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金貨の娘  作者: 美穂
第8章 泥濘の澱

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第8章 第4節 偽証の罪(第2項)

挿絵(By みてみん)



叩(たた)きつけるようにハンドベルが鳴(な)らされた。



緩(ゆる)やかな窪(くぼ)地(ち)にはやや濁(にご)った金(きん)属(ぞく)音(おん)が響(ひび)き、

段(だん)状(じょう)の石(いし)の座(ざ)席(せき)に座(すわ)る聴(ちょう)衆(しゅう)達(たち)は静(しず)まった。



列(れっ)柱(ちゅう)に支(ささ)えられた円(えん)錐(すい)型(がた)の屋(や)根(ね)。



建(たて)物(もの)に壁(かべ)はなく、

周(しゅう)囲(い)の高(たか)い木(き)々(ぎ)が枝(えだ)葉(は)を揺(ゆ)らして

外(そと)の風(ふう)雨(う)を受(う)け止(と)める。



挿絵(By みてみん)



裁(さい)判(ばん)の開(かい)廷(てい)に呼(こ)応(おう)して閃(せん)光(こう)が走(はし)ると、

遅(おく)れて雷(らい)鳴(めい)が唸(うな)り声(ごえ)を放(はな)つ。



古(こ)代(だい)の人(ひと)々(びと)は雲(くも)の向(む)こうに居(い)るとする

巨(きょ)大(だい)な竜(りゅう)を想(そう)像(ぞう)して畏(おそ)れた。



遥(よう)遠(えん)代(だい)には雲(くも)が『雷(らい)素(そ)』を集(あつ)めて放(ほう)出(しゅつ)し、

空(くう)気(き)を膨(ぼう)張(ちょう)させて振(しん)動(どう)させる

雷(かみなり)の仕(し)組(く)みを解(かい)明(めい)した。



雷(らい)素(そ)はあらゆる物(ぶっ)質(しつ)に存(そん)在(ざい)するとされ、

人(じん)体(たい)に結(むす)びついて落(らく)雷(らい)に遭(あ)う、

と『退(たい)化(か)の科(か)学(がく)論(ろん)』に記(き)載(さい)されている。



雷(らい)素(そ)や光(こう)素(そ)という言(こと)葉(ば)は、

この本(ほん)によって復(ふく)元(げん)された。



ひとの歴(れき)史(し)は災(さい)害(がい)と戦(せん)争(そう)の繰(く)り返(かえ)しで、

かつての栄(えい)華(が)と共(とも)に人(じん)類(るい)の知(ち)識(しき)は薄(うす)れ、

大(だい)部(ぶ)分(ぶん)が喪(そう)失(しつ)してしまった。



古(こ)代(だい)よりも後(あと)の失(うしな)われた時(じ)代(だい)を、

遥(はる)か遠(とお)くのものとして遥(よう)遠(えん)代(だい)と呼(よ)んだ。



欠(けっ)損(そん)した科(か)学(がく)の物(もの)差(さ)しを補(ほ)完(かん)した、

退(たい)化(か)の科(か)学(がく)論(ろん)は塔(とう)にも置(お)かれていた。



遥(よう)遠(えん)代(だい)の科(か)学(がく)を失(うしな)っても、

古(こ)代(だい)の神(しん)話(わ)はいまも語(かた)り継(つ)がれている。



生(い)き延(の)びた人(ひと)々(びと)は夜(よる)の海(うみ)や沙(さ)漠(ばく)の上(うえ)で、

暗(くら)闇(やみ)に輝(かがや)く星(ほし)を道(みち)標(しるべ)にして移(い)動(どう)し、

暦(こよみ)を読(よ)む為(ため)に天(てん)体(たい)の運(うん)動(どう)を観(かん)測(そく)した。



