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金貨の娘  作者: 美穂
第4章 月夜の光

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第4章 第3節 虚偽の実(第1項)

ファウナが果(か)樹(じゅ)園(えん)を去(さ)って、

また寝(ね)はじめた白(しろ)猫(ねこ)を抱(かか)えたまま、

わたしは途(と)方(ほう)に暮(く)れていた。



こんな場(ば)所(しょ)に子(こ)猫(ねこ)を放(はな)てば、

上(じょう)空(くう)を旋(せん)回(かい)する鷹(たか)に襲(おそ)われてしまう。



挿絵(By みてみん)



猫(ねこ)の名(な)前(まえ)、サンサへの説(せっ)得(とく)、

知(ち)識(しき)の差(さ)、認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)など。



考(かんが)えても仕(し)方(かた)のないことを、

答(こた)えが出(で)ないまま考(かんが)えてしまった。



そこに気(き)付(づ)いて、部屋(へや)に戻(もど)る為(ため)にまた、

北(きた)側(がわ)のクァンの木立(こだち)から玉(たま)石(いし)の庭(にわ)に向(む)かう。



立(た)ち入(い)り禁(きん)止(し)の果(か)樹(じゅ)園(えん)を出(で)ようとすると、

豊(ゆた)かな銀(ぎん)髪(ぱつ)を切(き)って量(りょう)の減(へ)った

レナタと遭(そう)遇(ぐう)した。



挿絵(By みてみん)



青(あお)と緑(みどり)の混(ま)ざった藍(あい)色(いろ)の瞳(ひとみ)が、

わたしの姿(すがた)に目(め)を見(み)開(ひら)いて肩(かた)を驚(おどろ)かせた。



――えっ?



彼(かの)女(じょ)は慌(あわ)ててなにかを後(うし)ろ手(で)に隠(かく)す。



黒(くろ)色(いろ)のチュニックは、

キャシュクと違(ちが)って服(ふく)の前(まえ)身(み)頃(ごろ)が無(な)くて、

隠(かく)した『それ』を収(しゅう)納(のう)できない。



キャシュクの前(まえ)身(み)頃(ごろ)にできる懐(ふところ)の代(か)わりに、

彼(かの)女(じょ)の着(き)るチュニックの腰(こし)の前(まえ)側(がわ)には、

二(ふた)つのポケットがついている。



それでもポケットは狭(せま)く浅(あさ)いので、

口(くち)布(ぬの)と絵(え)を描(か)く時(とき)に使(つか)う木(もく)炭(たん)程(てい)度(ど)しか、

入(はい)っていないのが見(み)ただけで分(わ)かる。



彼(かの)女(じょ)の秘(ひ)め事(ごと)を暴(あば)くような軽(けい)挙(きょ)を慎(つつし)み、

わたしはなにも言(い)わなかった。



レナタは隠(かく)した物(もの)を気(き)にして、

わたしから目(め)を逸(そ)らし、

腕(うで)の中(なか)で眠(ねむ)る白(しろ)猫(ねこ)を見(み)て言(い)った。



「猫(ねこ)…。どうしたんですか?

 ファウナの?」



動(どう)揺(よう)するレナタが無(む)理(り)して話(わ)題(だい)を作(つく)る。



その健(けな)気(げ)さは見(み)ていて居(い)た堪(たま)れない。



「この子(こ)は、えっと、ファウナに聞(き)いたら、

 サンサの部屋(へや)で飼(か)うように言(い)われたの。」



「あ、サンサ…ですか…。」



その名(な)前(まえ)がレナタの心(しん)情(じょう)を刺(し)激(げき)してしまい、

彼(かの)女(じょ)は怯(おび)えて口(くち)が重(おも)くなる。



――フランジは果(か)樹(じゅ)園(えん)に入(はい)ってはいけない。



それが館(やかた)の決(き)まりであって、

レナタはその禁(きん)を犯(おか)していた。



決(き)まりがあっても守(まも)らないフランジも居(い)る。



先(さき)のファウナとわたし、それからスーも。



「サンサはたぶん、いま舞(ぶ)踏(とう)室(しつ)よね?


