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金貨の娘  作者: 美穂
第2章 白亜の館

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第2章 第1節 混迷の昼(第2項)

挿絵(By みてみん)



食(しょく)堂(どう)から繋(つな)がった南(みなみ)側(がわ)の部屋(へや)には、

箱(はこ)や小(こ)瓶(びん)がいくつも並(なら)んでいる。



黒(くろ)い果(か)実(じつ)のマリセスが重(かさ)ねた箱(はこ)に入(はい)って、

甘(あま)い香(かお)りが鼻(び)孔(こう)を擽(くすぐ)る。



この部屋(へや)は貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)で、パンの原(げん)料(りょう)になる

穀(こく)物(もつ)のブレズの粉(こな)が革(かわ)の袋(ふくろ)に詰(つ)められ、

わたしの背(せ)ほどの高(たか)さに積(つ)まれていた。



挿絵(By みてみん)



ブレズの子(し)実(じつ)を挽(ひ)く必(ひつ)要(よう)が無(な)いので、

石(いし)臼(うす)は見(み)当(あ)たらない。



豆(まめ)の袋(ふくろ)は、地(ち)下(か)の檻(おり)で着(き)ていた

ペヌンの布(ぬの)袋(ぶくろ)に比(くら)べて丁(てい)寧(ねい)に縫(ぬ)われ、

頑(がん)丈(じょう)で布(ぬの)の質(しつ)も良(よ)かった。



保(ほ)存(ぞん)の利(き)く根(こん)菜(さい)類(るい)は、

箱(はこ)の中(なか)に分(わ)けて納(おさ)められている。



柔(やわ)らかい食(しょく)材(ざい)は、

積(つ)まれた重(おも)みで潰(つぶ)れないように

網(あみ)棚(だな)に並(なら)べられている。



わたしにとって見(み)たことのない食(しょく)材(ざい)も多(おお)い。



壁(かべ)に設(もう)けられた棚(たな)の上(うえ)には、

釉(ゆう)薬(やく)のされた瓶(かめ)に入(はい)った油(あぶら)や、

ソースなどの調(ちょう)味(み)料(りょう)が

豊(ほう)富(ふ)に揃(そろ)えられている。



食(しょく)堂(どう)で昼(ちゅう)食(しょく)を終(お)えると館(やかた)には昼(ひる)休(やす)みがあり、

スーの案(あん)内(ない)で館(やかた)の中(なか)を引(ひ)っ張(ぱ)り回(まわ)された。



サンサとアル、メノーとレナタは

自(じ)分(ぶん)の部屋(へや)に戻(もど)って行(い)った。



メノーとレナタの二人(ふたり)は、

病(びょう)院(いん)に行(い)くとも話(はな)していた。



「この貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)は、

 フランジもドレイプでも

 勝(かっ)手(て)に入(はい)ってはダメな場(ば)所(しょ)だよ。


 厨(ちゅう)房(ぼう)長(ちょう)のヤゴウが居(い)る時(とき)は、

 手伝(てつだ)いに入(はい)っても良(い)いんだって。


 悪(わる)さをしなければね。」



厨(ちゅう)房(ぼう)でパンを焼(や)いていた土(つち)色(いろ)の髪(かみ)の大(おお)男(おとこ)が、

睨(にら)みを利(き)かせてわたしを見(み)下(お)ろす。



ヤゴウはここで働(はたら)く数(すう)十(じゅう)人(にん)もの食(しょく)事(じ)を、

絶(た)やさず提(てい)供(きょう)しなければならない。



「果物(くだもの)とか塩(しお)漬(づ)け肉(にく)とか

 蜂(はち)蜜(みつ)があるからって、

 勝(かっ)手(て)に持(も)ち出(だ)したらダメだよ。」



「当(とう)然(ぜん)だっ!」



ヤゴウは声(こえ)を張(は)って頷(うなず)く。



彼(かれ)の、膨(ふく)れ上(あ)がったお腹(なか)から出(で)た

その声(こえ)が、貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)の空(くう)気(き)を震(ふる)わせる。