気(き)象(しょう)を神(かみ)の機(き)嫌(げん)のせいにしたのは、

利(り)便(べん)性(せい)の結(けっ)果(か)だった。



大(おお)粒(つぶ)の雨(あめ)が葉(は)を叩(たた)き鳴(な)らし、

朽(く)ちた枝(えだ)を揺(ゆ)すって折(お)った。



けれど建(たて)物(もの)の底(そこ)は静(せい)寂(じゃく)に包(つつ)まれている。



窪(くぼ)地(ち)の中(ちゅう)央(おう)に立(た)つ総(そう)督(とく)のマルフが、

再(ふたた)びハンドベルを叩(たた)いて響(ひび)かせる。



挿絵(By みてみん)



この裁(さい)判(ばん)所(しょ)の窪(くぼ)地(ち)は、

メーニェという小(こ)島(じま)にある水(みず)場(ば)に由(ゆ)来(らい)して、

オルタという名(な)前(まえ)が付(つ)けられた。



「原(げん)告(こく)のお出(で)ましね。」とサンサ。



挿絵(By みてみん)



厚(あつ)手(で)の黒(くろ)い頭巾(フード)と宝飾巾(ヴェール)をした彼(かの)女(じょ)。



上(うわ)着(ぎ)の中(なか)からアルが顔(かお)を覗(のぞ)かせた。



彼(かの)女(じょ)の隣(となり)にわたしとスーが座(すわ)る。



イオスはわたしの上(うわ)着(ぎ)の中(なか)で、

アルと同(おな)じ格(かっ)好(こう)をして隠(かく)れていた。



お腹(なか)に入(はい)ったイオスは温(あたた)かく眠(ねむ)気(け)を誘(さそ)い、

頭(あたま)からは石(せっ)鹸(けん)の香(かお)りがする。



後(うし)ろにはハーフガンが柱(はしら)に寄(よ)り立(た)って、

わたし達(たち)を見(み)下(お)ろしている。



エルテルから戻(もど)ってきてからも視(し)線(せん)が痛(いた)い。



中(ちゅう)央(おう)には夜(よる)の館(やかた)のオーナー、

ルービィが老(ろう)夫(ふ)を連(つ)れて

マルフと同(おな)じように立(た)っていた。



挿絵(By みてみん)



ドレイプでも娼(しょう)婦(ふ)でもないルービィは、

頭巾(フード)や宝飾巾(ヴェール)をしていない。



屈(くっ)強(きょう)な警(けい)備(び)の男(おとこ)達(たち)に連(つ)れられて、

ユヴィルもオルタに立(た)たされる。



挿絵(By みてみん)



「皆(みな)様(さま)にお集(あつ)まり頂(いただ)いたのは、

 昨日(きのう)わたしの館(やかた)の子(こ)供(ども)を

 誘(ゆう)拐(かい)した傭(よう)兵(へい)と称(しょう)する者(もの)達(たち)の、

 首(しゅ)謀(ぼう)者(しゃ)を告(こく)発(はつ)する為(ため)です。」



「オレは被(ひ)害(がい)者(しゃ)だぞ。

 傭(よう)兵(へい)を皆(みな)殺(ごろ)しにされたんだ。


 放(はな)さんか! 愚(おろ)か者(もの)共(ども)がっ!」



「静(しず)かにせんか!」



暴(あば)れて抗(こう)議(ぎ)するユヴィルに対(たい)して、

マルフがハンドベルを彼(かれ)に向(む)かって

叩(たた)き鳴(な)らし、威(い)嚇(かく)した。



裁(さい)判(ばん)所(しょ)では裁(さい)判(ばん)長(ちょう)を務(つと)めるマルフに

逆(さか)らってはならない。



彼(かれ)は息(いき)を荒(あら)くし、怒(おこ)って見(み)せる。



日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)で初(はじ)めて会(あ)った時(とき)と同(おな)じ様(よう)子(す)で、

