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金貨の娘  作者: 美穂
第1章 悪夢の檻

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第1章 第1節 丘上の館(第2項)

鼻(び)腔(くう)には、檻(おり)の臭(しゅう)気(き)が張(は)りついていた。



日(ひ)が経(た)てば臭(しゅう)気(き)は薄(うす)まったけれど、

地(ち)下(か)の牢(ろう)檻(かん)に戻(もど)りたいという思(おも)いは

日(ひ)に日(ひ)に濃(こ)くなっていく。



そんなわたしの願(がん)望(ぼう)に関(かん)係(けい)なく、

馬(ば)車(しゃ)は何(なん)日(にち)も掛(か)けて東(ひがし)へと進(すす)んでいる。



わたしは身体(からだ)を起(お)こせるようになって、

食(しょく)事(じ)も固(こ)形(けい)物(ぶつ)が消(しょう)化(か)できた。



馬(ば)車(しゃ)での移(い)動(どう)や昼(ひる)の光(ひかり)にも目(め)が慣(な)れて、

二人(ふたり)の女(おんな)の顔(かお)も見(み)分(わ)けがついた。



胸(きょう)甲(こう)をした濃(こ)い肌(はだ)の小(こ)柄(がら)な女(おんな)は

この二人(ふたり)の行(こう)動(どう)を監(かん)視(し)するだけで、

欠伸(あくび)を堪(こら)えながら剣(けん)の鞘(さや)を拭(ふ)くなど、

一(ひと)言(こと)も喋(しゃべ)らずに退(たい)屈(くつ)にしている。



二人(ふたり)の娘(むすめ)の名(な)前(まえ)は、

フレヤとレイヤという。



根(ね)元(もと)まで綺(き)麗(れい)な金(こん)色(じき)の髪(かみ)に、

薄(うす)い青(あお)と緑(みどり)の混(ま)ざった明(あか)るい碧(へき)色(しょく)の瞳(ひとみ)。



彫(ほ)りのある大(たい)陸(りく)系(けい)の顔(かお)で、

耳(みみ)は逆(ぎゃく)三(さん)角(かく)形(けい)になっている。



姉(あね)のフレヤは肌(はだ)が白(しろ)くて繊(せん)細(さい)で、

妹(いもうと)のレイヤは日(ひ)に焼(や)けていて、

二人(ふたり)の所(しょ)作(さ)には気(き)品(ひん)を感(かん)じる。



わたしは二人(ふたり)から『ピッピ』と呼(よ)ばれた。



小(こ)鳥(とり)の囀(さえず)りを表(あらわ)す語(ご)で、

わたしはそんな名(な)前(まえ)ではないのに、

この二人(ふたり)に呼(よ)ばれて顔(かお)を向(む)けた。



顎(あご)を引(ひ)いて目(め)を見(み)れば同(どう)意(い)を示(しめ)し、

両(りょう)の唇(くちびる)を軽(かる)く噛(か)んで目(め)を逸(そ)らせば

拒(きょ)否(ひ)を示(しめ)す。



異(い)国(こく)の二人(ふたり)とは返(へん)事(じ)の方(ほう)法(ほう)が異(こと)なるので、

わたしはこの動(どう)作(さ)を真似(まね)した。



細(ほそ)い身体(からだ)に豊(ゆた)かな胸(むね)の女(おんな)達(たち)は、

柔(やわ)らかく厚(あつ)い生(き)地(じ)のチュニックを着(き)ている。



本(ほん)来(らい)ならば肩(かた)に掛(か)ける飾(かざ)り布(ぬの)を、

首(くび)に巻(ま)いて大(たい)陸(りく)人(じん)らしい着(き)飾(かざ)りをする。



やや日(ひ)焼(や)けした肌(はだ)の妹(いもうと)のレイヤが、

獣(けもの)の男(おとこ)の腕(うで)を抱(だ)き寄(よ)せる。



姉(あね)のフレヤは

それが気(き)に入(い)らない様(よう)子(す)だった。



大(たい)陸(りく)の言(こと)葉(ば)でなにやら罵(ば)声(せい)を浴(あ)びせ、

獣(けもの)の男(おとこ)からレイヤを引(ひ)き剥(は)がそうとする。



――二人(ふたり)は奴(ど)隷(れい)…では無(な)いのよね?



