番外編40:二、三時間の狂気上演(おままごと)の果てに漏れ出す生体データ~去勢された快楽殺人鬼の網膜フリーズと、暗黒上野から這い出る巨大消化器官の逆ハック~3
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の寺社、教会、特定の宗教団体、結婚相談所、およびマッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の宗教婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての創作・風刺であり、特定の信仰や職業を誹謗中傷する意図は一切ございません。
幽二の引きつった網膜の目の前で、四十五歳の絶対聖母は、泥に汚れた白いワンピースの裾を悪びれもなく堂々とたくし上げ、アスファルトの隅の泥に向かってしゃがみ込んだ。
月明かりの下、露わになったその肉体には、かつて美少年AI「ルカ」に耽溺していた絶対聖母の欺瞞の影は微塵もなかった。
次の瞬間、静まり返った路地裏のコンクリートに、微かな、しかし生々しい排泄の音が響き渡った。
「シャーーーッ……、シャァァァ……」
白く淡い湯気を立てながら、冷えかけた路地裏の地面へと直接放流されていく液体。
かつて文明社会のあらゆる人間たちが隠蔽し、格付けの裏側に押し込めていた「リアルな体温を帯びた生体データ(排泄物)」。それが、今や完全にむき出しの土とアスファルトを濡らし、容赦なく広がっていく。
幽二は、網膜の奥深くへと強制デリバリーされるその生々しい光景を前に、かつてない生理的嫌悪と凄まじい脳内パニックが異常分泌されるのを感じていた。
(何なんだよこれ……! キモすぎるだろ、このババア……! 完璧なエデンをこんな生々しい汚物で汚しやがって……!! 嘘のない死体だけが僕の聖域だったのに、この排泄のリアルはノイズが強すぎる……!)
物陰の警察官たちも、スコープの向こうで息を詰め、聖母の放つ圧倒的な生体パルスを無言で観測していた。
誰もが、この閉じられた人間の狂気の劇場に完全に意識をハックされていた。
「ふぅ……。お父さん、私、平気よ。お父さんに見られるなら、何だって平気なんだから」
彩香はワンピースの裾を戻しながら、恍惚の汗に塗れた顔で幽二を見上げ、歪んだ母性の笑みを浮かべた。
だが――彼ら全員の都合の良い脳内ファンタジー(天動説)は、彼ら自身の手によって、最悪のチェックメイト(死の宣告)へと直結していた。
彩香の体内プロセッサを巡り、ついさっきまで生きていた有機物の熱を帯びて放流された、濃厚なアンモニア、尿素、そして生体塩分。
男性の尿であろうと、女性の尿であろうと、科学的な組成に大差はない。それは野生の捕食獣からすれば、全く等質で、かつ圧倒的に新鮮な「生きエサのデータ」そのものであった。
それが夜の風に乗って、爆発的な化学パルス(揮発粒子)となって周囲の暗黒へとデリバリーされた瞬間。
カサッ。
公園のさらに奥、崩壊した上野の研究所跡地から這い出し、夜の荒野を彷徨っていた巨大な影の動きが、ピタリと停止した。
人間のシステム論や、男だ女だという醜い格付けの建前など一ミリも関知しない、ただ肉をすり潰して溶かすためだけの巨大な消化器官――野生のアナコンダであった。
巨大な大蛇が、闇の中でチロチロと、フォーク状に分かれた長い舌を空気中に突き出す。
その舌の先端が、風に乗って流れてきた「新鮮な放尿の塩分粒子」をハックした瞬間、口の天井にある超高精度化学センサー『ヤコブソン器官(鋤鼻器官)』が、爆発的な索敵パルスを明滅させた。
アナコンダの脳内プロセッサは、冷え切ってウジの湧いた幼児の死体の腐敗臭には目もくれなかった。
しかし、この生々しい体温を帯びた尿のデータを受信した瞬間、それを「このノイズの発生源には、今まさに血流の巡った、最高にジューシーで巨大な生きエサが複数集まっている」という、完璧な『捕食のフェロモン(誘導ビーコン)』として逆ハック(誤認)したのだ。
ズズ、ズズズズズ……。
人間たちの羞恥心の灰滅によって撒き散らされた水は、自然界の冷酷なハンターにとって、この上なく親切な「屠殺場の位置を教えるデリバリー通知」へと完全反転していた。
アスファルトの隅で放尿の余韻に浸る絶対聖母。
胃液を逆流させながら、心の中で殺意のカミソリを研ぎ澄ます殺人鬼の父親。
指定の配置で呼吸を潜め、不本意な監視を続ける警察官たち。
彩香が撒き散らした濃厚な生体データの罠によって、音もなく、凄まじいスピードで、暗闇の瓦礫の隙間から「巨大な肉のプレス機」が彼らの完璧な楽園へと這い寄り、包囲し始めていることに――その場の誰も、まだ一ミリも気づいていなかった。
番外編41へ続く