わたしはサンサの顔(かお)を見(み)た。



「クッションを持(も)ってきたら良(よ)かったわね。


 お尻(しり)が痛(いた)いでしょ?」



サンサは腰(こし)回(まわ)りを動(うご)かして、

段(だん)上(じょう)の座(ざ)席(せき)からかれらを見(み)下(お)ろし

微(び)笑(しょう)を浮(う)かべる。



中(ちゅう)央(おう)の4人(にん)を円(えん)形(けい)に囲(かこ)う石(いし)の座(ざ)席(せき)の最(さい)下(か)段(だん)、

最(さい)前(ぜん)列(れつ)には元(げん)老(ろう)院(いん)議(ぎ)員(いん)達(たち)が席(せき)を埋(う)める。



その中(なか)には昨日(きのう)広(ひろ)場(ば)で見(み)かけた、

議(ぎ)長(ちょう)と呼(よ)ばれた義(ぎ)髪(はつ)の男(おとこ)の後(うし)ろ姿(すがた)もあった。



彼(かれ)の肥(ひ)満(まん)体(たい)は遠(とお)く後(うし)ろからでもよく目(め)立(だ)つ。



「館(やかた)の護(ご)衛(えい)が二人(ふたり)、

 日(ひ)時計(どけい)島(とう)付(ふ)近(きん)の路(ろ)地(じ)で殺(さつ)害(がい)されました。


 一人(ひとり)はまだ16歳(さい)です。


 警(けい)備(び)に知(し)らせたのは

 この善(ぜん)良(りょう)な老(ろう)夫(ふ)です。


 おかげでわたしの大(たい)切(せつ)な子(こ)供(ども)達(たち)を、

 ユヴィル名(めい)義(ぎ)の建(たて)物(もの)の地(ち)下(か)にあった

 牢(ろう)檻(かん)から救(きゅう)出(しゅつ)することができました。」



「牢(ろう)檻(かん)ではない。

 あれは客(きゃく)間(ま)だ。


 それに先(さき)にオレの傭(よう)兵(へい)を殺(ころ)したのは、

 お前(まえ)んとこに居(い)る売(う)れ残(のこ)りの傷(きず)物(もの)だ。」



ユヴィルはルービィに抗(こう)議(ぎ)する。



彼(かれ)の言(い)う『売(う)れ残(のこ)りの傷(きず)物(もの)』とは、

隣(となり)に座(すわ)って傍(ぼう)聴(ちょう)するサンサを示(しめ)す。



「その件(けん)ではお前(まえ)は賠(ばい)償(しょう)金(きん)を受(う)け取(と)って、

 和(わ)解(かい)しておっただろう。」



マルフは羊(よう)皮(ひ)紙(し)を出(だ)して

ユヴィルに見(み)せつける。



「和(わ)解(かい)後(ご)の報(ほう)復(ふく)は

 法(ほう)律(りつ)で禁(きん)止(し)されているはずよ。」



「こいつは溝(どぶ)女(め)に絆(ほだ)されたんだ。」



ユヴィルが水(すい)晶(しょう)骸(がい)骨(こつ)の杖(つえ)でルービィを示(しめ)す。



「侮(ぶ)辱(じょく)は許(ゆる)さんぞ!