声(せい)量(りょう)にわたしは肩(かた)で驚(おどろ)いた。



「ヤゴウみたいに太(ふと)らないように、

 食(た)べ過(す)ぎには注(ちゅう)意(い)してね。


 これで身体(からだ)を動(うご)かしてなかったら、

 貴(き)族(ぞく)病(びょう)になったりするんだよ。


 でも痩(や)せ過(す)ぎても健(けん)康(こう)に良(よ)くないよ。」



スーは気(き)にもせずに、

ヤゴウのお腹(なか)を手(て)のひらで叩(たた)いた。



侮(ぶ)辱(じょく)のような行(こう)為(い)でも、

ヤゴウはスーを怒(おこ)ったり叱(しか)ったりもしない。



軽(けい)快(かい)な音(おと)を耳(みみ)にして彼(かれ)は鼻(はな)で笑(わら)っている。



「普(ふ)段(だん)は鍵(かぎ)がかかって入(はい)れないから、

 こんな機(き)会(かい)は無(な)いんだよ。


 でも、ここに侵(しん)入(にゅう)しなくても

 お腹(なか)が空(そら)いたらヤゴウに言(い)えば、

 おいしいものを作(つく)ってくれるよ。」



「悪(わる)いな。

 おいしいもんしか作(つく)らん。」



「あははっ。だって。」



ヤゴウは細(ほそ)い目(め)で表(ひょう)情(じょう)を変(か)えない。



わたしは彼(かれ)の警(けい)戒(かい)心(しん)に当(あ)てられ、

黙(だま)って首(くび)を縦(たて)に振(ふ)る。



貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)に窓(まど)はなく、

他(ほか)の部屋(へや)に比(くら)べて暗(くら)くて肌(はだ)寒(ざむ)い。



「ねぇ、あれは?」



置(お)かれた食(しょく)料(りょう)や調(ちょう)味(み)料(りょう)以(い)外(がい)で、

部屋(へや)には違(い)和(わ)感(かん)があった。



枯(か)れた草(くさ)花(ばな)や果(か)皮(ひ)などが

貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)の片(かた)隅(すみ)に置(お)かれ、

または吊(つ)るされている。



食(た)べ残(のこ)しを吊(つ)るしたり、

銀(ぎん)の器(うつわ)に盛(も)るはずはない。



ランタンの灯火(ともしび)で照(て)らされた

床(ゆか)と壁(かべ)の隙(すき)間(ま)の濡(ぬ)れた箇(か)所(しょ)は

液(えき)体(たい)で光(ひかり)が反(はん)射(しゃ)している。



コンクリートの亀(き)裂(れつ)は埋(う)められ、

水(みず)が染(し)み出(で)ている風(ふう)でもない。



食(しょく)材(ざい)、ソース、わたし達(たち)以(い)外(がい)の香(かお)りが、

仄(ほの)かに鼻(び)腔(くう)を突(つ)く。



「これは貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)内(ない)に虫(むし)が湧(わ)いたり、

 鼠(ねずみ)が入(はい)って来(こ)ないように

 してるんだよ。でしょ?」



「扉(とびら)の隙(すき)間(ま)にも油(あぶら)を塗(ぬ)ってる。」



「虫(むし)除(よ)けの臭(しゅう)気(き)なんだね。


 この奥(おく)の扉(とびら)からも外(そと)に出(で)られるの?」



「搬(はん)入(にゅう)と従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)用(よう)の出(で)入(い)り口(ぐち)だよ。


 また外(そと)に出(で)たいの?」



スーに訊(たず)ねられると、

わたしは黙(だま)って首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



彼(かの)女(じょ)は指(ゆび)を南(みなみ)の出(で)入(い)り口(ぐち)に向(む)けて、

乾(かん)燥(そう)させたバイテスの実(み)の粒(つぶ)を摘(つま)んで

わたしの口(くち)に入(い)れた。



挿絵(By みてみん)



