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金貨の娘  作者: 美穂
第8章 泥濘の澱

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第8章 第4節 偽証の罪(第1項)

――冬(ふゆ)を前(まえ)にした肌(はだ)寒(ざむ)い朝(あさ)の、

  濃(こ)い霧(きり)の日(ひ)だった。



晴(は)れた日(ひ)の早(そう)朝(ちょう)は、

空(くう)気(き)中(ちゅう)の蒸(じょう)気(き)が冷(ひ)やされて、

湖(みずうみ)の周(しゅう)囲(い)は濃(こ)い霧(きり)に包(つつ)まれる。



干(ほし)し草(くさ)を敷(し)いた寝(ね)椅(い)子(す)と共(とも)に

艀(はしけ)に乗(の)せられたわたしは、

城(しろ)へと移(うつ)り住(す)むことになった。



湖(みずうみ)の西(にし)に建(た)つ塔(とう)から城(しろ)への移(い)住(じゅう)に伴(ともな)い、

司(し)書(しょ)官(かん)のゴレムが持(も)ち込(こ)んだ本(ほん)と

本(ほん)棚(だな)が燃(も)やされた。



挿絵(By みてみん)



乳(う)母(ば)が言(い)うには落(らく)胤(いん)でしかないわたしが、

城(しろ)に住(す)むのは喜(よろこ)ぶべき話(はなし)かもしれない。



文(も)字(じ)や言(こと)葉(ば)を教(おし)えてくれたゴレムが

塔(とう)に隠(かく)していた本(ほん)を燃(も)やされて、

素(す)直(なお)に喜(よろこ)べるはずはなかった。



塔(とう)を追(お)い出(だ)されたわたしに代(か)わって、

兵(へい)士(し)達(たち)が見(み)張(は)り塔(とう)に立(た)つ。



見(み)張(は)り塔(とう)は軍(ぐん)事(じ)拠(きょ)点(てん)として、

本(ほん)来(らい)の役(やく)割(わり)を果(は)たす。



西(にし)のカヴァの軍(ぐん)が山(やま)を穿(うが)ち、

道(みち)を拓(ひら)いてネルタの国(こく)土(ど)に侵(しん)攻(こう)を始(はじ)めた。



わたしが産(う)まれるずっと前(まえ)から、

ネルタと対(たい)立(りつ)を続(つづ)けていたカヴァ。



20年(ねん)も続(つづ)くカヴァの憎(にく)しみは執(しゅう)念(ねん)深(ぶか)く、

湖(みずうみ)の霧(きり)のように、その日(ひ)の気(き)分(ぶん)で

晴(は)れたり薄(うす)れたりはしない。



『あぁ、良(よ)かぁない。良(よ)かぁない。』



濃(のう)霧(む)の中(なか)で星(ほし)鳥(どり)の群(む)れを見(み)た老(ろう)水(すい)夫(ふ)が

頻(しき)りに呟(つぶや)いた。



挿絵(By みてみん)



ネルタの王(おう)、ケイロウの胤(いん)子(し)のわたしは

城(しろ)へと運(はこ)ばれる。



城(じょう)内(ない)の貴(き)賓(ひん)室(しつ)に落(らく)胤(いん)の部屋(へや)はなかった。



城(しろ)から北(きた)に隣(とな)る、月(つき)の館(やかた)と呼(よ)ばれる

女(おんな)達(たち)が暮(く)らす別(べっ)館(かん)に連(つ)れていかれた。



別(べっ)館(かん)の地(ち)下(か)に設(もう)けられた食(しょく)料(りょう)貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)で、

わたしは下(げ)女(じょ)達(たち)と暮(く)らすことになった。



『この子(こ)はニース。』



小(こ)鳥(とり)の囀(さえず)りに似(に)た涼(すず)やかな声(こえ)。



わたしに敵(てき)意(い)を向(む)けてそう呼(よ)んだのは、

燃(も)えるような赤(あか)い髪(かみ)と宝(ほう)石(せき)のような目(め)をした

貴(き)族(ぞく)の若(わか)い女(おんな)。



ラミーはわたしの腹(はら)違(ちが)いとされる姉(あね)で、

この国(くに)の第(だい)一(いち)王(おう)女(じょ)。



挿絵(By みてみん)



腹(はら)違(ちが)いで母(はは)の居(い)なかったわたしは、

昔(むかし)からラミーや彼(かの)女(じょ)の兄(あに)のモローなどに

『ニース』という蔑(べっ)称(しょう)で呼(よ)ばれていた。



部屋(へや)が用(よう)意(い)されると思(おも)っていたわたしに、

ラミーと貴(き)族(ぞく)の女(おんな)達(たち)は罵(ば)倒(とう)し、嘲(ちょう)笑(しょう)した。



彼(かの)女(じょ)が呼(よ)んだ名(な)前(まえ)をわたしが否(ひ)定(てい)しても、

頬(ほお)を叩(たた)かれて床(ゆか)に倒(たお)され、

彼(かの)女(じょ)達(たち)の気(き)が済(す)むまで蹴(け)られた。



ラミーの憂(う)さ晴(ば)らしは間(かん)歇(けつ)的(てき)に行(おこな)われた。



地(ち)下(か)の食(しょく)料(りょう)貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)には日(ひ)持(も)ちする食(しょく)材(ざい)と、