 法(ほう)の場(ば)だ! 口(くち)を慎(つつし)めっ!」



「今(こん)回(かい)は護(ご)衛(えい)の殺(さつ)害(がい)のみならず、

 未(み)成(せい)年(ねん)者(しゃ)の誘(ゆう)拐(かい)、恫(どう)喝(かつ)、暴(ぼう)行(こう)傷(しょう)害(がい)、

 娼(しょう)婦(ふ)の斡(あっ)旋(せん)、脅(きょう)迫(はく)が目(め)当(あ)てです。


 子(こ)供(ども)の一人(ひとり)はエルテルの先(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)、

 エリクから預(あず)かっていた娘(むすめ)でした。


 彼(かれ)が起(お)こした事(じ)件(けん)は、

 ただの誘(ゆう)拐(かい)で済(す)ませてはいけません。


 この街(まち)の長(なが)きに亘(わた)る友(ゆう)好(こう)都(と)市(し)、

 エルテルとの対(たい)立(りつ)を招(まね)きかねません。」



「適(てき)当(とう)なことを言(い)いおって!」



「これはハミウス以(い)来(らい)の

 重(じゅう)大(だい)な道(どう)徳(とく)違(い)反(はん)であり、

 わたしは善(ぜん)良(りょう)な民(みん)衆(しゅう)の為(ため)に

 彼(かれ)の全(ぜん)権(けん)利(り)の剥(はく)奪(だつ)を求(もと)めます。」



「傭(よう)兵(へい)を皆(みな)殺(ごろ)しにしても飽(あ)き足(た)らず、

 まだオレから奪(うば)おうというのか!


 ネルタの汚(けが)れた涸(か)れ噴(ふん)水(すい)がっ!」



ユヴィルの口(くち)から罵(ば)詈(り)雑(ぞう)言(ごん)が並(なら)べられた。



「被(ひ)告(こく)の発(はつ)言(げん)は裁(さい)判(ばん)に関(かん)係(けい)なく、

 原(げん)告(こく)および民(みん)衆(しゅう)を侮(ぶ)辱(じょく)するものだ。


 元(げん)老(ろう)院(いん)の中(なか)に異(い)議(ぎ)ある者(もの)は前(まえ)へ出(で)よ。


 では、直(ただ)ちに発(はつ)言(げん)権(けん)を剥(はく)奪(だつ)する。」



裁(さい)判(ばん)長(ちょう)マルフの命(めい)令(れい)で、

ユヴィルの持(も)っていた杖(つえ)を

警(けい)備(び)の者(もの)が叩(たた)き落(お)とした。



「なんだと! おい、マルフ!

 テメエらっ! 裏(うら)切(ぎ)りがったなぁっ!」



床(ゆか)に強(つよ)く倒(たお)されたユヴィルは、

口(くち)を布(ぬの)で塞(ふさ)がれて両(りょう)手(て)足(あし)を縛(しば)られる。



身(み)動(うご)きが取(と)れなくなった彼(かれ)は、

鳥(とり)に抑(おさ)えつけられた幼(よう)虫(ちゅう)のような姿(すがた)で

拘(こう)束(そく)された。



わたしは訴(そ)訟(しょう)記(き)録(ろく)を読(よ)んで知(し)っている。



裁(さい)判(ばん)中(ちゅう)の暴(ぼう)言(げん)程(てい)度(ど)で、

ここまで過(か)剰(じょう)な拘(こう)束(そく)はされない。



また全(ぜん)権(けん)利(り)の剥(はく)奪(だつ)を求(もと)めて

裁(さい)判(ばん)中(ちゅう)に認(みと)められた記(き)録(ろく)は、

ハミウス法(ほう)の名(な)を冠(かん)する

彼(かれ)の裁(さい)判(ばん)以(い)来(らい)になる。



「総(そう)督(とく)、証(しょう)人(にん)を。」



「うむ。」



ルービィの隣(となり)に座(すわ)っていた老(ろう)夫(ふ)が立(た)ち、

ユヴィルの手(て)放(ばな)した杖(つえ)を拾(ひろ)って前(まえ)に出(で)る。



「お前(まえ)は?」マルフが老(ろう)夫(ふ)に訊(たず)ねる。



「ユヴィルぅんとこの館(やかた)で馭(ぎょ)者(しゃ)をしておる、

 ゼオと申します。」



広(ひろ)い裁(さい)判(ばん)所(しょ)の、

最(さい)上(じょう)段(だん)の席(せき)まで通(とお)る声(こえ)の老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)は

力(ちから)強(づよ)く名(な)乗(の)った。



挿絵(By みてみん)



