八章 暗殺者集団との対決
アメリーが考え込んでいると、ドミニクが声をかけた。
「どうした?」
「あ、ドミニク……」
「何か考え込んでいるようだが、何かあったのか?」
隣に座ると、アメリーは目を伏せた。
「……あたし、わかんなくなっちゃって……」
「分からなくなった?」
「……セシリアのしたことは許せない。でも、カミツレの言葉を聞いて不安になったの」
ドミニクは静かに、彼女の言葉を聞いていた。
「カミツレがセシリアに優しいのは、憐れみと同情からだと思ってた。前線に立たせるためだって」
「セシリアは魔法使いだ、前線向きじゃないだろう」
「……分かってる。だから、いつでも死んでいい人間を引き入れたのかなって……でも、違った。カミツレは本当に許してて、誰よりもあたし達のことを考えていたの」
「……アメリーは、セシリアが死んでもいいと思っているのか?」
その質問に、「……分からない」と呟いた。
「許せないって言うのは本当。カミツレを傷つけて、シャルル様を殺そうとしてたもの。……でも、二人はセシリアを許してる。だから、分からなくなった……」
なるほど、とドミニクは考え込む。
実際、シャルルとカミツレは優しい。暗殺しようとしていた人物を味方につけるなんて、よほどのお人よしだ。ドミニクも、セシリアのことを許せるかと言われたら……絶対に、許せないだろう。
「アメリーの気持ちも当然だと思う。私だって、セシリアがしたことを考えたら許せない。……だが、彼女の優しさを知っているのも私達だ。だから彼女の贖罪を手伝うのもいいと思う」
「……そう、かな……そうだよね」
ドミニクの答えにアメリーはうつむいた。
「ヘンリエッタ様」
名前を呼ばれ、ヘンリエッタは振り返る。そこには傍仕えのハンナが立っていた。
「どうしたの?」
「その……最近不審な動きをする者がおりまして……」
「……そう、ですか……」
「どうされますか?」
皇族は今やヘンリエッタだけだ。彼女が殺されてしまえば、帝国は滅びてしまうだろう。
「……民を優先しつつ警備を強化しなさい」
「分かりました」
指示を出すと、ハンナは一礼した。
ハンナが部屋から出ると、ヘンリエッタは悲しげな瞳で外を見た。
空には、何も浮かんでいない。
カミツレが国境にある湖で歌っていると、シャルルに声をかけられた。
「カミツレ、ここにいたんだね」
「シャルル様。えぇ、ここが懐かしくて……」
「懐かしい?母上が連れてきてくれたの?」
シャルルが首を傾げる。カミツレは「いえ、そういうわけではないですけど……」と少し困ったような表情を浮かべた。
「なぜか、ここが懐かしいんです」
「そうなんだ。……奇遇だね、僕もここが懐かしく思えるんだ」
――湖に映る二人が、一瞬だけ水色の髪の少女と金髪の青年の姿になって映った。
「きっと、僕達が生まれる前からここに縁があったんだね」
「そうかもしれませんね」
そこに、二人を探していたのかセシリアもやってくる。
「カミツレ、シャルル様。そろそろ……」
「そうだね。行こうか」
「はい」
湖に映るセシリアの後ろ姿も、水色の柔らかそうな髪の少女のものになっていた。
暗殺者集団が襲ってきたのはそのあとすぐだった。
「セシリア、危ないよ」
カミツレが庇うようにセシリアを後ろに下げる。
(大切な「妹」に、指一本触れさせるわけにいかない……)
そんなことを考え、おかしいことに気付く。
(……なんで、「妹」なんて思ったのかしら?)
