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金貨の娘  作者: 美穂
第6章 暗晦の道(後)

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第6章 第5節 十二の歴(第3項)

離(り)宮(きゅう)の出(で)入(い)り口(ぐち)になっている南(みなみ)側(がわ)にも、

扉(とびら)を挟(はさ)むようにして二(ふた)つの絵(え)がある。



左(ひだり)手(て)には炎(ほのお)に包(つつ)まれる猪(いのしし)の怪(かい)物(ぶつ)、

右(みぎ)手(て)には火(ひ)を吐(は)く巨(きょ)大(だい)な蜥蜴(とかげ)の怪(かい)物(ぶつ)と

戦(たたか)うソーマの姿(すがた)が描(か)かれている。



これはまだ本(ほん)で読(よ)んだことはない。



「竜(りゅう)という伝(でん)説(せつ)の生(い)き物(もの)です。」



竜(りゅう)は神(しん)話(わ)にも登(とう)場(じょう)する。



神(しん)話(わ)の竜(りゅう)は、精(せい)霊(れい)達(たち)が庭(てい)園(えん)で飼(か)っている

100の頭(あたま)を持(も)つ蛇(へび)の姿(すがた)で星(せい)座(ざ)にもある。



この星(せい)座(ざ)はゼズ島(とう)からは観(かん)測(そく)できない。



洞(どう)窟(くつ)港(こう)の外(そと)の海(うみ)には竜(りゅう)が存(そん)在(ざい)して、

外(がい)敵(てき)からゼズ島(とう)を守(まも)っている

と信(しん)じられていた。



「実(じつ)在(ざい)しない創(そう)造(ぞう)の生(い)き物(もの)だよ。


 本(ほん)当(とう)に火(ひ)を吹(ふ)いたら

 唇(くちびる)が火傷(やけど)するからね。」



スーの補(ほ)足(そく)にレナタが想(そう)像(ぞう)して笑(わら)っている。



「『愚(ぐ)者(しゃ)は炎(ほのお)を崇(あが)める』っていうよね。」



「ねえ、それ。


 確(たし)か前(まえ)も聞(き)いたけれど、

 『獣(けもの)は火(ひ)を畏(おそ)れ、賢(けん)者(じゃ)は炎(ほのお)を操(あやつ)る。』

 って、こちらでは言(い)わないの?」



わたしの言(こと)葉(ば)に

スーとレナタは顔(かお)を見(み)合(あ)わせる。



「島(しま)の南(なん)部(ぶ)では言(い)いますね。


 炎(ほのお)を操(あやつ)る竜(りゅう)は

 神(かみ)々(がみ)に姿(すがた)を変(か)えられた蛮(ばん)族(ぞく)です。


 カヴァやオーブで竜(りゅう)を討(とう)伐(ばつ)したソーマが、

 土(と)地(ち)を支(し)配(はい)したので領(りょう)主(しゅ)になりました。」



「カヴァは王(おう)様(さま)だね。


 大(たい)陸(りく)では動(どう)物(ぶつ)を繍(しゅう)旗(き)に使(つか)うからかな。


 南(なん)方(ぽう)のクレワは大(おお)鹿(じか)の角(つの)、

 北(ほっ)方(ぽう)のソーンは大(おお)蜥蜴(とかげ)。


 中(ちゅう)央(おう)のラギリは

 大(たい)陸(りく)を飲(の)み込(こ)む大(だい)蛇(じゃ)。」



挿絵(By みてみん)



