番外編3:市場価値ゼロの荒野、そして河川敷の孤高なる防衛線4
それはすべての嘘が剥ぎ取られた、新世界の始まりの光のようだった。
――それから、半年が経った。
崩壊した東京のはるか遠く、緑に囲まれた小さな村で、美紀とタカシは小さな畑を耕していた。 都会のようなコンビニも、マッチングアプリの通知もここにはない。あるのは、過去の傷を詮索せず、ただ生きていくために手を貸し合ってくれる、理解のある村の人々とののどかな自給自足の生活だけだった。
クワを振るう美紀の作業着の腹部は、今、ほんのりと丸みを帯びている。 二人の間に、新しい命が宿っていた。 額の汗を拭い、目の前に広がる青々とした大根の葉と、隣で不器用ながらも一生懸命に土を掘り起こしているタカシの姿を眺めながら、美紀はふと、遠い過去に置いてきた自分の声を思い出していた。『あんな人工的な出会いなんかしたくない』『理想、高すぎなのかな……未だに少女漫画みたいな完璧男なんて求めてないつもりなのに』
そんな、自分で自分を檻に閉じ込めていたかつての原田美紀が、今の姿を見たら一体何と言うだろうか。(もし……世界があのまま、狂わずに続いていたら) 美紀は、愛おしそうに自分の小さなお腹に手を当てた。(私は、この幸せを掴めていたのかな。……ううん、きっと掴めてない。画面の向こうの記号ばかりを追いかけて、目の前の生身の人間を見ることもなく、八方塞がりのまま、年老いて腐っていったに違いないわ)
かつての都会の人間や、ネットの恋愛アドバイザーたちなら、今の美紀の生活を見てこう蔑むかもしれない。
「ハイスペックな男を諦めて、何もない田舎のモブ男で手を打ったんだ」と。
「……謙虚? 別にそんなキレイなもんじゃない。単に妥協を、知っただけです」
美紀は、風に揺れる畑の向こうを見つめながら、晴れやかな笑顔で小さく呟いた。
いいんですよ。実際の私は、その程度なんだから。 素直に認めて、地に足つけただけ。
夢ばかり見せて狂わせてくる、あの頃の情報社会の方が、よっぽどイカれてたのよ。
かつて求めていた完璧な理想郷はここにはない。けれど、自分の手で耕した土の温もりと、隣で笑ってくれる不器用な男の体温がある。「美紀ちゃん、こっちの畝、もう種植えても大丈夫そうだよ!」 泥だらけの顔で嬉しそうに呼ぶタカシの声に、「今行くわよ!」と力強く応えながら、美紀は一歩を踏み出す。市場価値ゼロの荒野の果てで、彼女は今、間違いなく、本当の自分の人生の幸せを噛み締めていた。




