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金貨の娘  作者: 美穂
第7章 群羊の空

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第7章 第3節 流水の渦(第1項)

サンサに連(つ)れられて孤(こ)児(じ)院(いん)を抜(ぬ)け出(だ)し、

川(かわ)沿(ぞ)いの街(かい)道(どう)に出(で)た。



川(かわ)向(む)こうの北(きた)側(がわ)は無(む)産(さん)街(がい)と呼(よ)ばれる土(と)地(ち)で、

遠(とお)目(め)に見(み)ても高(たか)い建(たて)物(もの)は少(すく)なく、

昼(ちゅう)食(しょく)時(どき)の為(ため)に炊(すい)煙(えん)が何(なん)本(ほん)も昇(のぼ)る。



笛(ふえ)の高(たか)い音(ね)色(いろ)が遠(とお)く、

対(たい)岸(がん)のこちらにまで聞(き)こえる。



最(さい)近(きん)は降(こう)雨(う)も少(すく)なく川(かわ)の水(すい)量(りょう)は減(へ)り、

岸(きし)に近(ちか)い場(ば)所(しょ)の水(すい)深(しん)は浅(あさ)い。



流(なが)れるゴミを目(め)で追(お)っていると、

流(なが)れに沿(そ)って身体(からだ)が倒(たお)れかける。



水(すい)流(りゅう)と共(とも)に移(い)動(どう)していると脳(のう)が錯(さっ)覚(かく)して、

乗(の)り物(もの)酔(よ)いと同(おな)じような症(しょう)状(じょう)が出(で)た。



水面(みなも)に浮(う)かぶ鴨(かも)や

繁(はん)殖(しょく)相(あい)手(て)を求(もと)めて羽(は)根(ね)を広(ひろ)げる鷺(さぎ)。



挿絵(By みてみん)



わたしの腕(うで)の中(なか)で

イオスが身体(からだ)を捩(よじ)って抜(ぬ)け出(だ)そうとした。



春(はる)先(さき)に眺(なが)めた運(うん)河(が)や、

塔(とう)から眺(なが)める湖(みずうみ)に比(くら)べて、

見(み)るものが多(おお)くて目(め)が忙(いそが)しい。



足(あし)元(もと)では亀(かめ)が岸(きし)に掛(か)かった板(いた)に乗(の)り、

甲(こう)羅(ら)を干(ほ)し、体(からだ)を温(あたた)めている。



挿絵(By みてみん)



積(つみ)石(いし)状(じょう)になった親(おや)子(こ)の亀(かめ)。



僅(わず)かな足(あし)場(ば)に他(ほか)の亀(かめ)が上(うえ)に乗(の)り、

蹴(け)落(お)とされて水(みず)に濡(ぬ)れても這(は)い上(あ)がってくる。



塔(とう)で暮(く)らしていた時(とき)は湖(みずうみ)に亀(かめ)が泳(およ)ぐ姿(すがた)を

見(み)かけることはあっても、

こんなに近(ちか)くで動(うご)く姿(すがた)を見(み)たことはない。



その様(よう)子(す)をしばらく見(み)ていると、

再(ふたた)び腕(うで)の中(なか)でイオスが暴(あば)れて鳴(な)いた。



「もう満(まん)足(ぞく)したかしら?」



「な…待(ま)ってたなら呼(よ)んでよ。」



サンサが宝飾巾(ヴェール)の奥(おく)で

口(こう)角(かく)を上(あ)げて見(み)ていた。



恥(は)ずかしさが込(こ)み上(あ)げてくる。



「レナと変(か)わらないわね。


 観(かん)察(さつ)なんてしてたら日(ひ)が暮(く)れるから、

 もう行(い)くわよ。


 長(なが)雨(あめ)が終(お)わったのに、

 あそこでまだ浚(しゅん)渫(せつ)をしてるでしょ。」



川(かわ)の上(じょう)流(りゅう)になる西(にし)側(がわ)は、

その川(かわ)の半(はん)分(ぶん)が板(いた)で仕(し)切(き)られて

川(かわ)幅(はば)が細(ほそ)くなっている。



イオスがまた鳴(な)いたけれど、

アルはサンサの腕(うで)の中(なか)で静(しず)かにしている。



「浚(しゅん)渫(せつ)?


