
開演のハンドベルが鳴らされると、
拍手の音が波になって背中に当たった。
イオスが音に驚くと、
瞳孔を見開いて耳を伏せる。
同じ黒色の長いコートを着た役者達が、
両手を広げて裾を靡かせながら舞台を走る。
黄赤色の宝飾巾と
黒色の頭巾を被った役者達は、
舞台の左から右へ、右から左へと駆け回り、
最前列の客達は風を浴びて喜ぶ。
コートの背には白い斑点が描かれ、
口先を尖らせた宝飾巾をしている。
――あぁ、星鳥だわ。
わたし達は舞台を初めて観劇する。
エイワズは情婦達に太い声で説明していた。
舞台の奥から巨大な太鼓が出現し、
奏者が太い棒で革を叩いて空気を震わせる。
その音が次第に大きくなると、
星鳥を模した役者達は、
舞台の中央に集まった。
太鼓が勢いよく叩かれ、
雷のような激しい音が
客席の奥にまで届いて背中に返ってくる。
星鳥の中から、
真赤なコートに身を包む
一人の男が姿を現した。
赤い義髪のその男がコートを靡かせ
客席に背中を向けると、
太鼓や劇場の柱より遠く向こうの
天蓋山に指先を向けた。
わたしも何度か見たことがある男。
図書館で、アイリアの離宮で。
その男は指導者ソーマを演じている。

ソーマの周りにいた星鳥は、
翼にしていたコートを脱いで立ち上がる。
星座になれなかった星鳥が、
ひとへと姿を変えていく。
杖を掲げるのはエルテル領の開拓者。
その杖で牛を導き、犬を連れ歩く。
燭台を持つメルセ領の養蜂家。
蜂蜜を作り、蝋燭を灯す。
弓を引くのはオーブ領の射手。
狩猟を行い、革を作る。
分厚い本を開くのは分水街の裁判官。
法を敷き、ひとを裁く。
客席から湧く拍手の音が背中を叩いた。
剣を佩いているのがカヴァの王。
荒れ地を拓き、王冠を戴く。
荷袋を背中に担いだ洞窟港の船長が、
島の入り口を見つけて上陸を果たした。
劇はソーマの旅を描く。
美しい弦楽器や手のひらの打楽器を鳴らし、
踊りながら軽快な演奏を響かせる。
ソーマ達は演奏と踊りの中、
舞台の上で開拓生活を演じていく。
鍬を振り、種を撒く。
杖を掲げたソーマが石床を叩くと、
白いコートに黒い頭巾をした
羊の群れを率いた。
開拓者は羊の背に立って、
列を成した群れの上を器用に歩く。
青色の巨大な蛇が舞台に渦を巻き、
ソーマ達を襲う。
開拓時代の大水害。
巨大な肉体に赤色の燃えるような、
体毛を逆立てた猪を狩る。
篝火に液体が撒かれると、
炎が激しく空へと舞って、黒煙を吐く。
客席からは悲鳴が起き、声援が湧いた。
舞台の端に寝椅子が用意され、
そこには肌着姿の女が横臥する。
客席から口笛が鳴った。
燭台を持ったソーマが夜這いをすると、
寝椅子に横臥していた女は跳ね起きた。
ソーマは股間を蹴飛ばされて、引っ叩かれ、
舞台が客席からの哄笑に包まれる。
東部開拓史やゼズ島冒険記で描かれた、
ソーマの伝説を再現している。
本を持ったソーマが出てくると、
客席から口笛が鳴り響く。
この街の象徴になっているソーマの登場。
分水街のソーマが、
メルセ領のソーマを法で裁いている。
裁かれた不貞のソーマは絞首台に送られ、
首を吊るす姿に悲鳴が起きる。
当然、絞首台のロープは締まらないし、
苦しむ真似で顎の下に手を入れて、
男はロープに吊り下がって足先を伸ばす。
男が執行人らに運ばれて
死んだ振りをしていたけれど、
手を振って気付いた客を笑わせた。
他の土地のソーマ達も演じられていった。
オーブ領のソーマは射手。
高く美しい音色の笛が演奏される中で、
趾行器具を着けたソーマは長い足で踊り、
矢を放つ身振りで獣役を次々と狩っていく。
カヴァのソーマは王として剣を掲げる。
太鼓と金属の打楽器を使った激しい演奏で、