「エルテルは犬(いぬ)ですよね。」



「繍(しゅう)旗(き)は大(たい)陸(りく)由(ゆ)来(らい)だから

 エルテルは忠(ちゅう)実(じつ)な牧(ぼく)羊(よう)犬(けん)だね。


 半(はん)島(とう)のエンカーは頭(ず)蓋(がい)骨(こつ)。


 メーニェの繍(しゅう)旗(き)はラッガだもん

 統(とう)一(いつ)はされてないね。」



スーの説(せつ)明(めい)にレナタは頷(うなず)く。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



わたしは島(しま)の歴(れき)史(し)に疎(うと)く、

主(おも)に描(か)かれた動(どう)物(ぶつ)を探(さが)して見(み)て回(まわ)る。



ラッガは船(ふね)を係(けい)留(りゅう)したロープから

鼠(ねずみ)の侵(しん)入(にゅう)を防(ぼう)止(し)する為(ため)の円(えん)錐(すい)型(がた)の道(どう)具(ぐ)で、

洞(どう)窟(くつ)港(こう)での猫(ねこ)の俗(ぞく)称(しょう)だと

ファウナが説(せつ)明(めい)してくれた。



猫(ねこ)の姿(すがた)は壁(へき)画(が)に描(か)かれていない。




「あれ…?」



わたしは周(しゅう)囲(い)を見(み)渡(わた)す。



「どうしたの?」



北(きた)側(がわ)に洞(どう)窟(くつ)港(こう)、ゼズ山(さん)脈(みゃく)、メルセ領(りょう)、

東(ひがし)にはエルテル領(りょう)、オーブ領(りょう)、西(にし)に分(ぶん)水(すい)街(がい)、

南(なん)西(せい)にはカヴァ、出(で)入(い)り口(ぐち)は竜(りゅう)の絵(え)。



半球形(ドーム)の南(みなみ)側(がわ)には、

天(てん)蓋(がい)山(さん)が薄(うす)く描(か)かれている。



けれどその麓(ふもと)、

ネルタの湖(みずうみ)を描(か)いた絵(え)はない。



「あれは…?」



わたしは出(で)入(い)り口(ぐち)の上(じょう)部(ぶ)を指(し)示(じ)した。



柱(はしら)から光(ひかり)の当(あ)たらない場(ば)所(しょ)に、

真(まっ)黒(くろ)なモザイク画(が)が埋(う)められている。



光(ひかり)の加(か)減(げん)で薄(うす)い裂(さ)け目(め)が入(はい)って見(み)えた。



「あれも絵(え)なのかな?


 13枚(まい)目(め)? なにかしらね。」



「あ、もしかして、

 星(ほし)鳥(どり)の群(む)れですか?」



と、レナタが推(すい)論(ろん)を口(くち)にした。



そんな話(はなし)を彼(かの)女(じょ)に以(い)前(ぜん)したことがあった。



「禁(きん)足(そく)地(ち)よ。」



芯(しん)のある、掠(かす)れた声(こえ)が離(り)宮(きゅう)に響(ひび)いた。



わたし達(たち)が揃(そろ)って上(うえ)を見(み)ていると、

正(しょう)面(めん)に初(しょ)老(ろう)の女(おんな)のひとが立(た)っていた。



「わっ!」



驚(おどろ)いたレナタがわたしの後(うし)ろに隠(かく)れる。



「こんにちは。アイリア。


 来(らい)客(きゃく)中(ちゅう)だったから、

 こっちで待(ま)たせてもらってたよ。


 あれが禁(きん)足(そく)地(ち)?」



白(はく)髪(はつ)交(ま)じりの赤(あか)髪(がみ)を持(も)つアイリアは、

青(あお)紫(むらさき)色(いろ)に染(そ)められたキャシュクを着(き)る。



挿絵(By みてみん)



