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金貨の娘  作者: 美穂
第1章 悪夢の檻

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第1章 第1節 丘上の館(第3項)

獣(けもの)の男(おとこ)とわたしに気(き)付(づ)いて、

金(きん)髪(ぱつ)の少(しょう)女(じょ)が振(ふ)り向(む)いた。



「あっ、サンサ?」



少(しょう)女(じょ)はすぐにテーブルに視(し)線(せん)を戻(もど)す。



後(こう)頭(とう)部(ぶ)で結(ゆ)った金(きん)の髪(かみ)が輝(かがや)き揺(ゆ)れる。



サンサと呼(よ)ばれた黒(くろ)髪(かみ)の少(しょう)女(じょ)が、

札(ふだ)遊(あそ)びの板(いた)切(き)れを天(てん)板(ばん)に広(ひろ)げていた。



奥(おく)の席(せき)の少(しょう)女(じょ)、サンサは

切(き)れ長(なが)の目(め)でわたしを見(み)る。



「仕(し)方(かた)がないでしょう。

 スー、お客(きゃく)さんよ。」



彼(かの)女(じょ)に説(と)かれて金(きん)髪(ぱつ)の、

スーと呼(よ)ばれた少(しょう)女(じょ)、

はテーブルの天(てん)板(ばん)に広(ひろ)げられた、

板(いた)切(き)れの札(ふだ)を片(かた)付(づ)け始(はじ)めた。



サンサは若(わか)い見(み)た目(め)の割(わり)に、

深(ふか)みのある落(お)ち着(つ)いた声(こえ)でスーを諭(さと)した。



サンサが顎(あご)を突(つ)き出(だ)し目(め)で呼(よ)び掛(か)けると、

獣(けもの)の男(おとこ)の大(おお)きな手(て)がわたしの右(みぎ)腕(うで)を掴(つか)んで、

彼(かの)女(じょ)達(たち)の前(まえ)に突(つ)き出(だ)した。



座(すわ)ったままサンサがわたしを見(み)上(あ)げる。



光(ひかり)を吸(す)い込(こ)む黒(くろ)い髪(かみ)に、

白(しろ)い肌(はだ)、冷(つめ)たい銀(ぎん)の瞳(ひとみ)。



髪(かみ)が顔(かお)を覆(おお)い、細(ほそ)い顎(あご)、

薄(うす)い唇(くちびる)の口(くち)元(もと)には小(ちい)さな黒(くろ)い点(てん)の

ホクロが見(み)える。



庭(にわ)に招(まね)いた銀(ぎん)髪(ぱつ)の少(しょう)女(じょ)と同(おな)じく、

彼(かの)女(じょ)も黒(くろ)色(いろ)のチュニックを着(き)ている。



首(くび)元(もと)が隠(かく)れるフリルで装(そう)飾(しょく)され、

肩(かた)には暗(くら)い黒(くろ)の豪(ごう)奢(しゃ)な飾(かざ)り布(ぬの)。



胸(むな)元(もと)に渡(わた)らせた銀(ぎん)糸(し)の飾(しょく)緒(しょ)が映(は)える。



飾(しょく)緒(しょ)は身(み)分(ぶん)の序(じょ)列(れつ)を示(しめ)す装(そう)飾(しょく)品(ひん)で、

子(こ)供(ども)が身(み)に着(つ)けられるものではない。



手(て)前(まえ)に座(すわ)る淡(たん)黄(おう)色(しょく)のキャシュクを着(き)た

金(きん)髪(ぱつ)のスーの方(ほう)がまだ成(せい)年(ねん)に見(み)えるのに、

彼(かの)女(じょ)は飾(しょく)緒(しょ)を渡(わた)らせてはいない。



――黒(くろ)髪(かみ)の子(こ)がこの邸(てい)宅(たく)の

  主(しゅ)人(じん)なのかしら…。



姿(し)勢(せい)が良(よ)く、

座(すわ)っているだけなのに気(き)品(ひん)を感(かん)じさせる。



「言(こと)葉(ば)は分(わ)かる?」



わたしは顎(あご)を引(ひ)いて目(め)を合(あ)わせ、

フレヤとレイヤが居(い)た時(とき)と勘(かん)違(ちが)いし、

大(たい)陸(りく)人(じん)向(む)けの同(どう)意(い)を示(しめ)してしまった。



深(ふか)い森(もり)の暗(くら)闇(やみ)のような黒(くろ)髪(かみ)のあいだから、