音に合わせて剣を振って闘争を描く。
エイワズの隣で情婦達も興奮している。
舞台の脇に設けられた二つの篝火に
粉が撒かれると、音を立てて火花を散らす。
炎が黄色や緑色に変化して、
近くの客席を驚かせた。
塩や銅粉は炎の熱で励起し、
特有の色の輝線を放つ
炎色反応という現象を起こす。
この単純な現象を見せて神の化身と詐称し、
民衆を騙した王がかつて存在した。
大太鼓が一定間隔で音を鳴らす。
それはまるで心臓の拍動で、
役者達の居なくなった舞台には、
再び赤いコートの指導者ソーマが立った。
木々の精霊達が、
囁くように高い声で歌う。
ソーマの背後に紫黒色の巨大な布が張られ、
布の皺と光素の反射で緑や赤にも見える。
シルクの織り目を減らして、
布地に高い光沢を持つ闇を描く。
指導者ソーマが禁足地に立った。
アイリアの描いた、
入植十二画の13枚目の絵。
星鳥が舞台を駆ける。
コートを上下させ、羽音を鳴らす。
舞台の中央に集まった星鳥の中から、
おかしな姿の人物が現れた。
――管理者?
それは真黒な布に覆われた姿の存在。
黒の頭巾に黒の宝飾巾で顔は見えない。
その存在が手を高く掲げると
太鼓が空気を突き破り、
篝火は再び燃え盛って黒煙を吐く。
紫黒色のシルクがソーマを襲った。
大太鼓と共に2枚の薄い金属板が
騒々しく叩かれ、獣の声を作り出す。
――ソーマは雷霆で死んだ。
天蓋山の麓の深い森、
禁足地で不可解な落雷に遭って
急逝したソーマ。
舞台からシルク布が取り除かれると
まるで蒸気のように、
ソーマは舞台から姿を消した。
騒ぎ始める客席を無視して、
大太鼓は細かく打ち続けられた。
精霊達は歌う。
星鳥が舞台を飛ぶ。
弦楽器が奏でられ、鳥達が囀る。
大太鼓が勢いよく何度も叩かれると、
星鳥の群れの中からソーマが現れた。
死んだと思われたソーマの生還に、
客席は拍手して口笛を鳴らし、
立ち上がると地面を踏み叩き大騒ぎする。
紫黒色の布はまた揺らめき静まる客席、
舞台を異様な空気が包んだ。
太鼓が弱く不安定に鳴らされ、
弦楽器が歪な音を立てている。
ソーマは客席を鼓舞するかのように、
足踏みをして音を立て、剣を掲げた。
その動作が繰り返されると、
客席もその動きを真似て役者に応じる。
大太鼓が同じ間隔で叩かれる。
舞台上のソーマと客席が一体になると、
彼は剣を斜めに振り下ろした。
紫黒色の布は切り裂かれ、
真白な布へと変わった。
星鳥は輪を作り、
各地のソーマへと姿を取り戻した。
客席の興奮は絶頂に達し、
空気を割る勢いの拍手と足踏みが反響する。
わたしは耳を抑えて、
感情溢れる客席を見上げた。
◆
劇は終わると、役者や奏者達が
舞台の縁に沿う形で弧を作って並ぶ。
客席から拍手を受びながら、
笑顔で深く頭を下げた。
「ニクス! お金を用意して!」
拍手の中でスーが叫んだ。
「え? これ?」
館を出る時に、サンサに押し付けられた
硬貨の詰まった革袋を開く。
「やっ! こうするの。」
スーは革袋に手を入れて、
掴んだ銅貨を舞台に投げた。
隣に座るエイワズも銅貨を投げ入れる。
マルフ達と一緒に観劇していたレナタも
立ち上がって銅貨を投げていた。
他にも子供の姿を多く見かける。
「ニクスもやって!」
「え? うん。」
最前列に座れる階級のひと達が、
他の客の席料も支払う仕組みだった。
太鼓が叩かれると、
打音に合わせて銅貨が投げ入れられる。
客席は太鼓が叩かれる度に掛け声を叫び、
最前列で袋を持ったひとが立ち上がる。
客席を振り向いたまま背を向けた舞台に
硬貨を投げる目立ちたがりも居る。
「最後まで投げきったひとが
舞台に立つ栄誉が与えられるんだよ。」
そうなると資産のある総督のマルフや、