「大(たい)変(へん)長(なが)らくお待(ま)たせしました。」



わたしくらい小(こ)柄(がら)なアイリアは、

深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げてさらに小(ちい)さくなる。



「二人(ふたり)を紹(しょう)介(かい)するね。

 こっちは私(わたし)と同(どう)室(しつ)のニクス。


 と、こっちの子(こ)はイオスね。」



イオスがビャオと鳴(な)いて挨(あい)拶(さつ)をしたので、

わたしは狭(せま)い額(ひたい)を指(ゆび)で撫(な)でる。



「この子(こ)は知(し)ってると思(おも)うけど、

 メノーの部屋(へや)のフランジで。」



「はっ、はじめまして、アイリア画(が)工(こう)。


 本(ほん)日(じつ)は、貴(き)重(ちょう)なお時(じ)間(かん)をいただき、

 ありがとうございます。


 館(やかた)のモザイク画(が)をずっと見(み)て育(そだ)って、

 それから、美(び)術(じゅつ)館(かん)で新(しん)作(さく)があれば、

 必(かなら)ず見(み)に行(い)きます。


 あの、お会(あ)いできて、光(こう)栄(えい)です。」



「…レナタね。」



彼(かの)女(じょ)の自(じ)己(こ)紹(しょう)介(かい)から

一(ひと)呼(こ)吸(きゅう)置(お)いてスーが続(つづ)けた。



レナタは床(ゆか)に片(かた)膝(ひざ)を突(つ)いて、

頭(こうべ)を垂(た)れる古(こ)代(だい)の挨(あい)拶(さつ)の姿(し)勢(せい)から

動(うご)けずにいた。



紹(しょう)介(かい)に割(わ)り込(こ)んだ失(しっ)態(たい)に気(き)付(づ)いたレナタは、

わたしを見(み)て顔(かお)を赤(あか)くする。



「へぇ、建(たて)物(もの)の中(なか)に

 こんな作(さく)品(ひん)があんのか。」



アイリアの後(うし)ろに銀(ぎん)色(いろ)の女(おんな)が立(た)つ。



「フルリーン?」と、わたしが名(な)前(まえ)を呼(よ)ぶ。



アイリアも驚(おどろ)いて振(ふ)り向(む)いた。



フルリーンの後(うし)ろで困(こま)り顔(がお)のマーリャが

また深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げている。



挿絵(By みてみん)



オーブ領(りょう)主(しゅ)の息(そく)女(じょ)、

黒(くろ)装(しょう)束(ぞく)姿(すがた)のフルリーンが離(り)宮(きゅう)に現(あらわ)れたので

わたしも驚(おどろ)いていた。



「スーとニクスだ。


 玄(げん)関(かん)に見(み)覚(おぼ)えのある

 大(たい)陸(りく)人(じん)の護(ご)衛(えい)が居(い)たからな。」



「アイリアの先(せん)客(きゃく)って

 フルリーンだったんだね。」



アイリアの急(きゅう)な来(らい)客(きゃく)とは彼(かの)女(じょ)のことだった。



今日(きょう)もフルリーンは

棒(ぼう)と車(しゃ)輪(りん)を付(つ)けた旅(りょ)行(こう)鞄(かばん)を牽(ひ)いている。



「いえ…。その…。」



アイリアは目(め)を逸(そ)らして言(こと)葉(ば)を濁(にご)す。



「あたしが急(きゅう)に訪(たず)ねてきたんだよ。


 工(こう)房(ぼう)で使(つか)ってる道(どう)具(ぐ)を見(み)たくてな。


 あのテーブルを作(つく)った画(が)工(こう)だろ?

 こんなのも作(つく)ったのか。」



離(り)宮(きゅう)の内(ない)部(ぶ)を初(はじ)めて見(み)たフルリーンは、

炎(ほのお)に包(つつ)まれる猪(いのしし)を見(み)て興(こう)奮(ふん)する。



「…ニクス、あちらはどなたですか?」



怪(け)訝(げん)な顔(かお)を浮(う)かべるレナタが

わたしに耳(みみ)打(う)ちする。



「レナタも知(し)ってるフルリーンだよ。


 オーブのサンサだって。」



「サンサ?」



彼(かの)女(じょ)は瞬(まばた)きを繰(く)り返(かえ)した。



「先(せん)々(せん)代(だい)の領(りょう)主(しゅ)グレイに名(な)付(づ)けられた。


 正(せい)式(しき)な名(な)前(まえ)はオーブ・ネク・サンサだが、

 いまはフルリーンを名(な)乗(の)ってる。


 あんたは?」



「あっ。あの…。」



レナタはわたしの後(うし)ろで怯(おび)えている。



「彼(かの)女(じょ)はレナタよ。

 わたしと同(おな)じ館(やかた)のフランジ。」



紹(しょう)介(かい)を忘(わす)れられたイオスが抗(こう)議(ぎ)で鳴(な)いた。



「この子(こ)はイオスね。」



「よろしくな。


 ニクスと同(おな)じ娼(しょう)婦(ふ)の見(み)習(なら)いか?