燃(ねん)料(りょう)の薪(まき)が豊(ほう)富(ふ)にあったけれど、

それらは厳(げん)重(じゅう)に管(かん)理(り)されている。



水(みず)さえも、壁(かべ)から突(つ)き出(で)た管(くだ)から、

地(ち)中(ちゅう)に滲(し)みる僅(わず)かな水(みず)を集(あつ)めるしかない。



日(ひ)当(あ)たりの悪(わる)い別(べっ)館(かん)の地(ち)下(か)は

日(にっ)中(ちゅう)も寒(さむ)かった。



食(しょく)料(りょう)貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)に居(い)る薄(うす)白(じろ)い顔(かお)の下(げ)女(じょ)達(たち)は、

城(しろ)に住(す)む貴(き)族(ぞく)に提(てい)供(きょう)する

料(りょう)理(り)の下(した)準(じゅん)備(び)をさせられる。



下(げ)女(じょ)達(たち)に寝(ね)る暇(ひま)は与(あた)えられず、

眠(ねむ)りながらポッポの皮(かわ)剥(む)きをする。



粉(こな)挽(ひ)きの下(げ)女(じょ)が石(いし)臼(うす)を回(まわ)し、

常(つね)に低(ひく)い音(おと)が鳴(な)り続(つづ)ける。



城(しろ)と別(べっ)館(かん)の近(ちか)くに幅(はば)広(ひろ)い川(かわ)はあっても、

『退(たい)化(か)の科(か)学(がく)論(ろん)』に書(か)かれていた、

水(すい)車(しゃ)を見(み)かけることは無(な)かった。



塔(とう)からやってきたわたしは

貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)で労(ろう)働(どう)を課(か)せられず、

しかし貴(き)族(ぞく)扱(あつか)いもされない。



従(じゅう)者(しゃ)も乳(う)母(ば)も付(つ)いていないのを見(み)て、

下(げ)女(じょ)達(たち)もわたしの扱(あつか)いに困(こま)っていた。



わたしに提(てい)供(きょう)されたマリセスの果(か)実(じつ)は、

初(しょ)日(にち)は1個(こ)だったものが翌(よく)日(じつ)には半(はん)分(ぶん)に、

不(ふ)満(まん)を示(しめ)さなければ欠片(かけら)に変(か)わり、

最(さい)後(ご)には皮(かわ)だけになった。



下(げ)女(じょ)達(たち)はその程(てい)度(ど)の嫌(いや)がらせで満(まん)足(ぞく)する。



乳(う)母(ば)すら居(お)らず、本(ほん)のない地(ち)下(か)での生(せい)活(かつ)は、

わたしにとっては手(て)探(さぐ)りだった。



乳(う)母(ば)に風(ふ)呂(ろ)で手(て)荒(あら)く洗(あら)われる生(せい)活(かつ)に比(くら)べ、

観(かん)察(さつ)の対(たい)象(しょう)が多(おお)くて忙(いそが)しい。



記(き)憶(おく)の中(なか)の本(ほん)を読(よ)み直(なお)すのにも飽(あ)き、

わたしは本(ほん)の代(か)わりに下(げ)女(じょ)達(たち)を観(かん)察(さつ)した。



耳(みみ)にするおかしな言(こと)葉(ば)も、

粘(ねん)土(ど)質(しつ)の壁(かべ)や床(ゆか)に書(か)き写(うつ)して訊(たず)ねた。



わたしにとっては

梢(こずえ)で囀(さえず)る鳥(とり)や塔(とう)に入(はい)り込(こ)んだ虫(むし)と、

同(おな)じ扱(あつか)いだったのかもしれない。



仕(し)事(ごと)のしないわたしを、

下(げ)女(じょ)達(たち)は疎(うと)ましく思(おも)ったに違(ちが)いない。



広(ひろ)くはない地(ち)下(か)で、

道(どう)具(ぐ)や身体(からだ)を当(あ)てられることも多(おお)かった。



下(げ)女(じょ)達(たち)は与(あた)えられた僅(わず)かな水(みず)を

布(ぬの)に吸(す)わせて身体(からだ)を拭(ふ)き、爪(つめ)で髪(かみ)を梳(す)き、

拾(ひろ)い集(あつ)めた糸(いと)屑(くず)で服(ふく)を繕(つくろ)う。



何(なん)人(にん)かの下(げ)女(じょ)には赤(あか)子(ご)が居(い)た。



