五章 戦争の始まり
帝国にオスクリタ王国が妙な動きをしていると情報が入ってくる。
「ど、どうしましょう……」
青髪の女騎士に聞かれ、皇后は少し考え込む。
「きっと、シャルルの耳にも届いているでしょう……クレール王国と手を組んで立ち向かいましょう」
「そうですね……しかし、カメラート王国とは手を組まないのでしょうか?」
「もちろん、手を組みますが……きっと自国を守ることで精いっぱいでしょうね……」
紫色の髪の女騎士の質問にはそう答える。
「オスクリタ王国の侵攻を止めるのが最優先事項です。……力を合わせて行きましょう」
「はい」
騎士団にそう激励し、皇后は部屋に戻っていく。そしてオスクリタ王国に対抗するためにどうするか思考した。
それから数日後、クレール王国にオスクリタ王国が攻め込んできた。
「これが初出陣か」
シリルの呟きに「気を抜くなよ」とドミニクがため息をつく。
オスクリタ王国はもともと、邪竜を信仰していると噂されている王国だった。
シャルルが君主のクレール王国は、その邪竜を封じた勇者達の血を引いている。だからソローフル帝国からも一目置かれているらしい。
「それにしても……」
出撃準備の終えたエクトルがカミツレを見る。
「どうしたの?」
「カミツレさんって、昔の軍師様みたいですよね。王族なんですけど、妹を守るために使用人になっていたみたいですよ」
「あ、聞いたことあるわ。闇の王子様と結ばれたのよね」
「そうそう。闇の国の第二王子様だよね、まぁ神話の話だから本当かもわからないけど」
この大陸には、そんな神話がある。その軍師の妹は光の王子様と結ばれたらしく、ソローフル帝国はその二人の血を引いていると言われているようだ。
「カミツレ、ちょっといい?」
「はい、大丈夫ですよ」
その時、シャルルに呼ばれカミツレは兄のもとにやってきた。
「どうしましたか?」
「カミツレに渡したいものがあってね」
そう言いながら、シャルルはカミツレを地下に連れてきた。
扉を開けると、そこには大事に保管されている弓が置かれていた。それは、かつての軍師が使ったと言われる神器だった。
「これ、カミツレに持っていてほしい」
その言葉に、カミツレは驚く。
「大事なものでしょう?そんなものを……」
「大事なものだからこそ、だよ、……オスクリタ王国はこの弓矢のことを知っているハズ。だから真っ先にこの国に攻め込んできたんだと思う。でも君が持っていてくれたら安心できるんだ」
そこまで言われては、カミツレも頷くしか出来ない。それを恐る恐る持つと、あの時の剣のように淡い光が包み込んだ。
シャルルはあの時、カミツレが王族だと分かった聖剣を持っていた。どうやら王族は基本的にはその剣を使って出陣するそうだ。
そのままみんなのもとに戻り、シャルルが宣言する。
「我々は民の生活を守るために出陣する!」
それに騎士達は同調するように叫んだ。
オスクリタ王国が攻めてきた場所に向かって馬を走らせていると、カミツレの耳に小さな音が届く。
「――――!」
すぐに弓を引いて、音のした方に矢を放つ。すると小さい声が聞こえてきた。
「どうした?」
ドミニクがカミツレに近付くと、「そこに誰かがいるわ」と答えた。
「そうか、私も隣にいよう」
「ありがとう」
馬から降り、二人は物陰に近付いていく。すると人影が飛び出してきた。
「危ない!」
とっさにドミニクがカミツレを庇った。そのせいで腕を怪我してしまうが、カミツレが剣で斬り捨てた。
足元で転がった人物の手は弓矢を握っており、明らかにシャルルを狙っていたのだろうと分かる。
「大丈夫?ドミニク」
「あぁ、この程度なら。……どうする?」
「フロラン様に報告した方がいいでしょうね」
カミツレが小さなカバンから包帯を取り出し、手当てしながら答える。
まだ息をしていたため、ドミニクが手首を縛った後抱えてフロランのもとに連れてきた。
「ほう、こいつがシャルル様を……」
「はい、どうしたらいいですか?」
「聞き出すことが出来るかもしれぬ。地下牢に繋げておこう」
近くにいた兵士に指示を出し、フロランはその男を首都まで送り出す。
隊に合流し、カミツレはシャルルに駆け寄る。どうやら帝国からやってきた隊長と話していたらしい。
「民を犠牲にしてでも追い返せ」
そう言われ、シャルルとカミツレは渋い顔をする。
「それはさすがにやりすぎでは……」
