二章 若き見習い騎士達
それから一か月後、アルセーヌが広場に集めた。
「本日は帝国から特別教官が来てくださった」
そう言って、彼が一歩引くと金髪の男性が前に出た。彼は色男と言われていそうな、顔の整っている人だった。……カミツレが苦手なタイプである。
「偶然来たら面白そうだったから、無理を言って教官をさせてもらうことになった。ジュストという」
(いやそれでいいんですかあなたは……)
思わずツッコみそうになったが、喉奥にとどめておく。そのことを誰か褒めてほしい。
どうやら彼は弓兵らしい。かなりの実力者だと分かる。
アルセーヌの後ろにエクトルに似た青年が立っているのが見えた。
「さて……カミツレがどう戦うか楽しみだな」
「カミツレって……あの青髪の女の子ですか?珍しいですね」
「あぁ、彼女は期待できる。見ていたら分かるさ」
彼はエドワール。エクトルの兄で二十歳とまだ若いが弓の腕は確かな青年だ。最近は童顔に悩んでいるらしい。
それはさておき、カミツレは考え込む。
(相手は弓兵……どこから放ってくるか分からない……)
数的には、こちらが有利だ。しかし相手の実力が未知数で、こちらが束になっても敵わない可能性がある。いや、ほぼ確実に正攻法では敵わないだろう。
ならどうするか?
「的を絞らせないようにすればいいわね……」
単純な答えだ。相手の方が上だろうが、今の自分達に考え付くのはそれぐらいしかない。
(だとしたら……)
カミツレは周囲を見渡す。そしてある場所を見つけた。
アルセーヌの号令が響く。同時に、ドミニクとシリルが前線に立った。
「エクトル」
カミツレが呼ぶと、彼は「はい、どうしました?」とやってきた。彼女が耳打ちすると、彼は「や、やってみます……」と頷いた。
それを見てから、カミツレもシリルの隣に立つ。シェーンは後ろで控え、何かあった時に手伝ってもらうことになっている。
「まずは目の前の敵を倒しましょう」
「あぁ、分かった」
「カミツレ、何か勝利の道が見えているんですか?」
セシリアが首を傾げる。それにカミツレは「もちろん」と微笑んだ。
三人で相手していると、「では、そろそろ俺も動くとしようか」とジュストが矢を放ってくる。
「出来るだけ避けるようにして。無理なら、出来るだけ影響の出ないところで庇うように」
カミツレの指示に二人は「分かった」と頷く。今は模擬だから怪我をすることがないが、これが実践なら命に関わるかもしれない。そうなれば相手が有利になってしまう。
「……すごいですね、彼女」
「あぁ、冷静に分析できているな。軍師としても優秀だ」
アルセーヌが評価するのも分かる。カミツレは本当に、騎士としても軍師としても優秀な人材だ。
しばらくは引き付けていたカミツレだが、
「今よ!」
ジュストが自分に集中していることを確認したと同時に叫ぶ。すると彼の胸に矢が飛んできて当たった。
「お、これは……」
「そこまで!」
アルセーヌがそれを見て止める。エクトルが物陰から出てきて、カミツレに駆け寄った。
「すごいわ、エクトル」
「い、いえ。カミツレさんが指示してくれたから出来たことで……」
「エクトルの実力のおかげよ。ありがとう」
隊長に褒められ、エクトルは照れくさそうに笑う。
実は、一人だけが隠れられそうな死角があることに気付いたのだ。そこに隠れ、確実に当たる距離まで近づけたら指示を出すからとそこに潜伏させていた。
きっと、アルセーヌがわざとこの地形にしていたのだろう。そこを使ってくださいと言いたげな空間だったから。
「さすがだな。お前、名前は?」
ジュストに聞かれ、カミツレは「え、私、ですか?」と首を傾げた。
「そうだ」
「私はカミツレと申します」
「カミツレ、か。その名前を覚えておく」
彼が小さく笑うと、エドワールに声をかける。
「エドワール、手伝ってやれ」
「はい、分かりました」
エドワールが頷いたことを見て、再びカミツレに向き直った。
「今度はお前とともに戦える日が来ることを楽しみにしている」
そう言って、彼は城の中に入っていった。
「その……よろしくね」
エドワールに言われ、カミツレは「こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「兄さん、いいんですか?」