赤(あか)子(ご)にお乳(ちち)を与(あた)えるあいだは、

一(ひと)時(とき)の安(やす)らぎを得(え)て、母(はは)の顔(かお)をする。



荒(あ)れた手(て)を擦(さす)りながら赤(あか)子(ご)の寝(ね)顔(がお)を見(み)て、

泣(な)き声(ごえ)を聞(き)きながら下(げ)女(じょ)達(たち)は働(はたら)いた。



お腹(なか)の膨(ふく)らませた下(げ)女(じょ)達(たち)は

誰(だれ)に聞(き)かせるわけでもなく、

喉(のど)で静(しず)かに歌(うた)い、指(ゆび)や足(あし)を使(つか)って、

独(ひと)りで誰(だれ)かの為(ため)に踊(おど)っていた。



他(ほか)の若(わか)い下(げ)女(じょ)達(たち)はみんな、妊(にん)娠(しん)していた。



鳥(とり)や虫(むし)の騒(さわ)がしい塔(とう)での暮(く)らしとは異(こと)なり、

石(いし)臼(うす)と赤(あか)子(ご)の泣(な)き声(ごえ)が合(がっ)奏(そう)して、

耳(みみ)が疲(つか)れる賑(にぎ)やかな地(ち)下(か)。



ここでは森(もり)も湖(みずうみ)も眺(なが)められず、

鳥(とり)の囀(さえず)りも虫(むし)の囁(ささや)き声(ごえ)も届(とど)かない。



やることのないわたしは

地(ち)下(か)に居(い)た老(ろう)助(じょ)産(さん)師(し)と共(とも)に、

下(げ)女(じょ)達(たち)の出(しゅっ)産(さん)に何(なん)回(かい)も立(た)ち会(あ)った。



できるだけ清(せい)潔(けつ)な布(ぬの)を集(あつ)め、

お湯(ゆ)を用(よう)意(い)して、臍(さい)帯(たい)を結(けっ)紮(さつ)し、

胎(たい)盤(ばん)を焼(や)いて食(た)べさせた。



わたしが初(はじ)めて作(つく)った料(りょう)理(り)。



母(ぼ)体(たい)が生(せい)成(せい)し、出(しゅっ)産(さん)と共(とも)に娩(べん)出(しゅつ)される胎(たい)盤(ばん)。



『銅(どう)貨(か)の味(あじ)』で不(ふ)評(ひょう)だったけれど、

下(げ)女(じょ)達(たち)は長(なが)い長(なが)い苦(く)痛(つう)と出(しゅっ)産(さん)を終(お)えて、

お乳(ちち)を吸(す)って眠(ねむ)る赤(あか)子(ご)を見(み)て安(あん)堵(ど)する。



下(げ)女(じょ)達(たち)の仕(し)事(ごと)を手伝(てつだ)ってみたものの、

観(かん)察(さつ)していても同(おな)じようにはできず、

赤(あか)子(ご)の子(こ)守(も)りや不(ふ)要(よう)物(ぶつ)の処(しょ)理(り)をさせられた。



わたしが断(ことわ)っているにも関(かか)わらず、

下(げ)女(じょ)達(たち)に手(て)荒(あら)く身体(からだ)を洗(あら)われて、

彼(かの)女(じょ)達(たち)の憂(う)さ晴(ば)らしで伸(の)びた髪(かみ)を切(き)られた。



貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)での暮(く)らしになってしばらくして、

ゴレムの話(はなし)が耳(みみ)に入(はい)った。



塔(とう)に住(す)んでいた頃(ころ)のわたしに、

本(ほん)を教(おし)えていた最(さい)高(こう)司(し)書(しょ)官(かん)のゴレムは、

王(おう)と対(たい)立(りつ)したことが原(げん)因(いん)で処(しょ)刑(けい)された。



下(げ)女(じょ)達(たち)の口(くち)は軽(かる)かった。



そのせいで下(げ)女(じょ)達(たち)は叱(しっ)責(せき)もされた。



――言(こと)葉(ば)に鍵(かぎ)はかけられないものね…。



叱(しか)るのは後(あと)から貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)にやってきた

貴(き)族(ぞく)の女(おんな)達(たち)で、その中(なか)にはラミーも居(い)た。



暗(くら)い貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)でも燃(も)えるような赤(あか)い髪(かみ)は