ゼオという不(ふ)思(し)議(ぎ)な語(ご)感(かん)の名(な)前(まえ)。



古(こ)代(だい)では沸(ふっ)騰(とう)を意(い)味(み)する言(こと)葉(ば)で、

ひとの名(な)前(まえ)に現(げん)象(しょう)名(めい)は適(てき)さない。



「日(ひ)の入(い)り前(まえ)のことでさぁ。


 わしぁユヴィルに脅(おど)されてんでぇ、

 子(こ)供(ども)3人(にん)と彼(かれ)の傭(よう)兵(へい)達(たち)を

 乗(の)せやしたぁ。」



「彼(かれ)の身(み)分(ぶん)証(しょう)の後(こう)見(けん)人(にん)はユヴィルです。」



ユヴィルは大(おお)声(ごえ)で抗(こう)議(ぎ)を試(こころ)みても、

布(ぬの)で口(くち)を縛(しば)られて呻(うめ)き声(ごえ)にしかならない。



「ゼオよ。

 お前(まえ)はそれを誘(ゆう)拐(かい)とは疑(うたが)わなかったか?」



「彼(かれ)らにぁ、逆(さか)らえんのです。


 わしぁ家(か)族(ぞく)を娼(しょう)館(かん)の人(ひと)質(じち)にされて、

 脅(おど)されとるんでさぁ。」



ゼオが何(なん)度(ど)も頭(あたま)を上(じょう)下(げ)させて頷(うなず)く。



しかしユヴィルは小(こ)刻(きざ)みに首(くび)を横(よこ)に振(ふ)る。



「ユヴィルの傭(よう)兵(へい)は誰(だれ)が殺(ころ)した?」



「仲(なか)間(ま)割(わ)れでさぁね。」



「仲(なか)間(ま)割(わ)れ?」



「はぁ。


 ゲッベルてぇ名(な)の傭(よう)兵(へい)頭(がしら)が、

 配(はい)下(か)らぁ指(し)揮(き)しとりましてな。


 やつぁ春(はる)に死(し)んだ、

 傭(よう)兵(へい)らぁの兄(あに)貴(き)分(ぶん)でよぉ。


 大(おお)通(どお)りで誘(ゆう)拐(かい)企(たくら)んどってなぁ。


 女(おんな)相(あい)手(て)に負(ま)けたんでさぁ。


 夜(よる)の館(やかた)へ入(はい)る『招(しょう)待(たい)札(ふだ)』ぁ盗(ぬす)んで、

 館(やかた)への侵(しん)入(にゅう)も失(しっ)敗(ぱい)してんでよぉ。


 ゲッベルは子(こ)供(ども)らぁの誘(ゆう)拐(かい)を、

 この旦(だん)那(な)に命(めい)じられたんでさぁね。」



曲(ま)がった腰(こし)で杖(つえ)を剣(けん)に見(み)立(た)てて振(ふ)り回(まわ)す。



素(す)早(ばや)い身(み)の熟(こな)しで前(ぜん)列(れつ)席(せき)の元(げん)老(ろう)院(いん)議(ぎ)員(いん)達(たち)が

驚(おどろ)いている。



「誘(ゆう)拐(かい)した娘(むすめ)の一人(ひとり)がぁ、

 エルテルの娘(むすめ)だったんでさぁ。


 ゲッベルのやつぁ、

 金(かね)に目(め)が眩(くら)んだんでしょうやぁねえ。


 わしゃ厩(きゅう)舎(しゃ)で震(ふる)えてよぉ、

 騒(そう)動(どう)が収(おさ)まるのぉ待(ま)っとったんでさぁ。」



意(い)気(き)揚(よう)々(よう)と演(えん)じた彼(かれ)は背(せ)中(なか)を丸(まる)くして、

再(ふたた)びルービィの隣(となり)に座(すわ)った。



――ニースだわ…。



わたしは違(い)和(わ)感(かん)を覚(おぼ)えて頭(あたま)の中(なか)で呟(つぶや)いた。



「検(けん)閲(えつ)法(ほう)に引(ひ)っ掛(か)からないからって、

 ゼオも好(す)き放(ほう)題(だい)するわね。」



サンサは呆(あき)れて溜(た)め息(いき)を吐(つ)いても、

老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)とユヴィルの様(よう)子(す)を愉(たの)しんでいる。



