九章 逆境を乗り越える者
「カミツレ、かぁ……」
マドレーヌが呟くとリリアーヌが首を傾げる。
「どうしたの?」
「カミツレって、花の名前なんだよ」
「そういえばそうね」
オノリーヌも末妹の方を見た。
「白い花でね、すっごくきれいなの」
「そうなの、見てみたいわ」
「この戦争が終わったら見に行こうよ」
マドレーヌのその案に二人は「いいわね」と笑った。
――彼女にピッタリの花言葉ね。
そんなことを思いながら。
次の日、オスクリタ王国と決着をつけようと占領された王都を奪還しに向かう。
王と騎士達の帰還に、民からは歓声が響いた。
「まずは民の安全から確保しましょう」
「あ、僕が行きますよ」
カミツレの言葉にエクトルが立候補する。それに合わせて続々と立候補者が出てきた。
従騎士時代のメンバーとシェーン、三姉妹を中心に民を安全な場所に案内している間、ほかの人達は王城に攻め込む。そこにはやはり、オスクリタ軍が占領していた。
「カミツレはシャルル様を連れて先に進め!」
「分かりました!」
アルセーヌに言われ、二人はそのまま走り出す。
「アルセーヌ、久しぶりにともに戦うか」
ジルベールが彼の背中に合わせてそう呟く。それにアルセーヌは小さく微笑んだ。
「……あぁ、もちろんだ」
二人が王座に着くと、ガストンが「来たか」と振り返った。
「あんたの計画は分かっているわ。やめてくれないかしら?」
カミツレの言葉にガストンは笑う。
「さすが天才軍師だな。だが、こちらも儀式は完成している」
そう言いながら足元の魔法陣に触れると、邪悪な魔力を感じ取った。恐ろしいほど、邪悪な力……背筋が凍ってしまうほどだった。
「兄様、下がっててください」
カミツレが兄を庇いながら、魔法で壁を作る。壁越しでも分かるその強さにカミツレは眉間にしわを寄せた。
(多分、何回も壁を作るのは不可能……そう考えると少し考えた方がいいわね……)
カミツレだけならどうにでもなるかもしれない。しかし、シャルルを守りながら……となると厳しいものになる。
(そもそも、あの魔法陣は一体……)
その時、魔法陣から禍々しいものが出てきた。それを見て、二人はその答えを知ると同時に呆然とする。
「あれは……」
「邪竜……!」
そう、ガストンが召喚したのは邪竜だった。彼は狂ったように笑いながらそれに近付く。
「さぁ、わが神よ!我の身体を使いこの世界を滅ぼすがいい!」
その言葉に応答するように、邪竜は彼を捕食してしまった。二人はそれをただ見ていることしか出来ない。
邪竜の、地を揺らすようなうなり声が聞こえる。
「……兄様、今のうちに倒さないと……」
「うん、多分本当に世界が滅ぶだろうね」
それぞれ剣や弓を構え、二人は攻撃を始めた。何とか効いているようだが、それもすぐに癒えてしまうようだった。
(ど、どうしよう……!)
カミツレに焦りの表情が見える。それほど、予想外の装甲だった。
そこに、オスクリタ軍を相手していたアルセーヌ達がやってきた。
「これは……っ!」
「今は集中した方がいい!このままじゃ……!」
「本当に、死ぬぞ!」
エドワールが戸惑ったような声をこぼすが、アルセーヌとジルベールの言葉を聞いてハッと矢を引く。
「……っ!待ってください!多分、こいつには普通の攻撃は効かない!」
しかしそれに気付いたカミツレが叫ぶ。その間に周囲から謎の生物が召喚されていく。
「フロラン殿、どうしましょう?」
ジュストの冷静な質問に考え込む。そして、
「……今かカミツレに任せて、わし達はこちらの相手をしよう」
フロランの指示に頷き、全員参戦する。
外でもその生物が現れ、地上は阿鼻叫喚になる。
「な、何が……っ!」
「大丈夫か!?」
全員が戸惑っていると、一緒に避難させていたブラーヴが駆け寄ってきた。
「あ、は、はい。何とか……あの、これって……」
「……邪竜が復活したんだ」
ドミニクが尋ねるとブラーヴが答える。
「俺もこんな現象、見たことがなかったが……邪竜が現れると謎の軍隊が現れると言われているらしい。……サルビア様から聞いたことがある」
どうやら、かつて天才軍師が封じた国があるらしい。そこに邪竜やそれに付き添った者を閉じ込めたそうだ。そしてその邪竜は、死者さえも操ることが出来るらしい。
「それなら、この謎の生物は……」
「あぁ、おそらくその死者だろうな」
だが、とブラーヴは思い出すように告げる。
「復活した邪竜はしばらく本来の力を出せないらしい。その間に再び封じるといいらしい」
「……あの、もし本来の力を取り戻したら……」
嫌な想像をしながらオノリーヌが尋ねると、ブラーヴは目を伏せた。