艶(あで)やかで美(うつく)しく、濡(ぬ)らした瞳(ひとみ)には

全(すべ)てを照(て)らす陽(よう)光(こう)の輝(かがや)きがあった。



彼(かの)女(じょ)はわたしが視(し)界(かい)に入(はい)れば厳(きび)しく叩(たた)き、

罵(ば)声(せい)を浴(あ)びせて蹴(け)りつけた。



罵(ば)倒(とう)や暴(ぼう)力(りょく)は貴(き)族(ぞく)の女(おんな)達(たち)を笑(わら)わせた。



――粉(こな)挽(ひ)きを笑(わら)う。



貴(き)族(ぞく)達(たち)が嘲(あざけ)るのはわたしだけではなかった。



下(げ)女(じょ)達(たち)が皮(かわ)剥(む)きをする姿(すがた)を、

出(しゅっ)産(さん)を、赤(あか)子(ご)にお乳(ちち)を与(あた)える姿(すがた)を、

貴(き)族(ぞく)が指(し)示(じ)して嘲(ちょう)笑(しょう)する。



下(げ)女(じょ)達(たち)は笑(わら)わず、貴(き)族(ぞく)を蔑(さげす)んだ目(め)で見(み)る。



異(い)母(ぼ)姉(し)のラミーが地(ち)下(か)にやってきたことで

わたしは毎(まい)日(にち)叩(たた)かれ、痣(あざ)や瘤(こぶ)の経(けい)過(か)を

観(かん)察(さつ)するのが日(にっ)課(か)になった。



そんな地(ち)下(か)では、

ラミーもお腹(なか)を膨(ふく)らませた妊(にん)婦(ぷ)だった。



若(わか)くして妊(にん)娠(しん)した正(せい)統(とう)な王(おう)女(じょ)が、

地(ち)下(か)での生(せい)活(かつ)を強(し)いられた。



彼(かの)女(じょ)のお腹(なか)の子(こ)種(だね)は、王(おう)の父(ちち)か兄(あに)だと

慎(つつし)みを知(し)らない下(げ)女(じょ)達(たち)に噂(うわさ)される。



その流(りゅう)言(げん)が気(き)に障(さわ)って常(つね)に苛(いら)立(だ)っていた。



わたしに暴(ぼう)力(りょく)を振(ふ)るわない日(ひ)の彼(かの)女(じょ)は、

気(き)分(ぶん)を悪(わる)くして横(おう)臥(が)している。



他(ほか)の貴(き)族(ぞく)達(たち)も王(おう)女(じょ)の機(き)嫌(げん)を損(そこ)ねないように

咳(せき)もせず、物(もの)音(おと)にも注(ちゅう)意(い)していた。



下(げ)女(じょ)達(たち)がラミーの居(い)ない場(ば)所(しょ)で、

彼(かの)女(じょ)のことを話(はな)す時(とき)は『お嬢(じょう)様(さま)』と呼(よ)んだ。



赤(あか)子(ご)が泣(な)けば、

その母(はは)は別(べつ)の部屋(へや)に移(うつ)って仕(し)事(ごと)をした。



貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)で暮(く)らす下(げ)女(じょ)達(たち)は畏(おそ)れていた。



日(ひ)が経(た)つと、

若(わか)い下(げ)女(じょ)達(たち)の何(なん)人(にん)かが部屋(へや)を移(うつ)された。



赤(あか)子(ご)を抱(かか)えた母(はは)達(たち)は、戻(もど)ってこなかった。



勝(しょう)利(り)の知(し)らせは何(なん)度(ど)か地(ち)下(か)に届(とど)いても、

わたしが出(で)られることもなかった。



ある日(ひ)はラミーの実(じっ)兄(けい)にあたるモローが

戦(せん)死(し)したという噂(うわさ)が飛(と)び交(か)った。



挿絵(By みてみん)



その日(ひ)は下(げ)女(じょ)達(たち)が予(よ)想(そう)した通(とお)り、

ラミーは荒(あ)れてわたしを蹴(け)った。



タライに張(は)った水(みず)が凍(こお)る。



挿絵(By みてみん)



貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)は薄(うす)暗(ぐら)いまま冬(ふゆ)に入(はい)った。



わたしがやってきた時(とき)に比(くら)べ、

ひとはずいぶんと減(へ)っていた。



老(ろう)助(じょ)産(さん)師(し)も帰(かえ)ってこない。



食(しょく)料(りょう)貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)には食(しょく)材(ざい)の補(ほ)給(きゅう)が来(こ)ない。



わたし達(たち)は食(しょく)事(じ)も満(まん)足(ぞく)に得(え)られず、

壁(かべ)に刺(さ)さった管(くだ)の水(みず)も凍(こお)ってしまい、

お湯(ゆ)も充(じゅう)分(ぶん)に作(つく)れなかった。



計(けい)算(さん)するまでもなく、

食(しょく)料(りょう)も燃(ねん)料(りょう)も尽(つ)きかけていた。



パンの原(げん)料(りょう)になるブレズの子(し)実(じつ)もなく、

回(まわ)し続(つづ)けていた石(いし)臼(うす)はずっと止(と)まっていた。



一(ひと)握(にぎ)りのポッポを蒸(む)しても、

妊(にん)婦(ぷ)達(たち)の空(くう)腹(ふく)は満(み)たされない。



それと、ラミーの陣(じん)痛(つう)の頻(ひん)度(ど)が増(ふ)えていた。



彼(かの)女(じょ)は細(ほそ)身(み)で若(わか)いのに

必(ひつ)要(よう)な食(しょく)事(じ)も得(え)られず、

薄(うす)白(じろ)さが増(ま)した顔(かお)で悪(お)阻(そ)を起(お)こし、

お腹(なか)がずっと小(ちい)さいままだった。



老(ろう)助(じょ)産(さん)師(し)が居(い)なくなった貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)で、

