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金貨の娘  作者: 美穂
第7章 群羊の空

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第7章 第4節 石塔の主(第2項)

「先(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)、父(ちち)親(おや)のエドバードが死(し)に、

 エルテル領(りょう)をワシが継(つ)ぐことになった。


 病(びょう)臥(が)していたのだから、

 最(さい)悪(あく)の事(じ)態(たい)は容(よう)易(い)に想(そう)像(ぞう)できたはずだ。


 いずれ継(つ)ぐだろうとは思(おも)っていたが、

 自(じ)分(ぶん)の意(い)思(し)で望(のぞ)んだことではなく、

 主(しゅ)体(たい)性(せい)に欠(か)けていた。


 その時(とき)はまだ覚(かく)悟(ご)がなかった。


 ただ、恐(おそ)ろしい想(そう)像(ぞう)が、

 実(じつ)現(げん)してしまったんだ。」



「エルテル風邪(かぜ)、ですか?」



「領(りょう)内(ない)ではメルセ病(びょう)と呼(よ)んでいた。


 20年(ねん)以(い)上(じょう)も昔(むかし)の病(やまい)だ。

 知(し)らないのも無(む)理(り)はない。」



わたしが返(へん)答(とう)に詰(つ)まると、

エリクはそのまま話(はなし)を続(つづ)けた。



「不(ふ)名(めい)誉(よ)な名(な)前(まえ)は、

 ただの責(せき)任(にん)の擦(なす)り付(つ)け合(あ)いだ。


 そう言(い)われ、サンサに酷(ひど)く叱(しか)られたよ。」



――領(りょう)主(しゅ)を叱(しか)るなんて…。



彼(かれ)は笑(わら)ったものの、

東(とう)部(ぶ)の冗(じょう)談(だん)にわたしは困(こん)惑(わく)させられる。



「領(りょう)主(しゅ)などという地(ち)位(い)があったところで、

 病(やまい)の原(げん)因(いん)が分(わ)からなければ、

 対(たい)策(さく)の施(ほどこ)しようもない。


 ひとからひとに伝(つた)わる病(やまい)は、

 領(りょう)地(ち)を慰(い)問(もん)して伝(でん)播(ぱ)する危(き)険(けん)があった。


 病(びょう)人(にん)を看(み)取(と)ることもできん。」



苦(くる)しみを堪(こら)え、深(ふか)い溜(た)め息(いき)を吐(つ)く。



「各(かく)地(ち)に穴(あな)を掘(ほ)らせては、

 幾(いく)人(にん)もの死(し)体(たい)を休(やす)みなく埋(う)めさせた。


 墓(はか)掘(ほ)り領(りょう)主(しゅ)とまで謗(そし)られたが、

 ただの穴(あな)に過(す)ぎん。


 本(ほん)来(らい)の墓(はか)であればよかった。


 病(やまい)で死(し)んだ領(りょう)民(みん)に墓(ぼ)標(ひょう)は無(な)く、

 死(し)人(にん)の数(かず)は日(ひ)に日(ひ)に積(つ)み重(かさ)なって、

 焼(や)くにも燃(ねん)料(りょう)が足(た)りない。


 不(ふ)要(よう)物(ぶつ)と同(おな)じ扱(あつか)いしかできん。


 紙(かみ)には死(し)んだ領(りょう)民(みん)の名(な)前(まえ)ではなく、

 数(すう)字(じ)だけが記(しる)されていった。


 そんな時(とき)に、

 オーブの領(りょう)主(しゅ)であったグレイ老(ろう)が、

 ワシに使(し)者(しゃ)を送(おく)ってきた。」



つらい過(か)去(こ)でも彼(かれ)は懐(なつ)かしみ、

困(こま)り顔(がお)ではなく愉(ゆ)快(かい)に話(はな)すので、

わたしはそれを不(ふ)思(し)議(ぎ)に見(み)ていた。



「オーブ…、サンサがなにか

 やらかしたんですか?」



「やらかした?

