↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金貨の娘  作者: 美穂
第4章 月夜の光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/174

第4章 第2節 放言の子(第2項)

「フランジが許(きょ)可(か)も無(な)しに

 客(きゃく)の手(て)紙(がみ)を読(よ)むなんて、

 当(とう)然(ぜん)許(ゆる)されないに決(き)まってるだろ。


 それを新(しん)入(い)りにやらせてやるんだよ。」



許(きょ)可(か)されない話(はなし)を、

自(じ)信(しん)を持(も)って提(てい)案(あん)する彼(かの)女(じょ)は、

言(い)って想(そう)像(ぞう)を楽(たの)しんでいる。



「ファウナは認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)をしてるから、

 手(て)紙(がみ)が読(よ)めるのよね。」



「その通(とお)り。補(ほ)佐(さ)だがな。


 そこで、私(わたし)の仕(し)事(ごと)と交(こう)代(たい)しないか?


 新(しん)入(い)りはボナの部屋(へや)で働(はたら)くんだ。」



「ファウナはなにをするの?」



「私(わたし)はサンサの部屋(へや)に入(はい)る。」



彼(かの)女(じょ)が白(しろ)猫(ねこ)の背(せ)中(なか)を撫(な)でると、

白(しろ)猫(ねこ)は驚(おどろ)いて倒(たお)れ、両(りょう)足(あし)を空(そら)に向(む)けた。



「サンサの部屋(へや)ならこいつを飼(か)えるからな。


 おまけに私(わたし)は仕(し)事(ごと)をしなくて済(す)む。」



――欲(よく)が透(す)けて、論(ろん)理(り)が破(は)綻(たん)しているわ。



「…わたしはボナの部屋(へや)で、

 認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)、手(て)紙(がみ)を読(よ)むの?」



「補(ほ)佐(さ)だって言(い)ってるだろ。


 手(て)紙(がみ)を読(よ)んで選(せん)別(べつ)したり、

 館(やかた)に来(く)る客(きゃく)を調(しら)べたりな。


 貴(き)族(ぞく)の手(て)紙(がみ)は、大(たい)陸(りく)語(ご)の本(ほん)の

 引(いん)用(よう)も多(おお)くて勉(べん)強(きょう)になるし、

 大(たい)陸(りく)語(ご)も身(み)に付(つ)くぞ。」



大(たい)陸(りく)語(ご)が読(よ)めないわたしは、

彼(かの)女(じょ)の甘(かん)言(げん)に耳(みみ)を傾(かたむ)けてしまう。



「わたしにできるものなの?」



「質(しつ)問(もん)ばかりだな。


 私(わたし)なんてセセラに習(なら)って、

 すぐ出(で)来(き)たんだぞ。」



「ファウナは優(ゆう)秀(しゅう)だって

 みんな言(い)ってたわ。


 教(きょう)養(よう)が備(そな)わってるからでしょ?」



「事(じ)実(じつ)を述(の)べても

 確(かく)定(てい)事(じ)項(こう)は覆(くつがえ)らないぞ。


 しばらくしたら館(やかた)も閑(かん)散(さん)期(き)に入(はい)るから、

 私(わたし)からボナに相(そう)談(だん)しておく。」



――サンサもわたしに、認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)を

  やらせようとしてたわね…。



「それならわたしからも、

 サンサに言(い)っておくわ。」



「良(よ)し良(よ)し。」



ファウナは踟(ためら)いなく地(じ)面(めん)に座(すわ)り、

食(しょく)事(じ)を終(お)えて、遊(あそ)びたがる白(しろ)猫(ねこ)を

摘(つま)み上(あ)げて抱(だ)いた。



白(しろ)猫(ねこ)は彼(かの)女(じょ)の手(て)を相(あい)手(て)に遊(あそ)んでいる。



「それまで新(しん)入(い)りが餌(えさ)の用(よう)意(い)をしたり、

 御(ご)不(ふ)浄(じょう)なんかの躾(しつけ)もするんだぞ。


 サンサの部屋(へや)にはアルも居(い)るから、

 1匹(ひき)増(ふ)えたってなにも言(い)われないだろ。」



「えっ?

 閑(かん)散(さん)期(き)に入(はい)ってからでしょ?」



「そんな先(さき)まで餌(えさ)無(な)しだと死(し)ぬだろ?


