番外編:眼高手低の残光、そして東京全空の処刑場2
美紀が冷え切ったコーヒーのカップを握りしめ、自嘲気味に呟いた、まさにその時だった。
――ちょうど、大岩山の頂上から最初の電磁波ウイルスが放たれ、東京上空を飛ぶ報道ヘリが霞ヶ関へと急降下を始める30分前のことである。
キィィィィィィィィィィィン!!カフェのWi-Fiルーター、そして店内にいる全員のスマートフォンから、鼓膜を抉るような高周波の不気味なノイズが一斉に響き渡った。
「うわっ、何だこれ!? 通信エラーか?」
同僚の男が耳を押さえて顔をしかめる。美紀の手の中でも、スマートフォンの画面が禍々しい、血のような赤黒い色彩に明滅を始め、骨を震わせるような怪異の振動を送り出してきた。
画面の中のペアペアのアイコンは完全にフリーズし、ネットの海から逆流した低級霊の怨念の波形が、ガジェットの死角を突き破って脳内へとドロドロとなだれ込んでくる。
「何これ……スマホが熱い、画面が動かない……っ!」
周囲の喧騒が悲鳴へと変わり、窓際の客たちが外の空を見上げ始めた。美紀と同僚も外へ飛び出すと、東京の青空のど真ん中に、血の赤色に染まったデジタルノイズの巨大なスクリーンが出現していた。
空に投影されていたのは、愛妻家で通る40代の男が高級スーツを脱ぎ捨てておむつ姿で幼児退行の奇声を上げる醜悪な映像であった。
情報社会のハリボテの鎧が引き裂かれ、大衆の前に裏の顔が曝け出される地獄絵図の中、周囲の人間がのたうち回る。
おむつの擦れる音と絶叫が響き渡る東京の空の下、31歳の原田美紀は恋愛市場の完全な終焉をただ呆然と見上げるのだった。物語はここから、怪死事件やヘリコプターが霞ヶ関ビルへと激突・崩落する国家崩壊の瞬間へと繋がっていく。
「嘘……何よ、あのキモい映像……っ」
東京の広大な秋の青空に超高画質で投影された、中年の報道ヘリ操縦士が『赤ちゃんおむつ』を穿いてうんちを漏らしながら甘えるグロテスクな幼児退行動画。
それを見上げた原田美紀(31歳)は、あまりのバカバカしさと醜悪さに、最初は引きつった半笑いを浮かべていた。
ハイスペックだの愛妻家だの、綺麗事の記号で着飾った強者のハリボテの鎧が、一瞬にしてドロドロの泥水に塗れて自滅していく。
それは「どうせ付き合いたいレベルの男からは好かれない」と理想の檻で八方塞がりになっていた彼女にとって、どこか歪んだカタルシスすら感じさせる滑稽な見世物だった。
――ところがどっこい、神の仕掛けた因果応報のチェス盤は、そんな生ぬるい嘲笑など1秒も許しはしなかった。
ドガァァァァァンッ!!!!次の瞬間、東京の大気を引き裂くような、凄まじい金属の爆裂音がオフィス街に轟いた。全空のスクリーンの中で、完全に正気を失ったおむつ操縦士のヘリコプターが制御を失い、眼前にそびえ立つ霞ヶ関の官庁ビルへと、猛スピードでそのまま突入したのだ。激突の瞬間、ビルから炎の塊が激しく飛び散り、爆風がガラス窓をビリビリと震わせる。