 ここではそんな言(い)い回(まわ)しをするのか。」



「いえ、失(しつ)言(げん)でした。」



サンサの行(こう)動(どう)を、

上(じょう)品(ひん)な言(こと)葉(ば)で形(けい)容(よう)するのは難(むずか)しい。



養(よう)女(じょ)に対(たい)する不(ふ)敬(けい)な発(はつ)言(げん)を聞(き)いても、

エリクは口(くち)の端(は)を上(あ)げて喜(よろこ)んでいる。



「だが、やらかした

 という意(い)見(けん)は妥(だ)当(とう)だ。


 当(とう)時(じ)のオーブの領(りょう)主(しゅ)は、

 グレイ老(ろう)の息子(むすこ)のグラスか。


 操(あやつ)り人(にん)形(ぎょう)とまで蔑(さげす)まれていたな。


 継(つ)いだ息子(むすこ)は決(き)まってそう呼(そ)ばれる。


 彼(かれ)の父(ちち)親(おや)のグレイ老(ろう)が、

 ワシと互(たが)いの領(りょう)地(ち)の為(ため)と嘯(うそぶ)いて、

 病(やまい)を退(しりぞ)ける術(すべ)を知(し)る女(おんな)を送(おく)ってきた。


 サンサはあろうことか、

 領(りょう)内(ない)に猫(ねこ)を伴(ともな)ってな。」



「猫(ねこ)…アルですか?」



椅(い)子(す)に寝(ね)ていたアルが名(な)前(まえ)を呼(よ)ばれると、

耳(みみ)を払(はら)ってミャオと鳴(な)いて欠伸(あくび)をする。



エリクも頷(うなず)く。



「メルセ病(びょう)を誘(ゆう)引(いん)した原(げん)因(いん)は、

 全(ぜん)部(ぶ)ワシにあった。


 それによって先(せん)代(だい)のエドバードが、

 病(やまい)を広(ひろ)める下(した)地(じ)を作(つく)ってしまった。」



「…どういうことでしょうか?」



メルセ病(びょう)――、

エルテル風邪(かぜ)が記(き)録(ろく)されたのは近(きん)年(ねん)でも、

歴(れき)史(し)書(しょ)やメノーから借(か)りた医(い)学(がく)書(しょ)には、

類(るい)似(じ)の症(しょう)状(じょう)がいくつか記(き)載(さい)されていた。



古(こ)代(だい)には井(い)戸(ど)に死(し)骸(がい)を投(な)げ入(い)れて、

水(みず)を汚(お)染(せん)し降(こう)伏(ふく)を促(うなが)すなどの戦(せん)略(りゃく)がある。



エリクが告(こく)白(はく)したような、

エルテルが病(びょう)気(き)を狙(ねら)って

伝(でん)播(ぱ)させた記(き)録(ろく)は存(そん)在(ざい)しない。



「遡(さかのぼ)れば、恥(は)ずべき過(か)去(こ)だ。


 エドバードは何(なに)事(ごと)にも消(しょう)極(きょく)的(てき)でいて、

 時(とき)に過(か)激(げき)で、極(きょく)端(たん)な男(おとこ)だった。


 エルテルの繍(しゅう)旗(き)には、

 犬(いぬ)を描(か)いているだろう?