 また、さらに小(ちい)さく見(み)えるな。


 分(ぶん)水(すい)街(がい)は貧(まず)しいのか?」



「彼(かの)女(じょ)はまだ10歳(さい)だもの。


 あなたの発(はつ)育(いく)の良(よ)さと

 比(くら)べてしまうのは誰(だれ)だって酷(こく)よ。」



レナタは10歳(さい)でも、メノーの部屋(へや)の

フランジだけあって発(はつ)育(いく)は良(い)い方(ほう)だった。



傭(よう)兵(へい)相(あい)手(て)でも物(もの)怖(お)じしないフルリーンが、

まだ16歳(さい)という方(ほう)が信(しん)じられない。



「へぇ。10歳(さい)で? 10歳(さい)…?」



彼(かの)女(じょ)は訊(たず)ねて首(くび)を捻(ひね)ると、

両(りょう)腕(うで)を組(く)んでレナタを見(み)つめる。



「…なんでしょうか?」とレナタ。



レナタはドレイプの中(なか)でも最(さい)年(ねん)少(しょう)なので、

いまも自(じ)分(ぶん)の身(しん)長(ちょう)に悩(なや)んでいる。



「話(はなし)が逸(そ)れてるよ。」と、スーが指(し)摘(てき)する。



「あ、あの絵(え)の話(はなし)ね。」



キャシュクを掴(つか)んで怯(おび)えるレナタの

前(まえ)に立(た)ってわたしは黒(くろ)い絵(え)を指(し)示(じ)した。



「それでアイリア。


 どうしてあそこだけ真(まっ)黒(くろ)なの?」



「なんだあれ?」



「禁(きん)足(そく)地(ち)だって。」



スーは分(ぶん)水(すい)街(がい)を囲(かこ)む防(ぼう)壁(へき)より南(みなみ)を

禁(きん)足(そく)地(ち)と呼(よ)ぶ。



防(ぼう)壁(へき)より南(みなみ)のネルタで育(そだ)ったわたしは、

天(てん)蓋(がい)山(さん)の麓(ふもと)の深(ふか)い森(もり)を禁(きん)足(そく)地(ち)と呼(よ)んでいた。



「あぁ、それなら雷(らい)霆(てい)か?」



フルリーンの言(こと)葉(ば)に

アイリアは口(くち)元(もと)を緩(ゆる)ませて深(ふか)い皺(しわ)を作(つく)った。



「はい。雷(らい)霆(てい)です。」



「雷(らい)霆(てい)? …って四(しい)時(じ)の?」



「残(のこ)り3枚(まい)の手(て)札(ふだ)で、

 100を作(つく)ることだね。」



スーがレナタにも分(わ)かるように説(せつ)明(めい)した。



四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)びで手(て)札(ふだ)の残(のこ)りが

3枚(まい)の時(とき)に、

100の値(あたい)を作(つく)って手(て)札(ふだ)を無(な)くすことを

雷(らい)霆(てい)と呼(よ)ぶ。



初(はじ)めて四(しい)時(じ)をした時(とき)に雷(らい)霆(てい)を作(つく)ったのに、

スーには00の2枚(まい)で解(かい)除(じょ)されて、

勝(か)ちが取(と)り消(け)されてしまった。



彼(かの)女(じょ)はさらに正(ただ)しい説(せつ)明(めい)をした。



「禁(きん)足(そく)地(ち)に踏(ふ)み込(こ)んだソーマは

 落(らく)雷(らい)に遭(あ)って死(し)んだ、

 とする説(せつ)があるんだよ。