 堤(てい)防(ぼう)の補(ほ)強(きょう)?」



「川(かわ)底(ぞこ)の堆(たい)積(せき)物(ぶつ)を排(はい)除(じょ)して、

 水(すい)量(りょう)と水(すい)質(しつ)を保(たも)つ作(さ)業(ぎょう)よ。」



「川(かわ)の掃(そう)除(じ)を浚(しゅん)渫(せつ)って言(い)うんだ。」



「あの箇(か)所(しょ)の水(みず)を抜(ぬ)いて、

 川(かわ)底(ぞこ)に溜(た)まった澱(おり)を浚(さら)うのよ。


 漂(ひょう)流(りゅう)物(ぶつ)やゴミの除(じょ)去(きょ)は清(せい)浄(じょう)屋(や)の仕(し)事(ごと)ね。」



――澱(おり)。



川(かわ)には虫(むし)、お魚(さかな)などの小(ちい)さな生(せい)物(ぶつ)が棲(す)み、

藻(も)や水(みず)草(くさ)に流(なが)れついた枝(えだ)木(ぎ)が絡(から)まり、

石(いし)が留(た)まって底(そこ)には汚(お)泥(でい)が堆(たい)積(せき)する。



川(かわ)を流(なが)れるのは湖(みずうみ)からの水(みず)だけではない。



雨(あま)水(みず)、生(せい)活(かつ)排(はい)水(すい)、落(お)ち葉(ば)や枝(えだ)に泥(どろ)、

捨(す)てられた布(ぬの)や羊(よう)皮(ひ)紙(し)などのゴミが混(ま)ざる。



そんな中(なか)でも白(しろ)い羽(は)根(ね)の大(おお)型(がた)の鳥(とり)、

鷺(さぎ)が川(かわ)底(ぞこ)の虫(むし)や貝(かい)を得(え)ようと、

川(かわ)岸(ぎし)に立(た)って作(さ)業(ぎょう)員(いん)達(たち)の様(よう)子(す)を窺(うかが)う。



「エルテルで不(ふ)作(さく)が続(つづ)けば、

 分(ぶん)水(すい)街(がい)では食(しょく)料(りょう)が

 得(え)られなくなってしまうもの。


 大(だい)水(すい)害(がい)の教(きょう)訓(くん)。

 民(みん)衆(しゅう)から税(ぜい)を集(あつ)める口(こう)実(じつ)の一(ひと)つね。」



「あ、『課(か)税(ぜい)』だね。」



四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)びでも使(つか)われる言(こと)葉(ば)。



星(ほし)札(ふだ)を市(し)場(じょう)に出(だ)せば、出(だ)された相(あい)手(て)は

星(ほし)札(ふだ)の枚(まい)数(すう)だけ土(と)地(ち)から札(ふだ)を選(えら)んで、

手(て)札(ふだ)に加(くわ)えなければならない。



浚(しゅん)渫(せつ)の作(さ)業(ぎょう)場(ば)では

子(こ)供(ども)達(たち)が蔓(つる)草(くさ)で編(あ)まれた籠(かご)で、

水(みず)を含(ふく)んだ重(おも)たい泥(どろ)を運(はこ)んでいた。



泥(どろ)で汚(よご)れたチュニックに身(み)を包(つつ)み、

奴(ど)隷(れい)か、無(む)産(さん)街(がい)の子(こ)かもしれない。



かれらを監(かん)督(とく)する日(ひ)に焼(や)けた大人(おとな)達(たち)は、

目(め)立(だ)った汚(よご)れのない服(ふく)で哄(こう)笑(しょう)して

道(みち)端(ばた)に立(た)つ女(おんな)の腕(うで)を引(ひ)っ張(ぱ)って捓(からか)う。



乱(らん)暴(ぼう)にされると女(おんな)の頭巾(フード)が取(と)れて、

短(みじか)く刈(か)られた赤(あか)い髪(かみ)が露(あら)わになる。



跪(ひざまず)く女(おんな)の姿(すがた)を男(おとこ)達(たち)が嘲(ちょう)笑(しょう)する。



「作(さ)業(ぎょう)が進(すす)んでいないのも困(こま)ったものね。」



「オレ、やってたぞ。あれ。」



グルグスが主(しゅ)張(ちょう)した。



「レナが気(き)に入(い)って

 ルービィがあなたを買(か)ったのよね。」



「お嬢(じょう)に感(かん)謝(しゃ)してる。」



彼(かれ)は濃(こ)い肌(はだ)に白(しろ)い歯(は)を見(み)せて笑(わら)う。



グルグスという大(たい)陸(りく)語(ご)由(ゆ)来(らい)の名(な)前(まえ)は

ファウナが言(い)うには、猫(ねこ)が寛(くつろ)ぐ時(とき)に

鳴(な)らす喉(のど)の音(おと)から来(き)ているらしい。



「グルグスくらい優(ゆう)秀(しゅう)な人(じん)材(ざい)が、

 1,000人(にん)も居(い)たら往(おう)復(ふく)ポンプが

 使(つか)えたわね。」



「労(ろう)力(りょく)の無(む)駄(だ)遣(づか)いだよ。」



サンサの提(てい)案(あん)には想(そう)像(ぞう)が追(お)いつかない。



「馬(うま)なら僅(わず)か250頭(とう)で済(す)むわよ。」



「まだ多(おお)いよ。」



街(まち)の中(ちゅう)心(しん)に繋(つな)がる広(ひろ)い街(かい)道(どう)とはいえ、

