第7話:白き部屋の残光 〜1人で往った彼女が、最期に遺した微笑み〜1
前回のあらすじ:相手のために必死に勉強し、心を通わせようとする真美さんの本物の愛の体温。それこそが、47歳になったひややっこがのんこに注ぎ続けた底なしの優しさのルーツだった。しかし、一人の女性としての幸せを理不尽に奪われ続けた真美さんに、神様は「白血病」というあまりにも非情な2度目の死刑宣告を下す。1999年、彼女は40歳を前にして、静かに世界を去ろうとしていた――。
1999年、冬。
京都の街に冷たいみぞれが降る頃、真美さんは、病院の白く四角い病室のベッドの上にいた。
白血病の病魔は、かつて雨どいを登る男にバケツでお湯をぶっかけたあの烈女の肉体を、冷酷に、確実に削り取っていた 。
肌は青白くなり、かつて固定電話の受話器を強く握りしめてクズ男どもに「二度と連絡してこないで!」と怒りの悲鳴を上げたあの張りのある声は 、今やかすかな呼吸の音にかき消されそうになっていた。
「病院で、1人で亡くなった」
後年、人づてにその事実を聞いたとき、俺の胸は激しい後悔と絶望で引き裂かれそうになった。
当時、21歳だった俺は、彼女の「自分の好きな道を自分で実現していきなさい」という言葉を盲信し、アニメーターの超過酷な現場で、寝る間も惜しんで必死にペンを握りしめていた 。
あまりの忙しさに、彼女の病状がそこまで悪化していることすら知らず、最期の瞬間に立ち会うことすらできなかった。
だが、あの白い病室で、たった1人で死を迎えた真美さんは、本当に「寂しくて哀れな孤独」の中にいたのだろうか。
まだ彼女が生きている頃、自分の病気のこと、そして死の影が確実に近づいているのをどこかで悟っていたあの頃、彼女は俺にふと、こんな質問をしてきたことがあった。
「ねえ、ひややっこくん。人間って、もし死んだらどうなると思う?」
当時、まだ中学生だった俺は、子供ながらの拙い宗教観でこう答えた。
「いや、天国とか地獄があって、いいことをしてたら天国へ行けて、悪いことをしてたら地獄に行くんじゃないですかね……」
世間が作った、都合の良い因果応報のシステム。
だが、真美さんはそれを聞くと、いつものようにフッと悪戯っぽく笑い、首を横に振ったのだ。
「私はね、そんな天国も地獄もないと思う。ただね、夢を見ない深い眠りの中で、ずーっと、静かに眠り続けるだけ……よくわからないけど、私はそんなもんだと思うな」
子供が大好きだったのに、子供が産めない身体という神様の冷酷な理不尽に晒され 、ねるとんパーティーや合コンで出会った男たちからは「条件」だけで値踏みされて裏切られ続けてきた人生 。
世間の作った綺麗事のシステムに傷つけられ、戦い続けてきた彼女だからこそ、死んだ後の世界でくらい、誰の品定めも、どんな因果のシステムも存在しない場所で、ただただ静かに、深く眠りたいと願っていたのだろう。
彼女のその死生観は、諦めではなく、自分の人生を自分で完結させるための、本物の大人の「覚悟」だったのだ。