そう思うが、今は考えている暇なんてない。
剣を握り、周囲を見渡す。……相手は周囲を囲んでいるようだ。
「アルセーヌ殿、分かりますか?」
「もちろんだ。……カミツレは魔法で殲滅してくれ」
「了解です」
そのあと、みんなに指示を出すとカミツレはいつでも魔法を使えるように準備していた。
(絶対に、守ってみせるから)
あの日の後悔を、繰り返したくないから。
カミツレが一歩踏み出す。それに合わせるように一気に乱戦が始まった。それはいいのだが、違和感がある。
(死に対する恐怖が感じ取れない……)
そう、相手から何も感じ取れないのだ。それにカミツレは戸惑う。
そんな中、セシリアに近付いてくる女性がいた。
「あっ……バルバラ、様……」
その瞬間、セシリアの顔が青ざめた。すぐに彼女がセシリアを追い詰めた暗殺者集団のボスなのだろうと気付く。
「セシリア、酷いじゃない。育ての親を裏切るなんて」
「あんたが彼女を洗脳していたの?」
セシリアを守るようにカミツレが立ちふさがる。それにバルバラはクスクスと笑った。
「洗脳なんてひどいわね、事実を言っただけよ?」
「……哀れな人。あなたも操られているのね」
本当に憐れむように、カミツレは彼女を見る。操られている……?と全員が首を傾げていると彼女――の後ろに魔法を放った。
「ねぇ?……ガストン」
そこに立っていたのは、悪い顔をした男だった。
「おやおや、気付かれてしまいましたか。さすが天才軍師の生まれ変わりの王女様」
睨んでいる彼女に怯えもせず、その男性はクスクスと笑っていた。
ガストンは、邪竜を信仰しているオスクリタの祭司であり王だ。……そして、暗黒魔法を得意とする、カミツレとは真逆の男。
「この世界は壊すべきだろう?人はどこまでも愚かで、自分勝手なのだから」
「そんなことない。確かに人は愚かかもしれないけれど、それ以上に人間は成長できる」
「どうだが。簡単に裏切り、傷つける人間など救いようもないのに」
「あんたがそう思い込んでいるだけよ。そんな人ばかりじゃない」
二人はそんな言い合いを繰り返す。その姿はまるで、かつて女神が人間を庇っていた時のようだった。
「闇があるから、光がある。そうは思わないか?」
「……そうね、逆もまたしかり。何もかもが表裏一体よ、かつてのあの両国のように。だからこそ、私はあんたを許すことは出来ない。あんたは、必要悪なんかじゃない」
カミツレのその言葉に、ガストンはフンっと彼女を見定めるような瞳を向ける。
「必要悪、ねぇ。お前がそうだと言いたいのか?」
「さぁね。私からしたらどうでもいいわ。大事な人達を守ることさえできたら自分の命だって捨てる。ただそれだけよ」
それを聞いて、ガストンは高らかに笑った。
「アッハハハ!本当に変わりないんだな、天才軍師様は。その自己犠牲精神も、博愛主義も、本当に変わらない」
「……そうね、そうかもしれないわ。私が「彼女」である時から、変わりないの」
ガストンがカミツレに向けて暗黒魔法を放ってくる。しかし彼女は避けることもせず、シャルルとセシリアを庇ったままだった。
「……やはり、そうか。その二人が天才軍師様の弟妹の生まれ変わりなんだな。天才軍師様が特に愛した、大事なきょうだい」
「……うるさいなぁ。早く消えてくれよ」
カミツレの目は冷たかった。まるで仇でも見るように。
「私が天才軍師様の生まれ変わりだから、何?やることは同じよ、あんたを倒すだけ」
――カミツレの脳裏には、彼女のものではない「記憶」が浮かんでいた。
かつて、邪竜と呼ばれた竜を「妹」や「きょうだい」達と封印した、その記憶を。
「でも――これならどうかな?」
パチン、と指を鳴らすと突然カミツレが何かに耐えるように頭を抱える。
「あ、がっ……!」
赤い火花がカミツレからパチパチと音を立てて散っていた。
苦しげに呻く彼女はやがて膝をつく。
「……おやおや、普通の人ならそれだけで理性を失うんだが。さすがだな」
顔の半分が竜のものになったカミツレはなおもガストンを睨んでいた。彼はニヤニヤと面白いものを見るようにその様子を見ていた。