数(かず)の多(おお)さが想(そう)像(ぞう)を超(こ)えてしまう。



「往(おう)復(ふく)ポンプも油(ゆ)圧(あつ)を使(つか)えば、

 労(ろう)力(りょく)も減(へ)らせるよね?」



「技(ぎ)術(じゅつ)や道(どう)具(ぐ)の有(う)無(む)だけではなく、

 ここには権(けん)利(り)の問(もん)題(だい)も含(ふく)まれるわね。


 川(かわ)や橋(はし)は作(つく)ってお終(しま)いではないもの。


 住(す)み良(よ)い環(かん)境(きょう)を維(い)持(じ)するには、

 整(せい)備(び)は欠(か)かせない仕(し)事(ごと)よね。


 川(かわ)に限(かぎ)らず、床(ゆか)石(いし)、道(みち)も同(おな)じ。

 砂(すな)を払(はら)わなければ埋(う)もれていくのよ。


 街(まち)の象(しょう)徴(ちょう)になっている鐘(しょう)楼(ろう)や

 堅(けん)牢(ろう)なあの防(ぼう)壁(へき)も、手(て)入(い)れしなければ

 やがて風(ふう)化(か)していつの日(ひ)か崩(くず)れるわね。


 戦(せん)争(そう)が起(お)きなくても、

 自(し)然(ぜん)の力(ちから)には抗(あらが)えないものよ。」



「戦(せん)争(そう)…。」



南(みなみ)のネルタと西(にし)のカヴァとの長(なが)い戦(せん)争(そう)は、

ネルタの滅(めつ)亡(ぼう)という形(かたち)で終(お)わった。



分(ぶん)水(すい)街(がい)は緑(みどり)と水(みず)が豊(ゆた)かで毎(まい)日(にち)賑(にぎ)わっていて、

戦(せん)争(そう)に関(かん)係(けい)のない穏(おだ)やかな街(まち)に見(み)えた。



そんな考(かんが)えに耽(ふけ)っていると、

髪(かみ)の短(みじか)い娼(しょう)婦(ふ)を捓(からか)った労(ろう)働(どう)者(しゃ)と

護(ご)衛(えい)とのあいだで喧(けん)嘩(か)が始(はじ)まった。



「ニクス。行(い)くわよ。」



サンサの呼(よ)び掛(か)けにイオスが鳴(な)いた。



太(たい)陽(よう)はまだ高(たか)い位(い)置(ち)にあり、

街(まち)を南(なん)北(ぼく)に分(わ)かつ川(かわ)を右(みぎ)手(て)前(まえ)にして

ドレイプ姿(すがた)のサンサの後(うし)ろを歩(ある)く。



大(おお)男(おとこ)のグルグスがついて歩(ある)くので

わたし達(たち)に視(し)線(せん)が集(あつ)まる。



分(ぶん)水(すい)街(がい)の東(ひがし)側(がわ)と北(きた)側(がわ)を挟(はさ)んで流(なが)れる川(かわ)は

無(む)産(さん)街(がい)との境(きょう)界(かい)。



住(じゅう)宅(たく)地(ち)の静(せい)寂(じゃく)と、街(かい)道(どう)を走(はし)る馬(ば)車(しゃ)の軋(きし)み、

労(ろう)働(どう)者(しゃ)達(たち)の喧(けん)騒(そう)が入(い)り交(ま)じる。



「わたしから逸(はぐ)れると、

 真(まっ)黒(くろ)な服(ふく)を着(き)たひと達(たち)に

 真(まっ)黒(くろ)な袋(ふくろ)に入(い)れられて

 真(まっ)暗(くら)な土(と)地(ち)に連(つ)れていかれるわよ。」



黒(くろ)色(いろ)のキャシュクとスラックスを履(は)いた、

オーブの黒(くろ)装(しょう)束(ぞく)姿(すがた)の人(にん)間(げん)に顔(かお)を向(む)ける。



頭巾(フード)や宝飾巾(ヴェール)で顔(かお)を隠(かく)したひと達(たち)。



わたしはサンサの冗(じょう)談(だん)を真(ま)に受(う)けず

黙(だま)ったまま後(うし)ろを歩(ある)く。



彼(かの)女(じょ)が人(ひと)攫(さら)いに見(み)立(た)てたひと達(たち)は、

マルフの会(かい)社(しゃ)の清(せい)浄(じょう)屋(や)の従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)だった。



かれらは街(かい)道(どう)を歩(ある)き、馬(うま)の忘(わす)れ物(もの)を拾(ひろ)い、

公(こう)共(きょう)の手(て)洗(あら)い所(じょ)で不(ふ)要(よう)物(ぶつ)を汲(く)み取(と)る。



落(お)ち葉(ば)を拾(ひろ)い集(あつ)めたり

植(しょく)物(ぶつ)の手(て)入(い)れを行(おこな)うので、

かれらの仕(し)事(ごと)のおかげで

街(まち)の景(けい)観(かん)が保(たも)たれている。



「ニクスに怖(こわ)いものって無(な)いのかしらね。」



サンサやスーが好(この)んで話(はな)すような

井(い)戸(ど)からの侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)や人(ひと)攫(さら)い、創(そう)造(ぞう)の竜(りゅう)など