 それを雷(らい)霆(てい)って呼(よ)んだんだって。」



「球(きゅう)電(でん)に指(し)示(じ)でもしたのかしら…。」



呟(つぶや)きながら、わたしはどこかで聞(き)いた

似(に)たような話(はなし)を思(おも)い出(だ)そうとしたけれど、

目(め)の前(まえ)の絵(え)に引(ひ)き込(こ)まれていった。



「…確(たし)かに青(あお)白(じろ)い筋(すじ)が見(み)えるね。」



黒(くろ)色(いろ)のガラスはやや青(あお)く、

割(わ)れ目(め)が繋(つな)がっていて光(ひかり)の筋(すじ)が浮(う)かぶ。



雷(かみなり)の仕(し)組(く)みは本(ほん)で読(よ)んだことがある。



雲(くも)の中(なか)に集(あつ)まった水(みず)の粒(りゅう)子(し)が冷(ひ)えて凍(こお)り、

氷(ひょう)晶(しょう)同(どう)士(し)が擦(こす)れ合(あ)うと雷(らい)素(そ)を溜(た)め込(こ)む。



集(あつ)まった雷(らい)素(そ)は空(くう)気(き)を熱(ねっ)し、

強(きょう)烈(れつ)な発(はっ)光(こう)をする現(げん)象(しょう)を雷(かみなり)と呼(よ)ぶ。



雲(くも)の中(なか)で放(ほう)出(しゅつ)された雷(らい)素(そ)が、

圧(あつ)の低(ひく)い地(じ)面(めん)へと伸(の)びると落(らく)雷(らい)になる。



雷(らい)素(そ)の放(ほう)出(しゅつ)で瞬(しゅん)時(じ)に熱(ねっ)せられた空(くう)気(き)は

鍋(なべ)底(ぞこ)で沸(わ)く泡(あわ)のように急(きゅう)激(げき)に膨(ぼう)張(ちょう)し、

音(おと)が波(なみ)を作(つく)って耳(みみ)へと伝(つた)わる。



フランジはこの音(おと)を

竜(りゅう)の鳴(な)き声(ごえ)と呼(よ)んで怯(おび)えていた。



「あれが見(み)えません…。」



呟(つぶや)くレナタ。



わたしと大(たい)差(さ)のない身(しん)長(ちょう)の彼(かの)女(じょ)でも、

扉(とびら)の上(うえ)の白(しろ)い筋(すじ)は見(み)えない高(たか)さでもない。



「ほいよ。見(み)えるか?」



「わっ! あの! ちょっと?」



レナタはフルリーンに両(りょう)脇(わき)を掴(つか)まれて

持(も)ち上(あ)げられた。



この光(こう)景(けい)は玉(たま)石(いし)の庭(にわ)で見(み)た覚(おぼ)えがある。



「あった! ありましたよ!

 もう見(み)えましたから降(お)ろしてください!」



「フルリーン。

 突(とつ)然(ぜん)そんなことやったら驚(おどろ)くでしょ?」



彼(かの)女(じょ)と同(おな)じことをレナタにしたスーが言(い)う。



「そっか。悪(わる)かったな。」



「いえ。」



彼(かの)女(じょ)はドレスを直(なお)す動(うご)きで感(かん)情(じょう)を静(しず)める。



「レナタ。なにがあったの?」



「セリーニです。セリーニ。」



興(こう)奮(ふん)気(ぎ)味(み)に言(い)うレナタ。



黒(くろ)色(いろ)のガラスを見(み)ただけの彼(かの)女(じょ)が、

なにを言(い)いたいのか分(わ)からない。



「セリーニって、

 月(つき)の女(め)神(がみ)の名(な)前(まえ)だよね?


