い)子(す)の隣(となり)に座(すわ)らせた。



「あなた、かよわいわねえ。」



ハルルに背(せ)中(なか)を触(ふ)られた食(しょく)事(じ)中(ちゅう)のイオスは、

毛(け)を逆(さか)立(だ)てて唸(うな)りながらも食(た)べ続(つづ)ける。



「食(しょく)事(じ)を妨(さまた)げてはダメよ。」



イオスがハルルを叩(たた)いたり、

噛(か)みついたりしないか心(しん)配(ぱい)になる。



「ノーラはメノーより前(まえ)の、

 1番(ばん)部屋(べや)のドレイプだったのは

 知(し)ってるわよね。


 ネルタから来(き)た貴(き)族(ぞく)の娘(むすめ)でね。


 目(め)が良(よ)かったから買(か)ったのよ。


 話(わ)題(だい)の絶(た)えない子(こ)で、

 銀(ぎん)行(こう)屋(や)やあのユヴィルも

 手(て)紙(がみ)を送(おく)ってきたほどよ。」



「子(こ)供(ども)が出(で)来(き)たから辞(や)めさせられたの?」



「ガロムを連(つ)れて辞(や)めていったのよ。


 熱(ねっ)心(しん)なお客(きゃく)さんなんて見(み)向(む)きもせず、

 ガロムの料(りょう)理(り)を目(め)当(あ)てにした婚(こん)姻(いん)に

 ルービィも嘆(なげ)いてたわね。」



「ルービィには悪(わる)いと思(おも)ってるわよ。」



言(い)ってノーラは

揚(あ)げたてのお菓(か)子(し)を持(も)ってきて、

串(くし)に刺(さ)して自(じ)分(ぶん)で食(た)べる。



「あっ! ハルゥもぉ!」



「ポッポの揚(あ)げ菓(が)子(し)ね。」



夜(よる)の館(やかた)で出(だ)される根(こん)菜(さい)のポッポは、

太(ふと)るという理(り)由(ゆう)で厨(ちゅう)房(ぼう)では人(にん)気(き)がない食(しょく)材(ざい)。



挿絵(By みてみん)