冷(つめ)たい銀(ぎん)の瞳(ひとみ)で覗(のぞ)き込(こ)まれる。



その目(め)が合(あ)った途(と)端(たん)に、背(せ)中(なか)が震(ふる)えた。



「あの…はい。」



長(なが)いあいだ喋(しゃべ)らなかった喉(のど)から、

掠(かす)れた低(ひく)い音(おと)が耳(みみ)に伝(つた)わる。



「食(しょく)事(じ)は済(す)ませた?」



「…はい。」



顎(あご)を引(ひ)いてから返(へん)事(じ)をした。



形(けい)容(よう)し難(にく)い感(かん)覚(かく)に襲(おそ)われて、

急(きゅう)に怖(こわ)くなって目(め)を伏(ふ)せた。



「あなたのご主(しゅ)人(じん)様(さま)の名(な)前(まえ)は分(わ)かる?」



「えっ…いいえ…。」



――ご主(しゅ)人(じん)様(さま)…。

  わたしは奴(ど)隷(れい)ではないわ。



わたしは彼(かの)女(じょ)が『ご主(しゅ)人(じん)様(さま)』と呼(よ)ぶような

誰(だれ)かに仕(つか)えてはいない。



視(し)線(せん)を下(さ)げて、短(みじか)い草(くさ)を踏(ふ)む

自(じ)分(ぶん)の汚(よご)れた素(す)足(あし)を見(み)た。



「顔(かお)を上(あ)げて、視(し)線(せん)を前(まえ)にして

 背(せ)筋(すじ)を伸(の)ばしなさい。


 肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)にはまず向(む)いてないわね。


 わたしの言(こと)葉(ば)の意(い)味(み)が分(わ)からなければ

 適(てき)宜(ぎ)、質(しつ)問(もん)していいわよ。


 大(たい)陸(りく)語(ご)の読(よ)み書(か)きはいくつできる?


 学(がっ)校(こう)か、家(か)庭(てい)教(きょう)師(し)から学(まな)んで、

 喋(しゃ)ることは可(か)能(のう)?」



「…いいえ。」顔(かお)を背(そむ)けたくなった。



わたしはお腹(なか)のあたりで両(りょう)手(て)を固(かた)く握(にぎ)り、

彼(かの)女(じょ)の頭(あたま)の先(さき)を見(み)て首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



「得(とく)意(い)な学(がく)問(もん)は?

 もし数(すう)学(がく)を得(とく)意(い)とするのなら、

 銀(ぎん)行(こう)屋(や)でも目(め)指(ざ)すべきね。


 生(せい)物(ぶつ)、倫(りん)理(り)、天(てん)文(もん)は得(とく)意(い)?

 …それとも思(し)想(そう)かしら。


 刺(し)繍(しゅう)か、園(えん)芸(げい)か、もしくは乗(じょう)馬(ば)は?

 貴(き)族(ぞく)なら嗜(たしな)み程(てい)度(ど)には習(なら)うものね。」



わたしは学(がっ)校(こう)に通(かよ)ったことも、

家(か)庭(てい)教(きょう)師(し)が居(い)たこともないので

また首(くび)を横(よこ)に振(ふ)る。



「女(おんな)でも動(どう)物(ぶつ)の飼(し)育(いく)や、

 解(かい)体(たい)を得(とく)意(い)とするのも良(い)いわね。


 機(はた)織(お)りくらいの経(けい)験(けん)はあるかしら?」



塔(とう)で独(ひと)りで暮(く)らしていたけれど、

労(ろう)働(どう)の経(けい)験(けん)もない。



「料(りょう)理(り)、掃(そう)除(じ)、下(した)働(ばたら)きは?


 楽(がっ)器(き)は弾(ひ)ける?

 叩(たた)く太(たい)鼓(こ)も持(も)っていないでしょう。


 男(おとこ)を相(あい)手(て)に踊(おど)ったことも無(な)いわよね。


 その服(ふく)は誰(だれ)が用(よう)意(い)したの?

 誰(だれ)かに買(か)って貰(もら)ったもの?


 今日(きょう)寝(ね)る場(ば)所(しょ)は?

 明日(あした)食(た)べる物(もの)は?


