一章 始まりの扉
そこは、竜と人が共存する大陸。かつて白と黒の国があったその大陸を、四カ国が支配していた。
その一つの国に、歌劇場があった。
しかしその歌劇場は謎の組織によって燃やされた。あまりの凄惨さに、そこにいた歌姫達は一人残らず殺されたと言われていた。
だが、たった一人、幼い少女が生き残っていた。
これは、その少女と、三カ国の話。
クレール王国の城の前に、右目に眼帯を巻いた少女は立っていた。
「ここが……」
彼女はカミツレ。今回の騎士試験にやってきた若き剣士だ。
中に入ると、目の前から紫色の髪の少女が走ってきた。
「きゃっ!」
「大丈夫?」
ぶつかってしまい、カミツレは慌てて手を差し出す。彼女はその手を握り、
「ご、ごめんなさい」
立ち上がって、ペコペコと頭を下げてきた。あまりの慌てようにカミツレは「別にいいわよ、そんなに謝らなくて」と苦笑いを浮かべた。
「あ、あの、あなたは……?」
「私はカミツレ。あなたも騎士試験に来たの?」
目を丸くしながら尋ねると、彼女は焦ったように彼女に向き直る。
「は、はい。私はセシリアと言います。その、どこに行ったらいいのか分からなくて……」
「それなら、一緒に行きましょう」
そう言って、二人は足を踏み入れた。
騎士志望の若者達が広場に集まり、老騎士であるフロランが挨拶をした。
「そなたたちはシャルル様の臣下になるべく、このローズレッド城の門をたたいた。この中から、正騎士となるものはごくわずかだろう」
そう言われ、周囲に緊張が走ったことが分かった。
「では、最初の試練だ!ペアになれ!実力があるか確認させてもらう!」
フロランの言葉に、セシリアは焦った。
「す、すみません、カミツレ。私、軍師志望で……ぺ、ペアになってくれませんか?」
「いいわよ。任せて」
カミツレはその頼みに快く頷く。二人はペアになり、自分の番になるのを待つ。
そして、二人の番になった。カミツレが一人、前に立つ。
「では、はじめ!」
その号令とともに、カミツレは一人目の兵士と戦う。
長剣をふるうカミツレの姿は、その場にいたどの人にも魅了させた。
「……ほう、期待出来そうだ」
フロランがその様子を見て、前線に出た。
「おぬしの相手は、わしがやろう」
その言葉に騎士達は驚いた。まさか彼が自ら申し出るとは思わなかったからだ。
予想外の展開にカミツレも驚いたが、
「誰が相手でも、戦うだけです」
そう言って、剣を握り直した。
フロランが槍をふるう。カミツレはそれを避け、剣を横に斬った。
再び槍が振り落とされ、今度はそれを受け止める。
(お、重い……!)
さすが、長年王城に仕えてきた騎士。一撃がかなりの衝撃だ。しかし、カミツレもだてに鍛えてはいない。それをはねのけ、剣をフロランに当てた。
「むっ……!」
その勢いにフロランが膝をついてしまい、カミツレは慌てて立ち上がらせる。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「いや、構わん。今度の見習いは期待出来そうだ」
フロランは笑ってそう告げる。事実、彼にとってもこの段階で彼女ほどの猛者は初めてだった。
そして、二人は合格になった。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、いいのよ。お互い様だもの」
セシリアが頭を下げると、カミツレは気にしなくていいと答える。軍師という存在がどれほど重要か、よく分かっているからだ。
そうして試験が終わった夕方。最初はたくさんいた人達が、今は百人いるかぐらいに減っていた。
「本日はこれで解散する。正騎士のものに部屋まで送ってもらうように」
フロランに言われ、カミツレ達は部屋まで案内された。
その夜、カミツレは一人鍛錬をしていると、
「おや、おぬしは……」
「フロラン殿」
老騎士が声をかけてきた。その隣には赤髪の騎士。
「今日は見事だった。まさかおぬしのような娘がわしを倒すとは思っていなかった」
「いえ、あれは偶然が重なっただけで……」
「そう謙遜しなくてもよい。……しかし、おぬし誰かに似ている気が……」
フロランが何かを思い出そうとしていると、さらに後ろから声が聞こえてきた。
「あれ?その子は?」
「見習い騎士の子です。鍛錬をしているところを見かけて声をかけた次第です」
「そうなんだ。偉いね、乗り越えたことに驕らないで鍛錬するなんて」
その人は、カミツレに似ていた。まさに、カミツレを男性にしたらそんな姿になるだろうというほどに。