話(はなし)の中(なか)の存(そん)在(ざい)を怖(こわ)がってみせたところで、

相(あい)手(て)を喜(よろこ)ばせるだけでそこには学(まな)びがない。



夜(よる)の井(い)戸(ど)水(みず)や果(か)樹(じゅ)園(えん)での毒(どく)といった

虚(きょ)構(こう)を混(ま)ぜた婉(えん)曲(きょく)な訓(くん)話(わ)とその効(こう)果(か)よりも、

わたしは考(こう)証(しょう)に関(かん)心(しん)を抱(いだ)く。



蝋(ろう)燭(そく)で固(かた)めた翼(つばさ)で空(そら)を飛(と)んだ、

ヴィカロスの話(はなし)がその一(ひと)つだった。



「レナなんて怖(こわ)がって、

 泣(な)いて夜(よる)まで抱(だ)きついてたのよ。」



わたしもいまのレナタもそんな話(はなし)に泣(な)いて、

誰(だれ)かに抱(だ)きつく年(ねん)齢(れい)ではない。



「…それ、大(おお)昔(むかし)の話(はなし)だよね?」



「大(おお)昔(むかし)ではないわよ。最(さい)近(きん)よ。


 レナが4歳(さい)くらいね。」



「6年(ねん)前(まえ)は最(さい)近(きん)でもないよ。」



「井(い)戸(ど)が怖(こわ)いって泣(な)いてた話(はなし)、聞(き)きたい?」



「またレナを騙(だま)して捓(からか)ったの?」



レナタは律儀(りちぎ)な性(せい)格(かく)が災(わざわ)いして

サンサに騙(だま)されてしまう。



「わたしは騙(だま)して無(な)いわよ。


 そう言(い)って騙(だま)したのはノーラよ。


 あの子(こ)の純(じゅん)粋(すい)さに、

 わたしは身(み)を案(あん)じてるくらいよ。」



自(じ)称(しょう)するサンサの言(こと)葉(ば)を信(しん)じず、

わたしは聞(き)き流(なが)した。




 ◆




わたしの選(えら)んだ孤(こ)児(じ)達(たち)は、

どこかフランジやドレイプと

似(に)通(かよ)って見(み)えた。



館(やかた)に住(す)んでいる彼(かの)女(じょ)達(たち)は決(き)まりがあり、

出(しゅつ)自(じ)を問(と)わず、多(おお)くを喋(しゃべ)ったりはしない。



スーのように

貴(き)族(ぞく)のお嬢(じょう)様(さま)と称(しょう)する子(こ)も居(い)る。




館(やかた)の決(き)まりを破(やぶ)るのはスーか、

洞(どう)窟(くつ)港(こう)の港(こう)長(ちょう)の娘(むすめ)と称(しょう)したファウナになる。



「メノーが辞(や)めるから集(あつ)めるから、

 フランジを増(ふ)やすんだよね。」



「辞(や)めて工(こう)場(じょう)で働(はたら)いたり

 従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)を選(えら)ぶ子(こ)達(たち)も居(い)るけれど、

 孤(こ)児(じ)は年(ねん)に2回(かい)だけ

 選(せん)考(こう)会(かい)をして入(い)れるのよ。


 夏(なつ)や冬(ふゆ)では

 食(しょく)中(ちゅう)毒(どく)や病(びょう)気(き)になったりするもの。


 健(けん)康(こう)な子(こ)を選(えら)ぶのはむずかしいわね。」



彼(かの)女(じょ)は老(ろう)人(じん)病(びょう)で死(し)んでしまった

ウラのことを言(い)っている。



「選(せん)考(こう)会(かい)は孤(こ)児(じ)をフランジにする目(もく)的(てき)で、

 孤(こ)児(じ)院(いん)から買(か)ってるんだね。」



「なにを勘(かん)違(ちが)いしてるの。

 買(か)ってはいないわよ?


