六章 悲しき戦争の記憶
ブラーヴとフロランは、シャルルとカミツレの父と仲がよかった。祖父が王だった時から騎士をしていたため、その子供であるフィエルターとも仲よくなったのだ。
サルビアは、フィエルターが王子の時に結婚しており、王位を継いだ年にシャルルを授かったようだ。
「可愛いですね……」
フロランとブラーヴが赤子のシャルルを見て、一緒に笑いあったことを覚えている。
前の戦争の時にはすでにブラーヴは一線を引いていた。フロランはフィエルターに命令され、まだ十代だったシャルルを守るために城に残った。
「フロラン……父上は大丈夫かな……?」
シャルルは不安げに尋ねる。フロランは「きっと大丈夫ですよ」と微笑んだが、それでも彼は怯えていた。
「……父上がいなくなったら、僕本当に一人になっちゃう……」
母であるサルビアが亡くなったと風の噂で聞いていたシャルルは悲しげにつぶやいた。
しかし、彼の願いも届かず父は戦死してしまった。その報告を聞いたシャルルはシェーンの父が治めている王国に泣く泣く亡命することになった。
「シャルル様、ご無事でよかった」
亡命した当時、シェーンがシャルルに抱き着いたのを覚えている。
シャルルとシェーンはもともと婚約者で、親同士が決めた。初めて会った時から二人は愛し合っていたため、それを了承。だからこそシャルルが無事で安心したのだ。
亡命してから三年後、シャルルが解放軍を引き連れてオスクリタ王国と戦った。
そしてオスクリタ王国の計画を阻止し、シャルルは英雄として王に即位した。
「その五年後、お主が戻ってきたということだ」
フロランの話が終わると、カミツレはうつむいた。
「そう、だったんですね……」
「シャルル様はおぬしが妹だと分かって、本当に喜んでいた。もちろん、わしもうれしかった」
彼はカミツレの頭を撫でる。
「……ブラーヴがおぬしを孫娘というのも分かるな。素直で優しい子だ。サルビア様も二人を優しい子に育つとおっしゃっていたな」
その小さな言葉がカミツレの胸に響く。彼の瞳はいつくしみ深いものだった。
サルビアがカミツレを身ごもっている時、フロランとブラーヴはよく話し相手になっていた。
「きっと、この子は女の子だわ」
嬉しそうに、彼女は告げる。
「女の子、ですか。サルビア様に似て賢い子ですよ、きっと」
「フフッ、そうね。この子は素晴らしい軍師になると思うわ。それに、シャルルを支える王女様になるわよ」
サルビアはそう言って笑う。
――事実、カミツレは賢く、騎士より軍師の方が向いていた。
「おかあさま、この本読んで!」
幼いカミツレが持ってきた本は、難しい戦術書だった。サルビアは小さく笑い、それを読んであげていた。
(本当に……この国を影から導く者になるでしょうね……)
そう思いながら、カミツレの頭を撫でていた。
「シャルル様、ヘンリエッタ様からの伝言がありまして……」
次の日、リリアーヌがシャルルに自分達がやってきた理由を告げた。
どうやら、帝国もオスクリタから侵攻されているらしい。だからともに戦わないか、ということだった。
「もちろんだよ、一緒に戦った方が心強いよ」
シャルルが頷く。もちろんほかの人達も賛成だ。
その時、遠くから馬が駆けてくる音が聞こえてきた。振り返るとシェーンとアルセーヌが慌てた様子で近付いてきていた。
「どうしたの?」
ただ事ではないとすぐに感じ取り、シャルルが尋ねる。すると二人は申し訳なさげに頭を下げる。
「その……お城が攻めてこられて……」
「申し訳ありません、私がいながら……」
それだけで、どうなったかはすぐに分かった。
城を攻め落とされてしまったのは彼らのせいではない。甘く見ていた自分達にも責任がある。
「ううん、君達が無事でよかったよ」
その言葉に、二人はようやく小さく笑った。
夜、カミツレが紙に作戦を書き出していると、
「……カミツレ、起きているか?」
天幕の外から、アルセーヌの声が聞こえてきた。
「アルセーヌ殿?どうされました?あ、な、中に入ってください」
カミツレが中に入れると、彼は静かに座る。
普段より落ち込んでいる様子の彼に、カミツレはお茶を出す。
「ありがとう」
「いえ、これぐらいしか出来ませんから」
「……悪い、お前の先輩なのにこんなふがいない姿……」
「大丈夫ですよ、いつも支えられてばかりなのでこういう時ぐらい頼ってください」
カミツレの笑顔に、アルセーヌは救われる気持ちになった。
「……悪い、ありがとう」
そう言って笑う彼はどこか辛そうだった。
それを見ていたカミツレは、その頭を撫でた。
「か、カミツレ?」
アルセーヌが戸惑っていると、カミツレは「あ、ご、ごめんなさい」と手をひっこめた。
「いや、大丈夫だ。……ありがとう、心が軽くなった」
そして、恐る恐るカミツレの肩に頭を乗せる。
「……すまん、もうしばらく、このままで……」
アルセーヌの頬に一筋の光が見える。それを認識したカミツレは先ほどと同じようにその赤い髪を撫でた。
次の日、数人で帝国に向かうことになる。
「カミツレ、シェーンを守ってくれる?」
「分かりました」