 ここであなたに、なにができる?」



彼(かの)女(じょ)から投(な)げつけられた多(おお)くの質(しつ)問(もん)に、

なに一(ひと)つ答(こた)えられない。



――彼(かの)女(じょ)になにかを試(ため)されている。



わたしと年(ねん)齢(れい)にあまり差(さ)もないはずなのに、

ずっと年(とし)上(うえ)のような大人(おとな)の風(ふう)采(さい)が

サンサにはある。



彼(かの)女(じょ)の決(けっ)して高(たか)くない声(せい)質(しつ)が、

そう思(おも)わせるのかもしれない。



「あなたの家(か)族(ぞく)は? 後(こう)見(けん)人(にん)は居(い)る?」



「いいえ、…その、分(わ)かりません…。」



返(へん)答(とう)に詰(つ)まるわたしに

サンサは苛(いら)立(だ)ったのか、

テーブルを指(ゆび)先(さき)で小(こ)突(づ)き始(はじ)めた。



「この館(やかた)の者(もの)は誰(だれ)であっても賢(かしこ)く務(つと)め、

 身(み)分(ぶん)に関(かん)係(けい)なく働(はたら)かなければいけない。


 ここはあなたのお城(しろ)ではないからね。」



サンサはわたしに現(げん)実(じつ)を突(つ)きつける。



――わたしはなにもできない…。



彼(かの)女(じょ)の厳(きび)しい言(こと)葉(ば)や態(たい)度(ど)に反(はん)して

近(ちか)くのスーは微(び)笑(しょう)したのだけれど、

わたしはこの状(じょう)況(きょう)を受(う)け入(い)れられない。



「ねぇ、サンサ。

 この子(こ)は、お客(きゃく)さんなんでしょ?」



「スーってば、

 面(めん)談(だん)中(ちゅう)なのだから口(くち)を挟(はさ)まないで。


 質(しつ)問(もん)を変(か)えましょうか。

 あなたの名(な)前(まえ)は?」



「…ニクス。」



わたしの名(な)前(まえ)は『ピッピ』ではない。



「夜(よる)の女(め)神(がみ)?


 近(ちか)付(づ)いて、手(て)を出(だ)して。

 うん。…細(ほそ)いわね。


 胸(むね)に触(さわ)るけれど、

 軽(かる)く診(み)るだけだから驚(おどろ)かないでよ。


 大(おお)きく息(いき)を吸(す)って、焦(あせ)らずに吐(は)いて。


 問(もん)題(だい)ないわね。

 ニクス、あなたの年(ねん)齢(れい)は?」



「15…。」



この答(こた)えにサンサは表(ひょう)情(じょう)を厳(きび)しくする。



いまになってわたしは

自(じ)分(ぶん)の放(はな)つ体(たい)臭(しゅう)が気(き)になって、

密(ひそ)かに鼻(はな)を鳴(な)らして嗅(か)ぐと

反(はん)射(しゃ)で息(いき)を止(と)めた。



「年(ねん)齢(れい)の割(わり)に乏(とぼ)しいからかしら。

 レナと同(おな)じくらいに幼(おさな)く見(み)えるわね。


 ニクスと名(な)付(づ)けた

 母(はは)の名(な)前(まえ)は? 父(ちち)は?」



「母(はは)の名(な)は知(し)らない。

 父(ちち)はケイロウ。」



挿絵(By みてみん)



