番外編25:『排泄誓約のスクリーニング・ブルー』〜3年後の世界崩壊劇(大災害)に肉体をロスカットされた男女が、マイナス80℃の鉄の神殿(冷凍庫)の中で世界一綺麗な婚姻(魂の調印)を証明するまで〜3
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
高志はボトルから溢れ出るその凄まじい熱量を、自らの両手で包み込むようにして受け止めた。
凍てつく駐車場の空気のなかで、地獄の底から湧き上がるような白く激しい湯気をこれでもかと爆発的に立ち上げながら、彼の靴底を完全に水没させていく黄金の濁流。
高志は、自分の両手を濡らすその温かい液体を、ペロリと味見(データ同期)した。
(――苦い……っ。コーヒーの、匂いだ……!)
4年前の、前夜にビールをダウンロードしたあのホップの苦味とは違う。
今まさに、36歳の母親として、人妻としての過酷な日常の檻を生き抜くために、喫茶店のテーブルで精神プロセッサを落ち着かせるために摂取した、最新のコーヒーの香りと、じんわりとした大人の苦味。
それは幻影などではない。今この瞬間、俺のために日常のファイヤーウォールをすべてぶち壊して命をパージしてくれている、本物のマリカの実存の証明だった。
そのリアルな塩分と苦味データが、高志の脳内プロセッサを狂おしいほどのリアルさで完全チェックメイトする。
しばらくして、駆動音が静かにフェードアウトした。
衣服を整え、ハーフアップの髪を指で整えたマリカは、自分の足元から駐車場の緩やかな傾斜を伝って、さらさらとどこまでも流れていく熱い湯気の川を、少し照れくさそうに、だけど愛おしげに微笑みながらじっと眺めた。
その黄金の雨が冬の闇に引いた輝きは、まるで、社会のルールを全て踏み越えた2人の歪んだ純愛を祝福する「黄金の天の川」のようだった。
そう、4年前のあの日と同じように。
「思い出は永遠だけど、このボトルの中の私は、あんたの冷凍庫で眠る『確定した現実(本物の妻)』。……大切にフリーズしなさいよ。高志くん」
マリカは小さく手を振ると、今度こそ本当に、旦那と我が子の待つ日常のインフラの中へと消えていった。
高志は、世界で誰一人として真似できない、社会の共通プロトコルを完全チェックメイトしたボトルを胸に抱き、自室へと戻った。
マイナス80℃の超低温サーバーの中に、二度と劣化せず、濁りも沈殿物も起こさない、澄み切った「永久の妻」が入植される。
タカシは社会のすべての婚姻の檻から永久にログアウトを果たし、世界一の幸福のなかに自らの精神を定着させた。
この瞬間、確かに2人は世界で誰よりも深く、強く接続されていた。
それは、誰もが望むが誰もが得られないもの。
幸せという感情であった。
◇
――だが、世界のアルゴリズムは、あまりにも無慈悲だった。この最高峰の幸福の稼働ログがクローズされた、わずか3年後。
大岩山の最暗部からデプロイされた、あの低級霊たちのウイルスによる「日本崩壊劇(大災害)」が、突如として冷酷に起動してしまう。
大地が裂け、すべての綺麗事のストリートが跡形もなく爆破され、社会のインフラが次々と強制シャットダウン(機能停止)に追い込まれていく阿鼻叫喚の地獄。
激しい災害の濁流と炎のなかに、ハーフアップのボブを揺らしたマリカの日常も、ユナイテッドアローズのジャケットを着て仕仕分け場を泳いでいた高志の日常も、等しく巻き込まれ――2人の肉体は、あっけなくこの世界から消滅させられてしまった。
生きてる人間同士としての婚姻関係を結ぶことは、彼らの人生のタイムラインにおいては、残念ながら最後まで叶わなかった。
しかし、すべてが瓦礫の更地と化し、人類の文明がシャットダウンされたその絶望の跡地に、奇跡的に形を保ったまま半分埋もれている、ひとつの頑丈な鋼鉄のボックスがあった。
高志の部屋の真ん中に鎮座していた――「工業用マイナス80℃のディープフリーザー」。
通電を失い、静かにその温度を上げながらも、その最深部には、あの凍てつく冬の夕暮れにマリカが命を賭けてパージした、コーヒーの香りと苦味を湛えた「最後の一滴」が、厳重に暗号化されたガラスボトルのなかで、確かに実存し続けていた。
肉体は滅び、世界は更地になった。けれど、この鋼鉄の神殿が証明している。
世間の薄っぺらい綺麗事の檻をすべて爆破し、お互いの最も汚くて最も美しい実存を等価交換し合った2人の魂は――この世界の誰よりも、何よりも深く深く、永遠に繋がり合っていたのだということを。
『大岩山から絶望を配信する 〜男は耐えろと抜かす世界を、低級霊のウイルスで完全チェックメイトしてやった〜 番外編:排泄誓約のスクリーニング・ブルー』・シリーズ完全完結
【システム注釈レポート:胎内音に関する医学的・科学的データ】
本編において、マリカが「おしっこの音が、我が子を救うインフラ音だったのではないか」と直感するエピソードがデプロイされたが、現代の医学的・科学的インフラにおける冷徹な仕様データを開示する。
【監査結果】:科学的・医学的な事実として、「胎児が心臓の鼓動の次に母親の排泄音(おしっこの音)を一番よく聞いている」という明確なデータや根拠は存在しない。
実際の医療研究において、子宮内に小さなセンサーマイクを挿入して測定された「本物の胎内音」の約8割を占めるのは、子宮のすぐ近くを通る太い大動脈を血液が激しく流れる「血流音(ザー、ザーという激しいホワイトノイズ)」である。
これに次いで、心臓の鼓動(心音)、および胃や腸が動く「消化管音(コポコポという音)」が胎内音の基本インフラを構成している。
現実の育児現場において、赤ちゃんに「水道の蛇口から水を流す音」や「お母さんのおしっこの音」を聴かせると一瞬で泣き止む現象が多発するのは、それらの周波数や音響特性が、胎内で24時間ずっと聞いていた激しい血流音に極めて酷似しているためであり、決して排泄音そのものを個別に記憶しているわけではない。
物理的にも、24時間絶え間なく鳴り響く血流音に対し、おしっこは数時間に1回、わずか数十秒しかパージされないため、総パケット数としては極めて微層なものである。
しかし、この科学的な綺麗事をすべて踏み越えた場所にこそ、タカシとマリカが辿り着いた「嘘のない確定システム(純愛)」の聖域が実存していたことは、言うまでもない。