シャルルに指示を出され、カミツレはシェーンの隣につく。
「本当にシャルル様は過保護なんだから……」
「それだけ大事にされているということですよ」
シェーンが呟くと、カミツレが小さく笑う。
「そうね。義理の妹にも大事にされて、本当に幸せだわ」
「え?……あ、そうですね。義理のお姉さんになるんですよね」
一瞬、何を言われているのか分からなかったが、兄の婚約者なのだから義理の姉になるのだ。
(騎士で王女って……滅多にいないでしょうね)
王族でも勇敢に戦う人はいるだろうが、騎士として身分を隠して、なんて物語の中でしかないだろう。
「カミツレはなんで騎士になりたいって思っていたの?」
シェーンに聞かれ、カミツレは小さく笑う。
「あの時の後悔を二度としたくないからですよ」
帝国の着くと、シャルルが近くの兵士に話をつける。そして城まで案内してくれた。
「僕とカミツレで行くから、みんなは自由に過ごしていてほしい」
そう言われ、シャルルとカミツレは一緒に入っていった。
玉座のある部屋に入ると、ヘンリエッタが二人を出迎えた。
「お久しぶりです」
「えぇ、久しぶりね。そちらの方は護衛ですか?」
「はい。行方知れずになっていた妹で、今は近衛騎士をしてもらっています」
シャルルの紹介とともにカミツレは頭を下げる。
「そうなのですね。似ているからもしかしてと思いましたが」
ヘンリエッタも安心したように微笑む。
帝国も、サルビアにはかなり世話になった。その娘が無事だったのは喜ばしいことだ。
世間話もほどほどに、ヘンリエッタが本題を切り出す。
「連盟軍として戦いましょう」
「はい。その話をしたくて参りました」
シャルルとヘンリエッタが話していると、カミツレに声をかけてきた人物がいた。
「久しぶりだな、カミツレ」
「ジュスト殿」
そう、従騎士の時に世話になったジュストだ。
「ジュスト、クレール軍に協力してくれませんか?」
ヘンリエッタが彼に言うと、カミツレの方をチラッと見て「えぇ、構いませんよ」と笑った。
「彼女の戦い方に、興味がありますし」
「ありがとうございます、引き受けてくれて」
「いえ、私の気まぐれですよ。ヘンリエッタ様も知っているでしょう」
「そうですね、あなたが誰かに興味を持つのは久しいわ」
どういう意味だとカミツレは首を傾げるが、深く触れることはしない。
「彼女と少しお話していいですか?」
ジュストが尋ねると、「うん、僕達二人で話せることだから構わないよ」とシャルルが答えた。
彼がカミツレを連れて食堂に向かう。
「それで、何を話すんですか?」
「何、口説こうかと思ってな」
「ご冗談を。ジュスト殿ほどの方なら女性に困らないでしょう」
淹れてくれた紅茶を飲みながらカミツレは笑う。ジュストはそんな彼女をジッと見ていた。
事実、ジュストにとってカミツレは理想の女性だった。身分だけ見て言い寄ってくるような女性なんかより、ずっと好ましい。
「お高いな、さすが騎士様だ」
「いえいえ、私なんてまだお酒も飲めない新米騎士ですから」
「そうなのか。それは初めて知ったな」
クスクスと笑うジュストにカミツレは首を傾げた。
そこにシャルルがやって来て、「話が終わったよ」とカミツレに言ってきた。
「今日は近くの宿が空いているみたいだから、そこで休もう」
「分かりました。ほかの人達にも伝えます」
そう言って、三人は皆のもとに向かう。
夜、食事しているとなぜかジュストと男性陣が火花を散らしていた。
「……何しているんですか?」
カミツレが尋ねると「何でもないよ」とエドワールが答えた。
(いや何でもないって雰囲気ではないんですが?)
心の中でため息をつくが、カミツレとアメリーには止められそうにない。二人で大人しく食事を取る。
そんな中でもカミツレを守りたい先輩騎士&同僚VSカミツレと話したい帝国兵士でにらみ合いが続いていた。
「エドワール、カミツレと話すぐらいならいいんじゃないか?」
「いくらジュストさんと言えど、彼女を口説くのは許しません。出直してきてください」
「アルセーヌ殿、どういうご意見だ?」
「俺もエドワールと同じ意見だ。カミツレには指一本触れさせない」
「本当に愛されているなぁ。お前達はどうなんだ?」
「カミツレは大事な仲間だ、口説くのは許さない」
一体どんな会話をしているのよ……とアメリーが頭を抱える。カミツレはいつの間に持っていたのか、戦術書を読んでいた。
(よくこの状況で読めるわね……)
そう思ったが、「……うん、私は何も聞こえていないわ、私は関係ない、私は空気……」と呟いている声が聞こえてきた。
(あ、現実逃避しているだけだわ……)
そりゃあ、関わりたくないわよね……とアメリーは苦笑した。
それにしても、シリルはともかくほかの人達までこんなことをするのは意外だった。本当にカミツレのことを大事にしているのだろう。
「何しているの?」
そこにシャルルもやってきた。ドミニクが事情を説明していると、「なるほどね」とシャルルは考えた。
「カミツレは渡さないよ。可愛い妹だからね」
(なんでこうなるの!?)
黒い笑顔を浮かべている主君にアメリーは頭を抱えた。