 これは曽(そう)祖(そ)父(ふ)の代(だい)から、

 継(けい)承(しょう)された杖(つえ)だ。」



「はい。」



彼(かれ)は杖(つえ)の握(にぎ)りを見(み)せる。

木(き)に彫(ほ)られた犬(いぬ)の頭(あたま)。



「エドバードは猫(ねこ)が嫌(きら)いでな。


 領(りょう)主(しゅ)である自(じ)分(ぶん)に従(したが)わない猫(ねこ)が、

 気(き)に食(く)わなかったのだろう。


 領(りょう)内(ない)に増(ふ)えた野(の)猫(ねこ)を、

 駆(く)除(じょ)しろと布(ふ)告(こく)したのだ。」



「まさか猫(ねこ)の呪(のろ)いとでも言(い)うんですか?」



スーが四(しい)時(じ)の時(とき)に

似(に)た話(はなし)をしたのを覚(おぼ)えている。



彼(かれ)は記(き)憶(おく)を照(て)らし合(あ)わせ、眉(まゆ)を曇(くも)らせた。



「いや、ただそれだけの理(り)由(ゆう)だ。


 サンサもその類(たぐい)の話(はなし)を信(しん)じはしない。


 神(かみ)を畏(おそ)れるオーブから来(き)た者(もの)なのにな。


 猫(ねこ)を連(つ)れて来(き)たのは、

 我(われ)々(われ)への嫌(いや)がらせだろう。」



その説(せつ)明(めい)にわたしは掛(か)ける言(こと)葉(ば)を失(うしな)った。



「猫(ねこ)が居(い)た頃(ころ)は見(み)かけなかった鼠(ねずみ)が、

 作(さく)物(もつ)や飼(し)料(りょう)、倉(そう)庫(こ)の食(しょく)料(りょう)を荒(あ)らして

 すぐに増(ふ)えた。


 鼠(ねずみ)に隠(かく)れた小(ちい)さな生(せい)物(ぶつ)が、

 他(ほか)の動(どう)物(ぶつ)に移(うつ)ると病(やまい)を生(う)んで、

 ひとからひとへと広(ひろ)まったと、

 サンサは説(せつ)明(めい)してくれた。」



「それと分(わ)かって、

 鼠(ねずみ)の駆(く)除(じょ)はなさらなかったのですか。」



「鼠(ねずみ)は多(おお)くの子(こ)を産(う)み、繁(はん)殖(しょく)が早(はや)い。


 貴(き)族(ぞく)の中(なか)には、

 鼠(ねずみ)を観(かん)賞(しょう)用(よう)に飼(か)うこともある。


 多(た)産(さん)、繁(はん)栄(えい)の象(しょう)徴(ちょう)としてな。


 前(ぜん)年(ねん)の不(ふ)作(さく)もあって、

 厄(やく)除(よ)けのつもりなのだろう。


 貴(き)族(ぞく)は自(じ)分(ぶん)達(たち)が増(ふ)やした鼠(ねずみ)を、

 使(し)用(よう)人(にん)に褒(ほう)美(び)として分(ぶん)配(ぱい)もした。


 鼠(ねずみ)はなんでも食(く)うので餌(えさ)には困(こま)らん。


 ただ、農(のう)民(みん)にとっては害(がい)しかない。


 農(のう)作(さ)業(ぎょう)であれば、

 耕(こう)起(き)した時(とき)に出(で)てきた鼠(ねずみ)は、

 飼(か)っている犬(いぬ)が駆(く)除(じょ)をする。


 だが倉(そう)庫(こ)の隙(すき)間(ま)や、

 厨(ちゅう)房(ぼう)の通(つう)気(き)口(こう)から侵(しん)入(にゅう)する鼠(ねずみ)にまで、

 犬(いぬ)の牙(きば)は届(とど)かん。


 それもワシのせいだな。」



彼(かれ)は湧(わ)き立(た)つ怒(いか)りから、

力(ちから)強(づよ)く言(い)うと咳(せ)き込(こ)んだ。



従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)のキーアが運(はこ)んできた水(みず)を飲(の)んで、

呼(こ)吸(きゅう)を落(お)ち着(つ)かせる。



メグは熾(おき)火(び)を持(も)ってきて、

テーブルの下(した)に置(お)いてくれた。



挿絵(By みてみん)