「仲(なか)間(ま)割(わ)れって言(い)ってるけど、偽(ぎ)証(しょう)だよね?


 またサンサがやったの?」



「また?」



スーの言(こと)葉(ば)にわたしは耳(みみ)を疑(うたが)った。



「まさか?

 今(こん)回(かい)は全(すべ)てラッガがやったのよ。


 生(なま)身(み)で無(む)理(り)するわよねぇ、あの子(こ)。」



「全(ぜん)員(いん)を?」とスー。



サンサは頷(うなず)いてから否(ひ)定(てい)した。



上(うわ)着(ぎ)の中(なか)のアルが顔(かお)を上(うえ)に向(む)ける。



「トリンが殺(ころ)した一人(ひとり)以(い)外(がい)はね。


 ラッガも逞(たくま)しくなったのね。

 ひとの成(せい)長(ちょう)って素(す)晴(ばら)らしいわ。


 昔(むかし)はとっても幼(おさな)い子(こ)だったのよ。」



「どういう関(かん)係(けい)なの?」



わたしは訊(たず)ねた。



サンサとラッガの接(せっ)点(てん)がよく分(わ)からない。



わたしが見(み)た彼(かれ)は人(ひと)攫(さら)いでもなければ、

奴(ど)隷(れい)商(しょう)でも、館(やかた)の護(ご)衛(えい)でもない。



「この街(まち)に住(す)み着(つ)いたオーブの鷹(たか)よ。


 わたしの信(しん)奉(ぽう)者(しゃ)、

 なんて呼(よ)ばれたりしてるわね。


 単(たん)純(じゅん)な力(ちから)比(くら)べなら、

 いまのラッガの方(ほう)が強(つよ)いはずよね。」



――信(しん)奉(ぽう)者(しゃ)…?