わたしも、彼(かの)女(じょ)達(たち)と同(おな)じく

新(あたら)しいチュニックを着(き)せられた。



彼(かの)女(じょ)達(たち)ほど生(き)地(じ)は良(よ)くないけれど、

裾(すそ)は足(あし)を覆(おお)い、襟(えり)は綺(き)麗(れい)に処(しょ)理(り)されている。



首(くび)は痛(いた)くならないし、

両(りょう)脇(わき)は隙(すき)間(ま)なく縫(ぬ)われて

冷(つめ)たい風(かぜ)が入(はい)り込(こ)まない。



賑(にぎ)やかな馬(ば)車(しゃ)の中(なか)で、

過(す)ぎていく景色(けしき)を眺(なが)めた。



枯(か)れた畑(はたけ)と木(き)々(ぎ)が遠(とお)く、小(ちい)さくなっていく。



村(そん)落(らく)をいくつか越(こ)えて移(い)動(どう)を続(つづ)けていると、

巨(きょ)大(だい)な壁(かべ)が視(し)界(かい)を覆(おお)う。



川(かわ)沿(ぞ)いの道(みち)を進(すす)み、防(ぼう)壁(へき)にある

巨(きょ)大(だい)な曲線(アーチ)構(こう)造(ぞう)の門(もん)を通(とお)ると

眩(まばゆ)い光(ひかり)が目(め)に飛(と)び込(こ)んできた。



露(ろ)天(てん)商(しょう)の集(あつ)まる広(ひろ)場(ば)。



野(や)菜(さい)を売(う)る行(ぎょう)商(しょう)人(にん)。



様(さま)々(ざま)な色(いろ)の布(ぬの)や花(はな)が売(う)られている。



染(せん)色(しょく)された布(ぬの)を店(みせ)先(さき)に飾(かざ)り、

歩(ある)くひとは色(いろ)鮮(あざ)やかな飾(かざ)り布(ぬの)を肩(かた)に掛(か)ける。



多(た)彩(さい)な色(いろ)が生(う)み出(だ)す街(まち)の景色(けしき)。



ひとと共(とも)に色(いろ)が流(なが)れて目(め)が眩(くら)む。



塔(とう)や城(しろ)ほど高(たか)い建(たて)物(もの)のあいだには、

馬(ば)車(しゃ)が擦(す)れ違(ちが)う広(ひろ)い車(しゃ)道(どう)があって、

車(くるま)は何(なん)台(だい)も、何(なん)十(じゅう)台(だい)も忙(いそが)しく行(ゆ)き交(か)う。



フレヤとレイヤが車(しゃ)内(ない)の紐(ひも)を解(ほど)いて、

布(ぬの)の窓(まど)から建(たて)物(もの)を見(み)るので、

わたしも流(なが)れ行(ゆ)く空(そら)を眺(なが)めた。



――ここはどこの都(と)市(し)かしら…。



馬(ば)車(しゃ)は大(おお)通(どお)りを抜(ぬ)けて橋(はし)を渡(わた)る。



老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)が塔(とう)を指(し)示(じ)し、

獣(けもの)の男(おとこ)がそれを見(み)上(あ)げた。



川(かわ)と川(かわ)に挟(はさ)まれた島(しま)に建(た)つ、

六(ろっ)角(かく)柱(ちゅう)の塔(とう)を横(よこ)切(ぎ)った。



見(み)上(あ)げた塔(とう)の展(てん)望(ぼう)台(だい)から

ロープが降(お)りてきて、そこには

白(しろ)色(いろ)の帯(おび)が吊(つ)り下(さ)げられる。



天(てん)蓋(がい)山(さん)ほどの雄(ゆう)大(だい)さはなくても、

