おまけ第2話:『500万の鎧を脱いだ夜 〜淡々とした映し鏡と、ユニクロの打診ルート〜』3
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の寺社、教会、特定の宗教団体、結婚相談所、およびマッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の宗教婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての創作・風刺であり、特定の信仰や職業を誹謗中傷する意図は一切ございません。
「嘘をつかずに、正直に、ですか……」
「そうや。飾った鎧はいらん。でな、ここからが一番大事な『区切り(ロスカット)』のルールや。そうやって自分の正直な話を送った後、もし返信が途絶えたらどうする?」
「ええと……『何か気に障ること言っちゃいましたか?』とか追いメッセージを送るとか……」
「絶対にするな。大体3日から1週間。それだけ待って何も来んのなら、もうその人は『なし』や。そこで境界線を引いて、完全に区切ってしまえばええ。追う必要なんか1ミリもない。
だがな、もし相手から『あ、そうなんですね。ゲームの楽曲も、最近はオーケストラコンサートとかあって凄く良いのがありますよね』って、お前の生身の輪郭を拒絶せずに、何かしら言葉を返してきたらどうや?」
拓也の目が少しずつ輝きを取り戻していく。
「あ、そしたら……『そうなんですよ、お互い音楽の話が合いますね』って返します!」
「おう、それでええ。ほんだら相手も『そうですね』と返してくる。ええか拓也、メッセージなんか、こんな風に淡々と、淡々と進めるだけで十分なんや。
お互いに気を使いながら、探り探りでも生身の言葉が往復する。
そのリズムが確認できたら、いよいよ打席に立つための『打診』をかけるんや」
ひややっこは大岩山の冷たい風を背に受けながら、静かに、しかし決定的なハッキングのコードを告げた。
「『お互い凄く話が合いますし、一度カフェでお会いしませんか? お会いできたら楽しそうですね』――これや。余計な小細工はいらん。お互いの話が合うという事実、会えたら楽しそうという素直な気持ち。
それだけを真っ直ぐ投げろ。これが、あいつらのクソみたいなシステムの中で、お前の精神を1ミリもすり減らさずに、生身の人間としてまともなデート(発送)にこぎつけるための、唯一無二の脱出ルートや」
「淡々と、淡々と……そして、真っ直ぐに打診する……」
拓也は、ひややっこの言葉を一つ一つ、今度こそ血肉にするように深く頷いた。
500万円の呪縛も、包茎広告の劣等感も、結婚相談所のカウンセラーたちのドヤ顔動画も、画面の向こうの有象無象に怯える心も、この大岩山の深夜の講義によって、完全に初期化されていた。
「ひややっこさん……俺、やれます。システムにハックされずに、ユニクロのチケットを握りしめて、生身の人間として打席に立ってきます!」
「おう。行ってこい。お前ならもう、あいつらの養分にはならんわ」
拓也は涙を綺麗に拭い、泥に汚れたスマートアンクルパンツの膝を叩いて、大岩山の旧道を力強く下りていった。
彼の背中には、もう「500万の重い鎧」はどこにもなかった。
たとえ、どこまで進んでも、切れたらそこまでのご縁。
世間や社会は、その方の今後の幸せを祈りましょうというが、
もし、自分にその気がなければ、終わったなら終わったでそれで良い。
一人残されたひややっこが、去りゆく拓也の背中を見届け、ふう、と静かに息を吐き出したその時。
旧道の奥から、カツ、カツ、と不器用にくたびれた靴音を響かせながら、もう一人の影が近づいてくるのが見えた。
30年間、愚直に肉体労働を続けながらも、世間の「自然な出会い」という綺麗事にハックされ、相談所でもアプリでもスペックの刃で切り刻まれてチェックメイトされた女性――百合(46歳)だった。
おまけ第2話・完