わたしは貴(き)族(ぞく)の助(じょ)産(さん)行(こう)為(い)をしていた。



何(なん)人(にん)かの赤(あか)子(ご)を取(と)り上(あ)げた。



痩(や)せ細(ほそ)った女(おんな)から産(う)まれた赤(あか)子(ご)は、

産(うぶ)声(ごえ)を放(はな)つこともなく死(し)んでしまった。



わたしは何(なん)度(ど)も責(せ)められたけれど、

代(か)わりの助(じょ)産(さん)師(し)は居(い)なかったし、

お乳(ちち)を分(わ)けられる乳(う)母(ば)でもなかった。




食(た)べ物(もの)や水(みず)が無(な)ければお乳(ちち)は作(つく)れず、

母(ぼ)体(たい)の生(せい)命(めい)活(かつ)動(どう)が優(ゆう)先(せん)されて、

胎(たい)内(ない)の子(こ)は育(そだ)たない。



記(き)憶(おく)にある本(ほん)の知(ち)識(しき)で説(せつ)明(めい)しても

女(おんな)達(たち)の沸(わ)き立(た)つ怒(いか)りと罵(ば)声(せい)で、わたしの言(こと)葉(ば)は

掻(か)き消(け)されてしまう。



暗(くら)く冷(つめ)たい貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)に作(さく)物(もつ)は実(みの)らず、

胎(たい)児(じ)は眠(ねむ)ったまま起(お)きてはくれない。



失(しつ)意(い)の女(おんな)と眠(ねむ)ったままの赤(あか)子(ご)は、

男(おとこ)達(たち)によって貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)を連(つ)れ出(だ)されると、

地(ち)下(か)には戻(もど)ってこなかった。




 ◆




ラミーに蹴(け)り起(お)こされて、

地(ち)下(か)から外(そと)に出(だ)された。



素(す)足(あし)で泥(どろ)に混(ま)ざった霜(しも)柱(ばしら)を踏(ふ)んだ。



久(ひさ)しぶりの外(そと)は夜(よる)でも暖(あたた)かく、

全(すべ)てのものが燃(も)やされていた。



貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)に残(のこ)された

わたし達(たち)の預(あず)かり知(し)らないところで、

戦(せん)争(そう)が終(お)わった。



ネルタの王(おう)、ケイロウは以(い)前(ぜん)から自(じ)分(ぶん)を

『炎(ほのお)を操(あやつ)り、呪(のろ)いを使(つか)う神(かみ)』と称(しょう)し欺(あざむ)いた。



挿絵(By みてみん)



彼(かれ)が祈(いの)れば炎(ほのお)は勢(いきお)いを増(ま)し、

声(こえ)を発(はっ)すると望(のぞ)み通(どお)りの色(いろ)に変(か)わった。



民(みん)衆(しゅう)は神(かみ)の化(け)身(しん)である王(おう)の彼(かれ)に日(ひ)々(び)祈(いの)り、

彼(かれ)が勝(しょう)利(り)へと導(みちび)くと信(しん)じ込(こ)んでいた。



湖(みずうみ)を形(かたち)作(づく)るネルタの繍(しゅう)旗(き)が燃(も)やされる。



挿絵(By みてみん)



赤(あか)い旗(はた)。

銀(ぎん)の蹄(てい)鉄(てつ)を描(えが)くカヴァの繍(しゅう)旗(き)が風(かぜ)に靡(なび)く。



挿絵(By みてみん)



外(そと)の空(くう)気(き)に晒(さら)された鼻(はな)には、

焦(こ)げた臭(しゅう)気(き)が纏(まと)わりついた。



カヴァの兵(へい)達(たち)が穴(あな)を掘(ほ)り、

カヴァの子(こ)供(ども)達(たち)が土(つち)を運(はこ)ぶ。



カヴァの娼(しょう)婦(ふ)は死(し)体(たい)から装(そう)飾(しょく)品(ひん)を外(はず)し、

死(し)体(たい)を穴(あな)に落(お)とした。



穴(あな)には死(し)体(たい)が並(なら)べられ、

土(つち)を被(かぶ)せて埋(う)められていく。



血(ち)と泥(どろ)が混(ま)ざった雪(ゆき)の上(うえ)に灰(はい)が降(ふ)り、

地(じ)面(めん)が黒(くろ)く汚(よご)れる。



寒(さむ)さと熱(ねっ)気(き)で灰(はい)色(いろ)の靄(もや)が周(しゅう)囲(い)に漂(ただよ)っていた。



弱(よわ)ったラミーを介(かい)助(じょ)して、

カヴァの兵(へい)に押(お)されて歩(ある)く。



オルドラスという名(な)前(まえ)の、

冷(つめ)たい刃(やいば)にも似(に)た目(め)をした

男(おとこ)の前(まえ)に立(た)たされた。



暗(くら)い銀(ぎん)髪(ぱつ)のオルドラスは、カヴァの王(おう)子(じ)。



挿絵(By みてみん)