兵士だけでなく、民まで犠牲にするのは明らかにやりすぎだ。それはどんな人でも分かるだろう。
しかし、目の前の男はニヤニヤしながら答えた。
「やりすぎではない。我々ならそこまでやる」
それに違和感を覚えた。どこか、正気ではないような……。
「……わ、分かりました」
そこは頷き、収めるがその背中を見送った後「カミツレ、あとで話し合いをしていいかい?」とシャルルが声をかけた。
「もちろんです。では、夜に」
一礼し、カミツレはシリル達と合流する。
何とか侵攻を抑え、去っていくのを見た後一息つく。
「しばらくは城に帰れなさそうだね……」
夜、シャルルが呟くと「そうですね……」とカミツレは首を縦に振った。
「シェーンを城に置いてきて本当によかった」
「アルセーヌ殿達もおりますから、しばらくは大丈夫でしょうけど……」
「うん、分かってるよ。とにかく早めに解決しないといけないね」
それで、と本題を切り出す。
「昼間のあの人、どう思う?」
「……正直、上に立つ者としては向いていないと思います。あの考えでは被害が広がってしまいます」
カミツレは、祖父に軍師としての心得も教えられている。もし前線で戦えなくなっても役に立てるように。
軍師は、被害を最小限にするために策を立てる者だ。……民を犠牲にするなんて言語道断だ。
「そうだよね……でも、皇后様がそんな人物をつけるとは思わないんだよね……」
「そうなのですか?」
「うん。ヘンリエッタ様はそんな非常識な方ではないよ。先の戦争で会ったことがあるけど、本当に民のことを考えていて……」
そこまで言って、シャルルは考え込む。
「どうされました?」
「いや……嫌な予感がする……」
彼の言葉に、カミツレも心の中で同意する。
ヘンリエッタは慈悲深い皇后と名高い。そんな方が惨殺しろなんて命令するとは思えない。だとしたら、彼の独断なのだろう。
「でも、今逆らったら危ないと思われます」
「うん、それは同意見。僕だけならいいけど……シェーンもいるし、カミツレも戻ってきてくれたのにみんなを危険にさらすなんて……」
「シャルル様……」
この兄は身内だけでなく、顔も見たことのない人ですら気に掛ける優しい人だ。それは、カミツレも分かっている。
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
「いえ、私も覚悟していますから」
もともと、誰かを守りたいと思って騎士になったのだ。死ぬ覚悟など、既に出来ている。
そしてそれはシャルルも同じだった。
「でも、せっかく戻ってきてくれた妹を死なせたくないんだ。身勝手だって言われるかもしれないけど……」
「……はい、ありがとうございます」
兄のその言葉に、カミツレは小さく笑った。
「……カミツレ、みんなを守り切ろうね」
「はい、もちろんです」
二人は手を握って頷きあった。
それは、過去の話。
邪竜を封じるために立ち上がった、双子の姉妹はきょうだい達とともに立ち向かった。
そして、封じた後。双子の姉は封印が解けないように夫と守護していたらしい。
一週間後、自分達の力だけではどうしようもなくなったシャルル達はヘンリエッタに助言をもらおうと使者を出す。
「そんなことに……」
使者から事情を聞いたヘンリエッタは驚き、考え込む。
――まさか……。
「……シャルルにお伝えなさい。もしかしたら、邪竜が目覚めそうになっているのかもしれないと」
「承知いたしました」
最悪な想定はしたくないが、邪竜は人々を狂わせる力がある。
ヘンリエッタは一人、祭壇に向かう。
「……お願いします、ブーセ様、アポイナ様。この大陸をお守りください……」
そして、この地の守り神に祈りを捧げた。
「……また復活しそうになっているみたいだね」
水晶越しにその祈りの声を聞いて、銀髪の青年が隣にいた茶髪の女性に告げた。
「仕方ないですよ。この世界はいまだに不安定……「あっち」の世界と、まだ繋がっていますから」
女性は悲しげに答える。そして、カミツレを見て、
「それにしても……まさか生まれ変わるとはね」
「あぁ、この子……そうだね、まぁ、「この世界」ではよくあることなのかもね」
二人の記憶には、かつて邪竜を封印したきょうだい達の姿があった。
「……そうか。邪竜、ねぇ……」
伝言を受け取り、シャルル達は考え込む。
「邪竜ってなんですか?」