フラフラと、カミツレは立ち上がる。そして弓を握るとそれが強く光った。
「死になさい」
うつろな目をしながら、カミツレが矢を放とうとしたが、その肩を誰かが掴んだ。
「落ち着け、カミツレ」
アルセーヌだった。彼は心配そうな瞳を宿していた。
「なぜ?あいつはあなた達を殺そうとしている。その前に私がこの手で……」
「今のお前に相手させるわけにはいかない」
「あなたの手を汚すわけにはいかない。……手を汚すのは、私だけでいい」
誰かに乗り移られているのか、カミツレの口調が変わっている。淡々としていながら、節々に優しさも宿している。……これが、天才軍師なのだろう。
「カミツレ。……いや、「ピット」」
不意に、シャルルがカミツレに声をかけた。彼女は兄に向き変える。
「僕達だって、君に頼りっぱなしじゃない。それは分かっているでしょ?」
「……そうだけど」
「なら、もっと僕達を信じてよ」
その言葉を聞いたと同時に、カミツレは糸が切れたようにアルセーヌの方に倒れ込む。慌てて確認するが、ただ気絶しているだけだと分かり胸を撫でおろす。
「チッ。狂ってしまえばこちらのもんだと思っていたのだが」
ガストンが舌打ちをし、隣にいたバルバラを見て、
「こいつらを殺せ」
そう指示を出した。彼女は「分かりました」と頷き、彼らの前に立つ。
「アルセーヌ、カミツレを見ていてほしい」
シャルルに言われ、アルセーヌは彼女を抱えて後ろに下がった。それと入れ替わるようにほかの人達が前線に立つ。
「……カミツレ、大丈夫だからな」
愛しい恋人に小さく声をかける。周囲を警戒しながら気を失っているカミツレを見ていた。
シャルルは剣を握り、バルバラを睨んだ。そして、あることに気付く。
「……あなた、あの時カミツレを襲った人だね?」
そう、カミツレが従騎士だった時に襲い掛かったあの女性だった。クスクスとバルバラは笑う。
「えぇ、そうよ」
「君に子供いた気がするけど……」
「あら?何言っているの?あの子の母親も殺したわよ。私が成り代わっていただけよ」
「この……っ!?」
歪んだ笑いをあげる彼女を忌々しげに見る。いつもの優しいシャルルはどこへ行ったのか、そこには怒りがにじみ出ていた。
「いいじゃない、子供は道具よ。もちろんそこの道具もね」
「……っ!」
バルバラがセシリアを見ると、彼女はビクッと震えた。同時に、光の矢が放たれる。
「怖いわね、王様のすることかしら?」
「僕の大事な妹の親友をそんなふうに言うのは絶対に許さない」
シャルルの手には、カミツレに預けていた弓――かつて天才軍師が使っていたと言われている光の弓矢があった。
それに続くように、アメリーがバルバラに剣を振るう。
「あんたのせいで、セシリアはあたし達を裏切らないといけなかった。カミツレがどれだけ泣いて、祈っていたのかあんたには分からないわよね!」
アメリーは気付いていた。カミツレが一人でずっと泣いていたことを。セシリアのことを思い、戻ってくるように祈っていたことを。
最初、なぜ裏切り者をそこまで大事に思うのかアメリーには分からなかった。カミツレに心ない言葉を投げたことだってあった。
でも……今なら分かる。カミツレは気付いていたから、セシリアを暗い闇から救い出そうとしていた。同意してくれる人がいない中、たった一人分かっていたから……だから一人で泣くしか出来なかった。
(あたしの方が子供だったわ……何も気づかず、自分の感情でしか見ていなかった……)
後悔してもしきれない。だからせめて、自分の持っている力すべてで守ってあげよう。
そう心に誓い、アメリーはセシリアの方を見た。
「あんたも、言い返しなさい。カミツレに助けてもらったんでしょう?」
その言葉にセシリアはギュッと拳を握った。そして、バルバラに魔法を放つ。
「私は……私は、もうあなたの言いなりにはならない……っ!」
そう宣言した直後、セシリアの頭に何かが割れる音が聞こえてきた。同時に、目の前が澄んで見えていく。
「ここまで育ててやった恩をあだで返すつもりか。それなら、もういらないわ」