下(げ)女(じょ)達(たち)の話(はなし)によれば、彼(かれ)は偵(てい)察(さつ)中(ちゅう)に捕(つか)まり、

ネルタの捕(ほ)虜(りょ)になった過(か)去(こ)がある。



それが原(げん)因(いん)で捕(ほ)虜(りょ)王(おう)子(じ)と呼(よ)ばれていた。



捕(ほ)虜(りょ)になった王(おう)子(じ)の身(み)代(が)わりに、

カヴァは腹(はら)違(ちが)いの妹(いもうと)を差(さ)し出(だ)したので、

王(おう)子(じ)はネルタから解(かい)放(ほう)された。



地(ち)下(か)に入(い)れられた貴(き)族(ぞく)の女(おんな)達(たち)は、

そんな昔(むかし)の勝(しょう)利(り)に酔(よ)い、縋(すが)っていた。



剣(けん)を鞘(さや)ごと地(じ)面(めん)に突(つ)き刺(さ)し、

怒(いか)りを顕(あら)わにしていた彼(かれ)が、

わたし達(たち)の姿(すがた)に一(いっ)瞬(しゅん)だけ困(こん)惑(わく)する。



弱(よわ)さを見(み)せた彼(かれ)を前(まえ)にして、

わたしは名(な)前(まえ)を明(あ)かした。



カヴァの王(おう)子(じ)に捕(つか)まった時(とき)には、

わたしに抗(あらが)う力(ちから)は無(な)かった。



「この子(こ)はニースよ! この子(こ)はニース!」



わたしはラミーに名(な)前(まえ)を否(ひ)定(てい)されて、

踵(かかと)で踏(ふ)みつけて蹴(け)られる。



金(きん)属(ぞく)同(どう)士(し)を擦(こす)り合(あ)わせたような声(こえ)で叫(さけ)び、

わたしを罵(ば)倒(とう)する。



この蹴(け)り方(かた)でよく痣(あざ)や瘤(こぶ)ができた。



わたし達(たち)はオルドラスからの指(し)示(じ)で、

娼(しょう)婦(ふ)から一(ひと)欠片(かけら)の硬(かた)いパンと、

藍(らん)藻(そう)のスープが与(あた)えられた。



「こんな犬(いぬ)の餌(えさ)っ!」



彼(かの)女(じょ)はカヴァからの施(ほどこ)しを拒(こば)むと、

器(うつわ)ごと捨(す)てて食(た)べていたわたしも殴(なぐ)られた。



「鍍金(めっき)の悪(あく)食(じき)共(ども)の食(しょく)事(じ)に比(くら)べれば、

 粗(そ)餐(さん)ではあるな。」



嘲(ちょう)笑(しょう)したオルドラスを、

ラミーはずっと睨(にら)んでいた。



そんな時(とき)に捕(つか)まったケイロウが現(あらわ)れた。



ネルタの王(おう)、神(かみ)の化(け)身(しん)を騙(かた)り、

人(ひと)々(びと)を欺(あざむ)いた者(もの)の責(せき)任(にん)は重(おも)い。



――あれが、わたしの…。



王(おう)の姿(すがた)を久(ひさ)しぶりに見(み)た。



真(ま)冬(ふゆ)の寒(さむ)さの中(なか)で服(ふく)も着(き)させられず、

裸(はだか)のまま奥(おく)歯(ば)を鳴(な)らして震(ふる)えている。



膨(ふく)らみきったお腹(なか)は皮(ひ)膚(ふ)が弛(たる)み、

醜(みにく)く肥(こ)え太(ふと)った身体(からだ)を露(あら)わにする。



殴(なぐ)られて腫(は)れ上(あ)がった顔(かお)は、

泥(どろ)と血(ち)に汚(よご)れて痛(いた)々(いた)しい。



ケイロウは杭(くい)に縛(しば)り付(つ)けられて立(た)たされる。



地(じ)面(めん)と水(すい)平(へい)に伸(の)ばして

脂(し)肪(ぼう)の垂(た)れ下(さ)がったその右(みぎ)腕(うで)が、

兵(へい)達(たち)によって斬(き)られようとしていた。



自(じ)我(が)を失(うしな)っていた彼(かれ)は、

獣(けもの)同(どう)様(よう)に言(こと)葉(ば)を発(はっ)さず泣(な)き叫(さけ)び、

痛(いた)みで意(い)識(しき)を失(うしな)ったまま死(し)んだ。



オルドラスの剣(けん)によって、

ケイロウの太(ふと)い首(くび)が斬(き)り落(お)とされた。



カミーリャの花(はな)首(くび)のように、

刑(けい)場(じょう)の泥(どろ)に汚(よご)れた雪(ゆき)の上(うえ)を頭(あたま)が転(ころ)がる。



彼(かれ)は兵(へい)に向(む)かって、わたし達(たち)に言(い)い放(はな)つ。