エクトルが兄に近付くと、「まぁ、いいみたいだからね」と笑った。
「え?エクトルの兄貴なのか?」
シリルが目を丸くする。
「うん。エクトルがいつもお世話になってるね」
エドワールの言葉に「いえ、こちらの方がお世話になっています」とドミニクが頭を下げた。
その日の夜、いつものように鍛錬をしていると後ろから声をかけられた。
「カミツレ、いつも鍛錬してるの?」
「エドワール殿。はい、日課なので」
「そうなんだ」
彼は隣に立ち、カミツレを見る。
「ど、どうしました?」
「その眼帯……何かあったの?あ、話しにくいことなら言わなくてもいいけど」
そう聞かれ、カミツレはどう言うか悩む。
――でもまぁ、どうせいつか言わないといけないしいいか……。
あまり話したことのない彼にそう思ったのは、きっと彼の雰囲気が優しいものでからかう目的ではないと分かったからだ。
「……私、もともと歌姫だったんです。でも謎の集団が攻めてきて、その時に右目を斬られて……」
「そうだったんだ……ごめんね、つらいことを思い出させちゃったよね」
本当に申し訳なさげにする彼にカミツレは小さく笑いかける。
「いえ、大丈夫ですよ。……あ、ただ……」
「うん?どうしたの?」
モジモジしだすカミツレを今度は不思議そうに見る。
「その……皆にも言っていないんですけど……歌姫として過ごしていた時の影響か本当は男の人と話すのは苦手で……」
「そうだったの?ご、ごめんね、気付かずに」
「言っていない私も悪いですから、気にしなくていいですよ。それにみんないい人だと分かっているので」
「そう?それならいいんだけど……」
困ったように笑うカミツレにエドワールも戸惑う。まだそんなに親しくない自分にそんなことを話してくれたのだろうか?
「……エドワール殿は不思議ですね。何でも話してしまいそうになります」
「そ、そうかな?」
「はい。本当に安心します」
そう言って微笑むカミツレは、本当にどこか安心したような雰囲気だった。
「……ねぇ、歌ってみてよ」
「え?」
突然言われ、カミツレは目を丸くする。
「聞いてみたいんだ。無理はしなくていいけど」
「いえ……わ、笑わないでくださいね?」
頬を染めながら、カミツレは歌を紡ぎ出した。
その声は美しく、澄んでいた。まるで心の汚れを清めてくれるような、それほどの歌声。
歌い終わると、エドワールは「きれいだったよ」と微笑んだ。
「すごいね、そんなにきれいな歌声聞いたことないよ」
「そ、そうですか?」
「うん」
そう言われ、カミツレは頬を染める。
――こうして見ると女の子なのになぁ……。
戦う時はあんなに勇ましいのに、こうして話している時は女の子のような反応をする彼女が可愛いと思ってしまう。
「あ、そろそろ遅いから部屋に戻ろうか」
「そうですね」
エドワールが言うと、カミツレは頷いて片付けた。
数日後、カミツレ達は森の中を歩いていた。それはいいのだが……。
「…………えっと……」
「迷子になったな」
認めたくはなかったが、ドミニクの言う通り迷子になってしまった。
行軍訓練をしていたのにまさか迷子になるとは思っていなかった。……確かに、カミツレは多少方向音痴の気があるが。
「地図……間違えていたんですかね?」
「ま、まぁまぁ、時間内に戻れたらいいですから」
セリシアとエクトルが苦笑いを浮かべている。エドワールもさすがにここがどこかちゃんとわかっていないらしい。ちなみに何かあっては困るからとシェーンは城で待機させている。
「ご、ごめんね。僕がいるのに迷子になっちゃって……」
エドワールが申し訳なさそうに謝るが、「いえ、エドワール殿は悪くないですよ」とドミニクが慰めた。
「本当に、ここどこかしら……?」
カミツレがキョロキョロと見渡しながら道を確認していると、遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。
「……ねぇ、あっちから悲鳴が聞こえてこない?」
「え?……あぁ、本当だな」
ドミニクも聞こえてきたらしい、耳を澄まして詳しく聞いてみる。
それは明らかに緊急性のあるものだった。「助けて!」と女の子の声がカミツレの耳に届いた途端、彼女の身体は動いていた。