長(なが)い徒(と)歩(ほ)の移(い)動(どう)で汗(あせ)の滲(にじ)み出(だ)す足(あし)が

冷(つめ)たくなっていたから助(たす)かった。



「呪(のろ)いに期(き)待(たい)するだけの理(り)由(ゆう)が、

 エルテルにはあったんですね。」



「呪(のろ)い…うむ。


 後(こう)継(けい)者(しゃ)のワシと妻(つま)のあいだに、

 子(こ)ができなかったのだ。


 弟(おとうと)のタルヴォはすでに3人(にん)も子(こ)を持(も)ち、

 妻(つま)のベリーを苦(くる)しめた。


 それがエドバードを辱(はずかし)めたのかもしれん。


 病(やまい)が広(ひろ)がる中(なか)、そんな先(せん)代(だい)の死(し)は

 ワシにとっての呪(のろ)いとなった。」



杖(つえ)を持(も)つその犬(いぬ)の頭(あたま)を指(ゆび)で撫(な)でる。



父(ちち)親(おや)から受(う)け継(つ)いだ物(もの)を。



「全(ぜん)部(ぶ)エドバードの責(せき)任(にん)ではないのだ。

 ワシの――。」



「いえ、それは先(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)の責(せき)任(にん)よ。」



悔(く)いるエリクに理(り)解(かい)が及(およ)ばず、

わたしの反(はん)論(ろん)が口(くち)を衝(つ)いて出(で)る。



「先(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)が過(あやま)ちを認(みと)めず、

 責(せき)任(にん)も負(お)わずに死(し)んだからって

 エリク卿(きょう)が責(せき)任(にん)を負(お)う必(ひつ)要(よう)はないわ。


 彼(かれ)は自(じ)分(ぶん)に尻尾(しっぽ)を振(ふ)らない猫(ねこ)を

 憂(う)さ晴(ば)らしに殺(ころ)しただけよ。


 野(の)猫(ねこ)に繁(はん)殖(しょく)されて困(こま)るのなら、

 去(きょ)勢(せい)すれば済(す)んだ話(はなし)だわ。」



医(い)学(がく)書(しょ)や解(かい)剖(ぼう)学(がく)の本(ほん)にも

家(か)畜(ちく)の去(きょ)勢(せい)に関(かん)しては、

結(けっ)紮(さつ)手(しゅ)技(ぎ)が絵(え)付(つ)きで書(か)かれている。



それよりも親(おや)の責(せき)任(にん)を子(こ)が負(お)う、

エリクの考(かんが)えが理(り)解(かい)し難(がた)かった。



――感(かん)情(じょう)に見(み)返(かえ)りを求(もと)めてはいけない。



サンサが言(い)っていた。



沸(わ)き立(た)つ怒(いか)りの感(かん)情(じょう)を抑(おさ)え、

長(なが)く息(いき)を吐(つ)いた。



わたしはわたしの言(こと)葉(ば)で、

首(くび)を縦(たて)に振(ふ)って続(つづ)ける。



「あなたが責(せき)任(にん)を感(かん)じているのは、

 償(つぐな)いの気(き)分(ぶん)を満(み)たすだけよ。」



――償(つぐな)いだわ。



――サンサはいつだか

  償(つぐな)いという言(こと)葉(ば)を使(つか)ったわ。



――マルフとの会(かい)談(だん)の時(とき)だったわね…。



そんな考(かんが)えを過(よ)ぎらせていると、

エリクは目(め)を丸(まる)くして驚(おどろ)いていた。



わたしは自(じ)分(ぶん)の立(たち)場(ば)も弁(わきま)えずに、

彼(かれ)の父(ちち)への侮(ぶ)辱(じょく)に気(き)付(づ)いた時(とき)には、

少(すこ)し間(ま)を置(お)いてから哄(こう)笑(しょう)された。



「はははっ。

 サンサにも似(に)たことを言(い)われたな。


 知(し)っていたのか? 知(し)らないのか。