 スーが館(やかた)を出(で)る前(まえ)に言(い)ってたの。


 農(のう)休(やす)みだから、他(ほか)のドレイプと

 酒(さけ)を飲(の)んでるって。」



先(さき)に話(わ)題(だい)を振(ふ)ってみても、

狭(せま)く浅(あさ)い知(ち)識(しき)ではこれが限(げん)界(かい)になる。



レナタは黙(だま)って頷(うなず)く。



日(ひ)の浅(あさ)いわたしとは共(きょう)通(つう)の話(わ)題(だい)もなく、

無(む)理(り)に話(はなし)を導(みちび)いたところで言(こと)葉(ば)もない。



二人(ふたり)で果(か)樹(じゅ)園(えん)を出(で)てからも、

会(かい)話(わ)が織(お)りなされるはずはなかった。



互(たが)いの思(し)考(こう)はそれどころではない。



わたしの話(わ)題(だい)の振(ふ)り方(かた)が悪(わる)かったせいか、

この場(ば)で一(いち)番(ばん)望(のぞ)まないひとを

呼(よ)び寄(よ)せてしまった。



「あら、ニクスも居(い)るわね。」



2階(かい)の舞(ぶ)踏(とう)室(しつ)にいるはずのサンサが、

なぜかフランジの寝(しん)室(しつ)棟(とう)までやってきた。



挿絵(By みてみん)



足(あし)元(もと)には黒(くろ)猫(ねこ)のアルを連(つ)れ歩(ある)く。



肩(かた)には紫(し)黒(こく)色(しょく)の飾(かざ)り布(ぬの)の上(うえ)に、

マルフとの会(かい)談(だん)で渡(わた)した赤(あか)く輝(かがや)く布(ぬの)、

シルクを派(は)手(で)に載(の)せている。



――普(ふ)段(だん)は身(み)に付(つ)けない色(いろ)の布(ぬの)だわ。

  型(かた)も違(ちが)うし。



彼(かの)女(じょ)が掛(か)けたシルクは

二(に)等(とう)辺(へん)三(さん)角(かく)形(けい)をした2枚(まい)の布(ぬの)で、

飾(かざ)り布(ぬの)としては長(なが)さも幅(はば)も足(た)りない。



飾(かざ)り布(ぬの)の生(き)地(じ)は主(おも)に長(ちょう)方(ほう)形(けい)をして、

肩(かた)に掛(か)けて反(はん)対(たい)側(がわ)の腰(こし)に結(むす)ぶ。



レナタが黙(だま)ってわたしを見(み)つめ、

助(たす)けを求(もと)めてきたので、

わたしからサンサに訊(たず)ねた。



「…どうしたの? こんな場(ば)所(しょ)に。


 舞(ぶ)踏(とう)室(しつ)はもういいの? 集(しゅう)会(かい)って。」



アルがわたしの膝(ひざ)に前(まえ)足(あし)を乗(の)せ、

白(しろ)猫(ねこ)の様(よう)子(す)を気(き)にしている。



「わたしみたいな目(め)上(うえ)の女(おんな)が居(い)たら、

 あの子(こ)達(たち)は心(こころ)が休(やす)まらないのよ。


 それにオーブからまた、

 わたし宛(あ)てに荷(に)物(もつ)が届(とど)いたの。


 病(びょう)院(いん)に行(い)ってたメノーが、

 戻(もど)って来(く)る頃(ころ)と思(おも)ってレナに…。


 それで、レナはなにを隠(かく)してるの?」



挙(きょ)動(どう)不(ふ)審(しん)なレナタを訝(いぶか)しむ。



わたしの抱(だ)いている白(しろ)猫(ねこ)よりも、

彼(かの)女(じょ)の姿(し)勢(せい)は目(め)立(だ)つ。



「えっ? なに…?