 駱(らく)駝(だ)でもないんだから。


 新(しん)入(い)りは猫(ねこ)すら知(し)らないのか?」



「詳(くわ)しくはないわ。

 動(どう)物(ぶつ)は本(ほん)でしか知(し)らなくて。」



「それならサンサにでも聞(き)けばいい。


 飼(か)い方(かた)の本(ほん)は倉(そう)庫(こ)にあるぞ。

 去(きょ)勢(せい)か解(かい)剖(ぼう)学(がく)の本(ほん)だったかな?」



「去(きょ)勢(せい)も解(かい)剖(ぼう)もしないよ?」



ファウナは頷(うなず)くけれど、

わたしはそんな趣(しゅ)味(み)も興(きょう)味(み)もない。



彼(かの)女(じょ)の足(あし)のあいだで白(しろ)猫(ねこ)は、

身体(からだ)が捻(ねじ)じれた状(じょう)態(たい)で寝(ね)はじめた。



「こいつの名(な)前(まえ)はどうする?」



「まだ飼(か)うなんて言(い)ってないよ。


 それにわたしが頼(たの)んでも、

 サンサが許(きょ)可(か)しないはずだわ。」



「サンサって厳(きび)しくないだろ?


 倉(そう)庫(こ)なんてガラクタだらけで、

 どう見(み)たって怠(なま)け者(もの)なんだから、

 押(お)し通(とお)せばなんとかなるだろ。」



予(よ)想(そう)で断(だん)定(てい)されたものの、

想(そう)像(ぞう)がついてしまい否(ひ)定(てい)できない。



「涙(なみだ)を流(なが)して同(どう)情(じょう)を乞(こ)え。


 こいつが飢(う)えて死(し)ぬんだぞって。」



「そこまでしないよ。」



「サンサのフランジなんだから、

 演(えん)技(ぎ)くらいできるだろ。」



サンサのフランジになったわたしだけれど、

演(えん)技(ぎ)を求(もと)められたりはしない。



演(えん)劇(げき)を見(み)たこともないせいか、

下(げ)女(じょ)の真似(まね)をして笑(わら)われた

苦(にが)い経(けい)験(けん)だけがある。



ファウナは溜(た)め息(いき)を吐(つ)く演(えん)技(ぎ)をした。



「この子(こ)ってなんて呼(よ)べばいいの?

 雄(おす)? 雌(めす)?」



「雌(めす)だよ。


 『証(しょう)人(にん)』は無(な)いだろ?

 アルも確(たし)か雌(めす)だろ?


 名(な)前(まえ)が無(な)ければ、

 ラッガって呼(よ)べば反(はん)応(のう)するぞ。」



「ラッガって、それ名(な)前(まえ)でしょ?」



わたしをこの館(やかた)に連(つ)れてきた獣(けもの)の男(おとこ)が、

サンサにそう呼(よ)ばれていた。



ファウナは顎(あご)を突(つ)き出(だ)して鼻(はな)で笑(わら)う。



「洞(どう)窟(くつ)港(こう)を知(し)らないんなら無(む)理(り)もないか。


 港(みなと)に留(と)めた船(ふね)は、波(なみ)に流(なが)されないように、

 柱(はしら)にロープで係(けい)留(りゅう)するだろ?