防(ぼう)壁(へき)と同(おな)じく建(けん)造(ぞう)物(ぶつ)の大(おお)きさと高(たか)さに、

わたしは静(しず)かに感(かん)嘆(たん)して見(み)上(あ)げた。



買(か)ったばかりの焼(や)き立(た)てのパンが、

塔(とう)を見(み)ていたわたしの口(くち)から零(こぼ)れ落(お)ちた。



この頃(ころ)には、揺(ゆ)れる馬(ば)車(しゃ)の中(なか)での

簡(かん)単(たん)な食(しょく)事(じ)にも慣(な)れた気(き)がしていた。



『ピッピ。これ。食(く)え。』



溢(こぼ)したパンを、姉(あね)のフレヤが

わたしの口(くち)に捻(ねじ)り込(こ)んでくる。



焼(や)き立(た)てであっても、

落(お)ちたものを食(た)べる習(しゅう)慣(かん)はない。



塔(とう)から見(み)下(お)ろす食(しょく)事(じ)の経(けい)験(けん)はあっても、

塔(とう)を見(み)上(あ)げる食(しょく)事(じ)の経(けい)験(けん)はなかった。



口(くち)に入(い)れられたパンを

不(ふ)満(まん)に思(おも)って食(た)べるわたしを見(み)て、

フレヤは満(まん)足(ぞく)して顎(あご)を引(ひ)いた。



このやり取(と)りを見(み)た妹(いもうと)のレイヤが、

姉(あね)の真似(まね)をして自(じ)分(ぶん)のパンを

わたしの口(くち)に捻(ねじ)り込(こ)んできた。



異(い)国(こく)から来(き)た彼(かの)女(じょ)達(たち)と、

言(こと)葉(ば)を交(か)わす必(ひつ)要(よう)はなかった。



寝(ね)たきりのわたしを二人(ふたり)が介(かい)助(じょ)をしてくれ、

穏(おだ)やかな移(い)動(どう)にも慣(な)れてきた。



馬(ば)車(しゃ)は街(まち)の中(なか)の島(しま)を渡(わた)り、

また橋(はし)と川(かわ)を渡(わた)れば景色(けしき)は変(か)わって、

緑(みどり)が豊(ゆた)かで高(たか)い塀(へい)の並(なら)ぶ邸(てい)宅(たく)地(ち)に出(で)た。



坂(さか)を上(のぼ)りきると、馬(ば)車(しゃ)が広(ひろ)場(ば)に止(と)まる。



広(ひろ)場(ば)は城(しろ)の庭(てい)園(えん)で催(もよお)されるという、

生(せい)誕(たん)祭(さい)のように賑(にぎ)やかだった。



周(しゅう)囲(い)にはミュームの果(か)樹(じゅ)の

白(しろ)い花(はな)が枝(えだ)を覆(おお)うほどに咲(さ)き乱(みだ)れて、

仄(ほの)かに甘(あま)い香(かお)りを漂(ただよ)わせている。



挿絵(By みてみん)



花(はな)を酒(さけ)の共(とも)にして木(き)登(のぼ)りを行(おこな)う者(もの)、

絨(じゅう)毯(たん)を広(ひろ)げて酒(しゅ)宴(えん)を行(おこな)う者(もの)達(たち)が居(い)る。



男(おとこ)が大(おお)声(ごえ)で歌(うた)い、踊(おど)る女(おんな)を誘(さそ)う。



中(ちゅう)老(ろう)の肥(ひ)満(まん)男(おとこ)が絨(じゅう)毯(たん)の上(うえ)で横(おう)臥(が)して、

女(おんな)達(たち)から与(あた)えられた塩(しお)漬(づ)け肉(にく)を、

雛(ひな)鳥(どり)のように求(もと)めて頬(ほお)張(ば)る。



挿絵(By みてみん)