「へぇ、サンサでも勝(か)てないんだ。」



「孅(かよわ)い女(おんな)なのよ、わたしは。」



抗(こう)議(ぎ)するサンサにスーが口(くち)を抑(おさ)えて笑(わら)う。



「スーは笑(わら)い過(す)ぎよ。


 男(おとこ)と力(ちから)比(くら)べをするよりも、

 相(あい)手(て)を交(こう)渉(しょう)の席(せき)に着(つ)かせる方(ほう)法(ほう)を

 優(ゆう)先(せん)して考(かんが)えるべきね。


 ニクスの選(せん)択(たく)をわたしは責(せ)めないわ。


 可(か)能(のう)な限(かぎ)り余(よ)地(ち)を増(ふ)やしなさい。


 手(て)札(ふだ)を失(うしな)って包(ほう)囲(い)される前(まえ)にね。


 正(しょう)面(めん)から戦(たたか)って勝(か)つことだけが

 勝(しょう)負(ぶ)ではないのよ。」



「サンサが負(ま)けた時(とき)によく言(い)うよね。」



スーの言(こと)葉(ば)にわたしも首(くび)を縦(たて)に振(ふ)った。



彼(かの)女(じょ)はわたしの上(うわ)着(ぎ)の中(なか)のイオスを撫(な)でる。



不(ふ)満(まん)を示(しめ)すサンサは立(た)ち上(あ)がり、

ユヴィルを見(み)下(お)ろす。



「もう帰(かえ)りましょうか。


 お尻(しり)が冷(つめ)たいもの。」



「まだ終(お)わってないぞ。」とハーフガン。



「ユヴィルの負(ま)けだよ。


 ルービィの要(よう)求(きゅう)が通(とお)るもの。」



わたしの予(よ)想(そう)はサンサの企(たくら)み通(どお)りで、

彼(かの)女(じょ)は目(め)を細(ほそ)めて頷(うなず)いた。



「この裁(さい)判(ばん)が開(ひら)かれた理(り)由(ゆう)は

 ユヴィルの資(し)産(さん)を奪(うば)って配(くば)る目(もく)的(てき)で、

 元(げん)老(ろう)院(いん)議(ぎ)員(いん)達(たち)が集(あつ)められたんだよね。


 誘(ゆう)拐(かい)を企(くわだ)てた彼(かれ)を擁(よう)護(ご)する議(ぎ)員(いん)は居(い)ない。


 周(しゅう)到(とう)に準(じゅん)備(び)をしていなければ、

 昨日(きのう)の事(じ)件(けん)で今日(きょう)裁(さい)判(ばん)は開(ひら)かれないわ。」



――裁(さい)判(ばん)所(しょ)に連(つ)れて来(こ)られた時(じ)点(てん)で、

  ユヴィルの敗(はい)訴(そ)は確(かく)定(てい)していたわ。



外(がい)縁(えん)の庇(ひさし)を歩(ある)きながら外(そと)の雨(あめ)を眺(なが)める。



「あの老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)は誰(だれ)?」



昼(ひる)過(す)ぎにわたし達(たち)を乗(の)せた馬(ば)車(しゃ)の馭(ぎょ)者(しゃ)は、

中(ちゅう)継(けい)所(じょ)に居(い)た赤(あか)い髪(かみ)をした若(わか)い男(おとこ)だった。



スーが指(し)摘(てき)した通(とお)り、

老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)の発(はつ)言(げん)は全(すべ)て偽(ぎ)証(しょう)と言(い)える。



ゼオという老(ろう)馭(ぎょ)者(しゃ)は、

ラッガと共(とも)にわたしを夜(よる)の館(やかた)まで運(はこ)んだ。



サンサは否(ひ)定(てい)もしなければ、

こちらの質(しつ)問(もん)にも答(こた)えない。



「口(こう)実(じつ)を与(あた)えるのがわたしの仕(し)事(ごと)。


 ハミウス法(ほう)があっても法(ほう)は破(やぶ)られ、

 子(こ)供(ども)は誘(ゆう)拐(かい)されて身(み)売(う)りが起(お)きる。


 法(ほう)を破(やぶ)った者(もの)には、

 相(そう)応(おう)の罰(ばつ)を与(あた)えるべきよね。」



最(さい)後(ご)の言(こと)葉(ば)がわたしには引(ひ)っ掛(か)かった。



彼(かの)女(じょ)は箱(はこ)型(がた)馬(ば)車(しゃ)に乗(の)り込(こ)もうとすると、

先(さき)にアルが車(しゃ)内(ない)に跳(と)び乗(の)った。



「…それはサンサにも適(てき)用(よう)されるの?」



――ユヴィルを陥(おとしい)れる為(ため)に

  サンサも法(ほう)を破(やぶ)っているわ。



雨(あめ)に打(う)たれるサンサは、

厚(あつ)い頭巾(フード)に守(まも)られている。



「『死(し)とは生(せい)物(ぶつ)に与(あた)えられた、

  神(かみ)より賜(たまわ)りし罰(ばつ)である。』

 というわね。」



彼(かの)女(じょ)はアイリアと同(おな)じ言(こと)葉(ば)を諳(あん)誦(しょう)すると、

雷(らい)雲(うん)の中(なか)で竜(りゅう)の鳴(な)き声(ごえ)が空(そら)に響(ひび)いた。




 ◆ 第(だい)8章(しょう) 『泥(でい)濘(ねい)の澱(おり)』 おわり

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