「ちょ、カミツレ!」
エドワールが止めようとするが、彼女は早かった。仕方ないと全員で追いかける。
周囲が燃えている中、顔を隠した男が女の子に斧を振り上げていた。
「い、いや……っ!」
「お前、殺す」
斧を振り下ろしたその時、女の子の前に人影が現れた。
「……ッ、大丈夫?」
青髪の少女――カミツレが、女の子を抱きしめて剣で斧を受け止めていた。斧に当たってしまったのか、腕から血が流れているがカミツレは気にしない。
カミツレが男の腹に蹴りを入れ、遠ざける。そして周囲を見渡した。
ここは小さな村らしい。燃やされているのは家だったらしく、村は壊滅状態だった。
(どうしよう……勢いで来てしまったけど……)
あくまで自分はまだ従騎士、実戦なんてしたことがない。本当の、殺し合いなんて。
(……でも、この子は守らないと……)
汗とともに、剣を握る。一度深呼吸をして、目の前の男を睨む。
――だって、あの時の後悔はしたくないもの……。
その時だった、後ろから矢が飛んできて男の胸に刺さったのは。
「カミツレ!一人で行ったら危ないよ!」
エドワールだ。彼が駆け寄ってカミツレを庇った。
「ごめんね、これ、貸して」
そして、カミツレから剣を取って目の前の男に向かって構えた。
カミツレは女の子を庇うように強く抱きしめた。
「大丈夫だからね。この人は強いから」
そう言って、安心させながら。
地面を見ると、エドワールの弓が落ちている。カミツレはそれを持って、後ろから援護する。
そこに、あとの四人もやってきた。
「に、兄さん……」
「エクトル達は村の人達を守ってあげて」
弟達に指示を出すと同時にエドワールは戦い始めた。その後ろから、カミツレも援護射撃を行う。
正直、エドワールは少し恐怖を覚えていた。アルセーヌのように剣での戦いに慣れているわけではなかったから。しかし、カミツレが自分の身を顧みずに女の子を助けた……それに、勇気をもらった。
(ここは先輩として……守らないと)
それだけで、身体が動いた。
エドワールとカミツレが賊を倒している間、遠くで何者かが動いている影が見えた。
(何かしら、あれ――?)
カミツレが目を細めるが、その影はすぐに消えてしまった。
賊を倒し終わり、村の人達の安否を確認する。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて……」
「いえ、彼女が先に動いていなければ僕達も気付きませんでしたから」
エドワールが対応している間、カミツレ達は怪我人の手当てをしていた。
「お、お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
「腕……大丈夫?」
女の子に聞かれ、ようやく自分が怪我していることに気付く。
「これぐらいなら大丈夫よ。それよりお母さん達は無事だった?」
「うん。ありがとう」
女の子が小さく笑う。しかし青ざめていて、かなりの恐怖だっただろうと分かる。
――昔の自分だ……。
それに気付く。きっと、祖父に拾ってもらった時の自分もこれ以上に酷い表情をしていたのだろう。
「大丈夫よ、生きていたら、きっとつらいことなんて乗り越えられるわ」
私もそうだったから。
その言葉は喉の奥にしまった。
「……うん。頑張る」
女の子は涙を流しながら、カミツレに告げて母親のところに向かった。
すると、エドワールが入れ替わりで戻ってくる。
「一応、聞き取りはしたから早く帰ろう。報告しないといけないし」
彼がそう言って、「あ、それから」とカミツレの方を見た。
「勝手な行動は絶対にしたらダメ。今回は無事だったからよかったけど、本当に危険なんだからね」
「痛っ」
額をデコピンされ、カミツレは「す、すみません……」と謝る。
そのまま、どうにか城に戻ってくることが出来た。エドワールが「ちょっとフロラン殿に報告してくるね」と先に入ってしまった。
「……兄さんがデコピンするなんて珍しいですね」
それを見届けた後、エクトルが呟く。
「そうなの?」
「はい。きっとカミツレさんのことを気に入っているんですね」
そんな話をしながら、アルセーヌに戻ってきたことを報告しに行った。