 ロープは太(ふと)くて頑(がん)丈(じょう)で、

 係(けい)留(りゅう)索(さく)って呼(よ)ぶ。


 しばらく停(てい)泊(はく)してると、

 係(けい)留(りゅう)索(さく)から鼠(ねずみ)が侵(しん)入(にゅう)してくるんだ。


 鼠(ねずみ)は食(しょく)料(りょう)以(い)外(がい)にも服(ふく)や本(ほん)、

 テーブルや椅(い)子(す)の足(あし)、壁(かべ)や柱(はしら)まで囓(かじ)るし、

 病(びょう)気(き)を持(も)ってたりすんだよ。


 で、そいつの侵(しん)入(にゅう)を防(ふせ)ぐ為(ため)に、

 係(けい)留(りゅう)索(さく)に取(と)り付(つ)ける板(いた)のことを、

 鼠(ねずみ)除(よ)けって意(い)味(み)でラッガって呼(よ)ぶ。


 硬(かた)い木(もく)材(ざい)を円(えん)錐(すい)型(がた)に削(けず)って、

 研(けん)磨(ま)した板(いた)を取(と)り付(つ)けるんだよ。


 メーニェの繍(しゅう)旗(き)にもなってて――、

 大(たい)陸(りく)地(ち)図(ず)は見(み)たことないか?」



「ゼズ島(とう)の隣(となり)にあるっていう島(しま)?」



「本(ほん)国(ごく)とか本(ほん)島(とう)って呼(よ)ばれたりする島(しま)だ。」



このゼズ島(とう)から

西(にし)に離(はな)れた小(こ)島(じま)、メーニェ。



円(えん)の中(ちゅう)心(しん)から鋭(えい)角(かく)に欠(か)けた図(ず)柄(がら)を、

繍(しゅう)旗(き)に掲(かか)げたその国(くに)の名(な)前(まえ)は、

『なにもない』を意(い)味(み)する。



挿絵(By みてみん)



大(たい)陸(りく)側(がわ)の地(ち)図(ず)の記(き)憶(おく)は曖(あい)昧(まい)で、

繍(しゅう)旗(き)の図(ず)柄(がら)の由(ゆ)来(らい)は

本(ほん)に書(か)かれていない。



ネルタの湖(みずうみ)と同(おな)じく、オルタと呼(よ)ばれる

水(みず)溜(たま)り程(てい)度(ど)の窪(くぼ)地(ち)を繍(しゅう)旗(き)の図(ず)柄(がら)にしたと、

司(し)書(しょ)官(かん)のゴレムは独(どく)自(じ)の解(かい)釈(しゃく)をしていた。



「ラッガって名(な)前(まえ)で良(い)いの?」



「だからラッガは猫(ねこ)だって!


 船(ふな)乗(の)りが、猫(ねこ)を船(ふね)に乗(の)せて

 鼠(ねずみ)除(よ)けとして呼(よ)んだのが、

 『北(ほく)部(ぶ)入(にゅう)植(しょく)記(き)録(ろく)』に書(か)かれてて、

 それで混(こん)同(どう)されてんだよ。」



「なに? 北(ほく)部(ぶ)入(にゅう)植(しょく)記(き)録(ろく)って?」



「お姫(ひめ)様(さま)の癖(くせ)に、

 歴(れき)史(し)書(しょ)も読(よ)んでないのか?


 サンサの部屋(へや)のフランジは、

 ソーマの本(ほん)も知(し)らないのか?


 いや、有(ゆう)名(めい)な本(ほん)のはずだし、

 名(な)前(まえ)くらい聞(き)いたことあるだろ。


 新(しん)入(い)りはニクスではなくて、

 『ニース』だな。」



――あっ!



呼(よ)ばれた瞬(しゅん)間(かん)、頭(あたま)の中(なか)に

殴(おう)打(だ)にも似(に)た衝(しょう)撃(げき)を受(う)けて、

懐(なつ)かしい気(き)持(も)ちになった。



けれどその感(かん)情(じょう)は灰(はい)色(いろ)の靄(もや)が漂(ただよ)い、

すぐ別(べつ)の疑(ぎ)問(もん)に覆(おお)われていく。



「ねぇ、ニースってここでも使(つか)うの?


 ファウナはどういう意(い)味(み)で使(つか)うの?」



『ニース』という言(こと)葉(ば)は、

この館(やかた)では誰(だれ)も使(つか)っていない。



「ニースに正(ただ)しい意(い)味(み)はないぞ。


 スーは鄙(ひ)言(げん)だって言(い)うんだ。


 貴(き)族(ぞく)は知(し)ってても使(つか)わないんだと。」



「司(し)書(しょ)からはニースのことを、

 『普(ふ)通(つう)ではない』って習(なら)ったわ。」



「その司(し)書(しょ)様(さま)ってどんな偉(えら)いひとだ?


 分(ぶん)水(すい)街(がい)で名(な)の知(し)れた学(がく)者(しゃ)様(さま)か?


