番外編3:市場価値ゼロの荒野、そして河川敷の孤高なる防衛線3
そうして二人は、死臭の漂う東京の廃墟を捨て、西へと向かって何ヶ月も歩き続け、生き延びた。
いくつもの死線を乗り越えた末にたどり着いたのは、奇跡的に「大岩山の呪い」の電波圏から外れ、人々が自給自足で静かに支え合う小さな村だった。
かつての傲慢な格付けも、不潔な生態暴露ログの強制配信もない。そこには、ただ生身の人間同士が顔を合わせ、良好な関係を築いて暮らす、本当の意味での穏やかな平穏が残されていた。
その村の片隅で、二人は自然に身体を重ねた。
かつて世界が普通だった頃、美紀は世間の空気やマッチングアプリの記号に踊らされ、常に防衛線を張り巡らせていた。「ヤリチンに遊ばれたくない」「処女だと知られたら重いと思われる」「簡単に股を開けば、非モテの養分にされる」「わざわざ自分から動きたくない」「高望み女と思われたくないけど、でも誰でもいいというわけでもない」――頭の中にびっしりと貼り付いていたそんな被害妄想の数々は、常に彼女の身動きを縛り、誰とも繋がれない孤独の檻に彼女を閉じ込めていた。
それはタカシも同じだった。過去の凄惨なトラウマから女性のすべてを敵と見なし、自分自身の人生に絶望して、恋愛を完全にロスカット(退場)していた。
しかし、明日をも知れぬ死と隣り合わせの生活を何ヶ月も共にする中で、そんな人工的なプライドや警戒心は、一滴の水ほどの価値もないゴミとして削ぎ落とされた。
衣類の擦れる音が、静かな夜の小屋に響く。
お互いの泥にまみれた、傷だらけの生身の肉体を抱きしめ合った時、そこにあったのはスペックの格付けではなく、ただ「いま、ここに生きている」という絶対的なリアルだけだった。どちらからともなく求め合い、ごく自然に、貪るようにして互いの温もりを融け合わせる。「……ああ、そっか」 繋がった一瞬の熱さの中で、美紀の目から一筋の涙が溢れ、タカシの胸元に落ちた。
少女漫画のような完璧な男なんて、最初からどこにもいなかった。私だからこそ選ばれたいと願っていた「特別な私」なんて、情報社会がみせていたハリボテの幻影に過ぎなかった。 素直に認めて、地に足をつけただけ。
夢ばかり見せて傲慢な檻に人々を閉じ込めていた今の情報社会の方が、よっぽどイカれていたのだ。 市場価値ゼロの荒野の果てで、美紀は初めて本当の自分の人生を生き、一人の生身の男と深く繋がっていた。夜明けの光が、二人の重なり合う影を静かに照らし出していく。




