番外編35:完璧なエデンを汚す生存のノイズと、死の痙攣(ファクト)がもたらした至高のエクスタシー、そして希望を失った老婆たちへのロスカット〜1
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の寺社、教会、特定の宗教団体、結婚相談所、およびマッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の宗教婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての創作・風刺であり、特定の信仰や職業を誹謗中傷する意図は一切ございません。
チカッ……チカチカッ……。
上野の図書館跡地。西の空に沈みゆく太陽が、コンクリートの砂漠を赤黒い血のような残光で染め上げていく。
文明の防衛線を完全破壊された東京の片隅で、小さな救護エリアを維持していた老婆たちは、ひどく苛立っていた。
「ちょっと……いくらなんでも遅すぎじゃない? 水を汲みに行ったきり、もう2時間も経ってるわよ」
一人の老婆が、干からびた唇を震わせながら西の空を睨みつける。
彼女たちから少し離れた机の上には、少女が消える直前まで火を通していた炊き出しの鍋が、すでに冷めかけた状態でぽつんと置かれていた。
「まあまあ、そんなに怒らなくても。たまにはあの子だって、どっかフラフラゆっくり散歩でもしてるんでしょうよ。お淑やかで優しい子なんだから、待ってたらちゃんと帰ってきますよ」
もう一人の老婆が、能天気な声を上げる。
彼女たちは、自分たちの足で少女を捜しに行こうとは決してしなかった。
10代の少女が提供してくれる無償の労働、無償の水分、無償の優しさという生存システム(ライフライン)に100%フリーライド(ただ乗り)しながら、綺麗事の助け合いごっこに浸りきっている――それが彼女たちの醜悪な生存戦略(本音のログ)だった。
「お腹も空いたし、あの子には悪いけど先に食べちゃいましょうか。すぐ帰ってくるわよ」
老婆たちは冷めかけた鍋を囲み、歪んだプラスチックのお椀に炊き出しの煮物をすくい、並べ始めた。
彼女たちは気づいていなかった。
その救護エリアを囲む瓦礫の死角から、大岩山のウイルスによって完全完成を果たした怪物、狗飼幽二が、冷徹なプロセッサのような瞳で彼女たちを網膜にロックオンしていることに。
(あの子の純粋さに寄生虫みたいにしがみついて、綺麗事のシステムを維持していた汚物ども。あの子はもう、僕の完璧な人形(死体)になったというのに、まだ帰ってくると思っている天動説(マヌケな妄想)に浸っている――)
愚かだ。実に愚かだ!
狗飼は老婆たちに交わることなく、気配を完全に消したまま、瓦礫の影を縫うようにして鍋へと接近した。
彼は元・大学病院の検体管理助手であり、生体科学の知識を最悪の形で悪用できる男だった。この狂ったディストピアを生き抜くための防衛線として、彼はポケットの中に、自身で調合した「手製の猛毒」を常に忍ばせていたのだ。
狗飼は老婆たちの視線がそれた一瞬の隙を突き、無色透明の液体を炊き出しの鍋の中へと静かにロスカット(混入)した。
さらに、最悪のバグ(伏線)として、先ほど殺害した少女の頭から剥ぎ取った「リボン」と「血のついた髪留め」を、煮物のスープの表面へとわざとらしく浮かべ、再び瓦礫の底の特等席へと身を潜めた。