ポッポは蒸(む)してから潰(つぶ)し、

ブレズの粉(こな)と混(ま)ぜて焼(や)いたものは、

食(しょっ)感(かん)が良(よ)くてお菓(か)子(し)に出(だ)すと好(この)まれる。



デーンが得(とく)意(い)とするお菓(か)子(し)で、

砂(さ)糖(とう)が振(ふ)ったり蜂(はち)蜜(みつ)が使(つか)えるのも

人(にん)気(き)の理(り)由(ゆう)の一(ひと)つだった。



この店(みせ)でのポッポの揚(あ)げ菓(が)子(し)は、

皮(かわ)を剥(む)かずに細(ほそ)長(なが)く切(き)って揚(あ)げ、

味(あじ)付(つ)けは粒(つぶ)の粗(あら)い塩(しお)を振(ふ)っただけ。



ノーラに促(うなが)されてわたしも欠片(かけら)を口(くち)にする。



――塩(しお)だけなのは労(ろう)働(どう)者(しゃ)の為(ため)かしら。



最(さい)初(しょ)は辛(から)いと思(おも)えた味(あじ)付(つ)けも、

ポッポ自(じ)体(たい)の甘(かん)味(み)が際(きわ)立(だ)っておいしい。



皮(かわ)が付(つ)いているのも、

食(しょっ)感(かん)の変(へん)化(か)があって口(くち)の中(なか)が楽(たの)しくなる。



ヤゴウの料(りょう)理(り)にはない豪(ごう)快(かい)さを感(かん)じさせる。



ハルルもポッポを自(じ)分(ぶん)の手(て)で口(くち)に運(はこ)び、

赤(あか)く柔(やわ)らかな頬(ほお)を膨(ふく)らませた。



「あなたはドレイプになるの?」



テマッサを食(た)べ終(お)えたわたしに、

彼(かの)女(じょ)は疑(ぎ)問(もん)を投(な)げかけた。



「いいえ。

 ドレイプにはなりません。」



ノーラはわたしの返(へん)答(とう)に目(め)を見(み)開(ひら)いて、

驚(おどろ)いた素(そ)振(ぶ)りを見(み)せてから

サンサの顔(かお)を見(み)て笑(わら)う。



「ノーラはドレイプになりたかったの?」



「あははっ。

 そんなわけないわよっ。」



彼(かの)女(じょ)が美(うつく)しい声(こえ)で笑(わら)うと、

客(きゃく)達(たち)の視(し)線(せん)を背(せ)中(なか)越(ご)しに感(かん)じる。



「こんな土(と)地(ち)に逃(に)げて、

 物(もの)同(どう)然(ぜん)に売(う)られて絶(ぜつ)望(ぼう)したものよ。


 ドレイプもやってみると華(はな)やかだし、

 過(す)ぎてみれば嫌(いや)な客(きゃく)よりも

 眩(まぶ)しい思(おも)い出(で)ばかり。


 ネルタより使(つか)える水(みず)は豊(ほう)富(ふ)にあるし、

 魚(さかな)は少(すく)なくても食(た)べ物(もの)はおいしい。


 特(とく)にガロムの料(りょう)理(り)には何(なん)度(ど)も救(すく)われたわ。


 夜(よる)の館(やかた)の中(なか)なら

 暴(ぼう)力(りょく)が振(ふ)るわれる心(しん)配(ぱい)もない。


 色(いろ)々(いろ)な土(と)地(ち)の本(ほん)も読(よ)めたから、

 苦(にが)手(て)な生(せい)物(ぶつ)の解(かい)体(たい)も勉(べん)強(きょう)になったわ。


 あ、勉(べん)強(きょう)会(かい)はまだやってるの?」



「今(こん)度(ど)からニクスが教(おし)えるのよ。


 ノーラも生(せい)物(ぶつ)の解(かい)体(たい)で、

 分(わ)からないことがあれば

 この子(こ)に聞(き)きなさい。」



「んふっ!」



サンサが無(む)理(り)を押(お)し付(つ)けて、

わたしは慌(あわ)てて首(くび)を横(よこ)に振(ふ)る。



ポッポの揚(あ)げ菓(が)子(し)が喉(のど)に詰(つ)まりかけた。



「レナタといい、賢(かしこ)いわねえ。


 わたしが館(やかた)に居(い)た頃(ころ)は、

 ルービィやサンサの企(たくら)み通(どお)りに働(はたら)くのは

 嫌(いや)だったものよ。」



「わたしも同(おな)じ意(い)見(けん)よ。」



ノーラの意(い)見(けん)に首(しゅ)肯(こう)して意(い)思(し)を示(しめ)す。



「わたしも同(おな)じよ。

 誰(だれ)かの企(たくら)みで働(はたら)くのなんて。」



この場(ば)のサンサもなぜか同(どう)調(ちょう)する。



「ハルルもっ! ハルルもぉ!」



会(かい)話(わ)に混(ま)ざりたがった

ハルルの言(こと)葉(ば)に笑(わら)いが起(お)きた。



「ふふっ。

 サンサ、どう?

 いまのわたし。」



「誇(ほこ)りに思(おも)うわ。」



サンサが柔(やわ)らかい表(ひょう)情(じょう)を見(み)せて笑(わら)う。



「でもこれはサンサに教(おそ)わったのよ。


 ルービィにも感(かん)謝(しゃ)してるわよ。

 ありがとう。」



ノーラが深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げると、

ハルルが彼(かの)女(じょ)の頭巾(フード)を撫(な)でた。



「ハルル。


 そんな手(て)で触(さわ)ったら、

 ノーラの綺(き)麗(れい)な髪(かみ)が汚(よご)れてしまうわよ。」



ハルルを抱(だ)き上(あ)げて

わたしの太(ふと)腿(もも)の上(うえ)に座(すわ)らせると、

イオスが鳴(な)いて抗(こう)議(ぎ)してきた。



「ノーラもガロムも一(いち)度(ど)、

 館(やかた)に顔(かお)を見(み)せなさい。


 あなたの嫌(きら)いなわたしの企(たくら)みよ。


 ヤゴウもガロムに料(りょう)理(り)を

 食(た)べさせたがってたわ。」



「楽(たの)しみにしてるわ。


 ニクス、あなたもまたお店(みせ)に来(き)てね。」



ノーラと約(やく)束(そく)はできなかった。



それでもわたしは首(くび)を縦(たて)に振(ふ)って、

いつか訪(おとず)れるその日(ひ)を楽(たの)しみにした。




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