 この街(まち)の法(ほう)律(りつ)では

 孤(こ)児(じ)院(いん)は子(こ)供(ども)を売(う)ってはいけないし、

 子(こ)供(ども)を買(か)ったりもできないのよ。」



「オーナーが

 あの孤(こ)児(じ)院(いん)を経(けい)営(えい)しているわけ

 でもないんだよね?」



「ルービィは孤(こ)児(じ)院(いん)の運(うん)営(えい)に

 口(くち)出(だ)しはしていないし、

 援(えん)助(じょ)金(きん)を支(し)払(はら)っているだけの

 ただの支(し)援(えん)者(しゃ)。


 ドレイプになりたがる孤(こ)児(じ)達(たち)の、

 後(こう)見(けん)人(にん)になっているのがナルキア家(け)よ。」



孤(こ)児(じ)院(いん)で子(こ)供(ども)を買(か)ってはおらず、

孤(こ)児(じ)院(いん)の支(し)援(えん)の報(ほう)酬(しゅう)で子(こ)供(ども)を得(え)ている。



「それって…確(かく)認(にん)するけれど

 中(なか)身(み)は同(おな)じだよね。」



わたしに疑(ぎ)惑(わく)をかけられても、

彼(かの)女(じょ)は素(す)直(なお)に頷(うなず)く。



「袋(ふくろ)を変(か)えただけね。


 法(ほう)の抜(ぬ)け道(みち)。


 西(にし)の連(れん)中(ちゅう)とは違(ちが)って、

 道(みち)を外(はず)れてはいないわよ。」



「それってユヴィルのこと?」



「ふふっ…。

 それに孤(こ)児(じ)院(いん)に一(いち)番(ばん)多(おお)くの

 援(えん)助(じょ)金(きん)を出(だ)してるのは、

 銀(ぎん)行(こう)屋(や)のオーネック・マイダスよ。」



「銀(ぎん)行(こう)が? お金(かね)を管(かん)理(り)するのに?」



「彼(かれ)は金(かね)の奴(ど)隷(れい)だなんて

 嘲(あざけ)られているものね。


 孤(こ)児(じ)院(いん)を援(えん)助(じょ)する彼(かれ)は貴(き)族(ぞく)のあいだで

 篤(とく)志(し)家(か)なんて呼(よ)ばれたりするのよ。」



「それ本(ほん)で読(よ)んだわ。


 慈(じ)善(ぜん)事(じ)業(ぎょう)っていうの?」



わたしの疑(ぎ)問(もん)に彼(かの)女(じょ)は肩(かた)を揺(ゆ)らして笑(わら)う。



「ふふふっ。

 ないわね、そんなものは。


 虚(きょ)飾(しょく)も使(つか)い方(かた)次(し)第(だい)よね。


 銀(ぎん)行(こう)屋(や)も毎(まい)年(とし)、

 子(こ)供(ども)を買(か)い集(あつ)めてるのよ。」



「銀(ぎん)行(こう)が?」



娼(しょう)館(かん)と違(ちが)い、孤(こ)児(じ)と銀(ぎん)行(こう)は結(むす)びつかない。



「何(なん)千(ぜん)と居(い)る顧(こ)客(きゃく)の為(かわ)替(せ)を出(だ)すのに、

 数(すう)字(じ)が得(とく)意(い)な子(こ)に何(なん)百(びゃく)万(まん)回(かい)もの

 計(けい)算(さん)を同(どう)時(じ)にさせるの。


 計(けい)算(さん)に過(あやま)ちがあれば

 それは銀(ぎん)行(こう)の損(そん)失(しつ)になるし、

 信(しん)用(よう)を損(そん)じるものね。」



「回(かい)数(すう)の数(すう)字(じ)だけで酔(よ)いそう。


 それだけ多(おお)くの計(けい)算(さん)ができるのなら、

 銀(ぎん)行(こう)なら四(しい)時(じ)の札(ふだ)の勝(か)ち方(かた)も、

 判(はん)断(だん)できたりするのかな?」



四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)びは

相(あい)手(て)の出(だ)せる札(ふだ)を予(よ)測(そく)して絞(しぼ)っていき、

最(さい)終(しゅう)的(てき)に相(あい)手(て)より優(ゆう)位(い)な札(ふだ)を並(なら)べる。



一人(ひとり)25枚(まい)の札(ふだ)でも、

札(ふだ)の組(く)み合(あ)わせは6倍(ばい)以(い)上(じょう)にもなった。



挿絵(By みてみん)



