2巡目の後手のスーが
市場に並べた貝札は01で、
わたしは彼女の考えに目を疑った。

値の一番低い数字。
わたしの手札に彼女の並べた01よりも
劣位になる組み合わせは存在しない。
「これは『段札』の商品だよ。
ちょっと特殊な組み合わせだけど、
ニクスは見ただけで分かるかな?」
スーの市場には99の横に01が並ぶ。
彼女はわたしに教える為に、狙って
極端な数字の組み合わせを作ってみせた。
「…段状の数字なら9・0・1?
これって繰り返してる…?
10進法の順番になってるから段札?」
数字は9から1を足せば10になり、
桁が一つ繰り上がる。
数字札に10は無いので数は繰り上がらない。
9から1を足しても桁は繰り上がらず、
0に戻って再び1から繰り返すことになる。
「うん。正解。
双札は同じ値の2枚、
十札は足して10の値の2枚で、
段札は順になった値の3枚で
成立するんだよ。
市場に並べた異なる数字札の3枚が、
一つずつ順になると段札は成立するよ。」
「貝札って2枚しか
並べられないんだよね?」
確認するとスーは頷く。
「双札や十札と違って、
直近の貝札との組み合わせがないと
成立しない商品だね。
それぞれ違うけど似た品物…、
キャシュク、帯布、帯紐なんかを
ひとまとめにして売る方法だね。
3・4・5と一つずつ足しても、
1・0・9と一つずつ引いても段札。
でも2・4・6や、9・6・3は
一つずつではないから成立しないよ。」
「連結で、3種類全ての商品を
成立させることもできるの?」
例えば34の横に55の貝札を並べれば、
3・4・5の段札と双札、十札が連結して
3種の商品が全て成立する。
――ルールの通りなら。
「最大の報酬は7枚だね。
でも商品の作り過ぎには注意してね。
手札にできる枚数は最大で10枚まで。
手札が11枚以上になると、
その時点で負けになるよ。
集めた品物を市場に並べないから、
商人が品物を腐らせるって意味で
『腐敗』って呼んだりするよ。」
――商人としては失格ということね。
「スーが手札を9枚持っていた時に、
わたしが星札を2枚出して課税、
還付を受けてスーは負け?」
スーの手札は報酬を加えても8枚なので、
わたしがいま星札を2枚並べても勝てない。
「それも課税の使い方の一つだね。
星札の還付や商品での報酬で、
手札に加える必要があるのに、
土地に札がなかった時も負けね。」
「過剰に手札を増やしたり、
報酬を得るのは良くないんだ。
腐敗する土地の札って、
食べ物から来てるの?」
「それはただの比喩だね。
手札を増やしてばかりだと、
楽しくないからだと思うよ。」
「確かに。」
手札を溜めれば、並べる札に困らない。
彼女の説明は遊びの基本だった。
3巡目でわたしが64の十札を出し、
報酬で手札を2枚加えると、
スーは自分の市場の数字札を裏返した。