『これは償(つぐな)いである。』と。



オルドラスが彼(かれ)の右(みぎ)腕(うで)を

兵(へい)達(たち)に斬(き)り落(お)とさせたのには、理(り)由(ゆう)があった。



20年(ねん)前(まえ)のネルタで

オルドラスは捕(ほ)虜(りょ)になった。



彼(かれ)の腹(はら)違(ちが)いの妹(いもうと)、サンスァラ王(おう)女(じょ)は、

彼(かれ)と引(ひ)き換(か)えにネルタにやってきて

すぐに行方(ゆくえ)不(ふ)明(めい)となっていた。



カヴァに帰(き)還(かん)したオルドラスの元(もと)には、

油(あぶら)漬(づ)けにされた彼(かの)女(じょ)の右(みぎ)腕(うで)が届(とど)けられた。



こうして2国(こく)の関(かん)係(けい)はさらに悪(あっ)化(か)した。



王(おう)の処(しょ)刑(けい)を見(み)せられた後(あと)で、

王(おう)の娘(むすめ)のラミーと彼(かの)女(じょ)を介(かい)助(じょ)するわたしは、

一(いっ)緒(しょ)にカヴァへと移(い)送(そう)された。



わたし達(たち)はカヴァで裁(さば)かれ、

罰(ばつ)が与(あた)えられるのを待(ま)つ身(み)になった。



ラミーはずっと泣(な)いている。



父(ちち)との別(わか)れを悲(かな)しんだのか、

自(じ)分(ぶん)の不(ふ)遇(ぐう)や弱(よわ)さを嘆(なげ)いたのか、

陣(じん)痛(つう)によるものかは分(わ)からない。



わたし達(たち)の輸(ゆ)送(そう)に関(かか)わったのは、

ヒュルゲン・ハス・ビンスという名(な)の

カヴァの貴(き)族(ぞく)だった。



頭(とう)頂(ちょう)部(ぶ)が荒(こう)涼(りょう)とした銀(ぎん)髪(ぱつ)の

戦(せん)場(じょう)には不(ふ)似(に)合(あ)いな肥(ひ)満(まん)男(おとこ)。



常(つね)に食(た)べ物(もの)を口(くち)にして

甘(あま)く張(は)り付(つ)く臭(しゅう)気(き)を放(はな)ち、

弧(こ)を描(か)くように足(あし)を引(ひ)き摺(ず)る

奇(き)妙(みょう)な歩(ある)き方(かた)をしていた。



雪(ゆき)の降(ふ)る荷(に)馬(ば)車(しゃ)の上(うえ)で、

ヒュルゲン邸(てい)に輸(ゆ)送(そう)される途(と)中(ちゅう)に、

わたしはラミーの赤(あか)子(ご)を取(と)り上(あ)げた。



ネルタの王(おう)、ケイロウの子(し)孫(そん)。



ネルタの血(ち)を引(ひ)く子(こ)が男(だん)児(じ)であれば、

その子(こ)はその場(ば)で殺(ころ)されるはずだった。



赤(あか)黒(ぐろ)い手(て)足(あし)に、閉(と)じたままの異(い)形(ぎょう)の瞼(まぶた)。



生(う)まれた赤(あか)子(ご)は産(うぶ)声(ごえ)を上(あ)げない。



心(しん)臓(ぞう)は拍(はく)動(どう)さえもせず、

小(ちい)さく濡(ぬ)れた身体(からだ)はすぐに冷(つめ)たくなった。



ラミーはそれでも

死(し)を受(う)け入(い)れられずにいた。



呼(こ)吸(きゅう)もしていない赤(あか)子(ご)に、

乳(ち)房(ぶさ)を寄(よ)せても口(くち)にするはずがない。



衰(すい)弱(じゃく)した母(ぼ)体(たい)は生(せい)命(めい)活(かつ)動(どう)を維(い)持(じ)する為(ため)に、

赤(あか)子(ご)を胎(たい)内(ない)から切(き)り離(はな)した。



わたし達(たち)と同(おな)じペヌンの布(ぬの)袋(ぶくろ)に包(つつ)まれる

魂(たましい)のない物(ぶっ)体(たい)。



それでもラミーは布(ぬの)袋(ぶくろ)を抱(だ)いて

何(なん)日(にち)も声(こえ)を掛(か)け続(つづ)ける。



腐(ふ)敗(はい)臭(しゅう)を厭(いや)うビンスが、

ラミーを杖(つえ)で殴(なぐ)りつけ、

布(ぬの)袋(ぶくろ)を無(む)理(り)に引(ひ)き離(はな)す。



ビンスに命(めい)令(れい)されると布(ぬの)袋(ぶくろ)は、

護(ご)衛(えい)の手(て)で中(なか)身(み)ごと道(みち)端(ばた)に投(な)げ捨(す)てられた。



その様(よう)子(す)を黙(だま)って見(み)ていたわたしは、

内(ない)心(しん)で安(あん)堵(ど)していたことに驚(おどろ)き、

