四章 カミツレの過去
次の日、城内を歩いていると見慣れた老紳士がフロランと話していた。カミツレはその老紳士がすぐに誰か分かった。
「おじい様?なんでここに……」
カミツレが近付くと、「久しぶりだな」と祖父であるブラーヴが笑いかけた。そしてその頭を撫でる。
「騎士になったみたいだな、よくやった」
「うん。何とかね」
「ブラーヴ、おぬしカミツレに王女だと話してなかったみたいだな」
久しぶりに話していたが、フロランの言葉に「そう言えばそうだよ!」とカミツレは思い出したように祖父を見た。
「私、おじい様には見せたじゃん!気付いてたんでしょ?」
そう、ブラーヴには聖痕を見せたことがある。騎士だったのなら知っていたハズだ。
「あぁ、気付いていたが……あのタイミングで言うわけにはいかなかったんだ。それに言ったところで信じないだろう?」
「それはそうかもしれないけど……」
そう言われ、カミツレが困ったような表情を浮かべる。それにブラーヴは面白そうに笑った。
「本当にお前は可愛いなぁ」
「可愛くない!」
「本当に孫娘のようだな」
二人のやり取りを見ていたフロランが笑う。ブラーヴはカミツレの肩に腕を回して、
「いいだろ?自慢の孫娘だ」
ニカッと自慢してきた。フロランもカミツレの頭を撫でる。
「そうだな。このような孫娘がいたらよかった」
「お、今からでも養子を引き取るか?」
「そこまで気が回らないな。隠居生活になったら考えよう」
二人がそんな会話をしていると、「おや?カミツレ、その方は……?」とアルセーヌがカミツレに聞いてきた。
「私の育ての祖父ですよ」
「おぉ、現役の王城騎士か。本当に顔ぶれが変わったものだな」
「彼はお前が前線を引いた後に来たからな。我々と同期の者はほとんど引退してしまったさ」
フロランに言われ、ブラーヴは周囲を見る。
「本当だな。寂しくなるな……」
「仕方ない。若者に少しずつバトンタッチしていくのは我々の役目だからな」
二人が頷きあっていると、「あの、ここで立ち話もなんですし、食堂に行きません?」とカミツレが提案した。
食堂に行くと、カミツレに気付いたシリルが「おう!一緒に食おうぜ」と手を振ってきた。
「あの、フロラン殿もいらっしゃいますよ?」
エクトルが慌てて言うと、「本当だな。一緒にどうですか?」とドミニクが誘った。あからさまにシリルの表情が変わったが、気にしないことにする。
四人が彼らのそばに座ると、アメリーもカミツレの隣に座った。
「どうしたのよ?集まって」
「あー、うちの祖父が来てね。流れで?」
「そうなの?」
「お、その人はお前の同期か?」
カミツレがアメリーと話していると、ブラーヴが話に割り込んできた。彼の顔を見て首を傾げる。
「……おじい様?」
「えぇ、そうよ」
「初めまして。祖父のブラーヴだ」
祖父が自己紹介をすると、アメリーはカミツレに耳打ちをする。
「ねぇ、本当にカミツレの祖父なの?」
「……まぁ、言動は軽いからね……こんな人でも実力は確かよ……」
「なんか言ったか?カミツレ」
「あーあー、なんでしょうねー」
祖父に笑顔ですごまれるが、カミツレは受け流す。昔は恐ろしいと思っていたが、慣れてしまえばなんともないのだ。
ほかの人達はそんなカミツレの姿を見たことがなかったため目を丸くしていた。いつの間にか、エドワールも座っていた。
「お前なぁ……祖父をそんな紹介するか?」
「事実じゃない。村の人達もおじい様が元騎士だって言ったら驚いていたでしょ」
「そうだがなぁ」
ポリポリと、祖父が頭を掻く。フロランは「孫娘にまで言われるとは、本当に変わってないのだな」とケラケラ笑っていた。
「フロランまで……はぁ、カミツレ、酒」
「それだから言われるんでしょ?少しぐらい禁酒しなさい」
孫娘にため息をつくとブラーヴはハハハと笑う。
「冗談だ、こんな昼間から飲まないさ」
「夜は飲むのね……」
まったく……とカミツレが少し席を外す。そして手作りのスープを持ってきた。
「今はこれを飲んで我慢して。私がいない時どうしていたのよ?」
「ありがとう。カミツレがいない時はやけ酒していたぞ。お前がいなくなって寂しかったからな」
「今度、村長さんに謝ってくるわ……」
多分毎日のように泣きながらお酒を飲んでいたのだろう……と容易に想像できる。それでいつも連れて帰っていたのだから。
「ん、おいしいな。また料理の腕が上がったんじゃないか?」