それを見(み)逃(のが)さなかったヤゴウの目(め)が、

ランタンに照(て)らされ、わたしは畏(い)縮(しゅく)する。



いたずらなスーの成(せい)果(か)もあって、

ヤゴウには貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)を追(お)い出(だ)され、

わたし達(たち)は食(しょく)堂(どう)に戻(もど)ってきた。



厨(ちゅう)房(ぼう)から西(にし)に通(つう)じる扉(とびら)は無(な)く、

食(しょく)堂(どう)を出(で)て、外(そと)廊(ろう)下(か)から浴(よく)場(じょう)の前(まえ)を通(とお)る。



通(つう)路(ろ)に備(そな)え付(つ)けられた流(なが)し台(だい)を通(とお)り抜(ぬ)け、

館(やかた)の西(にし)側(がわ)へと向(む)かった。



そこは白(しろ)と灰(はい)色(いろ)の庭(にわ)。



挿絵(By みてみん)



緑(みどり)豊(ゆた)かな東(ひがし)側(がわ)の庭(てい)園(えん)とは異(こと)なり、

庭(にわ)は生(せい)活(かつ)感(かん)に溢(あふ)れている。



洗(あら)われたベッドシーツやチュニック、

口(くち)布(ぬの)、肌(はだ)着(ぎ)に股(また)布(ぬの)、飾(かざ)り布(ぬの)などが干(ほ)され、

穏(おだ)やかな風(かぜ)に吹(ふ)かれて揺(ゆ)れる。



まるで夢(ゆめ)の中(なか)で見(み)た船(ふね)の帆(ほ)のような光(こう)景(けい)。



玉(たま)石(いし)の敷(し)かれた庭(にわ)の中(ちゅう)央(おう)には井(い)戸(ど)がある。



挿絵(By みてみん)



井(い)戸(ど)には蓋(ふた)がされていて、

緑(ろく)青(しょう)に覆(おお)われた銅(どう)の水(みず)瓶(がめ)が置(お)かれている。



細(ほそ)長(なが)い瓶(かめ)には屈(くっ)曲(きょく)した長(なが)い柄(え)が伸(の)び、

水(みず)を掬(すく)い上(あ)げるディッパーにも見(み)える。



革(かわ)のサンダルで庭(にわ)の玉(たま)石(いし)を踏(ふ)むと、

丸(まる)い石(いし)と石(いし)が擦(こす)れる奇(き)妙(みょう)な音(おと)が耳(みみ)を撫(な)でた。



足(あし)の感(かん)覚(かく)も不(ふ)安(あん)定(てい)になって歩(ある)き難(にく)い。



「南(みなみ)に建(た)ってるのがボイラー室(しつ)。

 主(おも)にお風(ふ)呂(ろ)のお湯(ゆ)を作(つく)る場(ば)所(しょ)だね。


 火(ひ)を扱うから従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)以(い)外(がい)は

 入(はい)ったらダメだよ。


 火傷(やけど)するからね。」



薪(まき)などの燃(ねん)料(りょう)を使(つか)って水(みず)を熱(ねっ)して、

お湯(ゆ)を作(つく)る装(そう)置(ち)を古(ふる)くからボイラーという。




ボイラー室(しつ)から伸(の)びた長(なが)い煙(えん)突(とつ)の蒸(じょう)気(き)が、

風(かぜ)に吹(ふ)かれて散(さん)逸(いつ)する。



「風(ふ)呂(ろ)の水(みず)は井(い)戸(ど)から汲(く)むの?」



「赤(あか)土(つち)の丘(おか)に建(た)つ館(やかた)の水(みず)は、

 水(すい)道(どう)管(かん)を地(ち)下(か)から通(とお)して、

 水(みず)が下(した)から流(なが)れてくる仕(し)組(く)みだね。」



「それってサイフォン?」



名(めい)称(しょう)を訊(たず)ねると、

説(せつ)明(めい)していた彼(かの)女(じょ)は目(め)を驚(おどろ)かせた。



「うん? これは逆(ぎゃく)サイフォンだよ。


 よく知(し)ってるね。」



「『退(たい)化(か)の科(か)学(がく)論(ろん)』で読(よ)んで…。」



サイフォンの仕(し)組(く)みは、

その理(り)論(ろん)書(しょ)を読(よ)んで確(たし)かめたくて

昔(むかし)実(じっ)験(けん)をしたことがある。



塔(とう)で独(ひと)り退(たい)屈(くつ)をしていたわたしは、

水(みず)で満(み)たされた杯(さかづき)と空(から)の杯(さかづき)を二(ふた)つ用(よう)意(い)した。



それから水(みず)辺(べ)草(そう)を使(つか)う。



挿絵(By みてみん)