「ボクはシャルル。よろしくね」
「え、シャルル様!?」
その名前にカミツレは驚く。なぜなら、この国の現王だったからだ。
「それにしても、君はボクと似ているね。まるで兄妹みたいだ」
「いえ、シャルル様とご兄妹など恐れ多い」
主君になるかもしれない人にそんなことを言われて、喜ばない人はいないだろう。人によっては自慢するかもしれない。
「確かに、王様にこんなこと言われると驚くよね。ごめんね。鍛錬もほどほどにして、明日から頑張ってね」
そう言って、シャルルは去っていく。その姿はどこか寂しげだった。
「それもそうだな。部屋まで送っていくから、今日はもう休め」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「あぁ、名乗っていなかったな。俺はアルセーヌ。明日から実技の教官になる」
「アルセーヌ、彼女は任せたぞ」
フロランも去っていき、アルセーヌがカミツレを部屋まで送る道中、少し会話をした。
「なるほど、元騎士の教えを受けていたのか。道理で武器の扱い方が上手なわけだ」
「そう言っていただけて光栄です。祖父は身寄りのなかった私を育ててくれたんです」
そんな話をしている彼女はどこか悲しげだと感じ取る。だが、深く踏み込むまいと口を挟まなかった。
それにしても、とアルセーヌはジッと見ながら思う。
本当に、この少女は主君によく似ている。
(まさか、な……)
そう思いながら、部屋まで送り届けた。
次の日、カミツレはグループ分けされたところに向かう。
そこには、セリシアと三人の男性が既に待っていた。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
カミツレが謝ると「だ、大丈夫ですよ」と幼そうな男の子が笑いかけた。
「君がフロラン殿の褒めていたカミツレか」
真面目そうな青年がカミツレを見てそう告げる。その隣で軽そうな青年が身を乗り出してきた。
「こんなほそっこい奴が?」
「見た目で侮らない方がいいぞ、シリル」
「そうかもしれねぇけどよ……」
どうやら二人は親友らしい、真面目そうな青年はドミニク、というようだ。幼そうな男の子はエクトル。どうやら兄の背を追って騎士志願したようだ。
「今日は隊長決め、だったか」
「そうですね」
「あ、じゃあ俺、やりたい!」
立候補したのはシリル。それに全員が嫌そうな表情を浮かべた。
「……それなら、ドミニクさんの方がいいんですけど」
「なんだと!?」
「同感。私も不安だし」
「いや、私はあまりまとめるのが得意では……」
「あ、あの」
全員で話し合いをしていると、セリシアが手を挙げた。
「私、カミツレがいいと思うんです」
「え、私?」
突然ふられ、カミツレは驚く。なぜ自分なのかと気になったのだ。
「カミツレは軍師志望の私を見捨てず、最初の試練のペアになってくださいました。だから……」
「なるほど……まぁ、シリルに任せるよりはマシだと思う」
「んだと!?」
親友にまで言われ、シリルはキッと睨む。
「それじゃあカミツレ!俺と勝負だ!」
「えー……だったらあなたがやればいいじゃない」
「いや、隊長にふさわしい者を決めるためにもぜひやってほしい」
カミツレがため息をつくが、ドミニクにまで言われてしまったら断れない。仕方なくその勝負を受けることにする。
お互いに剣を持ち、所定の位置に立つ。
「では……はじめ!」
ドミニクの号令とともにシリルが一歩踏み出した。
「こっちから行かせてもらうぜ!」
馬鹿ね、とカミツレは思う。なぜあえて先に行動を起こさせたのか。それは……。
「……は?」
「勝負あり、ね」
敵の動きを見るためだ。単純な人であれば、すぐに分かってしまう。気付いた時には、シリルの首筋に剣先が向けられていた。
「なるほど。フロラン殿がカミツレを褒めている理由が分かるな」
ドミニクが小さく呟く。
「そ、そうですね……」
「さすが、カミツレです」
エクトルとセリシアも頷いた。それほどに、カミツレは強かった。
「これなら確かに、カミツレの方が隊長に向いているな」
そう言われ、シリルはうなだれた。
「つ、次は負けないからな!」
……なんか、勝手にライバル扱いされている気がするが気にしないことにする。
そうして、カミツレが隊長を務めることになった。
その日の夜、鍛錬の合間にカミツレは一人歌っていた。
彼女はもともと、歌姫の娘だった。彼女自身も母の影響で歌が好きだったのだ。
(こうして歌っていたら――いつか、顔も知らぬ兄に会うことは出来ますか?)
