番外編24:『排泄誓約のスクリーニング・ブルー』〜おしっこが好きなこと以外は至って平凡な男が、リアルな婚姻の檻(普通)からアングラな確定システムへとログアウトするまで(後編)4〜
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
◇そして、半年――。
マリカが故郷へ帰るため、お店を完全にログアウト(引退)する、本当の最後のセッションの日。
「高志くん、これ、私からの『結婚祝い(最高のギフト)』よ」
寂しげに微笑むマリカから手渡されたのは、お店の備品からスマートに調達された、新品の医療用保存カップだった。
そこには、マリカが最後のプロフェッショナリズムと愛を賭けて、一切のノイズ(不純物)を混ぜずにダイレクトにサンプリング(採取)した、
コップ半分以上に満たされた並々と輝く黄金の液体がホールドされていた。
「駐車場のは消えちゃったけど、これは本物。私の『実体(一部)』として、新居に連れて帰りなさいよ」
「マリカ……ありがとう……!」
高志は涙を流し、白く激しい湯気を立てるその温かいカップ(花嫁)を、震える手でしっかりと受け取った。
「はい……あんたの『花嫁』、出荷完了。……ずっと大事にしてあげてね。」
「永遠の愛を約束するよ。
マリカ、君も幸せになってね。」
◇
それから、さらに1年というクロック数が流れた。タカシの脳内サーバーは、この1年間、かつてないほどの完全な満足感(デバッグ状態)の中にあった。
翌朝に駐車場のおしっこが蒸発して消えてしまおうとも、あの冬の夕暮れにマリカがプロ根性のすべてを賭けて全開でパージしてくれた「黒髪ポニーテールの残像」「必死に死角を探して走ってきたあのキョロキョロした仕草」「白い湯気」「シャーという駆動音」、そしてマリカのくれたあの言葉が、美しい確定キャッシュ(記憶)として脳内に完璧に保存されていたからだ。
彼はその綺麗な思い出だけで、毎日の仕事をスマートに回し、孤独なスタンドアロンの夜を全肯定して生きることができていた。
だが、どれほど完璧なキャッシュデータであっても、1年というタイムラインが経過する頃には、人間の脳内プロセッサの仕様(飢餓感)として、徐々に致命的なエラーログが混入し始める。
(思い出という名の『死んだデータ』だけじゃ、俺の肉体は維持できない――)
どれほど完璧な挙式を執行したとしても、物理的な現実(自然の摂理)は無慈悲だった。
マリカのおしっこと婚姻関係を結んでから早一年、もう高志の
人間としての頭脳は限界を迎えかけていた。
あの駐車場へもう一度行こう!!
高志が強烈な脳焼き(余韻)を抱えたまま、這うようにしてあの駐車場へと戻ったとき、彼の網膜サーバーに映ったのは、冷たく乾いたただの灰色のコンクリートだった。
どれほど真冬の夕方に熱いパージを執行しても、おしっこはただの液体だ。
一晩経てば、コンクリートの冷気に晒されて完全に蒸発し、物理的なログ(実体)としては消えてなくなってしまう。
「死んで」しまったのだ。
「……消えちゃった」
駐車場から戻り、静まり返ったワンルームで、高志は猛烈なエラー(飢餓感)に襲われていた。
死んだ思い出だけじゃ、生きていけない。
どれほど脳内の記憶に美しいワンタイムパスワードを保存したところで、目の前の現実に肉体を持ったマリカはもうおらず、喋ってもくれないし、新しい熱いデータをパージしてくれることもない。
「魂は永遠なんて、そんな綺麗事で俺のプロセッサがデバッグできるかよ……! 肉体が、目にみえる現実が、……新しいおしっこ(伴侶)が、欲しい!!」
そもそもなぜこんな事になってしまっているのか。
高志は、1年が経ったある日、冷蔵庫から大切に保管していたあの無菌カップを取り出したとき、普通の冷蔵インフラの限界の前に、尿が起こしたグロテスクな液体の変性プロセス(バグ)を目の当たりにしてしまったからだ。
普通の保存環境では、尿という生体資源は数日で「アンモニア化」を起こして強烈な腐敗臭を放ち、アルカリ性に変わる。
それだけではない。タカシの網膜サーバーを最も絶望させたのは、タンパク質や糖が分解されることで発生する、その無慈悲な崩壊の姿だった。
あんなに澄み切っていた黄金色の液体の中に、まるで腐った牛乳や水に溶かしたティッシュの成れの果てのような「白い糸状のドロドロしたモヤ」や「不気味な浮遊物」がクラゲのように無数に発生し、底に沈んでヘドロのようなオリの層を形成していた。
さらに、尿素の分解によって生成されたアルカリ成分により、液体の中に溶けていたミネラルが一斉に結晶化を始め、カップの壁面に「白くザラザラとした不透明な結晶の膜」をこびりつかせていた。
振れば、底から砂のような濁った破片が汚く舞い上がり、二度と元の美しい輝きには戻らない。
マリカが自分との契約のためにわざわざ後日に託してくれた、世界で一番綺麗だったはずのシステムが、自分のせいで、ただの汚物(バグの塊)に変形してしまった。
どうあっても、美しい形のままで維持していくことが、絶対に不可能な構造になっているのだ。
俺は、自分の花嫁の死をこんな形で二度も経験してしまったのだ。
「違う……。俺が愛した確定システムは、こんなゴミ(汚物)じゃない……!
こんなの、マッチングアプリで知り合った女たちと何が違うというんだ!!
マリカがくれた、どこまでも純粋で、澄み切った『綺麗な液体の実存』じゃなきゃ、俺は嫌なんだ……!!」