 メノーにどのような、

 ご要(よう)件(けん)でしょうか?」



レナタは背(せ)筋(すじ)を曲(ま)げて俯(うつむ)き、

その顔(かお)を固(かた)く強(こわ)張(ば)らせる。



「メノーが居(い)ないのなら、

 成(せい)長(ちょう)に悩(なや)むレナに、街(まち)で話(わ)題(だい)の

 健(けん)康(こう)促(そく)進(しん)方(ほう)法(ほう)を教(おし)えてあげる。」



口(こう)角(かく)を上(あ)げて、

見(み)るからに怪(あや)しい笑(え)みを浮(う)かべるサンサ。



「なんですか? それ――痛(いた)っ。

 痛(いた)いっ、痛(いた)いからやめて!」



サンサはレナタの頭(あたま)の頂(ちょう)点(てん)、

旋毛(つむじ)を母(ぼ)指(し)で押(お)していた。



痛(いた)みから逃(に)げて後(あと)退(ずさ)りし、

目(め)に涙(なみだ)を浮(う)かべるレナタ。



「なにするんですかっ?」



「街(まち)で何(なん)年(ねん)も前(まえ)から話(わ)題(だい)になってるのに、

 レナってば知(し)らないのね。


 メノーもあなたの年(とし)の頃(ころ)に、

 これをやって成(せい)長(ちょう)したのよ?」



「本当?」



サンサの甘(かん)言(げん)に、

レナタは耳(みみ)を傾(かたむ)けはじめた。



「背(せ)筋(すじ)を伸(の)ばして、両(りょう)手(て)で頭(あたま)の上(うえ)を

 旋毛(つむじ)の流(なが)れにあわせて、

 円(えん)を描(か)きながら押(お)すのよ。


 パンの原(げん)料(りょう)になるブレズの芽(め)を踏(ふ)んで、

 茎(くき)を増(ふ)やす為(ため)の分(ぶん)蘖(けつ)と同(おな)じ効(こう)果(か)ね。


 ニクスもこのくらいは、

 本(ほん)で読(よ)んで知(し)ってるわよね?」



「…分(ぶん)蘖(けつ)のこと?」



サンサは喜(よろこ)んで頷(うなず)いたけれど、

植(しょく)物(ぶつ)と違(ちが)って人(にん)間(げん)は踏(ふ)まれても成(せい)長(ちょう)しない。



「頭(とう)頂(ちょう)への刺(し)激(げき)は、脳(のう)への刺(し)激(げき)。


 適(てき)度(ど)な刺(し)激(げき)を与(あた)えれば、

 足(あし)先(さき)まで効(こう)果(か)抜(ばつ)群(ぐん)。


 胸(むね)は豊(ゆた)かに膨(ふく)らんで、お腹(なか)は括(くび)れ、

 手(て)足(あし)は長(なが)く伸(の)び、髪(かみ)は真(まっ)直(すぐ)で、

 気(き)になる癖(くせ)もなくなる。


 明日(あした)の朝(あさ)、目(め)を覚(さ)ませば、

 あなたの理(り)想(そう)の姿(すがた)が鏡(かがみ)に映(うつ)るわ。」



「え…やってみますっ。」



「レナタ…。」



サンサの胡乱(うろん)な説(せつ)明(めい)を

信(しん)じてしまったレナタには、

わたしの声(こえ)は届(とど)かない。



レナタは自(じ)分(ぶん)の頭(とう)頂(ちょう)に手(て)を伸(の)ばすと、

後(うし)ろ手(で)にしていたいくつかの球(きゅう)体(たい)が、

頭(あたま)の上(うえ)から地(じ)面(めん)に落(お)ちた。



「あっ!」レナタが声(こえ)を放(はな)つ。



見(み)覚(おぼ)えのある金(きん)赤(あか)色(いろ)の果(か)実(じつ)は、

落(お)ちた衝(しょう)撃(げき)で皮(かわ)が破(やぶ)れて果(か)肉(にく)が見(み)えた。



わたしはその果(か)実(じつ)を、

何(なん)度(ど)か食(た)べたことがある。



スーがよく部屋(へや)に持(も)ち込(こ)む、

大(たい)陸(りく)の果物(くだもの)、クァンだった。



挿絵(By みてみん)



食(しょく)堂(どう)に置(お)かれているものを、

果(か)樹(じゅ)園(えん)に入(はい)って隠(かく)す必(ひつ)要(よう)はない。



秘(ひ)め事(ごと)が露(ろ)見(けん)したレナタの顔(かお)は、

血(けっ)色(しょく)を失(うしな)っていく。



「熟(じゅく)しておいしそうなそのクァンは、

 どこから持(も)ってきたのかしら。」



サンサが彼(かの)女(じょ)を問(と)い詰(つ)める。



「だって、これはその…。」



「ヤゴウから渡(わた)されたの?