茎(くき)が中(ちゅう)空(くう)のこの草(くさ)は、

普(ふ)段(だん)からよく乳(う)母(ば)達(たち)が集(あつ)めており、

ストロー帽(ぼう)や籠(かご)などを編(あ)んでいた。



挿絵(By みてみん)



わたしは乳(う)母(ば)から貰(もら)った茎(くき)を

茎(くき)を曲線(アーチ)状(じょう)に曲(ま)げた水(すい)道(どう)管(かん)に見(み)立(た)て、

管(かん)の内(ない)部(ぶ)を水(みず)で満(み)たして、

茎(くき)の片(かた)方(ほう)を水(すい)中(ちゅう)に伸(の)ばす。



すると杯(さかづき)の水(みず)は管(かん)内(ない)を昇(のぼ)るように吸(す)い上(あ)げ、

渡(わた)らせた空(から)の杯(さかづき)へと流(なが)れ落(お)ちる。



挿絵(By みてみん)



管(かん)内(ない)部(ぶ)の水(みず)の均(きん)衡(こう)は

重(じゅう)力(りょく)で落(お)ちる水(みず)と同(どう)時(じ)に圧(あつ)力(りょく)が生(しょう)じて、

杯(さかづき)の水(みず)が吸(す)い上(あ)げられる原(げん)理(り)。



杯(さかづき)の中(なか)の水(みず)が均(きん)等(とう)になると

管(かん)内(ない)部(ぶ)に差(さ)が無(な)くなり、

水(みず)の移(い)動(どう)は自(し)然(ぜん)と止(と)まる。



杯(さかづき)を手(て)に持(も)って水(みず)を移(うつ)し替(か)えなくても、

ポンプで吸(す)い上(あ)げる必(ひつ)要(よう)もない。



水(すい)槽(そう)の底(てい)面(めん)から管(くだ)を繋(つな)げるものは

逆(ぎゃく)サイフォンと呼(よ)ぶ。



挿絵(By みてみん)



この仕(し)組(く)みで丘(おか)の上(うえ)に建(た)つ館(やかた)でも、

別(べつ)の高(たか)い位(い)置(ち)にある水(すい)槽(そう)から管(くだ)が繋(つな)げられて、

重(じゅう)力(りょく)によって水(みず)が供(きょう)給(きゅう)されていた。



逆(ぎゃく)サイフォンは他(ほか)にも

農(のう)地(ち)への水(みず)を均(きん)等(とう)に分(ぶん)配(ぱい)する分(ぶん)水(すい)施(し)設(せつ)や、

噴(ふん)水(すい)の装(そう)置(ち)にも利(り)用(よう)されている。



幼(おさな)い頃(ころ)に行(おこな)った実(じっ)験(けん)は成(せい)功(こう)したものの、

望(のぞ)んだ結(けっ)果(か)は得(え)られなかった。



乳(う)母(ば)達(たち)には水(みず)に濡(ぬ)れた床(ゆか)のせいで、

誤(ご)解(かい)されて理(り)解(かい)されずに失(しつ)望(ぼう)された。



「他(ほか)になにか知(し)ってる?」



「浴(よく)場(じょう)にあるガラスの姿(すがた)見(み)も載(の)ってたね。


 サイフォンを使(つか)っているけれど、

 ここではポンプは使(つか)わないの?」



「あの井(い)戸(ど)に往(おう)復(ふく)ポンプが備(そな)わってるよ。」



「あっ! あれがポンプなんだ…。」



蓋(ふた)のされた井(い)戸(ど)に置(お)かれたあの銅(どう)の瓶(かめ)と

長(なが)い柄(え)はディッパーではなく、

往(おう)復(ふく)ポンプだった。



挿絵(By みてみん)



