第10話:スポットライトの死角 〜24歳・地下アイドルのやきもきと、偽りの熱狂〜1
前回のあらすじ:トリプルワークの激務と息子の反抗期に耐え、やっと出会えた「尊敬します」という男の優しい言葉。だがそれこそが、シングルマザーの弱みに付け込んだクズ男が仕掛けた、最も残酷な罠だった。繋いだ手の温もりを刃に変えられ、台所の床に這いつくばって血を吐くような嗚咽を漏らすゆり。男たちがドタキャンに血を流す裏側で、真面目な母親の魂もまた完全にチェックメイトされていた――。
時間を、大きく巻き戻そう。47歳の男ひややっこが、アローズの鎧をまとい、ブルーシャネルの香水をまとって伏見の大岩山の山頂へ向かい、世界の通信網をハッキングしたあの運命の夜
――その、ちょうど「1年前」の、ある日のことだ 。
京都のきらびやかなライブハウスの楽屋で、衣装のファスナーを上げながら、鏡に向かってマニュアル通りの完璧な笑顔を作っている一人の若い女性がいた。
名前は、ゆき(24歳)
――アニメとコスプレを愛する、現役の地下アイドル。彼女は、生まれつきノリが良く、会話のテンポも抜群に早かった。
大好きなアニメのコスプレ衣装に身を包み、ステージに立てば、その圧倒的な明るさで瞬く間にフロアを熱狂させることができた。
「ゆきちゃん! 今日も世界一可愛いよ!!」
「物販、全部買うからチェキ撮って!!」
ライブ会場には、彼女を神のように崇め、なけなしのバイト代や給料を貢ぎにくるファンの男たちが、いつも大勢集まっていた。
握手会をすれば長蛇の列ができ、男たちは「耐えて働いたお金を全部ゆきちゃんに捧げるのが僕の幸せです!」と、目を血走らせて彼女の手を握りしめた。
だが、その熱狂のスポットライトの真ん中で、24歳のゆきの心は、常に冷え切った、苛立ちを伴う「やきもき」に支配されていた。
(……何が『世界一可愛い』よ。あんたたち、私の表面の衣装しか見てないじゃない)
彼女には、恋人がいなかった。
これだけ大勢の男たちに囲まれ、自分を猛烈に慕って、金を貢いでくれる人間が目の前に何百人もいる。
それなのに、彼女の孤独を埋めてくれる男は、この世界に一人も存在しなかった。