「これは――。」「それは?」
スーの説明に質問が被ってしまった。
「これは、自分の市場で成立した
商品を伏せて隠したり、
連結を防いだりする方法。
ヴェールっていうんだよ。」
スーが手で口元を隠し、
1の数字札を裏返しにする。
「宝石に使う布のこと?」
宝石や装飾品を運ぶ際に、
擦れ瑕から守るパイル生地の厚い布を
宝飾巾と呼んだ。
頭巾や宝飾巾は顔を覆い隠す装飾で、
ドレイプのサンサや街娼が外出時に着ける
透けるほど薄いチュール生地も同じ名前。
「頭巾も宝飾巾の生地も、
宝飾品を守る布に使われてるけど、
実は由来は後付けだよ。
大陸の商売上手な商人が
王様の顔を宝飾品に見立てて、
擦り傷から守るただの布切れを
高値で売りつけた逸話からだね。」
「また騙したんだ…。」
「また?」
逸れた話を戻して、
市場に置いた札に視線を落とす。
「わたしも55でそれやっていいの?」
「本来は自分の手番で貝札を並べる前の、
直近で成立した商品のみなんだけど、
教え忘れてたからいまやってもいいよ。
でも札は25枚しかないから。
並びで流れは分かるし、
配置は覚えられるもんね。
ニクスは初めてだから、
ヴェールしない方が自分の市場を
覚えなくて済む分、混乱し難いかも。
それにね。」
と、彼女は付け加える。
「私がここで貝札に恐慌札を含めたら、
自分の市場でヴェールした札を1枚、
ニクスは手札に加えないと
いけないんだよ。
『回収』って名前があるけど、
そのままだね。」
「1枚? 任意の札?」
わたしがヴェールした直後に
恐慌札を出された場合、
凡庸な5を回収することになる。
次に作る商品やヴェールする札、
恐慌札を並べる頃合いも
考えなければいけない。
「…止めておく。」
考えが複雑になり、スーの助言通り
わたしはヴェールを控えた。
「さて、
いま私が9・0・1をヴェールしたから、
そこでニクスが恐慌札を並べた場合は、
この中の1枚を手札にする。
なにを回収すると思う?」
「それなら0?」
恐慌札が並べば優劣は逆転し、
9が劣位で0が優位な数字になる。
「それも良いかもしれないね。
恐慌札を並べた後なら、
運行の原則を逸脱した状態だから。
でも恐慌状態は星札が自由に並べられて、
朝・昼・夕でまたすぐ昇順に戻るから、
使い方には気を付けてね。」
「そんな並べ方もあるんだ。」
ヴェールをしたところでいつ、
どの札を手札にするのが最善か、
考慮する必要があり、後々重要になる。
「恐慌状態から星札が出されたことで、
運行の原則に従う元の状態に戻ることを、
『秩序化』っていうから覚えておいて。」
「秩序化。」
その用語の由来に頭を捻る。
――恐慌が戦争を引き起こすのなら、
秩序は戦争が終わったいまの状態?
「恐慌が収まって、
高騰した市場の価格を
元に戻す感じだと思ってね。
値段が上がったまま
安い代用品が市場に並んで、
需要がなくなると困るもんね。」
わたしは首を縦に振り、理解を示す。
「ついでにこれも覚えておいて。
数字札の0と恐慌札で得た商人札の0で
双札を成立させると、
逆順の時は昇順に戻るよ。」
「0の双札で?
9の双札は逆順にならなかったのに?」
「99で双札が成立しても、
逆順にはならないよ。
宝石のような高級な商品
ってだけだね。」
「公開してる0の商人札は、
恐慌札を並べないと
手に入らないから?」
単なる数字の組み合わせではなく、
遊びの仕組みで考えると解釈しやすかった。
「商人札はその条件があるからだね。
0を二つも並べても
0に値は無いから不思議だよね。
四時における0って
発明における知識とか閃き、
物以外で土地からしか得られない品物、
才能、人材みたいな扱いの札だね。
革命とか食とか、
色々な解釈があるね。」
「食?」
「日食、月食の食だね。」
スーは母指と示指で輪を作ると、
両手で輪を並べ、二つを重ねていく。
0の価値は
値のある他の数字とは別になる。
「夜の星札の時の逆順でも、
恐慌状態でなくても、00の双札で
運行の原則は開始時の状態に戻るよ。
これを『平衡状態』っていうんだよ。」
「平衡って…、
船が湖に浮かんでいるのと同じ?
その平衡?」
同じ言葉の意味らしく、スーが頷く。
船が水を押し退けて沈む力よりも、
水が船を押し上げる力が勝って、
水面に浮いた状態をそう呼ぶ。
「これは恐慌状態でない時の呼称だね。
次に並べられる星札は
勝負の開始時と同じで、
過去の星札に関係なく並べられるよ。
それに0の使い方は他にもあるよ。
説明が長くなったから、
もうちょっと進めようか。」
スーが市場に並べた札は88で、
また大きな値にわたしも困惑して
彼女に直接確認する。

「貝札で出せる数字って、
00から99だよね?」
「最小は00。最大は100だね。
商人札があるからね。」
「100? …100?」
わたしは思わず繰り返した。
「手札が残り3枚の時に限定して、
100を並べることができるよ。
それ以外だと
2枚一組でしか並べられないよ。
いつでも100が並べられたら、
遊びにならないもんね。」
「100なんて出せるんだ…。」
100を作って勝つ方法と共に、
01や00、90などの用途が思い浮かぶ。
――やってみようかしら。
わたしは昼の星札を並べて相殺で凌ぐと、
スーは77の双札を作る。

これで彼女は66より上の貝札は作れないし、
すでに0の数字札を並べていた。
逆順ではもう12より下の数字も作れない。
その為、スーは必ず星札か、
恐慌札を並べて商人札を手にする。
「手札が残り3枚で相手より優位なら、
100の値が並べられるんだけど、
これは『雷霆』っていう特殊な勝ち方。」
「雷霆…?」
「これもソーマが由来だね。
この由来は歴史の勉強になって、
サンサに『話が逸れてる』って
お小言を貰うからまた今度ね。」
スーがここに居ないひとを真似して言った。
わたしが一つ優位な78の貝札を並べて、
直近の札との並びで十札を成立させた。

スーは前巡で成立した市場の
商品をヴェールして、
ようやく夕の星札を市場に並べた。
彼女は前巡の77と繋げない為に、
ヴェールを行ってから3を後札に並べ、
十札の商品を成立させない。
スーは当然、自分の作った報酬で、
手札が10枚を超えてしまう
腐敗での負けを防ぐ。
次の手番で彼女は21の貝札を並べれば、
3・2・1の段札が成立する。
星札で還付を受けたわたしは、
土地から加える札を選びながら
先の展開をしばらく考える。
「相手が100の雷霆で勝った時、
自分の手札が0の2枚しかない場合、
00を市場に並べることで
相手の勝利を無効化できるんだよ。
これを『解除』っていうよ。
契約の破棄を意味する解除だね。」
100の説明は続くので、
そこで疑問が浮かぶ。
「100で手札を全て無くした後でも
00が並べられたら負けになるの?」
わたしは商人札の0を狙っている。
次に並べる札を考えながら、
続く彼女の説明に耳を傾けた。
「相手が先に手札を無くしているから、
相手の負け扱いでもないんだよ。
解除を狙ってみると上手に行かないし、
出来ても勝ちの扱いでもないからね。
利点はほとんど無くて、成功率も低い。
これが出来たら気持ちでは勝ちかな。
やられたら負けを認めるかもね。」
「負けでもないんだ。」
「ただの札遊びだもんね。」
札を見ていたアルが横で欠伸をした。
わたしの太腿の上で、
退屈にしているイオスの欠伸が
伝播した様子だった。
6巡目でわたしは
数字札の9と夜の星札を並べて、
78に続いて段札を成立させた。