 それがどうしたの?」



「女(め)神(がみ)が山(やま)に住(す)む人(にん)間(げん)に惚(ほ)れて、

 そいつを眠(ねむ)らせて不(ふ)老(ろう)不(ふ)死(し)に

 しちまう話(はなし)だったよな。」



「そんな怖(こわ)い話(はなし)だったかしら?」



「なんだか違(ちが)いますけれど…。」



月(つき)の女(め)神(がみ)セリーニは、惚(ほ)れた男(おとこ)が

寿(じゅ)命(みょう)の限(かぎ)られた人(にん)間(げん)であることを嘆(なげ)き、

神(かみ)の力(ちから)でその男(おとこ)に不(ふ)老(ろう)不(ふ)死(し)を与(あた)える。



しかし不(ふ)老(ろう)不(ふ)死(し)にした代(だい)償(しょう)で、

男(おとこ)は永(えい)遠(えん)の眠(ねむ)りについてしまう。



この神(しん)話(わ)がオーブ領(りょう)では、

神(かみ)の存(そん)在(ざい)を畏(おそ)れさせる話(はなし)へと変(かわ)わっていた。



レナタの発(はっ)見(けん)に頷(うなず)くスーは分(わ)かった様(よう)子(す)で、

わたしもフルリーンもスーの顔(かお)を見(み)た。



「二(ふた)つ重(かさ)なった丸(まる)だね。」



スーは両(りょう)手(て)の母(ぼ)指(し)と示(じ)指(し)で輪(わ)を作(つく)って、

それを半(はん)分(ぶん)ほど重(かさ)ねる。



「太(たい)陽(よう)に照(て)らされる月(つき)の模(も)様(よう)。


 これを月(つき)の女(め)神(がみ)のセリーニっていうの。

 車(しゃ)輪(りん)って説(せつ)もあるね。


 北(きた)の川(かわ)向(む)こうには

 セリーニの神(しん)殿(でん)もあるんだよ?」



「メノーのモザイク画(が)や、

 日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)のテーブルにも

 入(はい)ってるんです。」



「知(し)らなかったわ。


 ガラスの奥(おく)になにか描(か)いてある

 とは思(おも)って毎(まい)日(にち)見(み)てたのにね。」



「わたしも最(さい)近(きん)になって

 サンサから教(おそ)わりました。


 アイリアの作(さく)品(ひん)に、

 全(すべ)て入(はい)っているという話(はなし)は

 本(ほん)当(とう)だったんですね。」



アイリアはレナタの言(こと)葉(ば)に笑(え)顔(がお)を向(む)ける。



「銘(めい)にしたってネルタの繍(しゅう)旗(き)だろ?


 なんでそんなの入(い)れてんだ?」



フルリーンは当(とう)然(ぜん)の疑(ぎ)問(もん)を呟(つぶや)く。



ネルタが掲(かか)げていた並(なら)んだ輪(わ)の繍(しゅう)旗(き)は

セリーニの模(も)様(よう)に似(に)た図(ず)柄(がら)で、

広(こう)大(だい)な湖(みずうみ)の形(かたち)が由(ゆ)来(らい)だと

司(し)書(しょ)官(かん)のゴレムから教(おそ)わった。



挿絵(By みてみん)