笛(ふえ)を咥(くわ)えて鳴(な)らす男(おとこ)と、棒(ぼう)を握(にぎ)り締(し)めて

股(また)に挟(はさ)んだ太(たい)鼓(こ)を打(う)つ女(おんな)。



男(だん)女(じょ)共(とも)に頭巾(フード)で髪(かみ)を軽(かる)く覆(おお)い、

薄(うす)い宝飾巾(ヴェール)で鼻(び)口(こう)を隠(かく)す。



頭巾(フード)や宝飾巾(ヴェール)は宝(ほう)石(せき)や装(そう)飾(しょく)品(ひん)を運(はこ)ぶ際(さい)に

擦(す)れ瑕(きず)から品(しな)物(もの)を守(まも)る、タオルと同(おな)じ

パイル生(き)地(じ)の布(ぬの)切(き)れが由(ゆ)来(らい)とされる。



厚(あつ)いパイル生(き)地(じ)以(い)外(がい)に、

薄(うす)く頬(ほお)まで透(す)けるチュール生(き)地(じ)も

宝飾巾(ヴェール)と呼(よ)ばれ、使(つか)われている。



『ハーフガンは夢(ゆめ)を見(み)る。

 酒(さか)樽(だる)抱(だ)いて宝(たから)の夢(ゆめ)。』



陽(よう)気(き)な光(こう)景(けい)を見(み)ても、

フレヤとレイヤは良(い)い顔(かお)をしていない。



首(くび)に巻(ま)いた飾(かざ)り布(ぬの)で口(くち)元(もと)を隠(かく)して、

怪(け)訝(げん)な表(ひょう)情(じょう)をしている。



『ハーフガンは酒(さけ)浸(びた)り。

 今日(きょう)もちびちび、ぐでんぐでん。』



肌(はだ)着(ぎ)姿(すがた)で陽(よう)気(き)に踊(おど)る男(おとこ)は品(ひん)がない。



ある女(おんな)は門(もん)前(ぜん)に立(た)つ警(けい)備(び)の男(おとこ)に

見(み)つからないように、ミュームの枝(えだ)を

折(お)ると胸(むな)元(もと)に飾(かざ)って自(じ)慢(まん)する。



またある男(おとこ)は臀(でん)部(ぶ)を露(ろ)出(しゅつ)し

木(き)に向(む)かって排(はい)泄(せつ)を始(はじ)めると、

警(けい)備(び)は仲(なか)間(ま)に呼(よ)びかけ

男(おとこ)を叩(たた)いて追(お)い出(だ)した。



ここは酒(しゅ)宴(えん)の為(ため)の広(ひろ)場(ば)ではなく、

大(おお)きな館(やかた)の敷(しき)地(ち)だった。



――あれは、甲(こう)虫(ちゅう)…?



挿絵(By みてみん)