 奪(うば)ったりはしないから、

 隠(かく)す必(ひつ)要(よう)ないわね。


 わたしに見(み)せて。」



レナタはクァンを拾(ひろ)い、隠(かく)そうとする。



「これは貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)から取(と)ってきたの?

 スーを真似(まね)して。


 それならヤゴウの管(かん)理(り)不(ぶ)足(そく)ね。


 でも果(か)梗(こう)が捻(ねじ)り切(き)られているのは、

 業(ぎょう)者(しゃ)から仕(し)入(い)れているものではないわね。


 業(ぎょう)者(しゃ)のクァンは、鋏(はさみ)を使(つか)って

 軸(へた)を切(き)ったものに限(かぎ)るから。


 レナが果(か)樹(じゅ)園(えん)に入(はい)って盗(ぬす)んだのね。


 館(やかた)の決(き)まりを破(やぶ)って。」



「でも…みんなも――。」



「その『みんな』って、

 具(ぐ)体(たい)的(てき)に誰(だれ)と誰(だれ)かしら?


 館(やかた)に入(はい)ったばかりのニクスだけが、

 対(たい)象(しょう)になる言(こと)葉(ば)でもないわよね?


 フランジ? 従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)? 名(な)前(まえ)は?


 それも言(い)えないのなら、

 ドレイプの名(な)前(まえ)を言(い)ってみなさい。


 部屋(へや)の番(ばん)号(ごう)でもいいわよ。


 どれかを言(い)ってくれたら、

 あなただけが責(せ)められずに済(す)むのよ。」



「えっ…?」



問(と)い詰(つ)められたレナタは、

口(くち)を開(ひら)いては閉(と)じ、なにも言(い)えない。



――わたしを見(み)られても困(こま)るわ。



「悪(わる)いのは全(すべ)て、レナを唆(そそのか)した

 その人(じん)物(ぶつ)の責(せき)任(にん)だものね。


 レナは自(じ)分(ぶん)の行(こう)動(どう)を、

 その人(じん)物(ぶつ)のせいにするつもりなんでしょ?