惨(みじ)めさが込(こ)み上(あ)げて、

強(つよ)めの口(く)調(ちょう)で言(い)った。



わたしが口(くち)にした父(ちち)の名(な)前(まえ)になにも言(い)わず、

サンサは左(ひだり)手(て)で右(みぎ)肩(かた)の飾(かざ)り布(ぬの)に触(ふ)れた。



可(か)能(のう)な限(かぎ)り注(ちゅう)視(し)を避(さ)けていた、

右(みぎ)肩(かた)に斜(なな)めに掛(か)けた飾(かざ)り布(ぬの)。



彼(かの)女(じょ)には右(みぎ)腕(うで)がない。



チュニックの袖(そで)から先(さき)は

飾(かざ)り布(ぬの)で覆(おお)い隠(かく)しているけれど、

腕(うで)の膨(ふく)らみがないのが分(わ)かる。



「…スー。」



「はい。」



テーブルの札(ふだ)を片(かた)付(づ)け終(お)えたスーが

わたしの隣(となり)に立(た)つ。



――なにか、おかしい。



「今日(きょう)はこの子(こ)の世(せ)話(わ)を頼(たの)むわ。」



「良(い)いの?」



瞬(まばた)きをするスーは

困(こん)惑(わく)の表(ひょう)情(じょう)を浮(う)かべつつも、

口(くち)元(もと)の緩(ゆる)みを抑(おさ)えきれずにいる。



「いま頼(たの)めるのはあなたしか居(い)ないもの。


 わたしはルービィに

 報(ほう)告(こく)しないといけないわ。


 必(ひつ)要(よう)なものはレナに伝(つた)えておく。」



「はぁい。」



席(せき)を立(た)ったサンサ。



彼(かの)女(じょ)に続(つづ)いて黒(くろ)猫(ねこ)も椅(い)子(す)を降(お)りて

足(あし)元(もと)をついて歩(ある)く。



銀(ぎん)色(いろ)の紐(ひも)、飾(しょく)緒(しょ)を首(くび)輪(わ)にして、

細(ほそ)い体に長(なが)い尻尾(しっぽ)を振(ふ)る。



「ラッガ。長(なが)旅(たび)ご苦(く)労(ろう)さま。」



近(ちか)くでラッガと呼(よ)ばれた

獣(けもの)の男(おとこ)と話(はなし)を始(はじ)めると、

サンサは帯(おび)布(ぬの)の中(なか)から袋(ふくろ)を取(と)り出(だ)して、

片(かた)手(て)で器(き)用(よう)に中(なか)身(み)の金(きん)貨(か)を渡(わた)した。



わたしはその行(こう)為(い)の意(い)味(み)を理(り)解(かい)した。



――あぁ、やっぱり。



「私(わたし)の名(な)前(まえ)はメリエ・ハス・スース。

 スースは『流(なが)れ星(ぼし)』って意(い)味(み)だよ。


 彗(すい)星(せい)や流(りゅう)星(せい)群(ぐん)って見(み)たことある?


 あなたより一(ひと)つ年(とし)上(うえ)だけど、

 気(き)にせずスーって呼(よ)んでね。


 あっちはサンサ。

 黒(くろ)猫(ねこ)はアルっていうの。


 サンサはエルテル領(りょう)の領(りょう)主(しゅ)の養(よう)女(じょ)だよ。


 あっ! でも本(ほん)人(にん)の居(い)ない場(ば)所(しょ)で、

 本(ほん)人(にん)の許(きょ)可(か)なく私(わたし)が言(い)うのは良(よ)くないね。


 あとで彼(かの)女(じょ)から自(じ)己(こ)紹(しょう)介(かい)があるはずだよ。


 急(きゅう)に色(いろ)々(いろ)言(い)われても、

 すぐには分(わ)からないよね。


 あなたの名(な)前(まえ)は聞(き)いてたよ。


 『夜(よる)の女(め)神(がみ)』と同(おな)じ名(な)前(まえ)だね、ニクス。」



初(しょ)対(たい)面(めん)でも関(かん)係(けい)なく捲(まく)し立(た)てるスー。



よく喋(しゃべ)り、笑(え)顔(がお)を絶(た)やさず、崩(くず)さない。



「スー。」



黒(くろ)猫(ねこ)のアルを抱(かか)えるサンサが彼(かの)女(じょ)を呼(よ)んだ。



狩(しゅ)猟(りょう)と貞(てい)潔(けつ)の女(め)神(がみ)の名(な)前(まえ)を持(も)つ猫(ねこ)のアルが、

月(つき)のような金(こん)色(じき)の目(め)を輝(かがや)かせる。



「わたしはこれから出(で)掛(か)けるから、

 あとは頼(たの)んだわね。


 夜(よる)には帰(かえ)るわ。」



「分(わ)かった。

 行(い)ってらっしゃい。」



獣(けもの)の男(おとこ)も庭(てい)園(えん)を去(さ)り、

わたしは取(と)り残(のこ)されて背(せ)中(なか)を見(み)送(おく)る。



「わっ。」



突(とつ)然(ぜん)スーに右(みぎ)腕(うで)を引(ひ)っ張(ぱ)られ、

わたしは倒(たお)れて彼(かの)女(じょ)の胸(むね)に寄(よ)りかかった。



「さぁ、こっちに来(き)て。

 一(いっ)緒(しょ)にお風(ふ)呂(ろ)に入(はい)ろうか。


 浴(よく)場(じょう)の掃(そう)除(じ)が終(お)わって、

 丁(ちょう)度(ど)用(よう)意(い)してあるんだよ。」



銀(ぎん)髪(ぱつ)の少(しょう)女(じょ)と並(なら)ぶサンサ。



彼(かの)女(じょ)が獣(けもの)の男(おとこ)、ラッガに金(きん)貨(か)を渡(わた)した

あの光(こう)景(けい)が頭(あたま)から離(はな)れない。



――わたしは売(う)られたのね…。



挿絵(By みてみん)




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