丸(まる)が上(じょう)下(げ)に半(はん)分(ぶん)と、その中(ちゅう)心(しん)から下(した)側(がわ)が、

左(さ)右(ゆう)に別(わか)れて3分(ぶん)割(かつ)された図(ず)柄(がら)の旗(はた)。



門(もん)の柱(はしら)には緑(みどり)の布(ぬの)に白(しろ)の糸(いと)で縫(ぬ)われた、

甲(こう)虫(ちゅう)の背(せ)中(なか)らしき繍(しゅう)旗(き)が掲(かか)げられる。



1色(しょく)の布(ぬの)地(じ)に白(しら)糸(いと)で縫(ぬ)われる繍(しゅう)旗(き)は

国(くに)や領(りょう)地(ち)、所(しょ)属(ぞく)を示(しめ)す目(もく)的(てき)で掲(かか)げ、

質(しっ)素(そ)な図(ず)柄(がら)には高(たか)い技(ぎ)術(じゅつ)が求(もと)められる。



館(やかた)の塀(へい)の先(さき)には鉄(てつ)の棘(とげ)が並(なら)んでいた。



「来(こ)い。歩(ある)けるだろ。」



わたしはフレヤとレイヤに

両(りょう)脇(わき)を抱(かか)えられて馬(ば)車(しゃ)を降(お)り、

獣(けもの)の男(おとこ)の後(うし)ろをついて素(す)足(あし)で歩(ある)いた。



冷(つめ)たい水(すい)平(へい)な石(いし)床(ゆか)の上(うえ)を歩(ある)くと、

馬(ば)車(しゃ)の揺(ゆ)れが身体(からだ)に残(のこ)って

湖(こ)上(じょう)のように揺(ゆ)れた。



まるで歩(ある)き方(かた)を忘(わす)れてしまったのか、

自(じ)分(ぶん)の身体(からだ)とは思(おも)えないほど

不(ふ)思(し)議(ぎ)な感(かん)覚(かく)に襲(おそ)われる。



長(なが)く馬(ば)車(しゃ)に乗(の)って寝(ね)ていただけの

わたしの三(さん)半(はん)規(き)管(かん)は弱(よわ)って、

平(へい)衡(こう)感(かん)覚(かく)が狂(くる)っていた。



フレヤとレイヤは馬(ば)車(しゃ)から降(お)りず、

疑(ぎ)問(もん)に思(おも)い何(なん)度(ど)か二人(ふたり)の姿(すがた)を見(み)た。



馬(ば)車(しゃ)の中(なか)から手(て)を振(ふ)って見(み)送(おく)られ、

それが二人(ふたり)との別(わか)れだと察(さっ)した。



彼(かの)女(じょ)達(たち)がどこから来(き)た何(なに)者(もの)なのか、

分(わ)からないままになってしまった。



わたしは大(たい)陸(りく)の言(こと)葉(ば)を探(さが)す。



異(い)国(こく)の二人(ふたり)に大(たい)陸(りく)語(ご)で別(わか)れの挨(あい)拶(さつ)もできず、

足(あし)を止(と)めて振(ふ)り向(む)き、深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げる。



自(じ)分(ぶん)の愚(おろ)かさと恥(は)ずかしさに耐(た)えられず、

門(もん)扉(ぴ)に向(む)かって足(あし)早(ばや)に歩(ある)いて逃(に)げた。



邸(てい)宅(たく)の黒(くろ)く塗(ぬ)られた門(もん)扉(ぴ)に近(ちか)付(づ)く前(まえ)に、

浮(ふ)浪(ろう)者(しゃ)のような服(ふく)装(そう)の中(ちゅう)年(ねん)の酔(よ)っ払(ぱら)いが、

わたしの前(まえ)に立(た)ち塞(ふさ)がる。



挿絵(By みてみん)



花(はな)を見(み)て飲(の)んでいる陽(よう)気(き)なひと達(たち)とは、

様(よう)子(す)の異(こと)なる酔(よ)っ払(ぱら)い。



服(ふく)は汚(よご)れたキャシュクで、飾(かざ)り布(ぬの)もせず、

口(くち)周(まわ)りの髭(ひげ)も手(て)入(い)れをしていない。



キャシュクは胸(むな)毛(げ)を見(み)せるほど開(あ)け、

短(みじか)い裾(すそ)で荒(あら)々(あら)しい膝(ひざ)が出(で)ていた。



酒(さけ)と体(たい)臭(しゅう)が空(くう)気(き)に混(ま)ざって漂(ただよ)ってくる。



黒(くろ)髪(かみ)の寝(ね)癖(ぐせ)頭(あたま)が逆(さか)立(だ)ち、

深(ふか)い藍(あい)色(いろ)の目(め)の周(まわ)りは赤(あか)黒(ぐろ)く充(じゅう)血(けつ)して、

わたしを見(み)てはなにかを呻(うめ)いている。



長(なが)い剣(けん)を佩(は)いた酔(よ)っ払(ぱら)いが相(あい)手(て)でも、

獣(けもの)の男(おとこ)はその顔(かお)と体(たい)格(かく)だけで威(い)嚇(かく)する。



この酔(よ)っ払(ぱら)いは、真(まっ)直(すぐ)に立(た)つことが

できないほど酔(よ)っている。



二人(ふたり)が睨(にら)み合(あ)っているあいだに、

別(べつ)の馬(ば)車(しゃ)から二人(ふたり)の女(おんな)が降(お)りてきた。



挿絵(By みてみん)



頭巾(フード)と顔(かお)を隠(かく)す宝飾巾(ヴェール)をした

肉(にく)付(づ)きの良(い)い大人(おとな)の女(おんな)と、銀(ぎん)の髪(かみ)の少(しょう)女(じょ)。



少(しょう)女(じょ)は白(しろ)い陶(とう)磁(じ)器(き)の瓶(かめ)を抱(かか)えている。



なにも言(い)わずに近(ちか)付(づ)いてきた大人(おとな)の女(おんな)は、

艶(つや)やかな赤(せき)褐(かっ)色(しょく)の靴(くつ)の足(そく)底(てい)で、

酔(よ)って揺(ゆ)れ立(た)つ男(おとこ)の脹脛(ふくらはぎ)を蹴(け)った。



男(おとこ)は跪(ひざまず)き、地(じ)面(めん)に突(つ)っ伏(ぷ)して倒(たお)れてしまう。



そこへ瓶(かめ)を持(も)ってきた銀(ぎん)髪(ぱつ)の少(しょう)女(じょ)が、

中(なか)の水(みず)を男(おとこ)に浴(あ)びせた。



挿絵(By みてみん)