貝(かい)札(ふだ)の前(ぜん)後(ご)や紋標(スート)を入(い)れ替(か)えて数(かぞ)えれば、

組(く)み合(あ)わせはさらに増(ふ)える。



「25枚(まい)しかないのに

 あれで10巡(じゅん)も札(ふだ)を並(なら)べれば、

 10億(おく)以(い)上(じょう)も分(ぶん)岐(き)ができるんだよ。」



札(ふだ)を2枚(まい)ずつ10回(かい)除(のぞ)いていくと、

分(ぶん)岐(き)は10の9乗(じょう)を軽(かる)く超(こ)える。



恐(きょう)慌(こう)札(ふだ)を含(ふく)めた時(とき)の0の商(しょう)人(にん)札(ふだ)や、

宝飾巾(ヴェール)した札(ふだ)の回(かい)収(しゅう)もあって、

計(けい)算(さん)が複(ふく)雑(ざつ)になってしまった。



「最(さい)近(きん)ずっと書(しょ)字(じ)板(ばん)を重(かさ)ねて

 なにか計(けい)算(さん)していると思(おも)えば…。


 次(つぎ)は天(てん)体(たい)物(ぶつ)理(り)の計(けい)算(さん)でも

 始(はじ)めるつもりかしら。


 猫(ねこ)にでも相(そう)談(だん)したらどう?」



アルとイオスが順(じゅん)に鳴(な)いた。



「分(ぶん)水(すい)街(がい)にはそんな言(い)い回(まわ)しがあるの?」



「ふふっ。

 相(そう)談(だん)すれば

 案(あん)外(がい)それで閃(ひらめ)くかもしれないわよ。」



サンサがアルやイオスに

話(はな)し掛(か)ける姿(すがた)をよく見(み)た。



捓(からか)う彼(かの)女(じょ)のそんな話(はなし)を、

わたしは真(ま)に受(う)けるわけがない。



「孤(こ)児(じ)院(いん)への援(えん)助(じょ)金(きん)を差(さ)し引(ひ)いても、

 銀(ぎん)行(こう)は優(ゆう)秀(しゅう)な子(こ)を集(あつ)められるから

 結(けっ)果(か)として儲(もう)かるのよ。」



「まだ実(みの)っていない畑(はたけ)を、

 土(と)地(ち)ごと買(か)うんだね。」



「契(けい)約(やく)済(ず)みの畑(はたけ)よ。

 買(か)うのは苗(なえ)ね。」



「それも言(こと)葉(ば)遊(あそ)びだよね。


 選(えら)ばれなかった子(こ)はどうなるの?」



「自(じ)明(めい)ね。

 あなたは分(わ)かってるのに

 答(こた)えから目(め)を背(そむ)けているのよ。」




サンサの意(い)見(けん)は正(ただ)しい。



無(む)知(ち)なわたしの考(かんが)えは、推(すい)論(ろん)に過(す)ぎない。



「成(せい)年(ねん)になれば院(いん)を追(お)い出(だ)されて、

 娼(しょう)婦(ふ)になるんだね。」



「なにかしらの理(り)由(ゆう)で保(ほ)護(ご)されると、

 恩(おん)情(じょう)で1年(ねん)間(かん)の猶(ゆう)予(よ)が与(あた)えられるわよ。


 それでも行(い)き先(さき)は限(かぎ)られるわね。」



女(おんな)では知(ち)識(しき)や技(ぎ)術(じゅつ)があっても

伝(つ)手(て)がなければ、レナタのように

画(が)工(こう)の生(せい)徒(と)になるのも難(むずか)しい。



「娼(しょう)婦(ふ)に必(ひつ)要(よう)なものはなにかしら?」



「…服(ふく)?」