「一応、女だしね。ある程度は出来るようになっていないと。あとおじい様が苦手だからどうしてもうまくなるわ」
「おかわり」
「早いよ……」
すぐに平らげてしまった祖父に苦笑いを浮かべる。
「この後、お前と一緒に鍛錬するからいいんだ。お前こそ飯を食った方がいいぞ」
「私は今の体重が丁度いいんですー。おじい様と同じ量を食べたら動きにくくなるわ」
「もう少し太った方がいいぞ」
「体重が重くなると素早く動けないじゃない」
「本当に仲がいいんですね」
そんなやり取りをずっと見ていたドミニクが口をはさむ。
「急にどうしたの?」
「私達の前ではそんな会話しないからな」
「あー……」
確かに、あまりこんな会話はしない気がする。
「そうだろう?こいつ、こう見えて人見知りが激しいからな」
「余計なことを言わないでちょうだい……」
豪快に笑う祖父にカミツレはミルクを飲みながらため息をつく。それにフロランも笑っていた。
「アハハ!本当に祖父と孫だな」
「そうだろう?カミツレ、つまみ作ってくれ」
「自分で作りなさいよ、まったく……あとお酒は控えなさいって」
文句を言いながら再び厨房に向かう。そしてしばらくしておいしそうなつまみを持ってきた。カミツレは本当に料理が得意らしい。
「今日はこれでいい?」
「相変わらずおいしそうだな。本当に幸せ者だ」
「はいはい、お世辞はいいから」
「いやいや、お世辞じゃないさ。嫁に送るのが惜しいな……」
嫁、という言葉にブラーヴは涙を流す。自分で言ったのになんで自爆した……?と思わなくもない。
「お前を幸せにしてくれる奴じゃないと結婚なんて認めないからな……」
「気が早いって。まだ恋人すらいないんだけど?」
「カミツレの子供を見るまで絶対に死なん!」
「誰かこの人止めて……」
マイペースすぎる祖父にカミツレがはぁ……とため息をついた。
「そうだ、せっかくだし歌ってくれ」
「だからなんでそんな急なのよ」
突然の祖父の頼みに、カミツレは彼を見た。
「いいじゃないか、お前の歌は元気になるんだよ」
「まったく……少しだけだからね」
押しに負けたカミツレは困ったような表情を浮かべながら歌を紡ぎ始めた。
美しく響くその歌声は皆の身と心を癒してくれるようだった。
「本当にきれいだな」
「初めて聞いた。さすが、サルビア様の娘だな」
ブラーヴとフロランが小さく笑う。そしてブラーヴがカミツレの頭を優しく撫でた。
「出会った頃は歌も嫌がっていたのにな」
「んー……まぁ、歌が嫌いってわけじゃないし」
ただ、あの日のことを思い出してしまうから歌えなかっただけだ。
それにしても、とブラーヴは考える。
(いつもの歌声と違った……何かあったのか?)
どこか悲しい想いを感じ取り、彼はカミツレをジッと見ていた。
そのあと、久しぶりに祖父と鍛錬をすることになった。
「カミツレ!その程度か!?」
「そんなわけないでしょ!?」
激しい鍛錬を遠くで見ていた同期は一言。
「……あの二人、本当に強いな……」
あれをずっとやって来たなら、そりゃ強くもなるだろう。
しかし、アルセーヌとエドワールはそれを見て疑問に思った。
「……カミツレ、やはり昨日のことが引いているな」
「そうみたいですね。かなり信用していたみたいですから……」
そう、カミツレの動きが少し鈍くなっているのだ。いつもならテキパキと動いているのに、どこか迷っているように見える。
それは、歴戦の騎士も分かったらしい。
「……カミツレ、どうした?何かあったのか?」
不意に動きを止め、ブラーヴは首を傾げる。
「……やっぱり、気付かれちゃうか」
「そりゃあ、十年も育ててきたんだ。すぐに気付くだろう」
祖父に言われ、カミツレはうつむく。そこにアルセーヌとエドワールが近付いた。
「少し休憩されますか?」
「そうだな……そうさせてもらおう」
その提案を、ブラーヴはありがたく受け入れる。
二人で話せる空間を作ってくれ、ブラーヴはカミツレに声をかけた。
「それで、どうしたんだ?」
「……その……昨日、親友だと思っていた人に裏切られたの……」
目を伏せながら答える孫娘に、彼はなるほど……と納得した。
――この子は、誰よりも優しい。
兄と同じぐらいか、それ以上に。だからこそ、裏切られたことに傷ついているのだろう。
「……怒っているのか?」
「そんなことない。彼女にだって何か理由があると思う。……でも、それでも……」