シリルが尋ねると、アメリーが「この地には、封印されている神様がいるでしょう?その神様の別名よ」と答えた。
「ますますカミツレの身が危険かもね……」
「カミツレ、ですか?」
エドワールが首を傾げると、
「カミツレは神竜の血を濃く継いでいるハズなんだよ。母の言っていたことが正しいなら、だけどね」
そう言って、シャルルは再び考え込んだ。そして、
「……やっぱり、カミツレは城に戻った方がいいと思う。君の力はかなり強いハズ。それを利用されるとなると、何されるか……」
「どういうことですか?」
カミツレには、よく分からなかった。前々から過保護だと思っていたが、もしかして何か理由があったのだろうか。
「神竜の力は女性の方が強くなる傾向があるんだって。母上も、女の子を身ごもったって分かった時絶対に守らないとって思ったみたいだからね」
シャルルの言葉に、何度も母のことは聞いていたが本当に愛されていたのだと分かる。……だからこそ、強くなりたかった。
「でも、私は騎士になるために鍛えてきました。それに、シャルル様の近衛騎士ですから」
「それを言われたら困るな……」
近衛騎士にしたい、と言ったのは紛れもなくシャルル自身。長考した末、
「……仕方ない、でも本当に危険を感じたら逃げるんだよ」
「分かりました」
兄の願いはいつも、大事な人の無事だった。それは、カミツレだって同じだから。
「とにかく、どうするべきかは考えないといけないね。邪竜が蘇りそうになっているならまた対策しないといけないし……」
「お話を切って申し訳ありませんが、もう遅いですからおやすみになられた方が……」
フロランが話を切ると、「そうだね」と全員それぞれ天幕に戻った。
カミツレは天幕から出て、少し散歩していると「カミツレ?」とアメリーに声をかけられた。
「どうしたの?」
「あ……その、不安なの……」
アメリーは目を伏せながら答える。
「……だって、シャルル様の言っていることが正しいなら……また、世界が滅びそうになっているんでしょ?」
「そうね。そういうことになるわ」
「そうなったら、あたし達どうなるの……」
アメリーの手は震えていた。カミツレは優しくその手を握る。
「……大丈夫よ。きっとどうにかなるわ」
「……そう、かな……」
カミツレが言うと、確信もないのに本当にどうにかなりそうだと思わされる。本当に、不思議な子だ。
(あたしより年下なのに……)
自分が情けなく思う。本当は、もっと彼女に頼ってほしいのに。
その日は、もう少しだけ二人で歩いていた。
次の日も、侵攻を止めるために前線に立つ。
「エクトル、そこから攻撃して!」
指示を出しながらカミツレは周囲を見回してみる。
(あそこに弓兵がいる……。気を付けた方がいいかも……)
シャルルを守りながら、カミツレはフロランに視線を送る。彼はその意図に気付いたようで、近くにいた魔導士に指示を出した。
「……本当に、ブラーヴに似ているな」
そんな、昔のことを思い出しながら。
キリのない戦いに、疲弊が募っていく。どうするべきか悩んでいると、遠くから炎が飛んできた。
「っ……!」
間一髪、カミツレがシャルルを庇って事なきを得たが、明らかに兄を狙っていた。
「カミツレ……っ!」
「大丈夫です。それより、おそらくシャルル様を狙っていました」
「……もしかして、セシリアが所属してる……」
「でしょうね、このままでは戦況も悪くなる一方だと思います」
その言葉にシャルルは考える。
その時だった、声が聞こえてきたのは。
「シャルル様を、傷つけるなぁ!」
紫色と青色の長い髪が二人の前に現れる。
「オノリーヌ、リリアーヌ!?なんでここに……」
「ヘンリエッタ様からの指示で参りました」
「詳しいことはあとで話します。まずはここを切り抜けましょう」
シャルルと二人はどうやら知り合いらしい、それなら信頼できるとカミツレはシャルルを任せた。
前線に戻り、魔法も駆使して相手を倒していく。それに続くようにほかの騎士達も倒してこの日も何とか侵攻を抑える。
「このままでは突破されてしまうのも時間の問題だな……」
夜、軽く食事をしているとフロランが呟く。
「そう、ですね……祖父もお城を守ってくれていますけど……」
「それも時間の問題だな……」
「あの、数年前の戦争ではどうやって勝てたんですか?詳しいことを教えてください」
カミツレの頼みに、フロランは話し出した。