 責(せき)任(にん)の擦(なす)り付(つ)けは、

 メノーに教(おそ)わったのかしら?」



「あぁ…。」



レナタは卒(そっ)倒(とう)しかけて屈(かが)む。



「メノーに館(やかた)の決(き)まりを教(おし)えた、

 オーナーのルービィの責(せき)任(にん)でもあるわ。


 レナだけが特(とく)別(べつ)に許(ゆる)されているのか、

 オーナーに責(せき)任(にん)の所(しょ)在(ざい)を確(かく)認(にん)した方(ほう)が

 良(い)いのかしら。


 でも他(ほか)のドレイプやフランジは、

 ひとりだけ許(ゆる)されるレナを

 どう思(おも)うのかしらね。」



サンサに激(はげ)しく責(せ)め立(た)てられるレナタが、

あまりにも不(ふ)憫(びん)に思(おも)えてきた。



――でもこれ、レナタが

  わたしのせいだって言(い)えば、

  スーからサンサ自(じ)身(しん)の責(せき)任(にん)に

  繋(つな)がるのよね…。



わたしが意(い)地(じ)悪(わる)なことを考(かんが)えていても、

レナタはそんな嘘(うそ)をつく子(こ)ではなかった。



「ご…ごめんなさい。

 誰(だれ)も悪(わる)くありません。


 全(すべ)て、わたしの責(せき)任(にん)です。」



「自(じ)分(ぶん)の行(こう)動(どう)の責(せき)任(にん)は自(じ)分(ぶん)が負(お)うもの、

 と常(つね)に心(こころ)に留(とど)めておくといいわね。」



罪(ざい)悪(あく)感(かん)に苛(さいな)まれるレナタに、

サンサは笑(え)みを浮(う)かべてわたしを見(み)た。



「今(こん)度(ど)はなにを企(たくら)んでるの…。」



「疑(うたが)うなんて失(しつ)礼(れい)ね。」



分(ぶん)蘖(けつ)などと嘯(うそぶ)き、欺(あざむ)いたひとが抗(こう)議(ぎ)する。



「あの、フランジの戒(いまし)めは…。」



レナタが怯(おび)えて訊(たず)ねる。



「わたしは館(やかた)に雇(やと)われてる

 ただのドレイプなのだから、

 フランジの決(き)め事(ごと)なんて

 わたしには関(かん)係(けい)ないわよ。


 フランジへの助(じょ)言(げん)はできても、

 行(こう)動(どう)の責(せき)任(にん)は自(じ)分(ぶん)が負(お)うのよ。


 別(べっ)室(しつ)送(おく)りで折(せっ)檻(かん)、なんて

 期(き)待(たい)してるのかしら。


 罰(ばつ)を与(あた)えても罪(つみ)は覆(くつがえ)らないものよ。


 『その罪(つみ)を悔(く)い、穴(あな)に落(お)ちよ。』

 と言(い)うわよね。」



刑(けい)場(じょう)の詩(し)の一(いっ)節(せつ)をサンサが歌(うた)う。



「レナ。

 今(こん)回(かい)のことは、

 わたしにクァンをひと粒(つぶ)くれたら

 許(ゆる)してあげる。」



「…はい、分(わ)かりました。」



サンサの出(だ)した条(じょう)件(けん)を呑(の)むと、

拾(ひろ)い上(あ)げたクァンの砂(すな)を払(はら)い、

レナタは自(じ)分(ぶん)の考(かんが)えで彼(かの)女(じょ)に手(て)渡(わた)した。



さらにサンサは、

成(な)り行(ゆ)きを黙(だま)って見(み)ていた

わたしを巻(ま)き込(こ)む。



「レナってば、

 ニクスにもあげないとダメよ。


 不(ふ)公(こう)平(へい)が原(げん)因(いん)で密(みっ)告(こく)されるわ。


 こんな時(とき)は共(きょう)犯(はん)者(しゃ)にしないとね。」



「それは助(じょ)言(げん)として適(てき)切(せつ)なの?」



後(うし)ろめたさを抱(いだ)くレナタを思(おも)いやり、

クァンを受(う)け取(と)って共(きょう)犯(はん)関(かん)係(けい)になった。




 ◆




ガラクタ倉(そう)庫(こ)の、

書(しょ)室(しつ)近(ちか)くに置(お)かれた長(なが)椅(い)子(す)に

レナタとサンサは並(なら)んで座(すわ)る。



「メノーはまだ帰(かえ)ってないのね。」



サンサは片(かた)手(て)でクァンの厚(あつ)い皮(かわ)を

巧(たく)みに剥(む)いて、果(か)実(じつ)を一(ひと)粒(つぶ)だけ頬(ほお)張(ば)った。



足(あし)元(もと)のアルが羨(うらや)ましそうに見(み)ている。



「本(ほん)当(とう)はニクスにあげる

 つもりだったんですよ。」



「共(きょう)犯(はん)者(しゃ)のニクスは、

 ここでなにをしてたの?


 レナがなにか唆(そそのか)した?」



「してません! ねっ?