「だろうな。お前は怒る前にそう考える子だ」
ブラーヴは彼女の頭を優しく撫でる。
「つらかったな。本当に気付けなかっただろうし」
「……ううん、違う。多分気付いてた」
祖父の言葉に彼女は首を振って否定する。
「少し前から、様子がおかしいことに気付いていたの。でも……そんなわけないって、目をそらしてて……」
カミツレは、真実を見る目がある。そのせいか、嫌なところも見てしまうことも多いのだ。
だからだろう、不都合な真実から目をそらそうとしていることも、ブラーヴは気付いていた。何も見えることのない右目は、ずっとかの日の残酷な光景を映しているのだろう。
「……大丈夫だ、生きていれば和解もある」
ブラーヴはカミツレの頭を撫でる。それでも、彼女はうつむいたままだった。
「俺も、友だと思っていた男に裏切られたことがある。騎士になる前の話だ」
祖父の話に、カミツレは顔をあげる。
「あいつは前王……お前の父親を殺そうとしていた暗殺集団の人間だった。それを知った俺は絶望して、首を吊ろうとしていた。そんな俺に手を差し伸べてくれたのがまだ前王の婚約者になる前のお前の母親だった」
「……母の……」
「あぁ。彼女は、絶望していた俺に「人を助ける人になりなさい」っておっしゃった。そこからだった、俺が騎士を目指したのは。そして彼女がご結婚された時に俺も騎士になった」
そんなことがあったのか……とカミツレは涙を流す。ブラーヴはその涙を拭いながら笑いかけた。
「お前を見た時、彼女の面影があって驚いた。お前に王族の証である聖痕があることを知って、お前を王城に帰そうと誓ったんだ」
それが、彼女に出来る恩返しだった。彼女の娘を無事に王城まで送り出してやることが、自分の役目だと。
この子は必ず守り続けると誓いながら、涙を流し続ける孫娘のそばに居続けた。
夜、夜風に当たっていると「まだ起きていたのか」とアルセーヌがやってきた。
「はい。少し夜風に当たりたくて……」
「そうか。……その右目……」
彼が小さく呟いた言葉にそう言えば眼帯を外していたと思い出す。
右目があった場所は、酷い傷跡が刻まれていた。もともとは端麗な顔だったのだろうとすぐに分かる。
「酷い傷でしょう?すみません、すぐに眼帯をつけますから」
カミツレがポケットから眼帯を取り出すが、アルセーヌは「いや、いい」と止めた。
「そっちの方が、本当のお前を見ているようでいい」
「そ、そうですか?」
「あぁ。……意外ときれいな顔だったんだな」
不意についた言葉だった。カミツレは目を丸くしていて、彼自身も何を言ったのか気付いて頬を染める。
「い、今のは聞かなかったことにしてくれ……」
「フフッ、分かりました」
珍しく声の小さいアルセーヌにカミツレはクスクスと笑って頷いた。
カミツレは、ムーンライト歌劇団の近くの医院で生まれた。
王妃とその娘だと気付かれないようにしなくてはいけない。しかし、カミツレの手には王族の証である聖痕が浮かんでいる。
「……手袋、つけてあげないと」
サルビアは彼女のために、歌劇団で働きながら手袋を作った。ただ、娘を守りたいという一心だった。
カミツレが一歳になる時、久しぶりに王とシャルルと会った。
「元気だった?シャルル」
「うん……元気です、母上」
「よかった。妹も無事に生まれたのよ」
サルビアがカミツレをシャルルに見せる。シャルルがカミツレに手を伸ばすと、その指を掴んでキャッキャと笑った。
シャルルはそれを見て、絶対に守りきろうと誓った。
しかし、カミツレが五つの時。歌劇団に謎の集団が攻め込んできた。
その時、カミツレは近くの湖で歌の練習をしていた。そのおかげで、命だけは助かった。
騒ぎに気付き、カミツレが戻るとそこはすでに火の海になっていた。何がどうなっているのか、頭が動かなかった。
幼かった彼女は一心に、母を探し始める。
「カミツレ!」
しばらくして、サルビアの声が聞こえてきた。必死に母のもとまで走って抱き着くが、後ろに剣を持った人物が立っていた。
気付いた時には遅く、なんとか避けたが右目が斬られた。痛みにうろたえていると、サルビアが兵士に捕まっていることに気付く。
「おかあさま!」
近付こうとするが、サルビアはそれを止める。
「早く逃げなさい!しゃ――」
何か言いきる前に、刃が振り落とされた。
カミツレは泣きながら、少し前に母から預かっていた腕輪と短剣を抱えながら走り出す。追いかけられているのが分かるが、かなりの距離を走ってなんとか振り切ることが出来た。