「カミツレ、どうした?」
夜、鍛錬をしているとアルセーヌが声をかけてきた。
「あ、アルセーヌ殿……」
「先ほどから集中できていないようだったからな、声をかけさせてもらった」
見抜かれていたか、とカミツレは苦笑する。それならいっそ話した方がいいと彼に向き直った。
「……その、今日の昼の行軍訓練の時なんですけど……」
「あぁ、村を救ってくれたという、あの話か」
「……怪しい影を見かけたんです。多分、男の人かと」
それを聞いて、アルセーヌはふむ、と考えこんだ。
「報告ありがとう。俺の方からフロラン殿に報告して対策しておこう。シャルル様とシェーン様に何かあったら困る」
「はい、お願いします。遠くだったので見間違いかもしれませんが……」
「それでいい。報告してくれないとこちらも対策のしようがないからな」
アルセーヌの言葉にカミツレは安心する。それでずっと不安だったのだとようやく気付いた。
そのまま、鍛錬をしていると彼がジッと腕を見ていることに気付く。
「ど、どうされました?」
「……ちゃんと手当てはしたのか?」
不意に聞かれ、カミツレは「あ、その……」と目をそらす。
「手当てはしておいた方がいい。動かなくなったら困るからな」
ため息をつきながらカミツレの腕の傷を見る。簡単な手当てならアルセーヌも出来るからと薬と包帯を持ってきた。
「……本当に、お前は強い。フロラン殿もそれは認めている」
手当てをしながら、彼はカミツレに伝える。
「だからこそ無理はするな。エドワールもお前のことを心配していた」
その言葉に、カミツレは黙り込んでしまった。
「お前達を守るのは俺達の役目だ。話しにくいかもしれないが、頼ってくれ」
「……はい、ありがとうございます」
アルセーヌの言葉に寂しく笑った。
次の日、休みだったため先輩騎士達と一緒に過ごしていると、昨日保護した女の子がカミツレのところに来た。
「お姉ちゃん」
「あら?どうしたの?」
「絵本読んで!」
本を持ってカミツレにねだってくる。「分かったわ」とカミツレが小さく微笑んで膝に座らせた。
「えっと……昔々……」
そして絵本を読み始めた。しばらくして、女の子が髪の毛を邪魔そうにのけていることに気付いた。
「どうしたの?髪の毛が邪魔?」
「あ、うん……長いのは好きだからいいんだけど……」
女の子がモジモジとカミツレに告げる。少し考えて、カミツレは自分が使っている髪ひもを取った。
「お姉ちゃんのお古でもいいなら、これあげるわ」
そう言うと、「え、いいの?」と女の子は目を丸くする。
「えぇ、簡単に作れるもの」
「ほしい!」
その答えにカミツレは小さく笑い、女の子の髪の毛を結んだ。
「うん、似合ってるわ」
「ありがとう!お姉ちゃん、髪の毛長い!」
「そうでしょう?」
女の子がキャッキャと笑っている姿を見てカミツレも心が満たされていく。
「本当の姉妹みたいだね」
それを見ていたエドワールが声をかけてきた。
「あ、助けてくれたお兄ちゃん!」
「どこも痛いところはない?」
「うん!今ね、お姉ちゃんが髪の毛を結んでくれたの!」
「そうなんだ、よかったね」
弟がいるからか、子供の扱いに慣れているようだ。優しく女の子の頭を撫でた。
そこに、女の子の母親が慌ててやってくる。
「こら、迷惑をかけたらダメでしょ?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ですが……」
困ったような顔をしながら彼女はカミツレを見て、目を丸くする。
「え?もしかして……あなた、カミツレちゃん?あの、ムーンライト歌劇団の……」
「あ、えっと……そうですけど……」
まさか自分のことを知っているとは思っていなかったカミツレは戸惑ったように頷いた。すると彼女はカミツレの手を握った。
「ずっとファンだったんです!あそこがなくなってしまったからどうなっていたのか気になっていたのですが……生きていたんですね!」
「その……」
しかし、これは少し違和感がある。だって――。
――自分が活動していた時期なんて、たった一年ぐらいなのだ。
それなのに、ここまでの熱烈なファンがいるわけがない。だからこそ困惑しているのだが、どうやら相手は気付いていないらしい。