議長のエイワズに敵うひとなど居ない。
客席から名前を呼ばれる為に振り向き、
最前列に立って硬貨を投げるあs 者も居る。
舞台に立った役者よりも客が目立てば、
立場が入れ替わってしまう。
「サンサが権利を持っている劇場なら、
そこからいくら投げ入れても
彼女の元に帰ってくるわけだね。」
「わたしは扇持ちね。」
サンサに銅貨を押し付けられたわたしは、
彼らの火を煽ぐ役目を負わされた。
トリンは投げる姿勢も示さず退屈そうにし、
スーはわたしに動作を指示する。
一握りでだいたい100ルース程度。
小銀貨1枚に相当する量が投げ入れられる。
「あっ!」
袋の中身を見ずに何度目かを投げていると、
手にした硬貨が銀貨へと変わった。
隣のエイワズも銀貨の革袋に切り替える。
――今度は金貨1枚分ね。
エイワズの隣の客も、その隣の客も
わたしに対抗して銀貨を掴んで投げる。
投げられた硬貨が変わったことに気付き、
客席は拍手し、口笛を鳴らす。
立っていた客は、投げられる硬貨を失い
次第に座る者も出た。
硬貨が投げられる度に、
太鼓が叩かれて空気を震わせる。
「まだある。…金貨も出てきたよ?」
「袋ごと投げちゃってもいいと思うよ。」
前列で立っている客は、
片手の指の数ほどしか残っていない。
投げる行為に飽きてきたので、
スーの提案通り革袋ごと舞台に投げ入れた。
――サンサのお金として戻って来るものね。
投げた革袋の中から金貨が溢れ出す。
わたしの行為に歓声が湧き、
奏者達が手持ちの楽器を奏ではじめた。
指導者ソーマの役で中央に立つ男が
こちらを見て、輝く剣で示してくる。
男は銀色をした切れ長の目で、
口角を上げてわたしに微笑する。
恥ずかしさにわたしは座って
イオスを抱いた。
――見覚えのある顔…。
男の顔から記憶を手繰る。
サンサから押し与えられたお金で
虚栄心を満たすつもりはない。
片手にしている金貨が10枚もあれば、
夜の館に支払う最低限の金額になる。
立っているひと達は、
大金を惜しむことなく投げる。
硬貨を少しずつ指先で摘んで投げて
最後まで立って居られても、
小狡い人間に栄誉は与えられない。
「どうだぁっ!」
隣でエイワズが叫んで金貨を投げ続けた。
情婦達が声援を送り、
大燥ぎしていた。
マルフも金貨を投げてまだ立っている。
残された二人の為に太鼓が鳴り、
木々の精霊が歌い、羊の群れが踊り、
奏者や役者達が客席を盛り上げる。
手持ちの金貨を投げ競った結果、
最後まで立っていたのはマルフだった。
客の中で誰よりも席料を払ったマルフは、
アイリアと共に役者達に招かれて、
舞台に立つ栄誉が与えられた。
「いいぞぉ! 総督ぅ!」
「マルフぅ~!」
「アイリアーッ!」
「金返せぇ!」
「帰れゴミ屋ぁ!」
無産街出身の彼を誇らしく思う者が居ても、
妬む者も同等に居て蔑称が叫ばれる。
マルフはそんなことを気にもせず、
舞台に立つと指導者ソーマ役の男と、
肩を組めたことに口元を緩めていた。
トリンは声を漏らして鼻で笑っていた。
彼女の顔は笑っていない。
わたしによく見せる嘲りでもない。
怒りと諦めを綯い交ぜにした表情を見せる。
わたしは隣に座るスーを見た。
いつもの明るい碧色の目が濡れて、
逆三角形の耳が赤く、鼻を啜っていた。
わたしの視線に気付いて、
彼女は膝のアルを抱いて立ち上がった。
「お客さんの興奮が落ち着いてきたら、
レナタを誘って山登りしよっか。」
二つの三つ編みを解いた彼女は、
金色の髪を後頭部に束ねる。
――彼女も普通を失っている。
わたしはそんなことを思いながら
首を縦に振った。
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