だが、幼い身体では体力も続かない。森をさまよっていたが、やがて倒れ込んでしまう。
(あぁ、もうダメかもしれない……)
そう覚悟していると、足音が聞こえてきた。
気が付くと、ベッドに寝かされていた。恐る恐る右目に触れると、包帯が巻かれている。
「起きたか」
男性の声が聞こえ、カミツレは「ヒッ」と短い悲鳴をあげる。
近くには初老の男性――ブラーヴが座っていた。それを認識したカミツレは毛布にもぐりこんで震える。
「大丈夫だ、何もしない」
そう言うのだが、カミツレはただ震えるだけで答えることが出来なかった。それを見てよほどのことがあったのだろうとブラーヴは強く踏み込もうとはしなかった。
その日はそっとしておくことにした。カミツレが寝たことを確認し、近くの女性に相談した。
「まぁ、そんな子が……分かったわ、気にかけておくわね」
「あぁ、すまない」
そうして、奇妙な共同生活が始まった。
カミツレはしばらくビクビクしていて、必要以上に動くことがない。ブラーヴは彼女に食事を渡して少し離れる。少しだけ食べるが、完食はしない。
そんな中途半端な生活が二か月ほど続いたある日、ブラーヴが食事を準備していると扉から覗き込んでいるカミツレの姿があった。
「どうした?」
「……て、てつ、だいましょう、か……?」
おどおどと聞いてくる彼女に小さく笑い、ブラーヴはその小さな頭を撫でた。
「そうか。だったらこれを運んでくれるか?」
そして二人分のコップを渡した。それを受け取り、カミツレは机に持っていく。
初めて一緒に食べることになったのだが、
「……おい、布団から出た方がいいぞ」
カミツレは頭から布団をかぶっていた。食べにくいと思うのだが、彼女は首をブンブンと振って聞かない。仕方ないとブラーヴはそれ以上何も言わなかった。
そんな生活の中、ブラーヴが剣を振っているとカミツレがジッと見ていることに気付いた。
「どうした?」
「あ、あの、それ……」
カミツレが剣を指さす。震えている彼女を見て、もしかしたら戦争孤児なのかもしれないとようやく思い至る。
「これは危ないからな、勝手に触ったらダメだぞ」
そう言い聞かせると、カミツレはコクコクを怯えたように頷く。
「……あ、あの……」
「ん?」
「その……ぶ、武術を、教えてくれませんか?」
しかしその頼みにブラーヴは目を丸くする。
「だけどな……」
トラウマのハズだと少し考えるが、
「……まぁ、分かった。教えよう」
この時、ブラーヴはそう口をついていた。
初めて剣を持たせた日、ブラーヴはカミツレの手に聖痕があることに気付いた。
「お前……」
「な、なんですか?」
「……いや、何でもない。それ、絶対に隠しておくんだぞ」
それを見ただけですぐに理解したブラーヴは、絶対に守ると心に決めた。
「本当に成長したよな」
朝、ブラーヴがカミツレにそう言った。
「あれから十年よ?成長するわよ」
朝食をよそいながらカミツレは答えた。
「もう十五歳だもんな、時は早い」
「もう、そんなしみじみ言わないでよ。騎士になったばかりなのに」
クスクスと笑うカミツレに、ブラーヴは目を細める。
サルビアの娘だと気付いたその時から、絶対に王城に帰らせると誓ったものだ。
「お前、もともとは軍師の方が才能あるんだがなぁ……」
「守られているより守る方がいいもの」
「お前はそう言うと思った」
カミツレは右の視力がない分、かなり不利になる。だから本来なら後方で支援している方がいいのだが、彼女はそれをよしとしなかった。
「カミツレ、一緒にいいかな?」
「シャルル様、いいですよ」
その時、シャルルが隣にやってくる。彼はカミツレの隣に座り、「おいしそうだね」と笑った。
「カミツレの料理はおいしいですよ、シャルル様」
「そうなんだ。カミツレ、僕にもくれる?」
「え、ですが……」
「何か言われたら僕が注意するから、大丈夫だよ」
そこまで言われてはカミツレも出さないわけにはいかない。スープと手作りパンを兄の前に出した。
「いただきます」
それを一口食べて、
「ん、おいしいよ」
「そうですか?それならよかったです」
シャルルが笑顔で言うと、カミツレも笑う。それにブラーヴは微笑ましく思った。
――本当に兄妹だな……。
二人の幸せが続くように、とブラーヴは願う。
しかし、二人の運命はここから回り始めた。