カミツレには、母の記憶はあれど父や血の繋がっている兄の記憶がない。
母の話によれば、事情があって楽団に匿ってもらうことになったらしい。そこで生まれたのがカミツレで、いつも父や兄の話をしてくれた。そして家族で過ごせる日を夢見ていた。
――あの日までは。
次の日から、実技試験が始まる。担当は初日にお世話になったアルセーヌだ。
「本日の相手はシャルル様の婚約者様だ」
「え、婚約者様って……?」
まさか、と思っているとやってきたのは青く長い髪が美しく光る女性。彼女はシャルルの婚約者で島国の王女シェーンだ。
「初めまして、無理を言って参加させてもらったの」
「ま、まさか、王女様と……?」
全員がうろたえるが、こうなればやるしかない。
相手はシェーンを含めて四人。こちらは弓兵がいる……。
(なるほど……)
カミツレが考え込んでいると「どうしましたか?」とセシリアに聞かれる。
「いえ、少し作戦を考えていただけよ」
「そうなんですか?」
さすがに王女様に怪我をさせるわけにはいかないため、それも考えながらだが。
「……エクトル、あの人を後ろから狙ってくれる?」
「え、は、はい」
カミツレの指示に彼は頷く。
「シリルとドミニクは一緒に行動して。セシリアは後方で見ていてくれる?」
「了解!」
「分かった」
それと同時に、全員が動き出す。
カミツレは一人で騎士と戦っていた。
「……ほう、かなりの実力者みたいだな」
それを見ていたアルセーヌは呟く。
カミツレは現役の騎士が見ても分かるほど実力がある。フロランが彼女を認めたのも納得できた。
騎士がエクトルの後ろから攻撃しようとしてくるが、カミツレがそれに気付いて跳ね返す。そして蹴りを食らわせ、遠ざける。
騎士達を立ち退かせると、シェーンが「すごいわね」とカミツレの前に立ちふさがった。
「カミツレも女性なのね、親近感が湧くわ」
「光栄です」
「でも、これは試験。本気でいかせてもらうわ」
そう言って、シェーンは槍を構える。カミツレも同じように剣を握った。
そのまま、二人はぶつかり合う。剣と槍のリーチでは厳しいものがあったが、カミツレはそれも把握済みだ。
そのまま、カミツレの剣先がシェーンの首元を捕らえた。二人とも動かずにいると、シェーンがクスッと笑う。
「……完敗ね、さすがだわ」
その言葉を聞いて、アルセーヌも「ここまで!」と叫ぶ。
「今日はここまで。……カミツレ、フロラン殿が呼んでいたからあとで行くように」
「はい、分かりました」
アルセーヌに言われ、カミツレは頷く。
そんな彼女に、シェーンが声をかけてきた。
「本当に強いのね、驚いたわ」
「いえ、そんなことは……」
「実際、初めてここまで強い人と戦ったの。シャルル様を守ってくれそうで安心した」
そう言って彼女は笑う。
「今後は私も手伝ってあげるわ。フロラン様にも許可は得ているから」
「え、よろしいのですか?」
「えぇ。私もあなたの戦い方を見習いたいもの」
まぁ、シェーン様がいいのなら……とカミツレはコクッと頷いた。
そのあと、鍛錬をする前にフロランのもとに来た。
「フロラン殿、どうしたのですか?」
「カミツレ、少し話を聞きたいと思ってな。疲れているところを呼び出してすまない」
フロランがカミツレに座るよう告げる。カミツレが座ると彼はお茶を出し、話し始めた。
「お主、どこでその武術を身に着けた?ここ短期間で騎士を志した者では得られぬ強さを持っている。それが気になってな」
それに、カミツレは少し考える。
「……少し、過去を話しても構いませんか?」
質問すると、フロランは「あぁ、もちろんだ」と頷いた。それを確認し、カミツレは口を開いた。
「……私はもともと、歌姫の子供として生まれました。ですが……母といた劇場がとある集団に襲われて、一人だけ助かってしまったんです。命からがら逃げた時に、生き倒れていた私を祖父が拾ってくれました。と言っても、血は繋がっていませんが。武術は、その祖父に教わりました」
「そうか。……その祖父の名前は?」
「ブラーヴ・エクイタートゥスと言います。もともと、クレールの王城騎士だったと聞いています」
フロランは、その名前に聞き覚えがあった。なぜなら、
「ブラーヴ……そうか、あいつがおぬしを育てたのか」
「え、祖父を知っているんですか?」
「あぁ。わしの相棒だった男だ。あいつは本当に強い男だった、腕の傷がきっかけで一線を引いてしまったが、それでも忠誠は人一倍あった」
フロランは昔を懐かしむ。
ブラーヴは本当に、騎士団一強い男だった。そんな彼が育てたとなれば、実力は確かだろう。
「しかし、あいつがな……」
「どうしました?」
「あいつは子供と関わったところを見たことがない。結婚もしていなかったからな。好きな女性はいたことを知っているが……」
「そうなんですか?女性に興味なんてなさそうだと思っていましたが……」
カミツレがキョトンとする。フロランは「あぁ」と頷いた。
「といっても、叶わぬ恋だったな。本人もそれを知っていたから身を引いた」
それでも、たった一人の女性を愛していたことを知っている。だからこそ子供を育てるなど意外だった。
「……そうだな。一緒にお主の祖父の話でもするか?」
「あ、いいですね。昔の祖父の話を聞きたいです」
そのあと、二人でお互いの知らない祖父の話をしていた。
「ありがとう、ブラーヴの近況も聞けてよかった」
「いえ、こちらこそ祖父の昔のことについて聞けてよかったです」
頭を下げ、カミツレは鍛錬をするために部屋から出る。それをフロランは優しく見送った。