疑(ぎ)問(もん)が含(ふく)まれるわたしの見(けん)解(かい)に、

サンサは鼻(はな)で笑(わら)って返(かえ)す。



「身体(からだ)を売(う)るだけなら

 服(ふく)だけでも充(じゅう)分(ぶん)よね。


 あそこに大(たい)衆(しゅう)浴(よく)場(じょう)があるでしょ?」



顔(かお)を向(む)けた川(かわ)の向(む)こう側(がわ)。



北(きた)の無(む)産(さん)街(がい)に、

高(たか)い煙(えん)突(とつ)が建(た)っている。



そこがサンサの示(しめ)した大(たい)衆(しゅう)浴(よく)場(じょう)だった。



「ひとは貴(き)賤(せん)、職(しょく)業(ぎょう)に関(かか)わらず

 食(しょく)事(じ)と健(けん)康(こう)が必(ひつ)要(よう)になるわね。


 パンとお酒(さけ)で4ルース。

 お風(ふ)呂(ろ)は8ルース。


 これだけでは

 生(い)きていけないわね。」



「避(ひ)難(なん)所(じょ)で寝(ね)るとして、

 お肉(にく)とお野(や)菜(さい)?」



サンサはまた鼻(はな)で笑(わら)った。



「分(ぶん)水(すい)街(がい)で街(がい)娼(しょう)として働(はたら)くには

 身(み)分(ぶん)証(しょう)が必(ひつ)要(よう)で、それを得(え)るには

 税(ぜい)を3,600ルースは納(おさ)めなくてはいけない。


 一(いち)日(にち)あたり10ルースが税(ぜい)ね。


 客(きゃく)が街(がい)娼(しょう)に支(し)払(はら)う最(さい)低(てい)限(げん)の報(ほう)酬(しゅう)は、

 22ルース以(い)上(じょう)と街(まち)の法(ほう)律(りつ)で

 定(さだ)められてるのよ。」



娼(しょう)婦(ふ)の収(しゅう)入(にゅう)の半(はん)分(ぶん)近(ちか)くは税(ぜい)金(きん)という。



「そんな法(ほう)律(りつ)に従(したが)えば、

 最(さい)低(てい)限(げん)のお金(かね)しか支(し)払(はら)わないよね。


 夜(よる)の館(やかた)は?」



「夜(よる)の館(やかた)は公(こう)娼(しょう)館(かん)とも違(ちが)うわよ。


 いまは最(さい)低(てい)でも

 10,000ルースくらいかしら。


 ここでの問(もん)題(だい)は館(やかた)に属(ぞく)さず、

 部屋(へや)を持(も)たない下(か)流(りゅう)の街(がい)娼(しょう)よね。」



振(ふ)り向(む)いて娼(しょう)婦(ふ)達(たち)の喧(けん)嘩(か)を見(み)ても、

距(きょ)離(り)が離(はな)れてしまって様(よう)子(す)は分(わ)からない。



「税(ぜい)金(きん)を支(し)払(はら)う為(ため)に

 みんな働(はたら)いてるみたい。」



「元(げん)老(ろう)院(いん)は公(こう)娼(しょう)館(かん)から税(ぜい)収(しゅう)を得(え)て

 私(し)腹(ふく)を肥(こ)やしたくても、

 街(がい)娼(しょう)を過(か)剰(じょう)に増(ふ)やして

 風(ふう)紀(き)までは乱(みだ)したくない。


 均(きん)衡(こう)は保(たも)たなければいけない。」



「均(きん)衡(こう)って需(じゅ)要(よう)と供(きょう)給(きゅう)とか、

 税(ぜい)収(しゅう)と治(ち)安(あん)の天(てん)秤(びん)だよね?