 あぁ、出(で)会(あ)ったばかりの頃(ころ)だ。


 ニクス、ニクスか…。

 夜(よる)の女(め)神(がみ)だったか、なるほど。


 豪(ごう)胆(たん)な娘(むすめ)だ。それでいて聡(さと)い。


 その喋(しゃべ)り方(かた)は心地(ここち)良(よ)いな。

 サンサにもよく似(に)ている。


 彼(かの)女(じょ)が右(みぎ)の手(て)に置(お)くのも道(どう)理(り)だ。」



「褒(ほ)め言(こと)葉(ば)にしては不(ふ)本(ほん)意(い)よ…。」



謙(けん)遜(そん)に不(ふ)満(まん)を混(ま)ぜて放(はな)った言(こと)葉(ば)が、

さらに彼(かれ)を喜(よろこ)ばせた。



「そんなに畏(かしこ)まらずとも良(よ)い。


 所(しょ)詮(せん)ワシは墓(はか)掘(ほ)り領(りょう)主(しゅ)だ。


 オーブの知(ち)恵(え)に縋(すが)る以(い)外(がい)、

 打(だ)開(かい)の手(て)立(だ)てがなかった。


 ワシがサンサを

 『運(うん)命(めい)の女(おんな)』のように扱(あつか)うと、

 墓(はか)穴(あな)の王(おう)だなどと罵(ば)声(せい)を浴(あ)びたな。」



「運(うん)命(めい)の女(おんな)っていうのは…?」



相(あい)手(て)から求(もと)められていない

喋(しゃべ)り方(かた)を無(む)理(り)に続(つづ)ける必(ひつ)要(よう)もなく、

彼(かれ)の言(こと)葉(ば)の真(しん)意(い)を率(そっ)直(ちょく)に訊(たず)ねた。



神(しん)話(わ)に登(とう)場(じょう)する運(うん)命(めい)の女(おんな)というのは、

サンサのことからしておよそ

良(い)い意(い)味(み)ではないのは分(わ)かる。



「あぁ、統(とう)治(ち)者(しゃ)を色(いろ)香(か)で唆(そそのか)し、

 国(くに)を滅(ほろ)ぼす元(げん)凶(きょう)の罪(ざい)人(にん)を意(い)味(み)する。


 そんな蔑(べっ)称(しょう)を彼(かの)女(じょ)は喜(よろこ)んでいたよ。」



――やっぱり…。



「オーブに居(い)る以(い)前(ぜん)から、

 サンサのことは知(し)っていたの?」



「あぁ。

 オーブでは別(べつ)の呼(よ)び名(な)があったがな。」



「森(もり)の賢(けん)女(じょ)ね。」



ボナのお客(きゃく)さんのソフィが、

サンサをそう呼(よ)んでいた。



「森(もり)の賢(けん)女(じょ)とオーブの領(りょう)民(みん)に敬(うやま)われ、

 臣(しん)下(か)からはグレイ老(ろう)の落(らく)胤(いん)だとか

 噂(うわさ)されていたな。」



森(もり)の賢(けん)女(じょ)より運(うん)命(めい)の女(おんな)の方(ほう)が、

彼(かの)女(じょ)に似(に)合(あ)っていて否(ひ)定(てい)はできない。



「彼(かの)女(じょ)をエルテルの城(しろ)に呼(よ)ぶと、

 領(りょう)内(ない)への持(も)ち込(こ)みを禁(きん)止(し)していた

 猫(ねこ)を抱(かか)えてやってきたのだ。


 すぐに後(こう)悔(かい)したよ。」



――当(あ)てつけなのかしら…。



「でも領(りょう)地(ち)に猫(ねこ)を許(きょ)可(か)しても、

 疫(えき)病(びょう)は収(しゅう)束(そく)しなかったのよね。」



「そんなのは些(さ)末(まつ)なことだ。


 あの子(こ)はグレイと一(いっ)緒(しょ)に、ワシの領(りょう)地(ち)に

 あってはならない疫(えき)病(びょう)を広(ひろ)めてくれた。


 いま思(おも)い出(だ)しても悍(おぞ)ましい。」



彼(かれ)はまた声(こえ)を弾(はず)ませて言(い)うので

すぐに予(よ)想(そう)はついた。



「硬(こう)貨(か)を偽(ぎ)造(ぞう)して流(りゅう)通(つう)させてたこと?」