どうやって逃れるか悩んでいると、遠くからドミニクが声をかけてきた。
「カミツレ、エドワール殿、フロラン殿が呼んでいますよ」
「あ、分かった。一緒に行こうか」
「そ、そうですね」
ありがとう、とドミニクに目配せし、三人でフロランのもとに向かう。
「何かあったのか?困っているようだったが」
遠くに離れた時、ドミニクがカミツレに聞いてきた。
「あぁ、いえ、その……」
「昔のファンだった人に絡まれていたんだよ。かなり過激だけどね……」
カミツレがどう言おうか悩むと、エドワールが代わりに答えてくれた。
「でも……なんかあの人、怖かったね」
「そうですね。なんだったんだ?」
二人が首を傾げる。カミツレは胸の前でギュッと手を握る。
「……その、ちょっといいですか?」
カミツレが二人に声をかけると、立ち止まって「どうしたの?」と首を傾げた。男性二人に見られ緊張するが、無理やり口を開く。
「……少し、違和感を覚えたんです」
「違和感?」
「はい。……私が実際に歌姫として活動していた時なんてたった一年……その一年も、ずっと出ていたわけじゃないんです。だからあそこまでのファンがいることがまずおかしいと思うんです……」
そもそも、その時のカミツレは無名だったハズ。母親はかなりの有名人で、その娘という肩書だけ。……だから、あり得ないはずなのだ。
「……確かにおかしい気がするな。でも、母親が有名なら不思議でもないが……」
「でも、頭には入れておくよ。違和感があるなら、気を付けるに越したことないし」
二人はそう言って頷いた。
これが杞憂に終われば、それでよかった。
その夜、鍛錬をしていると後ろから声をかけられた。
「カミツレちゃん、いつも熱心ね」
「え、あ、はい……」
なんでこんな夜に?と疑問に思うカミツレもおかしくはなかった。
なぜなら、今は深夜と言ってもおかしくない時間帯。普通ならもう寝ているハズの時間帯だ。カミツレは眠れなくてよく鍛錬しているのだが、寝床として使っているところからは離れているため騒音になっていることもないハズだ。
しかし、うるさくて起こしてしまっていたならとカミツレは尋ねた。
「その……もしかして騒音になっていましたか?それなら今後気をつけますが……」
「いえ?そんなことないわよ」
しかし即答され、カミツレは困り果てる。
なら、なぜこんな時間にいるのか?
「あの、それならもうおやすみになられた方がいいかと……シャルル様もご心配されるでしょうし……」
カミツレの言葉に、女性はスッと目を細めた。
その瞬間、冷たい何かが背筋を凍らせた。
「私、あなたに用があってきたのよ」
「え、えっと……?」
「――あなたを殺せば、「あの人」が喜んでくれるもの!」
その言葉と同時に彼女はナイフを取り出してカミツレの胸目掛けて襲い掛かってきた。
(ヤバイ――!)
そんなことをしてくるとは思わず、対応が遅れてしまったカミツレはせめて重傷を負うまいと腕で庇う。
痛みを覚悟していたが、暖かい何かに包まれたと思うと金属がぶつかる音が聞こえてきた。
「……え?」
恐る恐る目を開くと、女性は膝をつき睨んでいた。そのまま少し顔をあげると、アルセーヌの顔がある。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい……」
どうやら彼が守ってくれたらしいと悟り、カミツレは頬を染める。
そのあと、女性はアルセーヌが呼んでいたであろう夜番の兵士に連れていかれた。
「怪我は?」
「いえ、どこも……ありがとうございます」
彼から離れ、頭を下げると「それならよかった」と笑いかけた。
「昼、エドワールから報告を受けていたからな。まさかと思ったら案の定だった。このことはシャルル様にも伝わると思う」
「それは……申し訳ありません」
「謝るな。今回はお前だったが、もしかしたらほかの奴が犠牲になっていたかもしれない。それこそ、シャルル様のお命が危なかったかもしれないんだ。だから気にするな、お前はみなの命を守ってくれたんだ」
その言葉に、カミツレは安心したような表情を浮かべた。
「……それなら、よかったです」
あの日の光景を、思い浮かべながら。