 この街(まち)の外(そと)で娼(しょう)婦(ふ)、街(がい)娼(しょう)ををやるとか?」



「収(しゅう)入(にゅう)が保(ほ)障(しょう)されなくなるわね。


 報(ほう)酬(しゅう)が定(さだ)められていなければ、

 22ルースの半(はん)分(ぶん)も支(し)払(はら)われないのよ。


 街(まち)の西(にし)側(がわ)なんて法(ほう)の目(め)が届(とど)かないもの。


 無(む)産(さん)街(がい)に立(た)つ街(がい)娼(しょう)相(あい)手(て)には

 客(きゃく)の質(しつ)も悪(わる)いのだから、

 5ルースさえも得(え)られないでしょうね。


 稼(かせ)げないからという理(り)由(ゆう)で、

 複(ふく)数(すう)人(にん)を同(どう)時(じ)に相(あい)手(て)する街(がい)娼(しょう)も居(い)るわ。


 それに護(ご)衛(えい)も雇(やと)えないから

 報(ほう)酬(しゅう)が支(し)払(はら)われずに逃(に)げられたり、

 中(なか)には殺(ころ)されてしまう子(こ)も居(い)る。


 治(ち)安(あん)、客(きゃく)層(そう)の問(もん)題(だい)もあって

 妊(にん)娠(しん)すると働(はたら)けないわね。」



――ドレイプと娼(しょう)婦(ふ)の違(ちが)い。



「あ、だから娼(しょう)婦(ふ)ではなくて、

 ドレイプって名(な)乗(の)ってるの?」



――中(なか)身(み)は同(おな)じで袋(ふくろ)を変(か)える。



宝飾巾(ヴェール)の奥(おく)でサンサが笑(わら)った。



「ドレイプなんて名(な)乗(の)ってるけれど、

 娼(しょう)婦(ふ)の100倍(ばい)は税(ぜい)を支(し)払(はら)ってるわよ。」



理(り)由(ゆう)が分(わ)からずわたしは首(くび)を捻(ひね)る。



「公(こう)娼(しょう)館(かん)の娼(しょう)婦(ふ)に限(かぎ)らず、

 勝(かっ)手(て)にドレイプなんて

 名(な)乗(の)られたら迷(めい)惑(わく)だもの


 ドレイプは夜(よる)の館(やかた)のみの、

 価(か)値(ち)ある存(そん)在(ざい)であるべきなのよ。


 ユヴィルの娼(しょう)館(かん)でも

 闇(やみ)の館(やかた)としか名(な)乗(の)れない。


 それに孤(こ)児(じ)院(いん)の子(こ)供(ども)をフランジと呼(よ)んで、

 娼(しょう)婦(ふ)の仕(し)事(ごと)を手伝(てつだ)わせてるのだもの。


 議(ぎ)会(かい)に黙(だま)って貰(もら)うには、お金(かね)が一(いち)番(ばん)よ。」



「それって…。」



「信(しん)用(よう)はお金(かね)で解(かい)決(けつ)するのよ。


 銀(ぎん)行(こう)屋(や)もやっているもの。」



「行(こう)動(どう)で示(しめ)すものではないの?

 信(しん)用(よう)って。」



以(い)前(ぜん)、サンサが言(い)っていた言(こと)葉(ば)なのに、

今(こん)回(かい)は違(ちが)う方(ほう)法(ほう)を示(しめ)していた。



「みんなで悪(わる)さをすれば、

 なにも問(もん)題(だい)にはならないのよ。」



「重(じゅう)罪(ざい)人(にん)が共(きょう)犯(はん)者(しゃ)を増(ふ)やしてる…。」



――サンサはこんなひとだったわ。



わたしは一(ひと)つ溜(た)め息(いき)を吐(つ)いて、

また彼(かの)女(じょ)の後(うし)ろを歩(ある)いた。




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