おまけ第3話:『水槽(グッピー)のぞき込む夜 〜完璧なお人形のロスカットと、不完全な全肯定〜』2
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の寺社、教会、特定の宗教団体、結婚相談所、およびマッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の宗教婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての創作・風刺であり、特定の信仰や職業を誹謗中傷する意図は一切ございません。
ひややっこは大岩山の冷気を肺に吸い込み、淡々と語り始める。
「水槽の中に仕切りを入れてな、メスのグッピーに『見た目が派手で綺麗なオス』と『地味で不細工なオス』を選ばせる。
普通ならな、メスは綺麗なオスを選ぶ。
当然や。だがな、実験者が別の仕切りの中に『サクラのメス』を入れて、わざとあの『不細工なオス』の側でイチャイチャと交尾のディスプレイを見せつけるんや。
その後でな、サクラを抜いて、もう一度最初のメスに選ばせたらどうなると思う?」
百合は涙を浮かべたまま、弱々しく首を振った。
「え……どうなるんですか?」
「メスはな、自分の好みをガラリと変えて、あの『不細工なオス』の方に狂ったように群がるようになるんや。
『配偶者選択の同調』っちゅう現象や。
小さな魚の脳みそすらな、『他のメスから相手にされとるオスには価値がある』っちゅう他者評価の記号に一瞬でハックされるんやぞ」
ひややっこは、百合の震える肩を見据えて声を絞り出した。
「人間も全く同じや。アプリの男たちが必死になって『試行回数の数字』を稼ぎたがるんはな、男側も本能的に知っとるからや。
『他の女から相手にされてへん男』はお前ら女からも選ばれんっちゅう現実をな。
あいつらにとって、お前とのセックスは生身の愛の交感やない。
自分のステータス画面の数字を『+1』するためのただのクエスト攻略や。
お前を優しくエスコートしたのも、全部そのクリア条件を満たすためのコマンド入力にすぎん。
数字を+1してゲームをクリアした翌朝、あいつらの脳内は完全に賢者モードの虚無や。
そこにお前という『生身の人間』が残っとったら邪魔やから、アプリのブロックというリセットボタンを押して、はい次の試行回数稼ぎへ、と雑に処理して消えるんや。
あいつらはな、お前を道具としてしか消費できん、脳みそをハックされた哀れな『システムの家畜』なんやぞ」
「システムの、家畜……」
百合は呆然と呟いた。自分の心が壊されたのは、自分が46歳だからでも、魅力がないからでもない。
男たちがシステムのアルゴリズムに狂わされているからなのだと、真理の光が脳をハックしていく。
「グッピーの実験も、男の人たちが数を誇りたがる理由も分かりました……。でも、ひややっこさん!」
百合は再び、魂の底からの叫びをぶつけた。
「だったら私たちは、このクソみたいな水槽の中で、一体どうやって愛を求めればいいんですか!? お互いに記号で品定めし合って、ハメたらブロックするような地獄の中で、どうやったら本当の、生身の愛を繋ぐことができるんですか……っ!?」
ひややっこは腕を組み、大岩山の漆黒の夜空を見上げた。
その瞳には、怨念を通り抜けた先にある、静かな慈悲の光が宿っていた。
「百合。愛を繋ごうと思ったらな……あいつらが作った減点方式の品定め(システム)を、お前自身の手で完全にクラッシュさせろ」
「システムを……クラッシュさせる?」
「そうや。あいつらの水槽の中におる奴らはな、相手の年齢や年収、あるいは身体のサイズといった『不完全さ(バグ)』を見つけては、鬼の首を取ったようにブロックボタンを押してリセットしとる。
完璧な、傷一つないお人形(王子様・お姫様)を安全圏から品定めしとるんや。
そんなものは愛やない、ただの記号の買い漁りや」
ひややっこは一歩、百合の前に歩み寄り、その声を山頂の風に乗せた。
「本当の愛っちゅうのはな……相手の完璧な鎧を愛することやない。相手が誰にも言えずに隠しとる、『歪で、不完全で、傷だらけの生身の姿』を、お前がその手で全肯定して抱きしめる覚悟を持つことや。
男側もな、実は強がって試行回数を誇りながら、本当は『ありのままの不完全な俺を見てほしい』って、お前と同じように凍えながら震えとるんやぞ。
自分の傷を隠すために着飾るな。他人のスペックを採点するな。
おしゃれは、自分の愛情と自信を相手に分かってもらうためにするもんや。」
ひややっこは静かに微笑んだ。