スーが屈(くっ)曲(きょく)した柄(え)を上(じょう)下(げ)に動(うご)かして、

管(くだ)から水(みず)を出(だ)して見(み)せる。



「飲(の)み水(みず)としては使(つか)わないようにしてね。」



長(なが)い柄(え)を上(じょう)下(げ)させると、井(い)戸(ど)の水(すい)位(い)まで

長(なが)く伸(の)びた管(くだ)の中(なか)の空(くう)気(き)を吸(す)い上(あ)げ、

内(ない)部(ぶ)の圧(あつ)力(りょく)で水(みず)を汲(く)み上(あ)げる。



退(たい)化(か)の科(か)学(がく)論(ろん)に描(えが)かれた水(すい)力(りょく)機(き)械(かい)が、

実(じつ)在(ざい)する姿(すがた)をわたしは初(はじ)めて目(め)にした。



「清(せい)潔(けつ)を保(たも)つのも

 娼(しょう)館(かん)には大(たい)切(せつ)なことだからね。


 『若(わか)いからって気(き)を抜(ぬ)くと、

  すぐわたしみたいになるわよ。』

 って、オーナーが言(い)うんだよ。


 だからボイラー室(しつ)で作(つく)ったお湯(ゆ)は

 食(しょく)堂(どう)の隣(となり)の浴(よく)場(じょう)だけでもなく、

 ドレイプの個(こ)室(しつ)にも繋(つな)がってるよ。」



「部屋(へや)にもお湯(ゆ)が流(なが)れてるの?」



「サンサと、その下(した)で認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)してる

 北(ほく)端(たん)のボナの部屋(へや)には無(な)いんだよ。


 上(うえ)が5番(ばん)部屋(べや)で下(した)が10番(ばん)部屋(べや)ね。


 ドレイプの浸(つ)かったお湯(ゆ)を目(め)当(あ)てに、

 館(やかた)に侵(しん)入(にゅう)を企(たくら)むひとも出(で)るんだって。


 おかしなひとには気(き)をつけてね。」



「そんなひとが居(い)るんだ…。」



「ほら、館(やかた)を囲(かこ)んでる塀(へい)の先(さき)に

 鉄(てつ)の棘(とげ)が備(そな)わってるのは、

 侵(しん)入(にゅう)を防(ぼう)止(し)する目(もく)的(てき)だね。」



――脱(だっ)走(そう)防(ぼう)止(し)ではないのね…。



庭(にわ)には丸(まる)い石(いし)が敷(し)かれている。



下(か)流(りゅう)から採(さい)集(しゅう)される角(かど)の取(と)れた石(いし)。




子(こ)供(ども)達(たち)が水(みず)切(き)りをして遊(あそ)ぶ

平(たい)らな石(いし)もある。



わたしはその光(こう)景(けい)を塔(とう)の上(うえ)から眺(なが)めていた。



「夜(よる)になるとねぇ。ふふふ…。


 井(い)戸(ど)から侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が出(で)てきて、

 かれらが玉(たま)石(いし)を踏(ふ)むと、

 音(おと)が響(ひび)いてドレイプ棟(とう)にまで

 聞(き)こえてくるんだよぉ。」



声(こえ)を低(ひく)くして語(ご)気(き)を強(つよ)めるスー。



「ここは良(い)い庭(にわ)だね。」



「えっ? なんて?」



話(はなし)を聞(き)いて感(かん)心(しん)していると、

説(せつ)明(めい)したスーは驚(おどろ)いて訊(たず)ねてきた。



「玉(たま)石(いし)が敷(し)かれているから草(くさ)も生(は)えないし、

 洗(せん)濯(たく)をしていても砂(すな)埃(ぼこり)も立(た)たない。


 ここは高(たか)い木(ぼく)も無(な)いから、

 乾(かわ)いた風(かぜ)もよく通(とお)って

 洗(あら)った物(もの)は乾(かわ)きやすいし、

 だから足(あし)音(おと)も響(ひび)くんだね。


 侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が中(なか)から出(で)られないように、

 蓋(ふた)に留(と)め具(ぐ)をしておけば良(い)いと思(おもう)う。」



この庭(にわ)の造(つく)りは合(ごう)理(り)的(てき)で気(き)に入(い)り始(はじ)めた。



「…井(い)戸(ど)から侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が出(で)てくる、

 って想(そう)像(ぞう)したことない?