悔(くや)しみに泣(な)くラミーに頬(ほお)を叩(たた)かれる。



叩(たた)かれた時(とき)に奥(おく)歯(ば)がおかしくなり、

歪(ゆが)む歯(は)の痛(いた)みに耐(た)え続(つづ)けた。



「ニースのせいよっ! ニースのせいっ!」



ラミーは錆(さ)びついた声(こえ)で罵(ば)倒(とう)する。



雪(ゆき)の降(ふ)る荷(に)馬(ば)車(しゃ)の上(うえ)で何(なん)度(ど)も叩(たた)かれ、

何(なん)度(ど)も蹴(け)られた。



暴(ぼう)力(りょく)を受(う)けても痣(あざ)すら出(で)来(き)ず、

痛(いた)みを覚(おぼ)えないほど彼(かの)女(じょ)は弱(よわ)っている。




常(つね)に叩(たた)かれているわたしを

ビンスは不(ふ)憫(びん)に思(おも)ったのか、

わたし達(たち)は彼(かれ)の館(やかた)の地(ち)下(か)で

別(べつ)々(べつ)の檻(おり)に入(い)れられた。



わたしは黙(だま)ってそれを受(う)け入(い)れた。



ビンスはネルタの生(い)き残(のこ)りの貴(き)族(ぞく)に

ラミーの身(みの)代(しろ)金(きん)を要(よう)求(きゅう)し、

欺(ぎ)騙(へん)を企(くわだ)てていた。



牢(ろう)檻(かん)に入(い)れられて間(ま)もなく、

ビンスは病(びょう)死(し)した。



わたし達(たち)を秘(ひ)匿(とく)していた彼(かれ)のおかげで、

地(ち)下(か)には誰(だれ)も来(こ)ない。



水(みず)も食(しょく)事(じ)も得(え)られずに、

咳(せき)を繰(く)り返(かえ)すラミー。



向(む)かいの檻(おり)のわたしに

呪(のろ)いの言(こと)葉(ば)を浴(あ)びせるか、

寝(ね)ているだけの日(ひ)が繰(く)り返(かえ)される。



書(しょ)字(じ)板(ばん)の代(か)わりになる粘(ねん)土(ど)質(しつ)の壁(かべ)もなく、

わたしは布(ぬの)切(き)れを被(かぶ)って

耳(みみ)を塞(ふさ)いで日(ひ)々(び)をやり過(す)ごす。



牢(ろう)檻(かん)の暗(くら)闇(やみ)に慣(な)れてくると、

恨(うら)み言(ごと)も咳(せき)も寝(ね)息(いき)も聞(き)こえなくなった。



――わたしは知(し)ろうとはしなかった。



黴(かび)と不(ふ)要(よう)物(ぶつ)と垂(た)れ出(で)る体(たい)液(えき)。



ビンスが居(い)るかのような臭(しゅう)気(き)が

空(くう)間(かん)を支(し)配(はい)する。



ラミーの身体(からだ)を小(ちい)さな生(せい)物(ぶつ)達(たち)が分(ぶん)解(かい)し、

微(かす)かな光(ひかり)と熱(ねつ)の中(なか)でも命(いのち)が循(じゅん)環(かん)する。



鈍(にび)色(いろ)の鼠(ねずみ)が足(あし)の指(ゆび)を囓(かじ)って、

わたしの死(し)を確(かく)認(にん)しに来(き)た。



挿絵(By みてみん)



ラミーの目(め)の前(まえ)に居(い)たわたしは、

彼(かの)女(じょ)の死(し)を受(う)け入(い)れられなかった。



死(し)を待(ま)つわたしは喉(のど)の渇(かわ)きに耐(た)えられず、

壁(かべ)の隙(すき)間(ま)の湧(わ)き水(みず)を舐(な)めて生(い)き延(の)びた。



そこに一人(ひとり)の男(おとこ)がやってきた。



真赤(まっか)な毛(け)に覆(おお)われた獣(けもの)の男(おとこ)。ラッガ。



挿絵(By みてみん)



わたしを夜(よる)の館(やかた)に連(つ)れてきた人(じん)物(ぶつ)。



彼(かれ)は背(せ)中(なか)を向(む)けて去(さ)ってしまう。



それはユヴィルの館(やかた)の地(ち)下(か)で見(み)た、

髭(ひげ)の男(おとこ)を殺(ころ)した者(もの)の後(うし)ろ姿(すがた)だった。



彼(かれ)を呼(よ)び止(と)めようと口(くち)を開(ひら)くと、

血(ち)溜(だ)まりを踏(ふ)んだサンサがやってきた。



「ニクス。帰(かえ)るわよ。」



彼(かの)女(じょ)の声(こえ)で、

わたしは悪(あく)夢(む)から目(め)を覚(さ)ました。




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