頭巾(フード)からは赤(あか)髪(がみ)を見(み)せる美(うつく)しい女(おんな)は

男(おとこ)をサンダルで踏(ふ)みつけると、

宝飾巾(ヴェール)の奥(おく)から体(たい)液(えき)を嘔(おう)吐(と)する。



どちらが酔(よ)っ払(ぱら)いか分(わ)からない。



『ハーフガンは酔(よ)い覚(さ)ます。

 目(め)覚(ざ)めて宝(たから)はどこへやら。』



近(ちか)くにいた陽(よう)気(き)なひと達(たち)が笑(わら)い、

騒(さわ)ぐ酔(よ)っ払(ぱら)いを見(み)て大(おお)声(ごえ)で歌(うた)う。



獣(けもの)の男(おとこ)とわたしだけが

銀(ぎん)髪(ぱつ)の少(しょう)女(じょ)に導(みちび)かれて、

門(もん)から邸(てい)宅(たく)の敷(しき)地(ち)に入(い)れられた。



まだ白(しろ)目(め)の青(あお)が濃(こ)く残(のこ)る少(しょう)女(じょ)。



質(しつ)の良(よ)い黒(くろ)のチュニック。



皺(しわ)によって輝(かがや)く生(き)地(じ)が身体(からだ)を包(つつ)み、

豊(ゆた)かな銀(ぎん)髪(ぱつ)を揺(ゆ)らして前(まえ)を歩(ある)いた。



広(ひろ)い玄(げん)関(かん)を抜(ぬ)けると、

目(め)の前(まえ)は建(たて)物(もの)を南(なん)北(ぼく)に繋(つな)げる

コンクリートの廊(ろう)下(か)が伸(の)びる。



挿絵(By みてみん)



中(なか)庭(にわ)に入(はい)ってすぐに

少(しょう)女(じょ)はハンドベルを手(て)にして、

澄(す)んだ音(おと)を庭(にわ)に響(ひび)かせると

使(し)用(よう)人(にん)らしき女(おんな)達(たち)が深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げる。


挿絵(By みてみん)



肉(にく)厚(あつ)な濃(こ)い緑(みどり)の葉(は)に、真赤(まっか)な花(はな)を咲(さ)かせた

カミーリャの木(き)がわたしを出(で)迎(むか)えた。



カミーリャは、寒(さむ)さの厳(きび)しい南(なん)部(ぶ)の冬(ふゆ)でも

鮮(あざ)やかな花(はな)が開(ひら)く植(しょく)物(ぶつ)として好(この)まれる。



咲(さ)いた花(はな)は、花(はな)首(くび)ごと地(じ)面(めん)に落(お)ちても

その形(かたち)を保(たも)っていた。



挿絵(By みてみん)



東(とう)西(ざい)に緑(みどり)の敷(し)かれた庭(にわ)が二(ふた)つある。



挿絵(By みてみん)



東(ひがし)側(がわ)の庭(てい)園(えん)の中(ちゅう)央(おう)には噴(ふん)水(すい)。

低(てい)木(ぼく)と花(か)園(えん)の蕾(つぼみ)が綻(ほころ)びを見(み)せる。



西(にし)側(がわ)の庭(てい)園(えん)の北(きた)側(がわ)には、

噴(ふん)水(すい)の代(か)わりに円(えん)形(けい)のテーブル席(せき)。



その席(せき)に座(すわ)って、金(きん)髪(ぱつ)と黒(くろ)髪(かみ)の、

二人(ふたり)の少(しょう)女(じょ)が札(ふだ)遊(あそ)びに興(きょう)じていた。



挿絵(By みてみん)



奥(おく)に座(すわ)る黒(くろ)髪(かみ)の少(しょう)女(じょ)が、

冷(つめ)たい瞳(ひとみ)でわたしに目(め)を合(あ)わせる。



二人(ふたり)のあいだの席(せき)に座(すわ)っていた黒(くろ)猫(ねこ)が、

金(こん)色(じき)の瞳(ひとみ)でわたしを見(み)ると、

ミャオと鳴(な)いた。



挿絵(By みてみん)




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