 怖(こわ)くないの?」



「だってこの館(やかた)には警(けい)備(び)が居(い)るよね。


 それなら彼(かれ)らに任(まか)せれば良(い)いよ。」



侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が出(で)てきたとして、

わたしがなにかできるとは思(おも)えない。



誰(だれ)かを助(たす)けられるほど勇(ゆう)敢(かん)ではしないし、

剣(けん)を握(にぎ)って戦(たたか)いを挑(いど)むほど無(む)謀(ぼう)ではない。



「警(けい)備(び)は兼(か)ねてるけど、

 主(おも)にドレイプやフランジの為(ため)の

 護(ご)衛(えい)だよ。」



「侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が出(で)てくるくらいなら、

 井(い)戸(ど)の中(なか)には湧(わ)き水(みず)以(い)外(がい)で

 水(すい)道(どう)かトンネルが掘(ほ)られてたりするの?


 出(で)入(い)りが出(で)来(き)るほど水(みず)が減(へ)るのなら、

 太(たい)陽(よう)や月(つき)の位(い)置(ち)に関(かか)わりがありそう。」



わたしの思(おも)いつきにスーが首(くび)を捻(ひね)った。



「潮(ちょう)汐(せき)は関(かん)係(けい)無(な)いよ。


 そう言(いえ)えば、最(さい)近(きん)は防(ぼう)犯(はん)に

 犬(いぬ)を飼(か)うひともいるよね。


 ついでにあっちの小(こ)屋(や)も

 見(み)ておこうか。」



言(い)ってスーが南(なん)西(せい)に向(む)かって前(まえ)を歩(ある)く。



「こっちがフランジの寝(しん)室(しつ)と端(はし)が教(きょう)育(いく)室(しつ)ね。


 まとめてフランジ棟(とう)とか、

 寝(しん)室(しつ)棟(とう)って呼(よ)ぶかな。」



東(ひがし)向(き)の扉(とびら)の数(かず)からすると、

1階(かい)は部屋(へや)が5個(こ)に分(わ)かれている。



挿絵(By みてみん)



教(きょう)育(いく)室(しつ)を除(のぞ)けば、

フランジは一(ひと)つの部屋(へや)に

4人(にん)ほどが詰(つ)め込(こ)まれる。



「レナタ達(たち)フランジが、

 一(いっ)緒(しょ)に寝(ね)泊(と)まりする場(ば)所(しょ)だね。」



「わたしも?」



「今朝(けさ)、それを話(はな)してたんだよ。


 ニクスは私(わたし)と一(いっ)緒(しょ)にサンサの部屋(へや)だって。


 それともみんなと一(いっ)緒(しょ)に

 こっちの方(ほう)が良(よ)かった?」



わたしは慌(あわ)てて首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



事(じ)情(じょう)を知(し)らない子(こ)供(ども)達(たち)相(あい)手(て)に、

出(しゅつ)自(じ)を詮(せん)索(さく)されても困(こま)る。



スーはなにも詮(せん)索(さく)せず、

彼(かの)女(じょ)が一(いっ)方(ぽう)的(てき)に喋(しゃべ)るおかげで、

わたしは必(ひつ)要(よう)以(い)上(じょう)に喋(しゃべ)らなくて済(す)んだ。



わたしが思(おも)い浮(う)かんだ疑(ぎ)問(もん)も、

彼(かの)女(じょ)からすぐに答(こた)えが返(かえ)ってきて

なんでも質(しつ)問(もん)してしまった。



逆(ぎゃく)に質(しつ)問(もん)される立(たち)場(ば)になったらきっと、

わたしはなにも答(こた)えられなかった。




 ▶

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