バルバラは感情もなくそう吐き捨てる。同時に、後ろにいた暗殺者達が前に出てきた。
そのまま、戦闘が始まる。
「シャルル様、下がっていてください」
ジルベールがシャルルを庇うように立つ。騎士としての感覚は鈍っていないつもりだ。
それにしても、と元同僚で幼馴染の方を見る。
(あいつが前線に出てこないとはな……それだけ、あの子が大事だということか)
自然と笑みが浮かぶ。
アルセーヌは全員が戦っている様子を見ていた。
(本当は合流した方がいいのだろうが……)
気を失ったままのカミツレを放っておくことは出来ない。……それに、自分がいなくても大丈夫だろう。
「……よかったな、カミツレ。セシリアも前を向く勇気が出たみたいだぞ」
言い聞かせるようにカミツレの頭を撫でる。
セシリアが魔法を放っていると、斧を振り落とされる。間一髪、それを避けると身体の大きな男性がケラケラと笑っていた。
「裏切り者、殺す」
「……あぁ、残念ですね。あなたはもう助けられない……」
悲しげな表情を浮かべながら、雷魔法を彼に当てた。
「だからせめて、私の手で葬ってあげます」
その言葉と同時に、彼はその場に倒れる。息絶える直前まで、彼は笑ったままだった。
もしかしたら、自分もそうなっていたかもしれない……そう考えるとゾッとする。そしてそんな狂気の闇から救い出してくれたカミツレに感謝した。
バルバラの最期はあっけなかった。ジュストが放った矢が胸に刺さってその場に倒れ込んだ。
「がっ……このっ……殺して、やる……!」
彼女が手を伸ばそうとすると、ドミニクがシリルから借りた剣を地面に突き刺した。
「これ以上抵抗するな。お前達の負けだ」
その宣言とともに彼女はそのまま手が落ち、動かなくなった。
その日の夜、全員が眠れずに火に当たっているとカミツレが薄く目を開けた。
「……う……」
「……っ。カミツレ、起きてきたんだね」
「……兄様?今どういう状況ですか?」
起き上がったカミツレはいつの間にか夜になっていることに首を傾げていた。
「カミツレ、倒れたんだよ。多分疲れていたんじゃないかな?」
「……あー……あの時、何か声が聞こえてきて……倒れてしまったんですね……すみません……」
謝るカミツレに「大丈夫だよ、それより何もなくてよかった」とシャルルは笑った。そんな彼女にアメリーが駆け寄ってくる。
「カミツレ、よかったぁ……」
「ど、どうしたの?」
「あたし、何が何だかわらんなくてぇ……」
「ほ、本当に何があったの……?」
泣き出すアメリーに戸惑っていると、「あー、カミツレ、竜に変化しようとしていたんだよ」とシャルルが代わりに答えた。
「それは……泣きますね」
知り合いが突然人外に変化しようとするのはかなりの衝撃だろう。カミツレやシャルルは母が竜の姿になったことがあったから普通に受け入れられているだけで。
「本当によかった、安心したら眠気が来ちゃったよ……」
エドワールが笑う。それにつられ、みんなに笑顔があふれた。
「あー、それにしても本当に頭がズキズキする……」
カミツレがため息をつきながら呟く。「だ、大丈夫ですか?」とエクトルが尋ねると「大丈夫」と彼女は笑った。
「多分さっき、無理やり竜にさせようとしてた影響だと思うわ」
「カミツレは竜の血が濃いからね、かなりきつかったんじゃない?」
シャルルに聞かれ、カミツレは困ったように笑う。
「そうですね、人間から竜になるの本当にきついですね……」
「違う種族だからね、仕方ないよ」
そんな話をしていると、ジルベールが「カミツレ、だっけ?」と声をかけてきた。
「はい、そうですよ」
「少し話をしない?」
その誘いに目を丸くしながら頷いた。
少し離れたところで話をする。
「君、アルセーヌのことどう思ってる?」
「え、アルセーヌ殿、ですか?尊敬する先輩ですよ」
「へぇ……」
ジルベールはジッと彼女を見る。
アルセーヌの話をする彼女の瞳は、恋する乙女そのものだった。
「あいつにも青春が来たんだなぁ」
「……?」
彼の言葉にカミツレは首を傾げた。