 わたしなにも言(い)ってませんよね?」



レナタが過(か)剰(じょう)に擁(よう)護(ご)を求(もと)めたせいで、

彼(かの)女(じょ)はサンサから余(よ)計(けい)に怪(あや)しまれる。



「で、その猫(ねこ)はどうしたの。」



銀(ぎん)の目(め)でわたしの抱(だ)いた白(しろ)猫(ねこ)を示(しめ)す。



「わたしはこの猫(ねこ)をどうしようかって。

 サンサに相(そう)談(だん)しようと…。」



「ふぅん。

 ファウナの迂(う)遠(えん)な計(けい)画(かく)ね。


 アル。」



サンサの呼(よ)び掛(か)けにアルが、

彼(かの)女(じょ)の膝(ひざ)に跳(は)ね乗(の)りミャオと鳴(な)く。



「粗(そ)相(そう)しないように、躾(しつ)けてあげて。

 あなたに任(まか)せるわ。」



彼(かの)女(じょ)が言(い)い終(お)わる前(まえ)に、

アルはわたしの胸(むね)に跳(と)びついて、

寝(ね)ている白(しろ)猫(ねこ)の首(くび)を噛(か)んだ。



「わっ、あっ! ダメ!」



わたしが引(ひ)き離(はな)そうと腕(うで)を伸(の)ばしても、

アルは白(しろ)猫(ねこ)の首(くび)元(もと)を噛(か)んで地(じ)面(めん)に逃(に)げる。



「アルは子(こ)殺(ごろ)しはしないわ。


 発(はつ)情(じょう)期(き)の雄(おす)猫(ねこ)ではないのよ。」



突(とつ)然(ぜん)起(お)こされた白(しろ)猫(ねこ)は、目(め)を閉(と)じたまま、

掠(かす)れた声(こえ)で助(たす)けを求(もと)めて鳴(な)く。



アルは鳴(な)き続(つづ)ける白(しろ)猫(ねこ)に、

顔(かお)についた目(がん)脂(し)を舐(な)め取(と)った。



白(しろ)猫(ねこ)が暴(あば)れて逃(に)げ出(だ)そうものなら、

前(まえ)足(あし)で軽(かる)く身体(からだ)を踏(ふ)みつけた。



後(うし)ろ足(あし)を掻(か)く白(しろ)猫(ねこ)だけれど、

力(ちから)の差(さ)は明(めい)白(はく)。



抵(てい)抗(こう)も虚(むな)しく諦(あきら)めた白(しろ)猫(ねこ)は、

アルの顔(かお)を見(み)て並(なら)んで座(すわ)る。



「ね? 言(い)った通(とお)りでしょ?」



特(とく)にサンサが白(しろ)猫(ねこ)に対(たい)して、

なにかをしたわけでもないのに、

得(とく)意(い)気(げ)になる彼(かの)女(じょ)にわたしは首(くび)を捻(ひね)った。



子(こ)猫(ねこ)の集(しゅう)中(ちゅう)はとても短(みじか)く、

自(じ)分(ぶん)の尻尾(しっぽ)が気(き)になる様(よう)子(す)で

跳(と)び掛(か)かってその場(ば)で回(まわ)り始(はじ)めた。



とりあえず両(りょう)手(て)の空(す)いたわたしは、

クァンを持(も)ってレナタの隣(となり)に座(すわ)り、

アルと白(しろ)猫(ねこ)の様(よう)子(す)を見(み)守(まも)る。



「オレームには毒(どく)があると言(い)って

 果(か)樹(じゅ)園(えん)の立(た)ち入(い)りを禁(きん)止(し)したのに、

 クァンを一(いっ)緒(しょ)に植(う)えているのは、

 なにか理(り)由(ゆう)があるの?」



レナタも首(くび)を捻(ひね)る。



「クァンだけでいいのに…。」



彼(かの)女(じょ)が呟(つぶや)いた。



「レナ…。それ、わたしが

 勉(べん)強(きょう)会(かい)で理(り)由(ゆう)を説(せつ)明(めい)したわよ。」



「えぇ?」



彼(かの)女(じょ)はクァンを口(くち)にしたまま、

不(ふ)満(まん)を浮(う)かべ、声(こえ)を漏(も)らした。



「元(もと)々(もと)この果(か)樹(じゅ)園(えん)はルービィが全(すべ)て、

 オレームの畑(はたけ)にする予(よ)定(てい)だったのよ。


 オレームとの相(あい)性(しょう)を考(かんが)えて、

 クァンを植(う)えさせたの。


 実(みの)ったオレームは業(ぎょう)者(しゃ)に渡(わた)して、

 乳(にゅう)液(えき)にするのは知(し)ってるわよね?


 その香(かお)り付(づ)けにクァンを使(つか)うのよ。」



「石(せっ)鹸(けん)にも使(つか)ってますよね。」



レナタがわたしの顔(かお)を見(み)て

理(り)解(かい)と共(きょう)感(かん)を求(もと)める。



「中(ちゅう)和(わ)させる時(とき)にも使(つか)えるわね。


 オレームは他(ほか)にも食(しょく)用(よう)油(あぶら)や、

 ランタンに使(つか)うものよ。


 果(か)実(じつ)は油(あぶら)を絞(しぼ)る為(ため)で、

 胃(い)や小(しょう)腸(ちょう)で消(しょう)化(か)し難(にく)いから、

 ひとによっては食(しょく)中(ちゅう)毒(どく)を起(お)こす。


 オレームの塩(しお)漬(づ)けも、蜂(はち)蜜(みつ)と同(おな)じで

 毒(どく)を持(も)つことがあるのを知(し)ってる?