「信(しん)じられるか? 信(しん)じられん話(はなし)だ。

 大(たい)陸(りく)硬(こう)貨(か)を管(かん)理(り)するワシに自(じ)白(はく)したんだ。


 流(りゅう)通(つう)させた硬(こう)貨(か)は把(は)握(あく)しきれず、

 星(ほし)の数(かず)ほどに達していた。」



「共(きょう)犯(はん)関(かん)係(けい)にさせられたのね。」



サンサのやりそうな行(こう)動(どう)に、

エリクはお腹(なか)を抱(かか)えて笑(わら)い苦(くる)しむ。



「『金(きん)貨(か)は価(か)値(ち)を測(はか)る為(ため)の、

  天(てん)秤(びん)の錘(おもり)に過(す)ぎない。』


 サンサはワシに言(い)い放(はな)った。


 オーブの田舎(いなか)から来(き)た小(こ)娘(むすめ)が、

 領(りょう)主(しゅ)になって間(ま)もないワシを試(ため)すのだ。


 いまでも胃(い)を痛(いた)める。」



彼(かれ)は笑(わら)い疲(つか)れて溜(た)め息(いき)を吐(つ)いた。



「サンサはそのことを、

 機(き)運(うん)に乗(じょう)じたと言(い)ってたわ。


 大(たい)陸(りく)から入(はい)る硬(こう)貨(か)の数(かず)が足(た)りないから。」



エリクは頷(うなず)く。



「他(た)領(りょう)では死(し)を招(まね)く病(やまい)の伝(でん)播(ぱ)を恐(おそ)れて、

 領(りょう)地(ち)の生(せい)産(さん)品(ひん)が流(りゅう)通(つう)しなくなった。


 大(たい)陸(りく)から金(きん)貨(か)を仕(し)入(い)れるメーニェ本(ほん)国(ごく)も、

 海(かい)禁(きん)法(ほう)を口(こう)実(じつ)にして、疫(えき)病(びょう)に苦(くる)しむ

 我(われ)々(われ)との貿(ぼう)易(えき)を控(ひか)えた。


 そんな時(とき)に、オーブの偽(ぎ)造(ぞう)硬(こう)貨(か)が

 管(かん)理(り)の網(あみ)を抜(ぬ)けていった。」



「食(た)べ物(もの)でもないのに、

 硬(こう)貨(か)が流(りゅう)通(つう)しただけで

 病(やまい)が伝(でん)播(ぱ)するものなの?」



「いや、しない。と、

 サンサは言(い)っていた。


 混(こん)乱(らん)した領(りょう)民(みん)にとっては、

 馴(な)染(じ)みのない硬(こう)貨(か)は病(やまい)と大(たい)差(さ)は無(な)い。


 迷(まよ)える羊(ひつじ)達(たち)が、

 牧(ぼく)羊(よう)犬(けん)と野(や)犬(けん)の群(む)れを、

 区(く)別(べつ)できるだろうか。


 大(たい)陸(りく)硬(こう)貨(か)を管(かん)理(り)する貴(き)族(ぞく)か、

 まともな商(しょう)人(にん)は試(し)金(きん)石(せき)を使(つか)う。


 本(ほん)物(もの)の硬(こう)貨(か)ならば、噛(か)めば感(かん)覚(かく)で

 大(たい)略(りゃく)の純(じゅん)度(ど)も分(わ)かったはずだ。


 貴(き)族(ぞく)やは輸(ゆ)入(にゅう)量(りょう)の減(げん)少(しょう)で、

 硬(こう)貨(か)の価(か)値(ち)を揺(ゆ)るがす恐(きょう)慌(こう)と、

 病(やまい)を恐(おそ)れて真(しん)贋(がん)を確(たし)かめなくなった。


 誰(だれ)もがオーブで生(せい)産(さん)された偽(ぎ)貨(か)を、

 黙(だま)って認(みと)め、受(う)け入(い)れたのだ。」



「サンサ達(たち)はそれを狙(ねら)って広(ひろ)めたのね。」



エリクは苦(く)笑(しょう)と共(とも)に、深(ふか)く頷(うなず)いた。





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