「あ、さっそく使ってきたね。」
「残り4巡、だよね?
9を含めたのは損だったかな?」
わたしは先の展開を考えていない
振りをして言った。
「私が軽く教えたことでも、
ニクスは考えて反映してくれるから
教えてて楽しいよ。
ここからは逆順ね。」
組み合わせた大きな値は劣位に、
小さな値の組み合わせは
優位が逆順へと変わる。
「後手の私が札を並べ終えたら、
市場に並べた6巡目の貝札を
下側に移動させようか。
市場の札が横に伸びると
やり難いからね。
折り返しの目安にもなるよ。」
「分かった。」
わたしは6巡目の貝札を移動させて、
7巡目で12の貝札を並べる。

「おぉ~。」スーが感嘆した。
恐慌札を並べていない彼女は、
0の商人札を持っていないから、
わたしより優位な11以下の貝札を作れない。
彼女は運行の原則に従って、
朝の星札を並べて相殺し、昇順に戻す。

わたしの手札には恐慌札が残っている。
8巡目でわたしが78の貝札を並べれば、
直近の貝札の12と商品は成立せず、
彼女はついに恐慌札を市場に並べた。

「ルールが分かってる並べ方だね。」
「えぇー。どうかなぁ。」
スーが4巡までのあいだに
極端な値の貝札を並べてくれたおかげで、
楽をしている気がしてならない。
彼女は公開している商人札を手にする。
わたしも彼女に続いて
9巡目で恐慌札を並べて、
商人札の0を手札に加える。

と、同時にスーがヴェールされた
7枚の札の中から端の1枚を回収した。

――あれ?
わたしの手札は2枚、0と1の数字札。
恐慌札で運行の原則は逸脱したまま、
優劣は逆順から変わっていない。
「これで良いんだよね?」
彼女の恐慌札の後に恐慌札を並べて、
違和感を覚えたので確認をした。
「良いよ。初めてとは思えないね。」
彼女は昼の星札を並べると、
『秩序化』で昇順へと戻る。
「ニクス。報酬を手にしてね。」
「これで勝ちだよ。」
最後の10巡目。
わたしは狙い通り
残り3枚の手札を市場に並べた。

「雷霆だねっ。おめでとう。」
雷霆を出して勝ったばかりのわたしに、
スーは残した2枚の手札を見せる。
「あっ!」
「これがさっき言ってた解除だね。」
スーが公開した手札は0の数字札2枚。

わたしの恐慌札で彼女が回収したのは、
最初の段札で並べた0だった。
端の札は9ではなかった。
雷霆でのわたしの勝ちは、
解除によって取り消される。
「こういうことだったのね…。」
「ニクスの狙いは分かってたからね。
0は使いやすい分、
対処もしやすくなるんだよね。」
「スーは最初に
大きな値の貝札を並べていたから、
勝てると思ってたんだけれど。」
9巡目で後手のスーが
昼の星札の代わりに01を並べていたら、
還付を受けなかったわたしの手札は
0と1の数字札のみになっていた。
恐慌状態の逆順では
同位の札しか組み合わせられず、
わたしは包囲されて負けているはずだった。
「手札にする時の確率と
相手との相性だね。」
「相性…。
サンサとスーはよくやってるんだよね?」
この館に来た日に、二人はこの庭で
この札遊びをしていた。
「いまは私の方が勝ち数が多いんだよ。」
「サンサって弱いの?」
「これくらい覚えがいいのなら
ニクスでも勝てるかもね。」
「失礼な会話を耳にしたわ。」
不在だったサンサが日陰の庭に現れて、
西側の椅子に座ってアルを抱える。
「聞かれてた。」
「サンサがスーより弱いのは
事実なんだよね
「わたしは弱くないわよ。
スーの勘が鋭いのよ。
それに勝つことだけが
勝負ではないわよ。」
「またそれ言ってる。」スーが笑う。
「四時の札遊びには、
相性の問題もあるのよ。」
「相性って、具体的にはなに?」
「四時を覚えたいニクスの為を思って、
相性の悪い客を連れてきたわよ。」
「え、客?」
サンサは玄関の方を見て、
客らしからぬ人物に微笑を浮かべる。
来客を知らせるハンドベルは鳴らされない。
近くに立っていたのは似合わない髭の男。
――相性の悪い客…。
相手は館の中でも剣を佩いた、
騎士のハーフガンだった。

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