 毒(どく)と呼(よ)んでいるのは、

 そこから来(き)てるの。」



「本(ほん)当(とう)は毒(どく)は無(な)いの?」と、レナタ。



「どんなものでも、

 限(げん)度(ど)を超(こ)えれば身体(からだ)には悪(わる)いわよ。


 空(くう)気(き)の吸(す)い過(す)ぎや、

 水(みず)の飲(の)み過(す)ぎと同(おな)じ。


 そんなおかしなひとを標(ひょう)準(じゅん)にしたら、

 全(すべ)てが毒(どく)になってしまうわね。」



言(い)われてレナタが頷(うなず)いた。



「昔(むかし)は罪(ざい)人(にん)に、

 水(みず)を飲(の)ませ続(つづ)ける処(しょ)刑(けい)方(ほう)法(ほう)もあったのよ。


 今(こん)度(ど)寝(ね)る前(まえ)に読(よ)んであげましょうか。」



「話(はなし)が逸(そ)れてるよ。」



首(くび)を横(よこ)にして怖(こわ)がるレナタに、

わたしはサンサを諫(あさ)む。



サンサは喜(よろこ)んで頷(うなず)き、話(はなし)を戻(もど)した。



「ふふっ。

 多(おお)くを食(た)べるのに適(てき)さない果(か)実(じつ)でも、

 精(せい)油(ゆ)滓(かす)は飼(し)料(りょう)や高(こう)級(きゅう)な肥(ひ)料(りょう)になるわ。


 クァンは大(たい)陸(りく)にある植(しょく)物(ぶつ)というだけで、

 捨(す)てる皮(かわ)でも求(もと)められるわね。


 果(か)皮(ひ)は虫(むし)除(よ)けにもなって活(かつ)用(よう)できる。


 夜(よる)の館(やかた)のドレイプが使(つか)う品(しな)物(もの)は、

 付(ふ)加(か)価(か)値(ち)で高(たか)く売(う)れる。


 味(あじ)の評(ひょう)判(ばん)も良(い)いのよ。」



彼(かの)女(じょ)は片(かた)手(て)で丁(てい)寧(ねい)に剥(む)いたクァンの実(み)を、

レナタの口(くち)に捻(ねじ)り込(こ)む。



足(あし)元(もと)に落(お)ちた皮(かわ)に白(しろ)猫(ねこ)が鼻(はな)を近(ちか)付(づ)けると、

匂(にお)いに歯(は)茎(ぐき)を剥(む)き出(だ)しにして、

前(まえ)足(あし)で弾(はじ)き飛(と)ばした。



猫(ねこ)には相(あい)性(しょう)の悪(わる)い香(かお)りらしい。



「あんなに狭(せま)い場(ば)所(しょ)なのに、

 売(う)れるほど実(みの)るものなの?」



オレームの乳(にゅう)液(えき)は館(やかた)でも使(つか)っているし、

フランジに食(た)べられて消(しょう)費(ひ)していく。



「この果(か)樹(じゅ)園(えん)で作(つく)られたものだからこそ、

 金(きん)貨(か)を払(はら)うだけの価(か)値(ち)がある。


 オレームとクァンが植(う)えられている、

 という事(じ)実(じつ)があればいいのよ。


 実(じっ)際(さい)に販(はん)売(ばい)する乳(にゅう)液(えき)は、

 エルテルの契(けい)約(やく)農(のう)家(か)で作(つく)って、

 ルービィの工(こう)場(じょう)で加(か)工(こう)してるの。」



「なんだか不(ふ)誠(せい)実(じつ)…。」



わたしの呟(つぶや)きにレナタも頷(うなず)いた。



「商(しょう)売(ばい)というのは概(おおむ)ね、需(じゅ)給(きゅう)――。


 欲(ほ)しいひとと売(う)りたいひと、

 需(じゅ)要(よう)と供(きょう)給(きゅう)で成(せい)立(りつ)するのよ。」



サンサは顎(あご)を突(つ)き出(だ)し胸(むね)を張(は)って言(い)い、

わたしは首(くび)を捻(ひね)って返(へん)事(じ)をした。



クァンを口(くち)に含(ふく)みながら、

白(しろ)猫(ねこ)がアルの尻尾(しっぽ)で戯(たわむ)れる様(よう)子(す)を

眺(なが)めていると、メノーがやってきた。



彼(かの)女(じょ)を見(み)たレナタは、

