番外編25:『排泄誓約のスクリーニング・ブルー』〜3年後の世界崩壊劇(大災害)に肉体をロスカットされた男女が、マイナス80℃の鉄の神殿(冷凍庫)の中で世界一綺麗な婚姻(魂の調印)を証明するまで〜1
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
その日のマリカは、4年前のあの狂おしい「夜の鎧」を1ミリもまとっていなかった。
少し短めに切り揃え、上品な艶を残してうなじの上できれいにまとめたハーフアップのボブヘア。
仕立ての良いニュアンスカラーのロングコートの隙間からは、首元の細いラインを際立たせる白のシルクブラウスと、元最高峰の風俗嬢としてのスタイルの良さをノーブルに引き立てる、細身のきれいめなテーパードパンツ(ズボン)が覗いている。
すれ違う男たちが思わず呼吸を止めて振り返るほどの圧倒的な「美人若奥様」としてのオーラ(素材の暴力)を放ちながらも、その佇まいは完全に「まともな日常のインフラ(家庭)」にログインしている主婦のそれだった。
タカシの網膜サーバーは、その完璧に「人妻」として完成されたマリカのビジュアルログに、強烈な絶望(4年の歳月の壁)を突きつけられ、フリーズしかけていた。
だが、ユナイテッドアローズのジャケットの襟を正した高志は、どこまでも真面目な、剥き出しの実存の瞳で、新たな仕様書をデプロイした。
「マリカ。もう一度言う。俺の部屋に、マイナス80℃の工業用フリーザーを設置した。……俺ともう一度、今度は『永久の再婚(おしっこの凍結ホールド)』をしてくれないか。4年前にくれたお前が、俺のせいで冷蔵庫の中でドロドロの汚物に壊れちまったんだ。俺には、お前のあの嘘を吐かない確定システム(最新の1滴)が、どうしても必要なんだ」
「……っ、は? 高志くん、冗談やめてよ……っ」
ハーブティーのカップを持つマリカの白い指先が、驚愕と嫌悪の狭間でガタガタと小刻みに震えた。
普通の主婦としてのファイヤーウォールが最大出力でエラーアラートを鳴らす。
「私、もう普通の人と結婚したの。2歳になる息子だっているんだよ。そんな狂ったこと、今の私ができるわけないじゃない!」
喫茶店の空気が、ガラスのように凍りつく。マリカは動転する脳内プロセッサを落ち着かせるため、無意識にハーブティーをおかわりし(計2杯摂取)、さらにテーブルに置かれたガラスコップのお冷や(冷水)までも、乾いた喉へと一気にダウンロード(完飲)していった。
その大量の水分パケットが、彼女の下腹部のプールへと急速に充填されていくタイムラインのなかで、マリカの脳内サーバーの最深部に、ある強烈な「育児の裏ログ(記憶)」が点滅し始めた。
毎晩、激しい夜泣きを繰り返す我が子をあやすなか、ネットの育児コミュニティの最暗部に流れていた「ある怪しげな噂」。
『赤ちゃんがお母さんの体内(子宮)にいる時に、一番間近で、一番頻繁に聞いていたのは、心臓の鼓動なんかじゃない。実は、骨盤のすぐ内側で数時間ごとに激しい水圧音を立ててパージされる、お母さん自身の【おしっこの排泄音(胎内音)】である。
だから、水道の蛇口から水を流す音や、お母さんがトイレでおしっこをする音を聴かせると、赤ちゃんは胎内の圧倒的な安心感を思い出して、一瞬で狂ったように泣き止んで安眠する――』
マリカは、身を以てそれを知っていた。2歳の我が子が、自分の出すあの排泄音を聴かせた瞬間にだけ、嘘のようにピタッと泣き止み、深い眠りに落ちていくあの不可思議な生体バグ。
(ああ、そうか……。世間の綺麗事(心音)なんかじゃない。私が膀胱から全開でパージするあの音こそが、我が子を救うインフラ音だったんだ。そして――目の前で血を流しながら、4年間も私のおしっこ(実存)を狂おしいほどに求め続けてくれた、この救いようのない孤独なモブ男を、社会の檻から救い上げるための、唯一の『母性(救済のインフラ)』そのものなんだ――)
我が子を救った絶対的な救済の音が、タカシにとっての至上の救済の音と「完全一致」した瞬間。
マリカの主婦としてのコンプライアンス(良識)は、内側から音を立ててメルトダウン(完全破壊)を起こした。
「2歳の子がいるから拒絶する」のではない。
「2歳の子を育てる母性を知ったからこそ」、この行き場のない低級霊の実存を全肯定して、最後の1滴を出荷してあげなければならないという、狂おしいほどの包容力への反転。