月(つき)の女(め)神(がみ)との関(かん)係(けい)は聞(き)いたことがない。



彼(かの)女(じょ)は椅(い)子(す)に腰(こし)を下(お)ろし、

穏(おだ)やかな口(く)調(ちょう)で語(かた)る。



「初(はじ)めて会(あ)ったのは10年(ねん)も前(まえ)なのね。


 この銘(めい)にしている図(ず)柄(がら)は

 ネルタの湖(みずうみ)ではなくて、

 わたしが売(う)っていたお守(まも)りなのです。」



「お守(まも)り?」



「無(む)産(さん)街(がい)で働(はたら)く娼(しょう)婦(ふ)達(たち)に、

 月(つき)の女(め)神(がみ)を描(か)いてたんですよ。


 他(ほか)にも安(やす)く手(て)軽(がる)に描(か)けて売(う)れる

 二(ふた)つの輪(わ)を描(か)いただけの図(ず)柄(がら)が、

 いまのわたしの絵(え)の銘(めい)になりました。


 その頃(ころ)かしら。


 夫(おっと)のマルフを通(つう)じて

 サンサから声(こえ)が掛(か)かってね。


 それも5年(ねん)も前(まえ)になるわね。


 『枯(か)れない花(はな)を咲(さ)かせたい。』

 なんておかしなことを言(い)うものだから。


 昔(むかし)からおかしなひとよね。」



「枯(か)れない花(はな)…ですか?」



「メノーの部屋(へや)のモザイク画(が)のことよね。」



『枯(か)れない花(はな)』を謎(なぞ)解(と)きと理(り)解(かい)して、

彼(かの)女(じょ)の作(つく)ったメノーの壁(へき)画(が)を思(おも)い浮(う)かべた。



「あの絵(え)が、枯(か)れない花(はな)なんですか?」



レナタが驚(おどろ)き、わたしに訊(たず)ねてきた。



「だって館(やかた)にある壁(へき)画(が)は、

 メノーのモザイク画(が)しか

 見(み)たことないもの。」



アイリアはわたしの見(けん)解(かい)に

口(くち)元(もと)を緩(ゆる)ませる。



「サンサの詩(し)的(てき)な表(ひょう)現(げん)なんて、

 教(きょう)養(よう)の無(な)いわたしには

 分(わ)からなかったの。」



苦(く)笑(しょう)するアイリアに

レナタも乾(かわ)いた笑(わら)いを浮(う)かべる。



「ガラス石(いし)を使(つか)った図(ず)柄(がら)は

 作(つく)った経(けい)験(けん)があったけど、

 モザイク壁(へき)画(が)の依(い)頼(らい)なんて

 一(いち)度(ど)もなかったのよ。」



アイリアの話(はなし)に、

今(こん)度(ど)はレナタが柔(やわ)らかな頬(ほお)を膨(ふく)らませて

力(ちから)強(づよ)く頷(うなず)く。



「あの壁(へき)画(が)が完(かん)成(せい)した時(とき)に

 サンサが放(はな)った言(こと)葉(ば)を、

 いまでも思(おも)い返(かえ)すわよ。


 それこそ雷(らい)霆(てい)よ。」



彼(かの)女(じょ)の表(ひょう)情(じょう)は明(あか)るく、声(こえ)が弾(はず)んでいる。



「サンサのことですから、

 酷(ひど)いことを言(い)ったんですね?」



「『あなたの絵(え)は色(いろ)気(け)がないから、

  娼(しょう)館(かん)には似(に)合(あ)わないわね。』


 なんてね。」



「サンサってばダメよっ!」



憤(いきどお)ってみせるレナタ。



「本(ほん)当(とう)に酷(ひど)かった。」わたしも呆(あき)れた。



絵(え)を見(み)て回(まわ)っていたフルリーンも

話(はなし)を耳(みみ)にして奥(おく)で哄(こう)笑(しょう)する。



それも過(か)去(こ)の話(はなし)の一(いち)部(ぶ)に過(す)ぎない。



アイリアは気(き)にもせずに続(つづ)ける。



「理(り)由(ゆう)を訊(たず)ねたのよ


 『あなたの絵(え)には気(き)品(ひん)があるから、

  肩(かた)書(が)きに関(かん)係(けい)なく評(ひょう)価(か)されるわよ。』


 なんて言(い)うのだから驚(おどろ)いたわ。」



「あの絵(え)で人(にん)気(き)が出(で)たんだもんね。」



スーの言(こと)葉(ば)に彼(かの)女(じょ)は思(おも)い出(だ)して、

口(くち)元(もと)を隠(かく)して小(こ)刻(きざ)みに肩(かた)を揺(ゆ)らした。



「『もっと色(いろ)々(いろ)な本(ほん)を読(よ)めば、

  想(そう)像(ぞう)と表(ひょう)現(げん)が膨(ふく)らむわよ。』

 って、本(ほん)まで押(お)し付(つ)けてきてね。


 おかげでこの作(さく)品(ひん)が完(かん)成(せい)したわ…。」



彼(かの)女(じょ)は椅(い)子(す)に座(すわ)ったまま、

離(り)宮(きゅう)の中(なか)に飾(かざ)られたモザイク画(が)を

遠(とお)い目(め)で眺(なが)めた。



それから視(し)線(せん)を戻(もど)した。



「ソーマは本(ほん)当(とう)に雷(かみなり)で死(し)んだのかしら?」



アイリアはわたし達(たち)に

一(ひと)つの疑(ぎ)問(もん)を投(な)げかけた。




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