クァンの皮(かわ)を慌(あわ)てて隠(かく)す。



「3人(にん)揃(そろ)って仲(なか)良(よ)くこんな場(ば)所(しょ)で。

 なにか食(た)べてたの?」



「レナが館(やかた)の決(き)まりを破(やぶ)って、

 果(か)樹(じゅ)園(えん)からクァンを取(と)ったのよ。


 それが露(ろ)見(けん)したから、

 わたし達(たち)に口(くち)止(ど)め料(りょう)を

 クァンで支(し)払(はら)って――。」



「サッ…サンサってばぁ!」



「…黙(だま)る約(やく)束(そく)ではなかったの?」



口(くち)止(ど)め料(りょう)としてクァンを強(きょう)要(よう)して、

わたしにまで共(きょう)犯(はん)関(かん)係(けい)を唆(そそのか)した人(じん)物(ぶつ)が、

レナタを裏(うら)切(ぎ)ってメノーに事(じ)実(じつ)を申(しん)告(こく)した。



「レナタ、そんな悪(わる)さしたの?」



「違(ちが)うんですっ! 聞(き)いてくださいっ!」



「ニクスも見(み)てたのよねぇ?」



「えーっと、…はい。」



レナタが否(ひ)定(てい)しても事(じ)実(じつ)に相(そう)違(い)は無(な)く、

わたしは正(しょう)直(じき)に答(こた)えるしかない。



けれどメノーの反(はん)応(のう)は、

わたしの想(そう)像(ぞう)とは真(ま)逆(ぎゃく)のものだった。



「狡(ずる)いわ!

 わたしもご一(いっ)緒(しょ)したかったのに。」



彼(かの)女(じょ)はその場(ば)で屈(かが)み、顔(かお)を伏(ふ)せ、

泣(な)いている演(えん)技(ぎ)をして見(み)せた。



「ごめんなさい。メノー。


 果(か)樹(じゅ)園(えん)には入(はい)ってはダメって、

 あんなに言(い)われてたのに…。」



レナタはレナタで、

再(ふたた)び罪(つみ)の意(い)識(しき)に苛(さいな)まれている。



メノーは彼(かの)女(じょ)の行(おこな)いを責(せ)めてはいない。



「みんながやってるから入(はい)ったなんて、

 苦(くる)しい言(い)い訳(わけ)までしてたのよ。ふふっ。」



「サンサ…。」



喜(よろこ)ぶサンサにわたしは言(こと)葉(ば)を失(うしな)う。



「レナタ…。

 館(やかた)の決(き)まりに厳(きび)しいあなたが、

 その決(き)まりを破(やぶ)っただけではなくて、

 嘘(うそ)の言(い)い訳(わけ)までするなんて。」



メノーは大(おお)粒(つぶ)の涙(なみだ)を零(こぼ)す一(いっ)方(ぽう)で、

サンサは長(なが)椅(い)子(す)に座(すわ)ったまま、

お腹(なか)を抱(かか)えて声(こえ)にならない声(こえ)で笑(わら)っていた。



メノーは立(た)ち上(あ)がり、

レナタの前(まえ)で平(ひら)手(て)を見(み)せた。



「ちょっと? メノー?」



レナタも叩(たた)かれることを覚(かく)悟(ご)し、

口(くち)を閉(と)ざして顎(あご)を引(ひ)いた。



「サンサみたいになったのねぇ。」



翳(かざ)した手(て)で彼(かの)女(じょ)の銀(ぎん)髪(ぱつ)を撫(な)でて、

感(かん)激(げき)しているメノー。



呆(あっ)気(け)に取(と)られるレナタの表(ひょう)情(じょう)を見(み)て、

長(なが)椅(い)子(す)に座(すわ)って笑(わら)っていたサンサが、

膝(ひざ)から崩(くず)れ落(お)ちて哄(こう)笑(しょう)し続(つづ)けた。



「あの…。」



「ニースだわ…。」



レナタとわたしは顔(かお)を見(み)合(あ)わせて困(こん)惑(わく)した。



「あははははっ…。ダメね…苦(くる)しぃ…。」



――サンサ、笑(わら)い過(す)ぎよっ。




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