「――神竜の血を引く者が生贄になるしかない」
カミツレはひしひしと近付くタイムリミットを感じていた。
(早く倒さないと……無事ではすまない……)
光の矢を放ちながらどうするか考える。それがよくなかったのだろう。
「カミツレ!危ない!」
「え……っ!?」
シャルルが叫ぶが、一瞬遅く邪竜がカミツレを攻撃した、その強烈な振り払いに飛ばされ、壁に強くぶつける。
「っ……!」
痛みに顔を歪めるが、それでもカミツレは邪竜を睨みつけた。
シャルルも斬りつけるが、あざ笑うかのように尻尾で払われる。ほかの人達も死者の軍を相手に手間取っているようだ。
「ジュスト、そっちは?」
「多いな……倒しても襲ってくる……」
ジルベールが尋ねると、案の定の答えが返ってきた。
エドワールとアルセーヌもすでにかなりの傷を負っていた。カミツレはそんな全員の様子を見ていた。
「アルセーヌ殿、カミツレが……っ!」
「今は集中しろ!」
二人は焦っているようだが、それでも死者の軍の相手をしていた。だが、強くなっているのか彼らでも苦戦しているようだ。
だんだんと邪竜も力を取り戻してきているのが分かる。
(……このままじゃ、みんな死んでしまうかもしれない……)
その危機感に無理やり身体を動かし、弓を引く。
――その矢に、誰かの力が宿った気がした。
「これ以上……傷つけるな!」
彼女の背中に、水色の女性が見える。その女性は自身の手をカミツレの手の甲に重ねた。
「大丈夫、私がついているから勇気を出して」
少女の頭に、そんな声が聞こえてきた。
カミツレが光の矢を放つ。それは邪竜の頭に命中した。
「兄様、とどめを!」
「了解!」
妹の言葉にシャルルは頷き、高くジャンプして光の矢が当たった場所に聖剣を突き刺す。
パキン、と何かが壊れる音とともに邪竜は悲鳴のような声をあげて倒れ込む。これで終わった、と思ったのだが。
「おー、すごいなぁ。まさか倒してしまうとは」
邪竜の身体が消えていくとその中心に何者かが立っていた。
「お前は……」
「しかし、私を倒すことは出来まい……」
「……っ!」
波動を放つ直前、カミツレがシャルルの肩を掴んで後ろに下がらせる。しかしカミツレには当たってしまい、全身に傷をつけた。
恐ろしいほど強い魔力を持っているようだとすぐに分かる。カミツレじゃなければ、即死だっただろう。
「……兄様、いいですか?一瞬でも油断したら、死だと思ってください」
「分かった」
それはシャルルも感じ取っていたことだ。彼も顔を青くしている。
ふと、カミツレの方を見るとわずかに震えていた。きっと、恐怖を押し殺しているのだろう。
「……カミツレ、少し下がってていいよ」
「え、でも……」
「震えてるよ。大丈夫、絶対に死なないから」
そう言われ、カミツレはコクッと頷いた。
シャルルが剣を構えると、相手も同じように剣を構えた。カミツレはいつでもサポートできるようにギュッと弓を握る。
動き始めたかと思うと、二人の剣が交わる音が聞こえてきた。
「さすがだなぁ、天才軍師の血筋の者」
「……っ、強い……っ!」
誰が見ても、相手は余裕そうだと分かる。このままではシャルルが負けるだろう。
カミツレは震える腕を動かし、祈るように手を組む。
(お願い……神様がいるのなら……助けて……)
神頼みなんて、カミツレらしくない。それはよく分かっている。それでも……もう、願うしか出来ないのだ。
その時だった、シャルルと相手の間に茶髪の女性が入ったのは。
「ここまでよ、「アダム」」
彼女は今まさにシャルルを殺そうとした男の手首をたやすく掴む。その手から、淡く温かい光が溢れるとアダムと呼ばれた男は力が抜けたように膝をついた。
「あんたは狂いすぎた。……これ以上、人々に危害を加えるな」
「……アポイナ、様……」
シャルルが声を絞り出すと、彼女はニコッと彼に笑いかける。そしてアダムを抑え込んだ後、「彼は私が回収するわ。安心して」と告げた。アダムは忌々しげに彼女を見ていたが、力を奪われているのか抵抗しない。
気を失ったことを確認し、アポイナはカミツレの方に歩いてきた。
「ありがとう、あなたが祈ってくれたから協力出来た。……幸せになりなさいね、カミツレ」
優しくそう言って、彼女はアダムを連れてその場から去っていった。
アダムがいなくなったからか、死者の軍が消えていった。しばらくして、シェーン達が城に入ってきて合流する。
「あぁ、みんな無事でよかった……」
シェーンが涙を流す。シャルルは優しく彼女の背を撫でた。
きっと、これから平和になるだろう。なぜだか分からないが、カミツレは涙を流しながらそう思った。