 『変(か)わっている』とか『おかしい』とか、

 地(ち)方(ほう)特(とく)有(ゆう)の便(べん)宜(ぎ)的(てき)解(かい)釈(しゃく)だろ。」



「便(べん)宜(ぎ)的(てき)?」



「言(い)い換(か)えたんだよ、間(ま)に合(あ)わせで。


 言(こと)葉(ば)ってのは、計(けい)算(さん)なんかとは違(ちが)う、

 思(し)想(そう)の分(ぶん)野(や)で正(せい)解(かい)がないからな


 北(ほく)部(ぶ)入(にゅう)植(しょく)記(き)録(ろく)にあるニースも、

 その意(い)味(み)を『分(わ)からないもの』って

 記(き)述(じゅつ)してたくらいだ。


 他(た)人(にん)の考(かんが)え、動(どう)物(ぶつ)の行(こう)動(どう)、宇(う)宙(ちゅう)…。

 他(ほか)になにかあったかな。


 『東(とう)部(ぶ)開(かい)拓(たく)史(し)』にもあったから、

 それを読(よ)んだ可(か)能(のう)性(せい)があるな。


 『ゼズ島(とう)冒(ぼう)険(けん)記(き)』にも同(おな)じ記(き)述(じゅつ)がある。


 あれはなかなか痛(つう)快(かい)だよな。」



「どの本(ほん)も読(よ)んだことないわ。」



知(し)らない本(ほん)の名(な)前(まえ)が次(つぎ)々(つぎ)と出(で)てきて、

彼(かの)女(じょ)の読(どく)書(しょ)量(りょう)を知(し)ったのと同(どう)時(じ)に、

わたしの知(ち)識(しき)の浅(あさ)さを思(おも)い知(し)らされる。



浅(あさ)い眠(ねむ)りから覚(さ)めた白(しろ)猫(ねこ)は、

ファウナの腕(うで)の中(なか)で元(げん)気(き)に暴(あば)れている。



淡(あわ)いピンク色(いろ)の鼻(はな)を彼(かの)女(じょ)の身体(からだ)に寄(よ)せた。



「まだ読(よ)んだことがないっていうなら、

 未(み)知(ち)の状(じょう)態(たい)で楽(たの)しめるわけだ。


 それは羨(うらや)ましいな。


 いや、それよりも

 名(な)前(まえ)を決(き)めるって話(はなし)だ。


 猫(ねこ)なら人(にん)間(げん)らしくする必(ひつ)要(よう)はないし、

 難(むずか)しく考(かんが)えなくていいぞ。」



「いますぐには思(おも)い浮(う)かばないわ。


 それにまずはサンサに相(そう)談(だん)しないと。」



「おかしな名(な)前(まえ)を付(つ)けられても

 知(し)らないぞ。」



「それよりも、

 ファウナの認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)って、

 手(て)紙(がみ)を読(よ)むだけなの?」



わたしにとっては猫(ねこ)の名(な)前(まえ)よりも、

そちらの方(ほう)が重(じゅう)要(よう)になる。



「補(ほ)佐(さ)だって言(い)ってるだろ。


 ドレイプの気(き)を引(ひ)く為(ため)に

 客(きゃく)は色(いろ)々(いろ)な手(て)紙(がみ)を送(おく)ってくるが、

 認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)をやるからにはまず、

 手(て)紙(がみ)の内(ない)容(よう)を誰(だれ)かに喋(しゃべ)ったらダメだぞ。


 絶(ぜっ)対(たい)にな。」



「誰(だれ)にも?」



「館(やかた)の人(にん)間(げん)はよく『流(りゅう)言(げん)は好(この)まず。』

 って言(い)ってるだろ?」



「流(りゅう)言(げん)…、って噂(うわさ)のことだよね?」



「あれ、これも知(し)らないなんて、

 スーはなにも教(おし)えてないのか?


 『病(やまい)は口(くち)から。』は?

 いくらなんでもこれくらい知(し)ってるか。


 新(しん)入(い)りが果(か)樹(じゅ)園(えん)に入(はい)ってクァンを取(と)った…

 と、これは例(たと)え話(ばなし)だぞ。


 そんなことを私(わたし)が触(ふ)れ回(まわ)ってたら、

 私(わたし)の心(しん)象(しょう)は良(よ)くないだろ?」



「嘘(うそ)ならまだしも、こうして

 果(か)樹(じゅ)園(えん)に入(はい)ってるのが事(じ)実(じつ)でも?」



「事(じ)実(じつ)は本(ほん)人(にん)か、観(かん)察(さつ)者(しゃ)にしか

 分(わ)からないだろ。」



ファウナは言(い)って口(こう)角(かく)を上(あ)げる。



「噂(うわさ)が巡(めぐ)り巡(めぐ)って大(おお)事(ごと)になるんだよ。


 悪(わる)口(ぐち)が囁(ささや)かれる娼(しょう)館(かん)なんて、

 きっと誰(だれ)も近(ちか)寄(よ)らないぞ。


 客(きゃく)が持(も)って来(き)た事(じ)実(じつ)でも、

 自(じ)分(ぶん)の目(め)で確(かく)認(にん)しない限(かぎ)りは噂(うわさ)、

 もしくは気(き)を引(ひ)く為(ため)の嘘(うそ)かもしれない。


 他(た)人(にん)の言(こと)葉(ば)に鍵(かぎ)はかけられないもんな。


 ドレイプは耳(みみ)を塞(ふさ)ぎ、目(め)を閉(と)じ、噤(つぐ)む。


 『私(わたし)は興(きょう)味(み)ありませんわよ。』

 『聞(き)きたくありませんわ。』ってな。


 それは認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)でなくても、

 普(ふ)段(だん)とやってることは同(おな)じだろ?」



わたしは首(くび)を縦(たて)に振(ふ)る。



丁(てい)寧(ねい)に説(せつ)明(めい)されても、

認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)という仕(し)事(ごと)の責(せき)任(にん)に、

不(ふ)安(あん)は拭(ぬぐ)えない。



「はい。後(あと)はよろしく。」



「えっ? ちょっと待(ま)って。」



突(とつ)然(ぜん)ファウナから白(しろ)猫(ねこ)を渡(わた)された。



白(しろ)猫(ねこ)も驚(おどろ)いて、

抱(だ)いているわたしの右(みぎ)腕(うで)を

鋭(するど)い爪(つめ)で引(ひ)っ掻(か)いた。



「痛(いた)っ!」



「こらぁっ!」



ファウナが大(おお)声(ごえ)で叱(しか)りつけ、

額(ひたい)を指(ゆび)先(さき)で叩(たた)くと白(しろ)猫(ねこ)は驚(おどろ)き、

目(め)を見(み)開(ひら)いて静(しず)かに寝(ね)転(ころ)がる。



彼(かの)女(じょ)が躾(しつ)けた成(せい)果(か)が出(で)ていた。



「悪(わる)さしたらその場(ば)ですぐに叱(しか)るんだぞ。


 ダメなことを言(こと)葉(ば)で説(せつ)明(めい)したって、

 動(どう)物(ぶつ)相(あい)手(て)には通(つう)じないからな。」



「わたしが叱(しか)られたかと思(おも)って驚(おどろ)いたわ。」



「叱(しか)るなんて浅(あさ)ましくて出(で)来(き)ない?


 新(しん)入(い)りはまだお姫(ひめ)様(さま)のつもりか?」



その冗(じょう)談(だん)に、わたしは噤(つぐ)んで見(み)せる。



腕(うで)には縦(たて)に赤(あか)い膨(ふく)らみの引(ひ)っ掻(か)き傷(きず)ができ、

所(ところ)々(どころ)に血(ち)が滲(にじ)んでいる。



「ふふっ。いまさらだけど、

 『出(しゅつ)自(じ)を問(と)わず』とも言(い)うな。


 こんな場(ば)所(しょ)でなんだったが、

 二人(ふたり)きりで話(はなし)せて良(よ)かったよ。」



「うん。わたしも。」



わたしが館(やかた)から逃(に)げる前(まえ)に、

玄(げん)関(かん)で会(あ)った彼(かの)女(じょ)とこうして話(はなし)ができたら、

良(よ)かったのかもしれない。



「また話(はなし)を聞(き)かせて。」



「今(こん)度(ど)は仕(し)事(ごと)をする時(とき)にな。」



「う…。」



ファウナは空(から)になった小(こ)皿(ざら)を重(かさ)ねて、

手(て)を振(ふ)ってそのまま別(わか)れた。



塞(ふさ)がった両(りょう)手(て)の中(なか)で叱(しか)られた白(しろ)猫(ねこ)は、

仰(あお)向(む)けになってまた暴(あば)れている。



――この子(こ)、どうしよう…。




 ▶

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。